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思惟葉隠



 紋白蝶が、飛んでいる。

 ひらひらと舞うその儚い姿を目で追いつつ、タツミは小さく息を吐いた。

 呼気は、すぐに春風と紛れさらわれていく。


 「……」


 柄に家紋を刻んだ“鶯”を左手に、右手で魚の入った網袋を携え踏み固められた街路を歩く。路上の人々がタツミの姿を認め次々に声をかけ、あるいは頭を下げた。タツミは最低限の頷きを返して応え、緑と鮮やかな花の彩りに包まれた道を進んだ。

 その足が止まる。こちらに向かって駆けてくる姿に見覚えがあったから。


 「当主様より、タツミ様へ」


 片膝を突き目の前に捧げられる書状。丸めた紙の中央には紫鶯家の印が入った封蝋。

 タツミは無言で受け取り封を切る。中を改め、少年の柳眉が小さく吊り上がった。


 「……分かった。これから行く」

 「はっ」

 「あと、これ」

 「は?」


 タツミは己の戦果たる網袋を差し出し、どこか不満そうに言う。


 「持って行けないから、あげる」

 「は……当主様に、お渡しすればよいので?」


 ふるふると頭を振って。


 「あげる」

 「……いえ、あの」

 「あげる」

 「いえですから、タツミ様の釣果をいただくなど」

 「……そう」


 ちゃき、と鯉口の切られる音。


 「いただきます! 是が非でもいただかせてもらいますっ!」


 ですからお命ばかりはどうか!! と必死の形相で懇願する男。タツミは一つ頷き、男の差し出す腕の中に網袋を置いた。だが数秒の間、手を離さず未練の残るような面持ちでじーっと見つめ。


 「……僕の取った魚」

 「は、え? お返し致した方が??」

 「……」


 静かな表情は変わらず、しかし紫の瞳は悲しげだった。細い呼気を溜息とし、タツミは未練の気配を断ち切り男に行っていいと身振りで示す。逡巡を残しつつ、一礼した男の姿が遠く消えるのを見送って、ゆっくりと今来た道を振り返る。

 ほとんどが二階以下で造られるルクシエの中でも、珍しい三層構造を備える白亜の議事堂が遠くに聳える。その一際目立った、明らかに街の中枢と分かる建物の傍に、魚の流線型を思わせる巨大な船が鎮座していた。金属の外板が陽光に煌き、まさにうろこを纏った魚のような印象である。


 「……」


 もう一度文面に目を通してから、書状を懐に仕舞う。

 遠く船を見つめ、タツミは歩き出した。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 ―――無音の世に描かれる銀弧。

 それは仄かに紫を帯びていた。鮮やかではあるが、使い手と同じ妖しさを含む紫。剣が主人に似せられたのか、主人が剣に似ていたのか。他愛もない思考が脳裡を巡る。

 夕闇に沈む、逢魔ヶ時の。

 それはとある少年の、瞳の色。


 「楽しそうな顔をしておいでですね、姫様」

 「ん? そうか?」


 横から投げられた声に目を開けないまま応じる。フォルティシアは自分の口元を触ってみた。自覚はなかったが、確かにそこは弧を刻んで。


 「……はは、本当だ。どうやら私は楽しく思っているらしい」

 「らしいとはまた曖昧な。ご自分のことでしょうに。……昼間の、剣閃七家の人間と出くわした件ですか? 生憎その場に居合わせなかった身としては、どれほどの者か判じかねるのですが」

 「一緒にいたところで同じだ、メリス。――見えなければ、意味がない」


 フォルティシアは黄金の目を開ける。本国から持ち込んだお気に入りのソファでくつろぐ自分のすぐ前に、薄い茶色の髪をバレッタで留めた侍女服姿の少女がいた。

 いや、少女と言うにはいささかとうが立っている。しかし女性と呼ぶのも躊躇われる。大人と子供の境目で、どちらの顔も使える曖昧な年齢にあるメリスは、怜悧な面立ちをそっと俯かせて静と佇む。


 「見えない……それは、私でさえでしょうか」

 「無理だな。一合、刃を合わせることも叶わないだろう」


 髪と同じ薄い茶系をしたメリスの瞳に不満の色が浮いた。自負を傷つけられた顔だ。フォルティシアは小さく苦笑に近い笑みを零す。

 ……メリスの腕は確かだがな。

 剣好きのフォルティシアが直々に選び抜いた専属侍女だ。武を競わせれば熟練の騎士にも引けを取らない。それでいて身の回りの世話もできる者となるとなかなか見つからず、メリスと出会えたことはここ数年で最大の幸運だった。――今日までは。

 再び昼の一幕を思い返し、内腑が冷たく研ぎ澄まされるような感覚に身震いする。


 「……早く、手合わせしてみたい」


 右から、左から、正面から。

 二つの逆袈裟が交叉した瞬間、妖しい紫の剣閃が真っ向唐竹割りに空を断ち切った。刹那の内に描かれた美しい軌跡はまるで三つ又の矛。もし生の人間が喰らえば、巨大な三叉槍で貫かれたような死に様を晒すに違いなかった。

 あの少年と、打ち合いたい。

 心行くまで―――心逝くまで。


 「つまり、あの噂は本当だったということでしょうか?」

 「ん? どの噂だ」

 「皇帝陛下の放った間諜の一人が、この国を探った時に得た話と聞きました。……何でもルクシエが誇る剣閃七家は、古来より一人で一軍を相手取る馬鹿げた腕前だとか」

 「ああそれか。私も父上から聞いた。軍の差す規模にもよるが、話に聞いただけならはっきり言って眉唾ものだな」


 軍と一言で言っても中身は様々。師団、旅団という枠組みさえ国によって異なることもざら。とは言え大陸の八割を占めるヴェスパニアの基準だと、師団が約五千、旅団が約千の人員から構成されるため、それが大陸共通の指標と言えるかもしれない。

 そして一軍とは三師団、即ち一万五千の兵員からなり、いくらフォルティシアでもこの人数を一人で倒すのは無理がある。そもそもこんな辺境の地では民の数も少なく、万を超す兵数を動員することも難しいはずだ。と、そこまで思考を巡らせて、フォルティシアは今度こそ苦笑した。


 「眉唾ものだが、もはや確かめる機会はないな。ルクシエ倭国は既に帝国の版図。ここに攻め入る者があれば、即ちヴェスパニアの敵。――つまり、私の相手だ」


 くつろいだ姿勢から起き上がり、フォルティシアは軽く背筋を伸ばす。メリスが全てを承知した様子で、恭しく櫛を取り黄金色に輝くフォルティシアの髪を梳き、身だしなみを整えにかかった。

 二人がいるのは議事堂の最上層、貴賓室に当たる一室だ。本来なら王の居室を召し上げるべきなのだが、他人の生活臭がする部屋は落ち着かないというフォルティシアの一言で、急遽こちらに居を構える流れとなった。昼間、街の視察に出ている間にメリスの主導で内装が変えられ、貴賓室には持ち込んだソファやベッド、テーブルなどが帝国本国びフォルティシアの私室と似せて配置された。それでいてルクシエ独自の文化色がさりげなく残されているあたり、メリスの審美眼を窺わせる。

 蒼碧色の戦装束はそのままに、身支度を整えたフォルティシアがテーブルの上に寝かせていた二本の剣の一つを掴もうとすると、横からするりと伸びたメリスの手に取り上げられる。


 「こちらではありません」

 「……ダメか?」

 「ダメです。仮にも一国を背負う立場なのですから、身分に相応しい装飾で己を飾るのも務めです。いくら趣味に合わないからと、公の場で実用一辺倒の剣では華がありません」

 「私は華になりたいわけでは――」

 「姫様」


 遮る声の強さにフォルティシアは嘆息し、渋々もう一つの剣を腰に帯びる。愛剣と比べて優雅ではあるが心許ない重み。メリスが満足そうに目を細め頷いた。


 「……では、行くか」

 「はい。くれぐれも侮られることの無きよう、姫様」

 「姫様ではない」


 柄頭に片手を置き、毅然とした眼差しで口の端を吊り上げ、言い放つ。


 「軍令閣下だ」





 ☆ ☆ ☆ ☆





 夕焼けに霞む稜線が最後の明かりを投げかける。

 国王ミサゴは以前ならば自分が着くべき玉座を横目に、広間に集う臣下達と同じく立ち尽くしたまま、一人の少女が訪れる時をじっと待っていた。そわそわとした者、瞑目し俯く者、緊張に浮き上がった脂汗を拭う者。玉座へ至る道を挟んで並び、誰も口を開かず、沈黙が場を満たす。それとは別にヴェスパニアの騎士と侍女の姿もあり、落ち着かなげにミサゴが口髭をしごいた。途端、隣の大臣から刺すような視線がミサゴにだけ飛んできて、何でわしばっかり、と溜息を吐きたくなりながら手を下ろす。

 ……これで、わしもお役御免か。

 もう十年二十年は頑張るつもりだった。まだ幼い娘が大きくなるまではと。胸を張って次の世代に冠を受け渡したかった。しかしルクシエは大国の武を前に降伏し、今や沙汰を待つばかり。

 しかし窓の外に映る斜陽はルクシエの行く末ではない。ヴェスパニアは寛大だ。例え国家を解体されようと、民にまで害が及ぶことはないだろう。新たな帝国臣民として暖かく……はないにしても、冷遇されはしない、はず。


 「フォルティシア様のおなりです」


 沈黙に響く言葉がしわぶきすら奪い去った。全ての視線が開かれた広間の扉に向かう。磨かれた石の床を踏む硬質な音が近付くにつれ、息を潜めずにはいられない空気が重く伸し掛かる。

 カッ、と軍靴の主が姿を見せた瞬間、ヴェスパニアの人間だけでなくルクシエの王臣一同は動作を揃え深く拝礼した。ミサゴとて例外ではない。それは臣下の礼であり、恭順の礼であった。

 床を見つめるミサゴには玉座へ端然と歩むフォルティシアの靴しか目に入らない。だがふっと、視界の端をよぎった煌きに危うく面を上げかけた。他の幾人かも、少なからず身じろぎする者があった。


 「顔を上げてくれ。ルクシエの王とその忠臣よ」


 だがその一言で全ては拭い去られる。自然、背筋を伸ばさざるを得ないような声音が玲瓏と場を清めた。王として羨望すら覚える声だった。

 周りの空気に合わせ、ミサゴは頭を上げる。その瞳に昼にも見た少女を映し、だが息を呑まされる。

 気配が違う。空気が違う。身に纏う雰囲気が隔絶し、別人の様相をもって少女は玉座の前に立つ。


 「私の名はフォルティシア・ヴェスパラード。帝国ヴェスパニアの皇女として、此度のルクシエ統治軍司令を拝命した」


 ただの名乗りが場を圧倒する。輝く黄金の髪を背に流し、フォルティシアは涼やかに微笑む。

 そこでようやく、ミサゴは少女が片手を添えている物に気付いた。気付いたと同時、目が釘付けになる。先ほど視界をよぎった煌きが脳裡で一致を見せる。

 それは鞘だった。細く優美で、空恐ろしいほど繊細な彫刻が縁取る黄金の鞘。柄を覆う護拳部に彫り込まれた複雑な翼の紋様は、ヴェスパニアの皇族にしか許されない皇家の紋章。抜かれてもいない刀身の美しさが窺える、まさに宝剣と呼ぶべき代物。

 仮にも剣閃七家が住まう地を統べる者。ミサゴとて名剣、名刀は数多く目にしてきた。だがこれほどまでに持ち主自身と調和を見せる剣は初めてであった。――無論、かつて剣の才能なしと太鼓判を捺されたミサゴの目から見ればだが。

 フォルティシアは耳目が自分ではなく腰の剣に集中していることに苦笑し、とん、と添えていた片手で柄頭を叩く。ミサゴを含めた多くの人間が、はっと我に帰った様子で視線を向ける。


 「……さて、皆の意識が戻ったところで私の話を聞いてもらいたい」


 言外に自分を見てなかっただろうと指摘され、ミサゴはばつの悪い顔をした。隣で大臣が嘆かわしげに首を振るのが胃を痛ませる。居並ぶ者の中にも見惚れていた者は多いらしく、フォルティシアの指摘にそそくさと傾聴の姿勢を取っていた。


 「私は確かに皇帝の娘で、武力も権威も貴方がたより上だ。しかし若輩者の小娘に過ぎないことも心得ている。我が父ヴェスパニア皇帝はルクシエを降伏させ、私を司令として使わした。だが正直、私は統治など初めてだ。国政よりも、見ての通り剣を手に山野を駆け回る方が得手だったのでな」


 苦笑と共に両手を広げてみせるフォルティシアだが、笑う者はいなかった。得手という程度で、姫将軍の武名が轟くはずもない。


 「幸いと言うべきか、ヴェスパニアとルクシエの間に戦端が開かれることはなく、死者の一人も出ずに終わった。遺恨も最低限で済むはずだ。民も、国土も、王も、君臣も、瑕疵一つなく保たれたままだ。これは長く戦乱の世が続いてきた大陸の歴史においても奇跡に等しい。私は、この奇跡を失いたくない」


 広間に戸惑いが生まれた。ヴェスパニアの侍女や騎士の間にさえ困惑の波が広がっていた。フォルティシアの言葉が紡ぐ流れの行き着く先を想像し、まさかという思いで見つめたのは大臣ただ一人。


 「ルクシエ倭国は降伏を受け入れた。よって既に我が帝国の版図、将来私が受け継ぐ地だ。その民は帝国の民であり、その幸せを願うのは為政者として当然のこと。――故に、我が権限において、ここルクシエの条件付き自治を認めるものとする」

 「そ――それはつまりっ」


 大臣の声が裏返った。


 「つまり、このまま我らに国政を任せて下さると?」

 「いかにも。無論、自治権とは別にヴェスパニアの版図として幾つか義務を負ってもらう必要もある。細部はまた後ほど詰めるつもりだ」


 おお、とどよめきが人々の口に上る。支配者の気持ち一つで最悪の場合全員処刑という展開も有り得たため、その表情は明るい。


 「ルクシエ国王ミサゴ」

 「は、はっ!」


 一人話についていけず呆然としていたミサゴは、フォルティシアの呼びかけに慌てて一歩前に出る。そんなミサゴに、フォルティシアは快活に笑いかけた。


 「昼の視察で、貴方がいかに民の間で慕われているか分かった。尊崇と親しみは別物。治めるべき民から親しき思いを向けられる貴方を心より尊敬する」

 「も、もったいないお言葉!」


 慌てる余り勢いよく腰を折り過ぎて、頭の上の王冠が滑って床に転げ落ちた。焦って拾おうとするミサゴよりも早く、フォルティシアのしなやかな指が王冠を拾い上げる。


 「……この冠は私には少し大きいな」


 呟き、ミサゴの傍に歩み寄って、そっとその頭に冠を戴かせる。少し離れ、うんと頷いた。


 「やはりこれは、貴方の頭にある方が似合う。倭国の王として、これからも民に親しまれるよう、よろしく頼む」

 「っ……あ、ありがたく……っ!」


 もはや言葉もなく、感涙を袖で拭う国王の姿に皆が笑う。嘲りではない。この、どこか間の抜けた王に親しみを抱くのは、何も民だけではないのだ。

 大臣が呆れたような笑顔で、ぱんぱんと両手を叩き注目を集める。


 「ではヴェスパニアの皆様、王がこんな有様です故、私がご案内いたしましょう。ルクシエの山と海の幸を用意しております。どうぞ会食の間へ」

 「だ、大臣! その言い様は酷くないか!?」


 笑いが弾ける。ルクシエもヴェスパニアもなく、笑い合える。


 「ははっ、なるほどそれは楽しみだ。異国に赴いての醍醐味はやはり食に尽きる。精々私も、食べ過ぎて太らないよう気を付けねばな」

 「ご安心を。舌だけでなく、目でも楽しめるよう取り計らって――」


 にこやかな大臣の言葉がぷっつりと途切れる。しわの寄った顔から笑みが消え、フォルティシアもまた表情を改め広間の入口に鋭い目を向けた。

 ざわめきが走る。ルクシエの衛兵に肩を貸されたヴェスパニアの騎士が、息も絶え絶えの様子で姿を見せた。騎士は兜の下を脂汗でぐっしょりと濡らし、今にも意識を失いそうな足取りでフォルティシアの前に跪く。


 「も……申し、上げます。賊が、船に押し入り……我らでは、阻むことも……」

 「数は何人だ。装備は?」


 叱責も疑いもフォルティシアは挟まなかった。一瞬でそこが戦場であるが如く意識を切り換え問う。


 「敵は……ひ、一人……それも、子供で……武装は、剣……のみ」

 「剣を持った、子供……?」


 呟きはフォルティシアのものではない。国王ミサゴが呆然と、みるみる内に顔を青白くさせながら、蒼白を通り越してもはや土気色の顔をした大臣と目を合わせる。

 騎士のもたらした僅かな報告だけで事態を理解できたのはルクシエの臣下達も同様だ。なぜこんな時に限って……と苦渋の声が方々で漏れ、そんな彼らにヴェスパニアの者たちは猜疑と怪訝の眼差しを向けていた。たった数分前の、打ち解け合ったような空気は霧となり、どこにもない。


 「――なるほど」


 騒然とした場を威厳ある声が貫く。凍りつく音が聞こえなそうなほど、刹那の内に静まり返った広間で、フォルティシアはゆっくりと呟いた。


 「船に残した警護の騎士を、一人で打ち破る子供の剣士か。……心当たりがあるな。どう思う、国王」

 「は、そ、その」


 どもるミサゴに、フォルティシアは優しい微笑みを向ける。


 「別にこれがルクシエの策だとは思っていない。貴方がたが国益にも何にもならない策を打つ愚か者であるなど、私には到底信じられない。……そう、それに昼間聞いたばかりだ。彼らは本当に、国政も国同士の関係にも興味がないのだな」

 「め、面目次第も、ございませぬ……」

 「よい。そう肩を落とすな。私個人としては喜ばしい流れだ」

 「……は?」


 本来なら――そう、敗戦国の人間が戦勝国の船に危害を加えるなど正気の沙汰ではない。一時の恨みでそのような暴挙に出た瞬間、二度と反逆を許さぬ厳然とした統制が取られるだろう。だがフォルティシアは笑っている。それも好意的な笑みだ。こんな馬鹿をむしろ待っていたと言うような――。

 そうして目を点にしたミサゴから意識を外し、フォルティシアは颯爽と広間の外へ歩き出す。御苦労、と報告の騎士を労うのも忘れず通路へ向かい、慌てて大勢の人間が動き出す気配を背後に感じつつ、付き従う侍女へ声をかける。


 「メリス、あれを」

 「……お言葉ですが閣下。見栄え的に今回は腰の物で我慢してくださいませ」

 「しかしメリス――」

 「閣下」


 フォルティシアの言葉を遮り、メリスは声を潜める。


 「……これは戦ではありません。皇族として振る舞う政です。姫様のお顔がそれはそれは楽しそう嬉しそうでお止めしなければならないのは非常に心苦しいですが、どうかここはお考え直すよう進言させていただきます」

 「わ、私は楽しそうな顔などしていない!」

 「では問題ありませんね、軍令閣下?」


 メリスの丸め込んだ微笑みにフォルティシアは苦虫を噛んだ様子で顔をしかめ、はあ、と溜息する。それから物足りなげに剣の柄を叩く。


 「……仕方ない。本気の仕合いはまたの機会としよう」

 「はい。しかるべき時、しかるべき場で」


 今は、そう。


 「軽い食前酒と行くか。なあ、タツミ?」




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