序章
宵の帳が落ちた王城。
その一室で細長い卓を囲み、国務遂行に不可欠な人材が顔を揃えていた。
「皆、忙しい中よく来てくれた」
上座に座る人物が重々しく口を開く。
「本来なら戦勝の宴でも開き功を労うところなのだが、そうも言ってられん事態だ」
「ま、大方予想は付きますがの」
「此度の戦にしたところで、原因はそれでしたからな」
「しかし陛下、こうして我々を集め、その上火急の事態となると……」
うむ、と場の主が肯定を示し、場がざわついた。ひそひそと話し合う声を咳払いが止める。
「諸君に集まってもらったのは他でもない。つい先刻、降伏の使者と共に返書が届けられた。内容は……もはや耳にしているだろうが、一応伝えておく。――『我らは国に仕えず、民に仕えるなり。我らは国事に関わらず、ただ人道に携わるなり。故に我ら、貴国の命に借す耳持たぬなり。――シオウ・カズラ』」
「シオウ――確かあちらの文字では、紫鶯だったかのう」
「むう……聞き及ぶところによると、七家の筆頭であったか」
「虹をそのまま家名になぞらえているそうです。雅なことをしますね、ルクシエの名家は」
「感心している場合ではない! かの家が頼れないとなれば他にどうしろと言うのだ!?」
バンッ、と皇帝が卓を打ち悲痛に叫ぶ。
「一体どこの誰が、我が娘の婿になれると言うのだ――!」
最大最強の国、ヴェスパニア帝国。
大陸の八割を手中に収めた比類なき強国は今、お家存亡の危機に晒されていた。
主に、一粒種たる姫の我が儘によって。
『私は悲しいのだ』
皇帝に限らず、卓を囲む全員がその言葉を回顧する。
『獣を見よ。人と同じ、あるいは人以上に、強き雄が全てを得る。家族も、縄張りも、食糧も、そして雌も。だがこの国の男はどうだ? 兵士も近衛も隊長も将軍も、誰も彼も私より弱いではないか。男は女を守ってこそ。違うか? 私は、女に守られるような男は要らない。富でも知恵でも名声でもなく、腕っ節で私を守れるほどの男でなければ、私は生涯良人を取らぬ――』
「……剣など教えたのが間違いだったか」
そっと目元を拭う皇帝に寄せられる同情の視線。
大陸最強を統べる国家の誰よりも強い。それ即ち、大陸最強に他ならない。
皇帝は総力を挙げ八方手を伸ばし虱潰しに調べ上げた。ほんの僅かでも可能性があるなら人をやって確かめ、そのほとんどは徒労に終わり、幾名か見つけた強者でさえ、最終関門たる近衛隊長の前にたどり着くことすらできなかった。
国内を調べ尽くした皇帝が目を付けたのは無論国外――大陸の東端と南端にちらほら残る小国だった。そしてその最東端で有力な情報が発見されたのだった。
「ルクシエ倭国の剣閃七家――その当主たちは古来、一人で一軍に匹敵する働きを見せたとか」
「そうは言ってものう、どこまで真実なのやら」
「しかし陛下の言葉ではありませんが、他に頼る当てがないのも事実。……いかがなされますか。他を探すか、あるいはもう少し様子を見るか」
皇帝はしばしの間瞑目し、臣下の交わす言葉を聞き、決断を下す。
「……我らがどれほど頭を悩ませ候補を探そうと、最後に決めるのは娘だ。ならば娘自身の目で、耳で、その腕で、確かめさせるほかない」
息を詰め瞠目する議場に、立ち上がった皇帝は玲瓏と告げた。
「フォルティシアを――ルクシエ統治軍司令に任命する」
後書き
……序章です。執筆中の続きは約八千字ほど。
なろうでは初めての投稿で不備があるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
あと、短いのは承知の上ですので、その指摘は要りません。
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