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第二節

 ほう、これはなかなか立派な高層マンションじゃないか。自転車で数十分(+休憩時間)を経て、俺は能登さんの家までやってきた。綺麗だし新築っぽいな。

「本当に来てしまったわね……」

「安心してください、俺の嫁はそこにいます」

 俺は能登さんの鞄を指さしたビシィ!。

「何をもって安心したらいいのかわからないけれど、来てしまったものはしょうがないわね」

 能登さんは小さくため息をついてから歩き出し、俺をマンションの中へと案内した。

 エレベーターは15階まで上がり、廊下の手すりから階下を覗くと下半身がヒュンと縮んだ。

「たっか! 落ちたら即死ですね」

「あんまり覗き込むと危ないわよ」

 能登さんは扉の鍵を開けながら言った。

「ほら、早く入っちゃって」

 キャッキャとはしゃぐ俺をよそに、能登さんは中へと入っていった。

「おじゃましまーす」

 ふぉ! この匂いは! 女子の香り!

 家にはそれぞれ独特の匂いというものがあるが、これは正しく女の子の匂いだった。

 玄関に足を踏み入れた瞬間に鼻を通るフローラル。学校で横を通った女子の髪からふわっと香るあの感じ。クンカクンカスゥハァスゥハァ!

「ちょっと、人の家を嗅がないでよ!」

 家中の空気を吸い込もうと鼻孔を全開にしてしまっていた。

「失礼した。して、保管場所はいかほどに」

「急に冷静……まぁ、私の部屋になるでしょうね」

 ほほう。それはつまり、あなたが普段寝泊まりしたり色々したりなんだかんだしたりしているお部屋ということですな。

「案内していただこう」

「……こっちよ」

 能登さんの後を追って扉を一枚開けた先はパラダイス! ……と思ったが案外普通の部屋だった。ベッドと机に本棚が少々。

「多分、保管するとしたらこの場所だけど……」

 能登さんは部屋の奥にあった本棚を指した。

「ふむ。ちょっと失礼」

 俺はそれから数分ほどかけて、そこが嫁の場所に相応しいかくまなくチェックした。能登さんはその間、腕を組んで立ったまま俺を見ていた。

 検査を終えると、俺は無言でリビングに戻り、ソファに座った。しばらくそうしていると、能登さんは気を遣ってか、冷たいお茶を出してくれた。優しい。

「まぁいいでしょう。本を傷つけない為の工夫もきちんとされている。合格です」

「あ、ありがとう」

 テーブルを挟んで向かいに座っている能登さんは複雑そうな表情で笑った。

「では、読みますか」

 俺は立ち上がって能登さんの右隣に座り直すと、テーブルに置かれていた同人誌を手にとった。

「い、一緒に読むの!?」

 能登さんはびっくりして声が裏返ってしまっていた。

「当然でしょう! これは二人の共有財産なんですから!」

「うっ……」

 嫁を目の前にして俺も少し気分が高まってしまったのか、声が大きくなってしまった。

「俺はこっち側を持つので、そちら側をお願いします。俺は読むの早いので気にしないで好きなときにページめくっちゃっておkです」

「わ、わかったわ」

 それから数十分かけて、俺達はじっくりと同人誌を堪能した。


     ◆


「そう! そうなのよ! あそこで主人公の男の子が力強く抱きしめたところがたまんなかった!」

 どうやら能登さん、相当の好きものである。読み終えた時の彼女の目は見開き輝いていて、こころなしか鼻息が荒くなっていた。

 二人で感想を言い合っていたら、かれこれ一時間ほど経ってしまっていた。

「私、こんなに共感する場所が同じ人に初めて会ったわ」

「俺もです。あそこまで深く読み込んでいるとは思いませんでした」

 どうやら能登さんとは感性が似ているらしく、俺が少し時間をかけて読んでいるところは彼女もページをめくるのが遅くなっていた。

「いやー、こういうのでこんなに話したの久しぶり……」

 能登さんは背もたれに倒れこみ、表情に少し疲れが見えていたが、とても満足そうだった。

「それでは、そろそろ俺は帰りますね」

 この人なら預けて大丈夫だろう。目的を終えた俺は能登さんに同人誌をくれぐれもよろしくと伝えた。

「え!? あ、そうか、帰る……んだよね、そうだよね……」

 能登さんは玄関まで送ってくれて、俺達は短く挨拶を済ませた。

 ふぅ。人仕事終えた後はとてもすがすがしい気持ちだな。帰りがけに自販機でビール(麦茶)でも一杯ひっかけるか。

 エレベーターホールでボタンを押して待っていると、後ろから廊下を走ってくる足音が向かってくるのが聞こえた。

「ねぇ! キミ!」

 呼ばれて振り向くっと、そこにはさっきまで一緒に語り合った能登さんがいた。

 「ケータイ……教えてくれないかな」

 彼女の手にはスマホが一つ。息を切らして俺を見つめている。

「ふぁ!?」

 女の人にケータイ番号聞かれたの初めてだよおおおおお! 動転してまともに返事もできていなかったが、暴れる手を抑えて制服のポケットからなんとかアイフォンを取り出した。

「ありがとう……」

 そのまま何も出来ず固まってしまっていると、能登さんは俺の手に持たれたままのアイフォンを操作して番号の画面を呼び出し、自分のスマホに打ち込んでいた。すると、見知らぬ番号から着信が。

「これで、またお話……出来るよね?」

「え、えぇ! いつでも大丈夫です!」

 心臓がとんでもなく早く鳴り、汗が尋常じゃないぐらいに噴き出している。頭の中を色んなことが駆け巡って、ニヤニヤが止まらない。

 しかし、そんな幸せな瞬間もつかぬ間、到着したエレベーターから制服を着た一人の女子が降りてきた。

「……は? なんでアンタとお姉ちゃんが一緒にいるの?」

「能登……!? なんでここに!?」

 現れたのはクラスメイトの女子。能登美雪だった。


     ◆

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