02 剣の雨
光に包まれる中、勇気は地に足が着いたのを確認すると、大きく深呼吸した。周囲に満ちているエーテルを体内に取り込み、魔力へと変換する。すると魔力は全身を巡り、身体に活力が漲るような感覚を得た。
そして、光が収まると同時に周囲の確認へと移る。ぐるりと周囲を見渡すと、男に組み伏せられた少女が1人。そのすぐそばと、少し離れた所で蹲っている男がそれぞれ1人。
更に見回すと、女性を担いだ大男とその周りに男が数人。血だまりにふせっている男もいる。
全員が突然現れた勇気を見て呆けていた。もちろん、勇気を喚びだしたエミリアでさえも。
召喚魔法とは、召喚獣と呼ばれる生物を異世界ないしはこの世界から喚び寄せる魔法であるからして、まさか人を召喚するとは思っていなかったからだ。
勇気は一通り周囲の様子を確認すると、今度は現在、自分が置かれている状況の推測に移った。
(周囲の魔力の残滓からすると、あそこで抑えられてる女の子が俺を召喚したみたいだな。周りの男達に襲われて、それで…ってところかな。こんな状況だし、当たらずとも遠からずでしょ)
勇気の推測は見事に当たっていた。少なくとも、こんな状況に出くわせば大体の人間が同様の推測に行き当たるだろう。
(さて、さっさと助けますか。さっさと帰って今後の身の振り方を考えないとならないし)
勇気は周囲の盗賊達を睨んだ。呆けていた首領は流石に持ち直すと、誰何をしようと口を開いた。
「おめえ、何もん」
「動くな」
首領が全てを言い切る前に、勇気が言葉を挟む。
(声が、でねぇ…!?)
正確には舌が、顎が、全身が動かなくなっていた。勇気が言葉を発したと同時、盗賊達は自分の意思に反し、動けなくなっていた。
幸い呼吸だけはできるようで、呼吸で胸が少し動いてはいるが。
(こいつ、一体何をしやがった)
急に動けなくなったことで焦る頭で考える盗賊達であったが、答えは出るはずもなかった。
そんな中、勇気は組み伏せられているエミリアの元へと歩いて近づいて行く。
自分に近づいてくる勇気を見て盗賊は恐怖に駆られるが、それを表情に出すことは叶わない。何故なら、動くことができないから。
光の中から現れた勇気を見て呆けた顔のままで、しかし内心は恐怖でいっぱいというちぐはぐな状態であった。
そして、彼の目の前に勇気が到着したのだった。
「あんた、いつまでも女の子の上に居るんじゃないよ。けしからんじゃないか、そこからどきたまえ」
(そうは言っても、体が動かな…ええっ!?)
勇気がどくように命令すると、今までどうやっても動かなかった身体がすんなりと動いたことに盗賊は驚愕した。むしろ、これも自分の意に反して勝手に動いているわけで、自分の意思で動けないのは相変わらずなのだが。
呆けた顔のままエミリアの上から移動する盗賊には目もくれず、勇気は手を差し伸ばした。
「大丈夫? 立てるかい?」
エミリアがその手を握ると、ぐいと身体を引き上げてくれた。そしてお礼を言おうとして、口に布が押し込められたままなのを思い出し、慌てて口から布を引っ張り出した。気恥ずかしさで頬を朱に染め、さっきまで口に入っていた布を後ろ手に隠すと、なんとも居た堪れない気分になってしまったエミリアであった。
しかし、意を決してお礼を言おうと口を開きかけると。
「血」
「え?」
「おでこから血が出てるよ」
そう言われて髪の下からおでこに手を突っ込みペタペタと触ると、ぬるっとした感触を指先に覚えた。そのまま手を眼前に下ろすと、確かに、指先には血が付いていた。
恐らくは、盗賊に頭を押さえつけられた時にできた傷であると、エミリアは思い至る。
「ごめんね、ちょっと失礼」
「えっ? あ…」
勇気は返事を待たずにエミリアの前髪を左手でかき上げる。そして、ぼんやりと発光する右手を、怪我をしている部分にかざした。
(暖かいな…)
ほんのりと暖かく心地いいため、エミリアはつい目を閉じた。しかし、それはあっという間に終わってしまう。
「はい、治った」
「え…」
その言葉のとおり額の傷は治ったようで、残念そうな声を上げてしまったエミリアは、またしても頬を朱に染めてしまうのだった。
「あ、あの、ありがとうございます!」
そんな恥ずかしさを隠すかのように、深くお辞儀をし、とにかく大きな声で礼を告げる。
「どういたしまして。まあ、まだ全部は終わってないんだけどね」
そう言われて、今、自分が置かれている状況を再確認すると、確かにまだ全てを解決したわけではなかったことを思い出した。
召喚獣ではなく人が現れ、勇気の一言で場が停止し、なおかつ自分を取り抑えていた盗賊が彼の一言でサッとどいてしまうという理解し難い状況が立て続けに起こってしまったために、少々混乱していたようだ。
「念の為に確認したいんだけど、コイツらは悪者ってことでおーけー?」
「は、はい。この先の街に向かっていたところ、この人達に襲われてしまって…。あ、あの女性も私の友達なんですけど」
「わかった」
そう返事をすると、先ほどまでエミリアを取り抑えていた男と蹲ってる男に、首領達がいる所へと移動するように指示を与える。
すると、またしても彼らは言われた通りに移動を開始し、盗賊達は同じ場所にひと塊りに立つことになった。
そして、エミリアをその場に残して、勇気は盗賊達の元へと歩み寄り、首領の前で歩みを止めた。
「その女性をこちらに渡してもらうよ」
首領は自分の意思とは正反対に、言われるがままミーシャを引き渡した。
「これでよし。ところで、あんたがこの集団のボスかな? あ、話せないんだった。あんたにだけ発言することを許すよ。この状況だと、全員が話せるようになった途端に喧しくなりそうだし」
そう告げられた盗賊団の首領は、自らの口が動くことを確認すると、質問を投げ掛けた。
「おめえ、一体何もんだ。俺たちに何しやがった!」
「質問したのこっちなのに…。まあいいや」
勇気は少し不服そうな顔をするも、すぐに立ち直った。
「俺の名前は灰村勇気。勇気が名で灰村が姓ね」
「チッ、貴族か」
「姓はあるけど貴族じゃないよ。俺はあんたらの世界とは別の世界から来た異世界人なんだ。あそこにいる女の子に喚ばれてきた」
「戯けたことを抜かすぜ。まあいい、おめえ異世界人なんだろ? この世界とは無関係なんだから、さっさと解放してくれねぇかな」
いまいち勇気の発言を信じ切れていない首領であったが、勇気は気にもしない。
「まあちょっと待ちなって。二つ目の質問にはまだ答えてない」
「ああ?」
とっさに何を言っているのか解らず怪訝な顔をしてしまうが、さっきの自分の発言を思い出し、そのことだと得心した。
「魔眼だよ。コレであんたらの行動の自由を奪わせてもらった」
「マガン…?」
トントンと自分の目の下を指で叩くが、意味するところがよくわからないため首領はつい素っ頓狂な声をあげてしまう。
「あ、この世界には魔眼がないのか。要は、俺の眼を見てしまったがために、あんたらは俺の言うことでしか動けなくなってしまったわけ」
そう説明すると、勇気はエミリアの元に戻った。
「わけがわけんねぇが…。で、おめえは俺らを解放してくれねぇのか?」
「解放するよ」
突然の解放発言に、エミリアは驚きで固まった。首領も駄目元での発言で全くの予想外だったようで、一瞬呆けるもすぐにニヤリと笑みを浮かべる。
「へへ、そいつはありがてえ」
「な、何で解放するんですか!?」
「まあまあ」
エミリアの抗議の声に対し、勇気は意地悪そうな笑みを一つ浮かべると、ミーシャを地面に横たえ、片手を振り上げた。
ザンと、鋭い何かが盗賊団の足下に降り注いだ。
「安心して。解放するとは言ったけど、彼らを助けるとは言ってないよ」
そう言いつつ指先を上空に向けると、それに釣られ、いつの間にか身体が動くようになった盗賊団の面々も空を見上げた。
彼らの上空には、大小長短、様々な剣が無数に浮遊し、彼らに影を落としていた。
「動いていいよ。動いたら死ぬけどな。束の間の自由を楽しめ」
「ひっ!?」
この後の展開が予想できた盗賊達が小さな悲鳴を上げる。それが引き金になったかのように、無数の剣が絨毯爆撃さながらに盗賊団に落下してきたのだった。