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騎士の苦悩と神子の変化―3

暴力的な表現がございます。ご注意下さい。

「おやめなさい! ルイ様に触れる事は許しませんわ!」

「じゃあなんだい、キミはそこの結界を解く? そのじじぃ見捨てる?」

 今アイラがルイを助けに動くという事は、怪我人を守っている結界を解くという事になる。

 男はそれをわかっていてにやりと笑い、胸元を掴みあげて持ち上げたルイを地面に投げ捨てるように落とし、喚くアイラの前でルイの上に覆いかぶさった。

 あっという間に手を纏めて片手で押さえられ、ルイはひっと息を飲む。

 ルイはパニックになっていた。既に自身を守るための魔法は、頭から抜け落ちてしまっていた。

 彼女はこの世界にくるまで、魔法に触れたことすらなかったのだから当然といえば当然だった。

「やめ……っ! 離して!」

 暴れるルイの足を自らの足で押さえつけ、男は面倒くさそうに舌打ちするとパンとルイの頬を叩く。

「っ!」

「ルイ様!!」

 アイラの集中力が、途切れた。途端、囲んでいた木の枝がぐるりと倒れこんでいた初老の男とアイラを縛り上げる。

「あんたさぁ、そこで見てなよ、この子ヤられんの」

「ルイ様ぁあああっ!!」

 にやにやと笑った男は屈みこみ、ルイの首筋に顔を埋める。

 ねっとりと触れた舌に、ルイは歯をぎりぎりと噛みしめた。

(いやだ……っ!)


 ルイの手の中には、未だ握られたままの伝達石。それが、淡く、光る。

 首筋に感じる痛みに耐えるように歯を噛んだまま、ルイは何も見たくないと顔を横に背ける。

 男の手がルイの胸に触れ、男が笑んだ。


 その時。


「何か申し開きはあるか? もっとも、聞きはしないが」

 一瞬。ほんの一瞬で現れたカイトが、男をルイから引き離しその体を金に輝く光で縛り上げ、首に手をかけていた。

 周囲に浮かぶばちばちと雷を纏う光の玉。それがほぼ一秒毎に増えていき、カイトは静かに魔力を高め続ける。

 その表情はルイがこれまでに一度も見たことがない程冷え切っており、普段柔らかくルイを見つめる眼差しは鋭く見るものを怯えさせるに十分なものだった。

 声も普段より数段低く、ルイは震える身体を押さえつけながら、はっと息を吐く。

「カイトさん!」

「ルイさんに何をしました? 私はあなたを許せません……騎士、カイト・フォルストレの名においてここにて我が魔力を開放します」

「ぐっ」

 男が呻く。ぎりぎりと光りが体を縛り上げ、皮膚が変色する。

「っイト、フォルス……っなんでこいつがここに……っ」

「おいカイト、そんなんに魔力使うな。そいつはこっちの方で預かるから、姫さん助けてやれ」

 ぱっと姿を見せたのは、ラトナ。デュオも焦り縛り上げられていたアイラと傷だらけの男を救助する。

「しかし……っ」

 カイトは何か言いたげに口を開いたが、ちらりと視線をルイに移動させるとそのまま縛り上げている男をドンと突き放しラトナに任せ、未だ震えているルイの傍に寄ると優しく抱き起こす。

「ルイさん、もう大丈夫です。落ち着いて」

「カイト、さん、すみません……っ!」

「謝罪など、ルイさんがする必要はありません。どこか痛みますか? ……っ、これは」

 カイトはルイの首筋に指を伸ばし、眉を顰め、唇を噛んだ。

 ルイの白く細い首筋に一つの赤い痕。

 カイトの胸の内に激しい炎が燃え上がる。怒り、嫉妬、己への叱咤。

「もっと早く駆けつけていれば……いえ、護衛騎士である私が傍を離れたりしていたから……」

「私が散歩したいって無理言ったんです。それに守ってくれたアイラさんの結界、自分で抜けちゃって。だから私が悪いんです。本当にごめんなさい……っ」

 カイトの腕の中に納まったルイが喚くようにそう続ける。アイラは悪くない、それを言いたいのだろう。

「キュゥン」

 その時足を振るわせた小さな犬が、ルイの横までふらふらと歩いて近寄った。

 犬の周りには、強固な結界と回復魔法が漂う。

「……ルイさん、この子犬を助けるのに全力を注ぎましたね?」

「……、助けたかったの」

 ルイは自分に魔法を使う事は忘れていたが、子犬を守りたいという意思は守り通したらしくその結界は揺らぎない。

 近寄った子犬にそっと腕をルイが伸ばすと、子犬はぺろりとその指を舐めた。

 ルイの指先はまだ震えていた。それを必死で止めようと舐める子犬。

「ディーネ様にアイラと共に捕らわれていた方とアルカライトの回復をお願いしましょう。我々の回復力では、特に男性の回復に時間がかかってしまいます」

 そういうとカイトはルイの様子を伺いながら子犬を抱き上げるとルイの腕の中に下ろし、自分はすっとルイを横抱きに抱き上げた。

「ひゃ」

「子犬を落とさないで下さいね。馬の場所までもどりましょう。水の神子がお待ちです」

「そういえばディーネさんの護衛……っ」

「大丈夫です、私とデュオ、ラトナ以外は全員残っていますから。ラトナは初めからよくない魔力の波動がするとデュオと探索に出ていたんです。ルイさんの伝達石からよくない波動を感じたので、私も後に続きました」

「……本当にごめんなさい」

「無事でよかった……ルイさん、私はあなたがいなければ……」

 カイトは言葉を続けながら、悔しそうに眉を寄せた。視線は、ルイの首筋を見つめている。

「っく、首、怪我してますか? 噛まれたみたいで、その」

「……いえ」

 カイトは少し息を飲むと、ゆるりと首を振る。

 ルイが視線を移動させると、いつの間にか気を失ったのかアイラがデュオに抱えられ、ルイが腕に抱くアルカライトの子犬より少し大きな白い犬と初老の男性がラトナに魔力を注がれているようだ。その横に、拘束されたまま頭をだらりとさせているルイたちを襲った男がいくつもある雷の玉に囲まれるように宙に浮かんでいる。

 その雷と光の拘束を見て、ルイはカイトの魔力だと悟った。カイトは腕の中にいるルイにも魔力を注いでいる。

 いくつもの魔法の同時使用、そして瞬速の速さの攻撃魔法に拘束術、これがカイトのほんの一部の実力なのだろうと推測して、ルイは少しだけ震えた。

 これだけの能力者に守られる自分に。

 凄まじいプレッシャーを感じてしまう。


「クゥン」

 ルイの指先を舐めながら、子犬が心配そうにルイを覗き込んだ。



 休憩地点であった馬の場所に戻ると、すぐさま水の神子ディーネはデュオと数人の騎士に連れられ初老の男の救出へと向かった。

 ルイとアイラ、アルカライトの子供は残った水の騎士に回復魔法を施してもらい、ルイはしきりに謝るアイラに首を振りながらカイトの腕の中で魔力を注がれている。

 アイラは何も悪くない。結界の中を抜け出したのは自分なのだ。

「あの、この子犬、アルカライトって言うんですよね?」

「ええ、そうですわルイ様。珍しく動物の中でもたまに魔力を使うものが現れるので、軍犬としても大切にされておりますの」

「わぁ、すごいんだね、いい子。私を励ましてくれているの?」

 ルイは子犬の頭を撫でながら笑う。カイトはその様子を見つめながら、ルイを離そうとはしなかった。



 まもなく戻った水の神子、ラトナ、デュオと怪我をした男性とアルカライトの犬を連れて、ルイ達は予定を変え地の町テルスの結界内ぎりぎりにある宿で今日は休む事になった。

 突然の大量の客に驚きながらも丁寧に案内してくれた宿の主人に連れられてルイが入った部屋だけ、シングルのベッドが一つだけ置かれた個室。

 アイラと他数人の女性騎士が同室で、ラトナの水の神子が同室。他は数人ずつで少しの部屋に散るらしい。

 ルイについていたのは……カイトだ。

「今宵私と同室になります。申し訳ありません」

 カイトがさらりと、事務的に言葉を吐いた。

 いつもと違うカイトの声音に、ルイは首を傾げつつも頷く。

 それはカイトへの信頼。そして、未だ恋に気づけない感情の幼いルイの無邪気な返答に、カイトは少しだけ眉を顰めた。

 ルイは、男を知らなすぎるのだ。

 食事と入浴を手早く済ませたルイは、まるで当然のようにソファのない小さな個室でベッドの端に身体を横たえた。

「カイトさん、寝ないんですか?」

 躊躇うカイトに、ルイはきょとんとした様子でカイトを大きな瞳で見つめる。

 カイトは、唇を噛んだ。

「ルイ、さんは……っ」

「え?」


 ルイは目を見開いた。自分を押さえ込むようにカイトがルイの手首を両手で押さえ、覆いかぶさっている。

「ルイさん、私は男です」

「え? えっと」

 わかりきっている事を言うカイトに、ルイは首を傾げた。その手に昼間のような震えはない。

「他の男にあなたを渡せません。意味、わかりますか?」

「……カイト、さん?」

 漸くルイはカイトの様子のおかしさに、不安そうに顔を歪めた。

 カイトは泣きそうな表情でルイを見つめる。

「私は……あなたが」

 苦しそうに、呻くようにカイトは呟くと、そっとルイの首筋に顔を埋めた。

「んっ」

 昼に痛みを感じた場所と同じところに、カイトの吐息が触れる。

 熱い。

 ルイは熱さに身悶えた。

 とっくに首の赤い痕はルイがそれを確認する前に水の騎士の魔法によって消されていた。

 その場所が、ちくりと痛む。

 新たな、赤い花が咲く。

「は、ぁ、カイトさん……っ」

 濡れた感触がルイの首筋を伝う。

 それとは違う何かが、ぽたりとルイの頬を濡らした。

「私は……っ俺はあなたの前では騎士でいられない。ただの男だ」




「好きなんです、ルイさん」

 ふっとルイの耳朶を吐息がくすぐる。



「好きなんだ、ルイ」


 小さく呟くような声は、しっかりとルイの耳に届いた。




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