始まり
ジージーと蝉の声が五月蝿くなってきた七月の中旬、『私立倉真高校』にももうすぐ夏休みが訪れる。
そんな中、昼休みの1ー1ではいつものように一人の男子生徒を囲んでいた。
「オラッ、起きろよ。まだ俺たちの気晴らしは終わってねーんだからよッ」
「カッ!?ーーーーーーッッ」
鳩尾を勝士の脚が正確に打ち抜く。俺は痛みで悶絶し、息が出来なくなる。胃酸も少し出てしまっただろうか?
「カッ!? だってよ。まじウケんだけど」
「きゃはははは、笑える笑える」
「ちょ、唾きたなーい。キモッ」
「そーそー、キモいんだよ。この生ゴミが」
クラスメイトが手を叩きながら、ゲラゲラ笑う音が頭に響く。実に不快だ。
俺を囲んでいるのは、坂崎勝士、清水正幸、千崎真琴、佐志野來未の四人。勝士を中心としたグループでヤンキーもどき達だ。
「ハァ……ハァ……」
「なんだよ、その反抗的な目は? お前はなッ 俺たちのサンドバックなんだよッ」
勝士は髪の毛を掴み、顔をグイッと近づける。タバコ臭いからやめてくれ。
俺は、俺を殴ったり蹴ったりしている坂崎勝士に逆らうことは出来ない。だからこそイジメの対象に俺を選んだのだろうけど。
理由は単純、勝士に恩があるからだ。正確には勝士の親に、だが。
俺は孤児だ。父親と母親の記憶がない。
で、俺が2歳の頃からお世話になってる孤児院が『ミササギの郷』だ。俺以外にもかなりの数の孤児、いや俺の兄弟がそこで生活している。そして、そのかなりの数の孤児を養うにそれ相応の金が必要となるのは当然だろう。
俺がバイトなどで貯めた金を使ったりしているのだが、そんなもので足りるわけもなく、生活費の大部分が寄付で成り立っている。
『ミササギの郷』の経営資金の約7割を、勝士の親が経営する会社に寄付を貰っているから、反抗なんて出来る訳がない。
「ったく、何時でも親父に頼めばあんなチャチな孤児院の寄付なんていつでもやめれるんだぜ」
「それだけは勘弁してください。お願します」
そう言って、俺は土下座をする。こうするのが一番効果的だからだ。人の上に立たないと気が済まないので、わかりやすいこの姿勢が好きなのだろう。
「ギャハハハ、プライドねーのかよ、おい」
(お前には永遠に解らないだろうがな、プライドなんかよりもっと大切な物があるんだよッ)
と心の中で言い返す。口答えすれば寄付を中止される危険が高まるから、実際言ったりはしないが。
とここで、空気を読まないかの様に、ガラッと教室のドアが開いて、もう一つの集団が入ってくる。
「勝士くん!君は人をいじめていて楽しいか!」
あぁ、出たよ。あんたのせいで余計にイジメが酷くなるのが解らないかな? もっと空気を読むってことを覚えたほうがいいと思うぜ。
この正義の味方気どりの名前は天上院光輝、苗字から解ると思うが、いいとこの坊ちゃんだ。
そのため、如何に勝士であろうとも表立って天上院を何かするということはない。
天上院自身は知らないと思うが、周りの男子からは『ラブコメ糞野郎』の愛称でお馴染みである。友達がいない俺でも知っているのだから、かなり浸透しているだろう。
超絶イケメン、鈍感、天才、お人好し、ここまでラブコメ要素を詰め込まれた奴は他に居ないといえる。今も天上院の後ろには、には美少女が並んで、勝士達を責めるような目で見ている。
彼女達も天上院を好きになるくらいだ。正義感も強いのだろう。
たしか、生徒会長に剣道部の部長にハーフに幼馴染みだったかな? あ、外人の転校生も居たっけ。水泳部の女の子ともいい感じだと聞いている。全員名前は知らないけど。
「はぁ…。うぜえんだよ。脳みそお花畑のくせして俺に刃向かうんじゃあねぇよ」
「なんだと!」
まさに一触即発と言ったところか。このグループの喧嘩に巻き込まれないようにと、そそくさと立ち上がって逃げようとする。
「紫陽くん! 君も君だ! 嫌なら嫌とちゃんと言うべきだろう!!」
空気を読まない天上院にイラついていると、
キィィィィィィィーー
「「「「なんだ!?」」」」
ーーィィィィィィィイイイイイ
と言う黒板を引っ掻くような奇音が響いたと思うと、突然教室が輝き、魔法陣のような幾何学的な模様が現れ、俺は意識を手放した。