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01 おいでませ異世界

 日本がある地球とは別の世界。街道を南下する二つの姿があった。


「あ、左手に森が見えてきましたよ! あともうすぐですね、ミーシャさん」

「ああ、ここまでくれば、残るは1日ってところかね」


 ミーシャと呼ばれた女性は、魔物退治や護衛などを生業とする、いわゆる冒険者であった。ブラウンの瞳に、瞳と同色の髪は短かく切り揃えられ、鎧は重さなどで動きが阻害されにくいよう、革の鎧を身に付けていた。


「久しぶりだなぁ、お母さんは元気にしてるかなぁ」

「私はちょくちょくブルーノに戻ってたけど、エミリアは魔法学校に入学して初の長期休暇だもんな。懐かしいだろ?」

「うん、ほとんど1年振りです」


 エミリアは薄緑のローブを羽織り、肩まで伸びた金髪を風にたなびかせ、蒼い瞳で街道の先を見据えて生まれ故郷であるブルーノに思いを馳せる。


 魔法学校がある王都のアラステアから続くこの街道を、途中に街を経由しながら10日掛けて、故郷であるブルーノの街近郊まで2人は辿り着いた。街道の東側にある森が目印となり、それはブルーノにほど近い所まで続いている。

 大きい森ではあるが、ブルーノの街の騎士団や冒険者達の定期的な魔物の討伐活動により、危険性はそこまで高くはなかった。とはいえ、一般人が1人で森に踏み込むとこの限りではないのだが。

 森には魔物はもちろんのこと、野生の動物もいる。動物の中には獰猛な種類だっているからだ。

 だから、危険性が低いとはいえ、この森に入る際は冒険者か狩人に同行を依頼するのが常であった。

 エミリア自身もかつて、隣にいるミーシャや狩人と一緒に木の実などの森の幸を採りに中に入ったことがあり、そんなことを思い出しているのであった。


「それにしても、ミーシャさんが旅に同行してくれて助かりました。持ち合わせがあまりなかったので、ギルドで護衛の方を雇うのもギリギリで…」

「礼なんていいさ、私とエミリアの仲なんだからさ。それに私もちょうどブルーノに行く用事があったからね」


 そう言って、ミーシャは肩に掛けた鞄をポンと軽く叩いて示した。鞄の中には、王都の冒険者ギルド本部のギルドマスターから、ブルーノの街支部のギルドマスターに宛てた手紙が入っているのだった。


「と、いうわけでさ、気にしないでいいよ。それでも気になるってんなら…そうだ、宿屋に着いたらとびきり美味いご飯を頼むよ」

「もちろんです! お任せください!」


 そう言うと、エミリアはドンと胸を叩いて請け負ってみせた。



 そして、街道と森が接するように近付く場所に差し掛かったその時、複数の何かが2人に向かって襲いかかった。


「っ! フン!」


 ミーシャは即座に剣を抜き放ち、剣と鞘でもって2人に当たりそうなものだけを叩き落としていく。叩き落とされたそれは矢であった。


「何者だ!」


 ミーシャは油断することなく、剣を構えて森へと声をあげた。エミリアもローブの内側に隠していた短剣を取り出す。


「…チッ。大人しく当たっていればいいもんを」


 その言葉を皮切りに、木の陰から盗賊が次々と現れる。数にして10人。


「…盗賊団だと。何故こんなところに」


 そこまで言い、一つのことに思い至る。


「盗賊狩りか」


 先日、王都近郊の街で騎士団を挙げての大規模な盗賊狩りが行われた。その残党がここまで逃げ延びたのだと。


「ご明察。忌々しい騎士共が俺たちの住処を奪いやがってよ。こうやって新しい狩場と住処を探してたってワケだ」

「人から奪ってばかりいたんだ。当然の報いだな」

「言うじゃねぇか。おい、おめえ等」


 盗賊達はその手に獲物を持って構える。


「エミリア、下がっていろ」

「ううん、私も戦います。これでも騎士の端くれです。それに、この人数を1人では、いくらミーシャさんでも大変なはずです」

「…わかった。援護を頼む」

「大人しくしていれば痛い目に合わずに済むぜ」

「戯言を!」


 エミリアは身を沈め、駆け出すと一気に間合いを詰めにかかる。


「上玉だ。おめえ等、なるべく殺すなよ」

「当然っ」

「ヒヒッ! 楽しみだぜ!」


 盗賊達は下卑た笑いを浮かべるが、直後、驚愕に染まることになる。


「ファイアアロー!」


 エミリアの言葉と共に火の矢が3つ眼前に発生すると、即座に盗賊へと狙いを定めて撃ち放たれた。


「ぐうっ!」

「魔法だと!?」


 矢は2人の盗賊に命中すると、小さな爆発を巻き起こしてその意識を刈り取った。更に、突然の魔法に注意を向けた隙に、ミーシャが1人に斬りかかり腕を切断して無力化した後、すぐにエミリアの側へと戻る。


「魔法使いか、厄介だな」


 盗賊の首領らしき男が苦々しい思いで言う。


「まだ戦うつもりですか?」


 エミリアがそう問う。


「当然。投降したところで処刑は確実だ。ならば、ここで戦うまでよ」

「逃げるって選択肢もあるだろ」

「冗談言うなや。魔法は確かに厄介だが、この人数差がありゃ十分なんとかならぁ」


 首領が片手を挙げると、3人が散開、首領と残る3人がミーシャへと襲いかかる。


「マズイ!」


 ミーシャは剣を目にも留まらぬ速さで2度振り、2人を斬り伏せる。3度目の斬撃を繰り出そうとしたところで、首領にその剣を止められた。


「身体強化か!」

「おめえも使えるみたいだが、これで終わりだな」


 そう言うと、視線はミーシャから外さないまま顎をしゃくった。


「っ! エミリア!」


 ひと固まりでいると魔法で一網打尽になる可能性がある。そのために散開した3人は、三方向からエミリアへと襲いかかった。


「ファイアアロー!」


 左右から迫る盗賊へ向けて火の矢を放つ。右手の盗賊へは命中。矢が外れた左手の盗賊へと身体を向け、短剣を構える。斬りかかってきた盗賊の剣をいなし、態勢が崩れた所に足をかけて転ばす。ここまではよかった。


「うっ!」


 背後から体当たりをぶち当てられ、堪えられず短剣を放り出し転倒してしまった。

 そのまま地面に組み伏せられ、魔法を唱えられないように口に布を噛ませられた。


「頭ぁ、終わったぜ」

「エミリアッ!」

「おう! 俺らをただの盗賊風情と侮ったのが運の尽きだったな」

「傭兵崩れが…!」

「相変わらず察しの良いことで」


 そう、これがただの盗賊であれば、ミーシャとエミリアの魔法でどうとでもなったであろう。盗賊の統制がとれた動きで、何らかの訓練を受けた連中であると気付いた時にはこの人数差ではまずいと感づくが、もう既に遅かった。ただの盗賊と思わせて油断させることが、傭兵から堕ちたこの盗賊団の手口だった。

 首領の身体強化がなければ、まだなんとかなった可能性もあったであろう。


「手こずらせやがって。剣、捨てな」

「…」


 無言で剣を手から離すと、硬質な音が地面から響いた。それを見届けると、首領は手に持つ剣の柄でミーシャを殴りつけ意識を奪い、彼女を肩に担ぎ上げた。

 また、気絶させた盗賊達も意識を取り戻し始めていた。


(ミーシャさん…!)

「あ、おい! 暴れんじゃねぇ!」


 地面に組み伏せられ、拘束された状態から脱しようともがくが、頭を勢いよく地面へと叩きつけられてしまう。


(なんで…こんなことに…)


 この後の自分達の境遇を考えて、エミリアは軽く絶望を感じてしまう。女であるからこそ生かされた。それがどういうことなのか分からないほど初心でもなかったのだ。


(…まだ諦めちゃダメ)


 むしろ、そんな目に合う位なら、ここで命が果てる方がマシとも考えた。


(やって…みよう)


 ローブの内側に隠してあるポーチに意識を向ける。その中にある魔結晶にありったけの魔力を注ぎ込み、更には地面へと魔力を走らせて魔法陣を構成させる。

 この時のために幾度となく練習し、構成し続けてきた魔法陣は瞬く間に完成し、淡く青い光を放ち始めた。


「チッ! おい、止めさせろ!」

「えっ! あっ!?」


 突如として現れた異変に首領が気付き、止めさせようと盗賊に指示を出すも、組み伏せた盗賊は突然の異変に戸惑ってしまっていた。


(お願いします…! 助けて…!)


 魔法陣は目が眩むような、一際強い光を放ち始めた。堪らず腕で目を覆う盗賊達。次第に光が収まるのを瞼越しに確認し、少しずつ目を開くと、そこには1人の人間が立っていた。


 灰村勇気、27歳独身が、幾たび目か異世界に降り立った瞬間であった。

お読みいただきありがとうございます。

プロローグ後、やっとこさの1話目です

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