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気高き護りの町―11

 ベッドの上で頬を濡らし静かに眠る少女をカイトはぼんやりと眺め、時折伸ばした手は彼女の額の髪を揺らす。

 漸くルイが泣き止んだのは、彼女が泣きつかれて眠ってしまった時だった。

 食事は果物類だけを貰って、ベッド横のテーブルに載せられている。薬を飲ませようとしたのだが、やっと眠った彼女を起こすのが忍びなくてカイトは手に握った薬の瓶に視線を落とし、ため息をついた。

 ルイを責め、否定的な意味ばかりの闇の民の言葉を、ルイは母親と同じだと言い切って泣いた。

 彼女に何かあるとは思っていたが、カイトが思うとおりであったとすればそれはやはり、酷く本人には尋ねにくい話題だ。

 

 暫く迷った後、眉根を寄せて眠るルイの顔を見てカイトはもう一つ息を吐くと、意を決してその細い肩に手を伸ばす。

「ルイさん。起きれますか? 薬、飲んでください」

「ん、……」

「ルイさん」

 動いた拍子にまた一つ涙が頬を伝い、カイトが指を滑らせ拭うと、漸くうっすらとルイは瞳を覗かせる。潤む瞳はきらきらとしていて、カイトはぱっと頬から手を離しどくんと大きく鳴った心臓を押さえた。

「カイト、さん」

「すみません、起こしてしまって。薬、飲んでいただけますか?」

 暫く視線を彷徨わせた後、ルイは何かを思い出したのか急に顔を赤くしてばっと身を起こした。

「わ、ごめんなさい、私、寝ちゃって」

「いえ」

 短く答えたカイトはルイの様子を見て微笑み、そっとその赤らんだ頬を手で包むと、顔色がよくなってよかった、と呟いた。

 ルイが薬を受け取りそれを口に含むのを見届けた後、苦そうに口をもごもごとさせるルイにちゃんと飲み込むように言ってカイトは立ち上がる。

「ん、あ、カイトさん?」

「私は、他の部屋を借りますから、今日はこちらでゆっくり休んで下さい。まだ疲れているでしょう?」

「え、どうして?」

「どうしてって……」

 ついルイの目をじっと見つめたカイトに、しかしルイは真っ直ぐに視線を合わせる。むしろカイトが動揺してしまい視線を泳がせた。

「ここ、カイトさんも一緒にって言われたんじゃないんですか?」

「そうですけど、……、ルイさん。駄目ですそんな事言ったら」

「えっ」

 必死にルイは体調が優れないんだ、とカイトは自分に言い聞かせて、ルイの傍に行くと今度はゆっくりとその顔を覗き込んだ。

 きょとんと目を見開く彼女は意味がわかっていないのだろう。そういえば、数日前も彼女は一緒に寝るかと提案してきていた。なんとなく面白くない想いを味わい、カイトは少しだけ眉を寄せ、それを見たルイまでその表情を崩す。

「カイトさん」

「ルイさん、そういった事は、男性に言ってはいけません」

「でも、カイトさんは」

「わかりませんよ?」

 え、と目を見開いた少女の細い腕をカイトは素早く掴んだ。驚くルイはそのままに、カイトはそのまま体重をかけて真っ白なシーツにルイを押しつける。

 何をやっているんだと警鐘が頭に響く。カイトは胸の内に何か抑えきれない熱が広がるのを感じていた。じわじわと広がるその熱は、カイトの意思に反し身体を乗っ取ってしまうのではないかと思う程に。理性には自信があった筈なのに、この迫り来る強い衝動は何だろうと考えて、しかしその意味に気づいてカイトは少しだけ苦笑した。

 びくりとルイの身体が震え、しかしまたしてもどうしたのかと驚いた顔でカイトを見つめる少女は状況がわかっていないのだろうか。

「……抵抗して頂かないと、困るんですが」

「……えと、ご、ごめんなさい、カイトさん」

 謝るものの抵抗を見せないルイに、つまり困らせてごめんなさいという意味だと気がついてカイトははぁと大きく息を吐いてその手をゆっくりと離した。

「勘違い、します」

「え」

「いえ。ルイさんの世界では、こういった事はその、学んだりは……はぁ」

 言葉にため息が混じるのは仕方がない。何度目かのため息を吐いたカイトを見ていたルイが、急に小さくあっと声を上げた。

「もしかして、えっと、男性と夜一緒は駄目だとかそういった話ですか? えっと、ま、学びます! でもその、カイトさんだし」

「ルイさん、私も男ですよ、と先ほどは言ったんですよ」

「ええ! はい、でもカイトさん、……あぅ」

 言いかけたルイは段々と赤くなった顔を隠すように俯いて、少し唇を尖らせているようだ。なんとなくカイトはその様子を目で追って、しかし俯いたルイを逃がすまいとまた顔を覗き込めば、少し潤んだ瞳と視線がぶつかる。その瞳にはもう悲しみは映っていない事にほっとして、カイトは次の言葉を待つ。

「わ、私確かにあまり、男の子と仲良くなかったから変な事言ってるかも……漫画とかもあまり読む時間なかったし、そんな話題で友達と盛り上がったりしなかったし……」

 つまり知識自体はあるが疎いのだろうとカイトは頭を支えるように額に手を当てた。そちらの方がむしろ、カイトの欲を抑えるのは十分な話だった。

(彼女を傷つけるつもりはない)

 それが絶対であるカイトの意思だ。今のところはそれがまだ勝っているのを確認したカイトは、一歩ルイから離れる。

 でも、彼女に触れようという意思は抑えていても、別の感情がカイトの心を支配し始める。

「興味がありますね」

「え?」

「あなたが元の世界の話をするのはめずらしいですから。先ほども、含めて」

「あ……そう、ですか?」

 そっと、カイトが離れた分距離を詰めたルイが伺うようにカイトを覗き込む。もう、カイトには抑えきれなかった。


 好きだ。自覚はしていたつもりだったのに、カイトは確かめるように心の中で呟いて、ルイの腕を引くと自分の腕の中に少女を閉じ込めた。

 異世界からの少女だから、神子だから。だから興味は持っていて、そのどこか消えてしまいそうな、何事も執着を見せない少女を守ろうとするのは、次第に義務から好意的な感情に変わったのは気づいていた。

 自分も大概鈍い、と苦笑する。本気になれない恋ばかりで、恋に憧れでも抱いていたのだろうか。ただルイの顔を見れば嬉しくて、傍にいられればよかった日々。

 こんなにも内に激しい欲を持っていたというのに、一歩引いた状態で接していたのは自分のほうだったのか、と。

 初めて自己を主張したルイに、もっと近づきたい。もっと知りたい。そして、諦めてしまうのが常な彼女を、自分に執着させてみたい。

 守りたい。彼女を、全ての恐怖と諦めの日々から。

 そんな想いを抱きつつ、カイトはまるでどこかさっぱりとしたように肩の力を抜いた。

 突然の抱擁にルイは身体を硬直させているようだったが、抵抗はしなかった。


「ええ、嬉しい変化ですね。アイラとはよくお話しているようですが」

「アイラさんとは、その、カイトさんのお話したり、本のお話したり」

「なら、私は特別でしょうか」

「えっ」

 そっと、名残惜しく思いながら身体を離し、もう逃がしませんよ、と小さく呟いた声は少女には聞こえなかったであろう。

「一人は怖いですか? それなら、私は隣で休ませてもらう事にします。ただ、いくら寂しくても他の男性には頼まないように」

「た、頼みません!」

「なら、問題ありません。……今は。……さぁ、ルイさんもう休んで下さい。あまり遅くなると、私が明日アイラに怒られてしまいますから」

 首を傾げつつ頷いたルイが布団に潜り込むのを確認して、カイトも隣のベッドに横になる。

 触れたいという熱がまだ胸のうちで燻っているものの、喜びのほうが勝っていた。今日はまだ、このままでいい、と。

「おやすみなさい、カイトさん」

「……おやすみなさい、」

 ルイ、と小さく呟いた声は、少女に聞こえたのだろうか。




 柔らかな光が室内に広がる。窓の外から聞こえるのは、鳥の鳴き声。昨日の出来事が嘘のように穏やかな朝。ゆっくりとカイトが身体を起こすと、ルイはまだ眠っているようだった。

 そっとベッドを抜け出し、隣のベッドで眠るルイの顔を見れば、昨日のように苦しそうにはしておらず、ほっと笑みが零れた。

 ゆっくりと彼女の額に触れ、髪を撫でると少し身じろぎした彼女は、身体をカイトのいる側に倒す。その拍子に、カイトの指先に暖かな吐息が触れ、思わず引っ込めそうになる手をカイトは何とか留める。

 そっとその唇に触れると、柔らかな感触。暖かさにつられるように指を滑らせると、ルイが少しだけ唇に力を入れた。

「……ルイさん、朝ですよ、起きれますか?」

「ん、」

 昨日の夜とほぼ同じ状況、しかしこれほど胸が高鳴るのは、止められない自分の気持ちのせいか、ルイが穏やかな顔で眠っていた喜びからか。

 ふと、ルイが手を伸ばし、自分に触れているカイトの腕を掴んだ。咎められるかと思ったカイトが少し手を引こうとすると、それより強い力でなぜかルイは袖口を引っ張った。

「ルイさん?」

「ん、もう少し、アイラさん」

「……アイラ、ですか」

 今ここにいるのは自分なのだと、ルイに伝えたくてカイトはそのまま袖口に触れる手を反対の手で握る。

「今日は地の長に挨拶に。ルイさん、起きないと、いたずらしますよ?」

「……あ、れ?」

 漸く目を開けたルイは、しばしの間呆然とカイトを見た後、慌てて起き上がろうと腕に力を入れた。しかしルイの手はカイトの袖口を未だに掴んでいて、その上にはカイトの手が添えられている。

 意図せず引っ張る形になってしまい、カイトはぐらりと倒れそうになる身体を支える為に手を伸ばす。そこで、


「ルイ様! 起きていらっしゃいますか!? ご無事です、……え?」

 ばたんとノックとほぼ同時に部屋に現れたのは、アイラ。その侍女あるまじき行為に、ため息をついたのは後ろから姿を現したデュオか、ベッドに手をつく形で身体を支え、傍目にはまるでルイを押し倒しているかのような体勢のカイトか。

「か、カイト様!! あああ、朝から何をなさっているのです!」

「その前にまず謝っとけ、アイラ」

「デュオ、君もだ」

「悪かったよ、カイト。すぐ出るから、先に支度してくれ」

 デュオは言いながら顔を赤くしてルイの傍に寄ろうとしたアイラの腕を掴むと問答無用で扉まで連れて行き、じゃあ後で、と言い残して扉を閉める。

 アイラが最後まで「私はルイ様のお手伝いを!」と言っていたが、カイトの準備が終えてからにしろとデュオに一喝されその声は遠のいた。

 二人の姿が見えなくなったところで漸くカイトは、驚きで目を丸くし、何も言わずに固まっていたルイから身体を離し、微笑を向ける。

「私の支度を終えたら交代でアイラを部屋に呼びますから、ルイさんはもう少し休んでていいですよ」

「え?」

「私がいる前では着替えにくいでしょう? すぐに準備して部屋から出ますから。……それとも、私がお手伝いしましょうか」

 意地悪そうに笑ったカイトが、部屋に備え付けられていた浴室の奥に消えるまで、ルイはただ口をぽかんと開いて顔を赤く染め上げていた。



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