00 プロローグ
遅筆です。
とある公園のベンチで、一人の男が項垂れていた。その手には企業からの不採用通知である、通称「お祈りレター」が握られている。
灰村勇気は、お祈りレターに書かれている「御健康と御活躍をお祈りします」という文を読んで、盛大な溜息を吐いた。
「これ、もう人生詰んでるんじゃないかな…」
灰村勇気、27歳独身。黒髪に黒目、顔の作りは平々凡々。身長は日本人の平均よりは高く180センチ、身体には無駄な肉は少なくかなり引き締まっている。最終学歴は高等学校中途退学により中学校卒。
中卒だからと言って、就職が出来なかったわけではなかった。彼の職歴は飲食店勤務、運送業、建築、営業、IT関連等、多岐に渡っていた。
また、多数の職歴から察せられるように、一つの職でいる時間は非常に短く、大体が試用期間内で、最短では3日というものすらあった。
彼自身は勤労意欲を持ち合わせており、出来ることなら一つの職に長く就いていたかったが、「ある理由」でそれは叶わなかった。
いずれも解雇されており、空白期間を問われるため履歴書にこれらの職歴を書かずにいられるわけもなく、正直に記入してきたのだが。
「短期間で多数の職歴、俺自身に問題有りと見られて当然だよな」
事実、彼の手に握られている、ある企業の「お祈りレター」を発送した人事担当者も、彼の職歴とその就業期間の短さを懸念して、灰村勇気その本人の人格か何かに問題有りとみて不採用としたのだった。
「諭吉先生が1人と…357円か」
既に預金額は千円を切っており、その端数を払い戻しての全財産が前述の金額である。この金額では今月の家賃なども当然払えない。
両親は、彼の意図する所ではない「ある理由」など関知するものでなく、勇気本人の資質や態度の問題として彼の学歴及び職歴とその短さを見ていたため、要はだらしがない奴だと早々に見切りをつけていた。
いわゆる絶縁である。
そういったこともあり、勇気には親を頼るという選択そのものがなかった。
最悪は生活保護を受給するという手段があることにはあったが、出来れば勇気はそれを避けたかった。小さなプライドと単純に肩身の狭い思いをしたくないという理由で。
手持ちの金額で、何か他の案はないかと改めて思案に耽る勇気であったが。
「…やっぱり、そんな都合の良い案はないよな」
そう独りごちた時、ある慣れた感覚が彼の身体を伝った。
「…またか。またなのか」
足元には淡く青い光を放つ魔法陣。魔法陣と共に突如として発生した浮遊感にも、もう戸惑いはない。
高校を中退し、果ては就職の邪魔をするに至ったその「ある理由」は足元の魔法陣である。
「全く、現状をどうにかする案を考えないといけないってーのに。さっさと行って、ちゃちゃっと片付けてきますか」
そう言うや否や、灰村勇気は魔法陣が一瞬だけ発した強い光に飲まれ、地球にある日本という国のとある公園から姿を消した。
2014.11.8
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