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見知らぬ土地―6

――何故、泣かないの?

 ルイは、ぼんやりとした意識の中でゆっくりと誰かの声を聞いた。

 それは、自分がきっとおかしいからだ、と答えた。

 慣れているから。自分は、幸せを諦めてしまったから。何が起きても、きっと未来を危惧してしまう事を止めてしまったから。

 母と、仲が悪かった。ルイは母が好きで、好きで。ずっと母の為にと努力したつもりだったのだが、結局妹の舞と「同じ」にすらなる事はなかった。

 これ以上居場所のないそこにいるのが嫌で、家を飛び出して。フリーターで生活を繋いで、将来はいつか、友人から聞くような暖かい家庭を持つことを夢に見て、夢を持ち、何とか生活していたルイを襲ったのは病魔だった。原因不明の病は、僅かだが熱が下がらないという微妙な症状を続けルイの身体から体力を奪い、生活力をゆっくりと奪っていく。その中でとうとう、少女は将来幸せな家庭を持つという最大の夢すら諦め始めてしまった。


 諦め。それはいけない事だと頭ではわかっているのだが、身体がどうしてもついていかず心も納得はしなかった。その状況で必死に、なんとか一人でも暮らせるようにという事だけ考えて生きていたルイは、何が起きても、もういいや。と思っていたのかもしれない。

 夢を抱いていた時は、あんなにも未来に期待して、生きたいと強く願い続けていた筈なのに。




(明るい……)

 うっすらと視界に光が入り込み、ルイはゆっくりと瞼を押し上げた。揺らぐ視界に入り込む光に、今日はバイトの日だったか、と考えたルイは、自分を包み込む温もりに気がついてびくりと身体を奮わせた。

「……起きました?」

「……、あの、えっと……おはようございます……っ」

「おはようございます。そんなに怖がらないで」

(そうだ。私、変なところにきちゃったんだっけ)


 カイトはふっと笑ってゆっくりと身体を起こす。離れた温もりに身震いし、身体を縮めれば、同じ体勢で固まって眠っていたせいか酷く体が痛んだので、仕方なくゆっくりと身体を起こした。

(絶対ありえない。男の人と寝るなんて。私、さいあくだ……)

 昨日は酷く疲れて眠かった気がする。そのせいだろうか。でも、神経図太すぎる。そんな事を考えていたせいかころころと表情を変えるルイを見て、カイトは少しだけ安心した。


「……大丈夫、ですか?」

「え?」

 カイトの手がゆっくりと伸び、ルイの頬に指先が触れた。

「昨日はすみませんでした。……怖くないはずは、ないのに」

「え? ……私、何か言ってました?」

「……いえ、特には。食事、できそうですか?」

「え、えっと、はい。あ、できれば、お水いただけますか。薬飲まないと……ああ、昨日、飲んでいないや」

 カイトは立ち上がり荷物を置いている一角に移動しながら、少し心配そうに振り返る。

「どこか、体調が優れないのですか?」

「あ、その、持病で。微熱が、下がらなくて。そのせいでいろいろ……昨日もそのせいで随分寒かったんだと思います。すみません、迷惑かけて」

「……いえ」


 カイトはそれで体温が少し高かったのか、と何となく自分の手を見た。彼女は細く、でも柔らかくて、確かに体温が少し高いのかとても暖かかった。柔らかく暖かい、ふわりといい香りがする女性を抱き締めて眠る事で、カイト自身は驚く程ゆっくりと休めたのだが、それは彼女が体調を崩しているサインだったのかと気づけなかった自分に少し苛立ちを覚える。

「薬は、熱を下げるものですか?」

「いえ、熱は微熱で、たいした事なくて薬使えないんです。飲むのはその……吐き気止めといいますか」

「すみません。辛そうですね。実は、ここには簡単なものしかなくて。食べれそうですか?」


 そういってカイトは荷物からパンを取り出し、ルイに見せた。それは柔らかそうには見えず、日持ちするジャムが一つあるだけだ。

「大丈夫です。すみません」

「いえ。食べたら、出発しようと思うんですが」

「はい。お願いします」

 ルイはパンを受け取りながら、自分の体力で大丈夫だろうか、とベッドの脇にある小さな窓の外を見つめた。天気はおそらく、悪くはない。

「ここから四時間程歩かなければならないと思います。休憩を挟みながら行きましょう」

「……すみま、せん」

 自分は明らかに足手まといになるだろうと考えて、ルイは俯いた。でも、ここで彼においていかれてはルイはどうする事もできない。そこまで考えて、どうして彼はここまで自分に優しくしてくれるのだろうか、と首を傾げた。優しくされるのに、慣れていなかった。

「いえ、気にしないで下さい。一晩あなたで暖をとらせてもらいましたので、お礼にとでも」

 カイトはそういって、にっこりと笑った。少し楽しそうな声に、ルイはすぐに顔を赤くする。

「わ、私……っ」

「すみません、意地悪が過ぎました」

 くすくすと楽しそうに笑うカイトの手がルイの頭を撫で、子供っぽかっただろうかとルイは俯いて少し唇を尖らせた。そんな姿が、子供っぽいとは本人は気づかないが。


 パンを食べ終え、水を貰い薬を飲んだルイは何やら荷物を漁っていたカイトに、布を手渡される。広げてみるとそれは服で、厚めの布で出来ているズボンと、首まで覆う長袖の上着は、男物だ。大きい帽子も一つ渡される。

「服が、それしかなくて。今の服ですと、日は昇りましたが寒いですね。それと……その、もしかしたら目立つかもしれません。男物ですが、そちらの方が王都に入った時も目立たないと思います」

 申し訳なさそうにカイトがそう言って、出ていますね、と外に消えた。


 どうしようか、と考えて、今の自分の服はきっとこの世界では目立つ格好なのだろうと思い至ったルイは、それは嫌だとすぐに着替え始める。

 しかし、身長も低く細身のルイの身体は服の中で泳ぎ、姿見はないがおそらくずいぶんと変な格好をしているだろう。


 なんとかズボンはベルトで絞り上げ、大きな上着はどうしようもないのでそのままにして諦めて、慣れない金の長い髪を高いところで結い上げ帽子で隠す。どうせなら、格好だけでもぱっと見男のほうがマシだ。最後に来ていた服を丁寧に畳み鞄に入れると扉をゆっくり開けた。外で待っていたカイトが、少し驚いたように目を見開く。

「すみません、そこまでサイズが合わないとは思いませんでした」

「えと、あの、ごめんなさい」

 居た堪れなくなって俯けば、上から少しだけ笑い声。

「王都についたら、服を揃えましょうね」

「……あ、の。私、お金……これ、使えませんよね?」

 鞄から取り出した財布の中のお札を一枚取り出すが、カイトは首を傾げる。

 取り出したのは、一万円札。元の世界であればこれである程度できたのかもしれないのだが

「それが……あなたの世界のお金、ですか」

「やっぱり使えないんですね」

 どうしよう、とルイは項垂れた。これでは、王都についてもどうしようもない。

「まぁ、いろいろな事を含めて話し合いましょう。安心して下さい。護りますから」

「……、何で、ですか?」

「……? いけませんか?」

 しばらく思案するように顎に手を当てていたカイトは、ふといきなり少し困ったように笑い、下心はありませんよ? と言った。

「そ、そんなつもりじゃ」

 カイトはまだくすくすと笑っている。悪い事を言ったと少し俯けば、ふわりと頭にのるのは彼の手。

「気になさらないで下さい。いきなり何もわからないあなたを放っておく事もできませんし、好きでやっている事です。……子供は甘えていいんですよ」

「こ、子供?」

「ああ、そういえば……私は23歳なのですが、あなたはおいくつですか。13、4くらいでしょうか」

「……19、なんですけど」

「……ええっ?」

 しばらく目を見開いて呆然とルイを見ていたカイトは、我に返るとすぐに頭を抱えた。小さな声で、「すみません」と聞こえる。

「……大変失礼な事をしてしまいましたね、昨日も含めて」

「わ、若く見られるのは、慣れてます……」

(何か、昨日からの態度に妙に納得がいった気がする……)

 ルイはそう思いながら「昨日」という単語についてふと考えて、昨晩の事だと思い至り顔を真っ赤にしたルイの頭上で、もう一度「すみません」と声が聞こえた。

 カイトはどうするべきかとしばらく様子を見ていたが、行きましょうかとそっと手を引いてみれば意外にも素直にルイが従ったので、とりあえず二人はゆっくりと小屋を後にした。


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