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気高き護りの町―12

 仕度を終えたカイトが部屋を出ようと扉を開けた時、今か今かと待ちかねていたアイラが扉の前に既に待機していた。部屋の奥に見えたルイの様子を見て、口をあんぐりと開け呆然としている。

「あー……すみません、いじめすぎてしまいましたけど、大丈夫ですよ」

「まあ! カイト様でしたら無理矢理手を出したりしないと信じておりましたのに。合意でなければ、いくらカイト様といえど吹っ飛ばしますわよ」

「……デュオ。彼女に風の魔法を教えないように」

 苦笑したカイトは使用人である彼女の言動を咎める事なく後ろの彼女の恋人に注意を促し、その彼女を部屋に入れる為に身体をずらす。すかさず部屋に飛び込んだアイラが、ベッドの上でぼんやりと顔を赤くし座り込んでいるルイの傍まで走り寄るのを確認してカイトはゆっくりと扉を閉めた。

「おまえのところは使用人に寛大だな」

「今更、幼馴染と言っていい彼女の性格なんてわかっていますよ。それに彼女の主は正確に言えばルイさんですから」

「で? 否定しなかったように見えたけど、やっちゃったわけ」

「……、部下の口の利き方には指導を与えるべきでしたね」

「なんだ、俺も幼馴染だろ」

「露骨すぎます」

「じゃあ、喰った?」

 無言のカイトの鉄拳がデュオに飛んだのは言うまでもない。



「ルイ様!」

 慌てたように転がり込んできたアイラにルイが驚いていると、彼女はルイの手を掴み胸元まで上げ大丈夫ですか、痛くはありませんでしたかと繰り返す。

 その様子に首を傾げつつ、ルイは握られた手を握り返し慌てて頷いた。

「大丈夫ですよ、怪我はすぐに治してもらったみたいだし、アイラさんのほうがずっと術を使ってて疲れたんじゃ」

「違いますわ! そうではなくて、腰とか痛みません? すぐに湯浴みの準備を致しますから、ああ、私ってば。今しばらくお待ちくださいませ」

「は? 腰?」

「カイト様もカイト様ですわ、いくら待ち焦がれたといっても恋人になられてすぐの女性に手を出してしまうなんて。まずは口付けから、時間をかけてでもよろしいでしょうに!」

「へ、恋人? え、あ、アイラさんちょっと待って!」

 口付け、と具体的すぎる表現に漸くアイラの勘違いの理由を悟り、ルイは慌てて離れようとしたアイラを呼び止める。

「アイラさん、恋人って、私の事ですか? ちょっと待って、カイトさんとは何も……」

「恥ずかしがらずとも、……って、え? 違いましたの? ですがルイ様、カイト様は恋人ではない女性とご一緒するとは思えませんわ。一応紳士ですもの、今更ですけれど。それに否定されなかったんですよ」

「あ、部屋にいてほしいってお願いしたのは、私です。否定って、何をですか」

「ルイ様をいじめすぎたと。てっきりそういう事なのかと……あら?」

「ち、違います!!!」

 顔を真っ赤にしてルイは立ち上がり、首を振る。

「確かに、ちょっと一人になるのが怖くて出て行こうとしたカイトさんを呼び止めちゃって、そういう事は言っちゃいけないって怒られましたけど、カイトさんは何も……っ! そ、それに恋人だなんて」

 必死に説明するルイを見て少し驚いたように目を見開いたアイラだが、ルイの表情にいつもとは違う微妙な変化がある事に気づいて頬を緩ませる。

 何もなかったとルイは説明するが、何かあったのだろう。ルイの表情は、どこか嬉しそうだったから。

「わかりましたわ、ルイ様、落ち着いて」

「っ、私、やっぱりいけないことしました……?」

「……そうですわね、いけませんわ、恋人以外の男性と寝室を共にするのは。こちらを用意した地の民は、二人が恋人だと勘違いして気を利かせたのかもしれませんが」

「私、……カイトさんに変に思われちゃったかな、悪い事、言っちゃったんでしょうか」

「まあ、カイト様なら大丈夫ですわ。むしろよく耐えたと言いましょうか。当然ですけれど。でもルイ様、よかったんではありませんの?」

「え?」

「カイト様とご一緒にいれて、嬉しかったのではありませんの?」

 息をのんで顔を逸らし、無言になってしまったルイにアイラは微笑んだ。このまま俯く少女が欲深くなってくれればいい。いつしかカイトといることでルイにそういった感情が芽生えるのではと思ったアイラの考えは当たっていたのだ。

「……ルイ様は、カイト様の事、好き、なのではありません……?」

 ゆっくり、彼女に合わせて静かに尋ねる。少しでも特別な意味が伝わるように。

 ルイは、ゆるゆると小さく首を振った。

「わからないんです。お兄さんみたいだな、とは思ってたけど……違う……? 好きって、どんな気持ちですか?」

 言って、ルイは俯いた。でも、と小さく言葉が続いたのに気づいて、アイラは一歩近づく。

「……一緒に」

 ぽそりと俯いたまま、ルイが呟くように言葉を紡いだ。

 アイラは聞き逃すまいと膝を床に下ろし、続きを待つ。

「一緒にいたいと思うのは、初めてなんです。アイラさんも、カイトさんも。それに……抱きしめてくれたのは、カイトさんが初めてです。……よくわからないけど、暖かくて、安心しました」

 潤むルイの瞳を見て、自分の名が呼ばれたことに少し驚きつつもアイラはそっと手を握り、微笑んだ。

「好きは、わからないけど……カイトさんの傍は、とても暖かくて好きです。いつも一緒にいれたら、って思います。これが好きって気持ちなら……私、カイトさんが好きです」

 頬を染めて、恥ずかしそうに言ったルイの表情は、確実に恋をしているそれで、アイラは嬉しそうに頷いた。



「……さぁ、ルイ様。準備をして、朝食の席へ参りましょう。カイト様がお待ちですわ」

「ご、ごめんなさい、遅くなって」

「いいえ、時間はたっぷりありますから。地の長へのご挨拶は、昼過ぎになるそうですわ。それと、昨日負傷した騎士は意識を取り戻しているそうです。朝食を終えたら、カイト様とデュオ様がそちらに顔を出すそうですわ。行かれますか?」

「あ、行きたいです!」

 話しつつ湯浴みの準備を終えたアイラに促されて数日水浴びしかできなかった身体を湯につけたが、カイトたちが朝食を待っている事を考えそそくさと身体を洗うとアイラの用意したワンピースに着替える。

 薄い桃色のワンピースは背にリボンを結ぶタイプで、そちらはアイラが丁寧に結んだ。あまり華美なものはルイが好まないのを知って、アイラがルイの為にと選んだ服の一つだ。

 アイラはルイの長くふわりと広がる金の髪を魔力石で適度に水気を飛ばし、丁寧に梳いて、ルイお気に入りの白いレースのリボンで結わえる。これは最近カイトがルイに渡したものだ。その前からルイが愛用していた黒地に白いレースのリボンもカイトが用意したものだそうだから、ルイがカイトからもらったものを大切にしているのがわかる。

 あまり化粧を好まないルイだが、今日だけは、と薄くアイラに化粧をしてもらい、最後にアイラに全身を確認してもらうと部屋を出た。


 案内された部屋に入るとすぐにカイトが席から立ち上がりで迎えてくれる。

 カイトの姿を見てほっと息を吐いたルイがカイトに駆け寄り、そのまま促されてカイトの隣にルイが座ると、アイラはその斜め後ろに控えた。ルイは多々一人で食べるのは寂しいとアイラを食事に誘っていて、普段はそれに答える事もあるもののさすがにカイトの前ではしないようだ。

「身体は休められましたか?」

「はい!」

 元気よくルイが返事をして、向かい側に座っていたデュオが微笑みアイラを手招きする。

「ここは正式な席じゃない。おまえも座れ」

「ですが」

「アイラさん、一緒に食べましょう」

 アイラが席に移動するのを見てルイは満足気に頷くと、運ばれた料理に目を落として急に大きな声を上げた。

「お米!?」

「え、ルイ様、知っておりましたの?」

 四人の目の前に並ぶ料理の中に、白くつやつやした粒が団子状に握られ置かれている皿があるのをルイの視線が捉え、こくんこくんと頷く。

「私の世界の、主食でした」

「まあ!」

 その言葉に、アイラだけではなくカイトも少しだけ目を見開いた。

「ですが、ルイさんはうちの屋敷の食事は元の世界と特に違わないと」

「違わないです。パスタとか、パンも普通に食べてましたから。でも、私が住んでいた国で主食とされていたのはこっちのお米です」

「他にどんなものがありますか?」

「うーん、お味噌汁とか、煮物とか……」

 なんと説明すればいいかと悩むルイに、デュオが「なら」と声をかける。

「もしかして、水の民の食事に近いのではありませんか? 味噌、というものはラトナ隊長から聞いた事があります。スイレン隊長はもくもくとどの食事も食べられてしまいますからわかりませんが」

「街によって食べ物が違うんですか?」

「そうですね。すみません、他の街の食材も用意させるべきでした」

 普段何かが食べたいという事なく、出されたものを文句も言わず食べるルイにきっと元の世界と食事は一緒なのだと違和感なく過ごしていた事にカイトは眉を寄せて謝罪した。

 食事が違うというのはやはり物足りない筈だ。カイトやデュオも出張で街を離れると、地元の味が恋しくなるのだから。

 ルイが我侭を言わずいろいろ耐えているのはわかりきっていた事なのだから、もう少し気を配ればよかったとカイトが俯けば、ルイが慌てて違うと言って手を振った。

「本当に、パンは私好きですから。でもあの、デュオさん。水の民の食事なら、なぜここに? ここは地の町ですよね」

「昨日いた水色の髪の女性を覚えていますか、ルイ様。水の神子ディーネ様です」

 言われて、部屋に訪れた美しい髪の女性を思い出し、ルイは頷いた。確かに、治癒に優れた水の神子が、という会話を聞いたのを覚えている。

「まあ、昨日の様子から見てわかるとおり彼女はこちらによく出入りしていまして。水と地の町はもともと親交が深いのですが」

「ルイさん、彼女はラトナの婚約者なんですよ」

 カイトとデュオの説明に、ルイはそうかと昨日の二人の様子を思い出して納得した。つまり、この街と水の街は行き来が多く、水の民が好む食事がここにあるのもそれ程珍しい事ではないらしい。

「他の民と、婚約……できるんですね」

「それはもちろんです。民に殆ど制約はありません。さすがに、いくら人型が現れたと言えど闇の民と暮らそうという民はいないとは思いますが」

「そうだな。まあ、さすがに身分がどうのこうのといった問題はあるが、王や長、神子以外は結構自由だな」

「デュオ様!」

 デュオの言葉に、食事を進めていたアイラが顔を上げた。しかし、本当の事だ、と言ってアイラを一度見たあと、デュオは食事をしつつカイトに視線を向ける。話す判断はそちらに任せるといった様子だ。

「はぁ。確かに、そうですね。残念ながら身分制度がある以上、全て自由ではないでしょう。あくまで身分であって、加護を受ける神の違いはあまり関係ありませんが……一部、王や長、神子や貴族はあまり他の民との婚姻は好まれませんね」

「ラトナさんとディーネさんは大丈夫なんですか?」

 自然と出た疑問に、ルイは首を傾げて隣のカイトを見上げた。

 神子の話題ともなるとルイ自身の話にもなってくるのだが、まず気になるのはそちらなのだろう。

「水と地はもともと仲がいいですからね。それに、ラトナがそうでなければ誰とも結婚しないと言い切っていますから。……地の長と神子の息子がそういいきってしまえば、長も認めるしかなかったようですよ」

「長と神子の、息子」

「素敵ですわ、ラトナ様」

 ラトナが地の長と神子の息子だという事実にも驚いたが、ほう、とルイとアイラは顔を見合わせて息を吐いた。ラトナのディーネに対する深い愛が周囲を認めさせたという事なのだろう。

 和やかに食事が進み、にこにこと話をするルイを見て少しほっとしたカイトは出された紅茶をゆっくりと味わった。

 しかし、次の瞬間気管に入ってしまった紅茶のせいで盛大に咳き込む。

「でも、たとえば私が……そうだな、風の民と一緒にいたいとか言ったら、やっぱり問題になるんですか?」

「っ!? げほっげほ」

「る、ルイ様!?」

 むせたカイトの代わりにアイラが紅茶の入ったカップをがしゃんとソーサーに戻し声をひっくり返しながらも疑問を叫ぶ。なぜですの、と。

「え、いえ、その得に意味は……例えば、なんですけれど」

「げほ、驚かせないでください、ルイさん」

「え、やっぱり光の神子は、問題あるんですか?」

「それ以前にルイ様、まさかイオ様が……?」

 先ほどルイの気持ちを直接聞いたアイラですら、ルイの発言に驚いて胸の前で両手を組みちらちらとカイトに視線を向ける。ちなみにデュオは、カイトの反応に少なからずこみ上げた笑いを堪えようとしているようである。

「い、イオさん!? 違います! だってたぶん今の話ってそういう事じゃ……」

「ああ、ルイ様、そういう事だ。まあ、できる事ならあなたが心から愛する人が、我が民の人間である事を願います。申し訳ないが」

 震えて答えられない二人に代わり、デュオが答えた内容に、ルイは自分の話でありながら「へぇ」とあまり気にしない様子で頷く。

 残念ながら、決意を固めたカイトと想いを自覚し始めたルイの関係がすぐに劇的に変化するという様子は見られなかった。

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