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気高き護りの町―5

 どうしてこんな事になったんだろう、と、ルイは目を閉じ、唇を噛んでぼんやりする頭で考えた。


 カイトに身体を預け、腕に包まれるように出発した王都。最初は、よかった。初めての馬の乗り心地に興奮し、好奇心からきょろきょろと辺りを見渡してそれも飽きず、王都を出るまでは度々注目される事もあったものの、フードで顔を隠していたルイは普段であれば緊張でがちがちになるであろうに今回は馬の感触を楽しんでいたはずだった。

 ただ、しばらくして慣れない乗馬。やはり身体が痛みで悲鳴を上げ始めた頃、ふらりと揺れてしまいカイトに一度強く抱きしめられた。手綱を握るカイトは片腕で器用にやってのけるのだから驚くが、その時、それは偶々、カイトの腕が胸に触れた。

 慌てて謝罪するカイトに、大丈夫といいつつも謝罪された事でやはり間違いじゃなかったと認識したルイは、そこで初めて、漸く今の状況を把握した。


 カイトと、近すぎる、と。


 普段から魔法の練習で触れ合う事も多いが、なぜかそこで急に羞恥を覚えた。

 兄のように慕うカイト。ただ、やはりそれは異性で、自分を守るように伸ばされている腕は自分のような細い腕ではないし、いつも頭を撫でてくれる手は、指は、自分より大きくて骨ばっていて、暖かい。

 何より、背を預けてしまえる胸は広く、見上げなければ目を見て離せない程の身長差。


(……何で急に恥ずかしくなるの?)


 兄弟もおらず、父とも触れ合う事がなかったルイはここまで男の傍にいる、という事がなかった。学校では、びくびくと距離をとって過ごしていたのだ。

 気づいてしまえば、もうこの状況に慣れる事はできなかった。身体の痛み、緊張で煩い心臓、普段より高い位置で見る景色。


 全てが合わさって、結果から言えばルイは体調を崩した。酔ったともいえるかもしれない。目が回り、激しい吐き気と戦う事になる。もともと飲んでいた、元の世界の薬はこの世界に来て二週間で飲みきってしまっている。

 時折様子を見るように話しかけていたカイトが、弱々しい返事に異常に気づき王都から数時間、テルスまではまだまだという所で一行は足を休める事となった。


「ルイ様、大丈夫ですか? 何か飲めそうです?」

「アイラさん……ごめんなさい……」

 大丈夫ですよ、もともとそろそろ休憩を入れるはずだったのですから、と言いつつ簡素なカップに水を注いだアイラは、伺うように顔を覗き込みながらそれをルイに持たせた。

 旅の為に用意されたであろうそれは、いつもアイラから渡されるすぐに割れてしまいそうな繊細な作りではなくて、なぜかそれを安心したように撫でて一口水を流し込んだルイは、ほっと息をついた。

「もう少し休めますから、大丈夫ですよ。私も疲れてしまいましたわ。馬って、すごくお尻が痛くなると思いません?」

「私は、全身が痛いです……うう、大丈夫かな」

 冷えた水と緊張から開放された事でいくらか気を持ち直し、木に預けていた身体を少し起こしたルイは、ちらりと視界に入ったデュオと地図を広げて話し込んでいるカイトから不自然な程に顔を離した。それを見たアイラは「あら」と小さく声を出す。

「ルイ様? 何かありましたの?」

「え? いや、えっと」

「カイト様が何か?」

 声を落としてくれたアイラの目は、確信を持って聞いているようだった。

 どうしようか、カイトさんは悪くないのだけれど、としばらく俯いて口を引き結んでいたルイは、ちらりと見上げたアイラの表情がなぜか「わかっている」といった様子なのが気になって小さく口を開いた。

「アイラさん、カイトさんとお馬さんに乗るの、ものすごく緊張します……」

「……ルイ様ってば、最初は随分と楽しそうでいらしたのに」

「だ、だって」

「急に意識しちゃいましたの? まあ、私が言うのもなんですけど、カイト様は本当に男性として魅力的なからだ……」

「あああっ、あいらさん……っ!!」

 アイラの言葉を遮ったルイの声は予想外に大きかったのか、少し離れた所で「大丈夫そうですか、ルイさん」と慣れた声が聞こえ、ルイはさらにぱくぱくと口を動かした。

「大分よくなったようですわ、カイト様。でももう少し休ませてくださいませ」

 うう、や、えっと、を繰り返すルイの変わりに、アイラが変わりに返事を返せば、向こうからももちろんです、と笑顔が返された。

「ルイ様ってば」

 そういいつつまるで周囲からルイを隠すようにアイラが移動する。疑問に思ってルイが顔をアイラに合わせれば、アイラはにやりと笑って自分の頬を突いた。

「ルイ様、お顔が、真っ赤です」

「……っ! ど、どうしようアイラさん! 私、どうしちゃったのっ」

 縋るようにアイラの服を掴んだルイは、まったくと言っていい程状況を自覚してはいなかった。



「普段通りにしていれば大丈夫ですよ」

 ルイの話を聞き終えたアイラは、落ち着いた様子でそういって微笑んだ。

「普段通り……? 普段、普段が……わ、わからないです」

 対するルイは、話し終えても尚混乱を露にしていて、その視線はきょろきょろと彷徨う。

「お兄様のように慕っていたのでしょう? カイト様を」

「……えっと、そうなんだけど、でもカイトさんの手って大きくて」

「ふふ、それはまぁ、男性ですもの。お兄さん、は、女性では困りますわ」

「うう、そうなんだけど」

 聞きながらアイラは、どうしようかと密かに頭を悩ませた。


 ルイが自覚し始めているのは、いい事だ。ルイは欲がなさ過ぎるという事は、普段からアイラの心配の種だ。

 最近になって漸く感情を見せてくれていはいるものの、魔法や文字と言った勉強に関する事意外はともかくルイは諦めが早く、そして自分の事はおざなりだった。

 先ほど体調が悪いとカイトが気づいた時も、いつもの事だからと頑なに「大丈夫」と青い顔で言い続けたルイを見て、カイトが寂しそうにしていたのをアイラは同じように見つめていた。

 カイトへの感情を理解すれば、それは欲する気持ちも理解してくれるかもしれないと密かに期待する。

 ただ、今この状況でカイトに対し過度の緊張を持つことは、決していいことではなかった。

 緊張が続けば恐らくルイの身体は疲労で高熱を引き起こすだろう。馬に一人で乗れないルイは、いや、乗れたとしても一人で馬に乗せて何かあってはいけないのだから、カイトとテルスまで密着する事は避けられない。

 小さく「困りましたわね」とルイに聞こえないように呟いたアイラは、ちらりと視線を向けた先で心配そうに先ほどからこちらの様子を伺っているカイトと目が合って、仕方ないと苦笑した。

 あちらもあちらで、大変らしいな、と。


「ルイ様。カイト様では緊張されてしまいますか?」

「……え?」

「でしたら、他の騎士に頼みましょうか。ルイ様をお一人にするわけにはまいりませんもの」

「……ええ? えっと、アイラさん」

「どうされます? ああ、私は駄目ですよ? 二人で乗れる程、乗馬は上手くありませんの。デュオ様! ちょっとよろしいですか?」

 決して強い口調ではない。微笑みながら、しかし確実にルイの意見を待たずその方向に話を進めようとするアイラに、ルイは焦ってその腕を掴んだ。

 しかし名前を呼ばれたデュオは地図から顔を上げ、もう一度アイラに名を呼ばれ、ルイの様子が気になって仕方ないであろうカイトにちょっと待ってくれと伝えて立ち上がり、ルイとアイラの傍まで来てしまう。

「アイラ?」

「デュオ様、ルイ様が」

「あ、アイラさん、わ、私!」

 困ったようにデュオとアイラを見上げて、泣きそうに顔を歪めるルイを見てデュオがカイトは呼ぶべきだったのかとアイラを見たとき、アイラはゆっくりと首を振る。

 そうして、こっそりとデュオに何かを囁くと、デュオは一瞬驚いた表情をした後すぐにルイに向き直り、ゆっくりと屈んだ。

「ルイ様。少しよろしいでしょうか」

「……え?」

 ルイの返事を待たず、デュオはゆっくりとその距離を一歩、詰めた。

「……え? えっと、デュオさん?」

「ルイ様、先ほどのように緊張はしませんの? でしたら、やはり他の方にされます?」

 アイラの言っている意味を理解して、ルイはさらに眉を顰めて俯いた。

「わ、私」

「ええ、どうされます?」

「……カイトさんといる」

「もちろん、カイト様がそうでなければ認めませんわ」

「……っ! あ、アイラさ……」

 初めからなかった選択肢に、ルイは呆然とアイラを見つめた。アイラは、それは嬉しそうに微笑む。

「ルイ様がカイト様に緊張されるのは、悪い事ではありませんもの。私だって、デュオ様と一緒にいる時は緊張しますのよ? その緊張を楽しんでくださいませ」

 そう言って満足そうに微笑んだアイラは、デュオの手を借りてゆっくりと立ち上がる。

「緊張を、楽しむ?」

「嫌ではないでしょう? なら、せっかくその人からしか与えられない感情なんですから楽しんでやればいいんです」

「……嫌じゃ……がんばって、みます」

「難しそうでしたら、普段のようにいろいろお話をしてみたらいいかもしれませんよ。荒療治で申し訳ありませんでしたわ。また、夜にお話しましょうね?」

 そう言って嬉しそうに微笑んだアイラを見て、ルイも僅かに笑みを返した。そこで、待ってましたと言わんばかりにデュオが口を開く。


「落ち着いたなら、向こうのあれを呼んでもいいのか? 腸煮えくり返ってるだろうから、早くしないと俺がまずい」

「あれ?」

「ああ、ルイ様お気になさらず」

 にこりと意味深に笑みを残して、アイラはカイトを呼ぶとデュオとともにその場を離れた。慌てて走ってくるカイトは、離れた位置から既にルイの名前を呼び一目散だ。


「似てるな」

「え? 似てるって、二人がですの?」

「カイトのお姫様があそこまでにぶいとは思わなかったけど。カイトも面白いぞ? 明らかに理解してる癖に、俺が聞けばひたすら気になってるだけだ、の一点張りだからな」

「え、まさか。カイト様とっくに自覚していらっしゃるでしょうに」

「俺から言わせたらあっちのお姫様だってとっくに自覚してくれていい頃だと思ってたんだけど。まぁ、カイトは自覚してるけど今口にする気はないんだろ? お互いの気持ちはお互い以外にばればれなのに気づいてない二人が似てるなって」

「まぁ……ちょっとカイト様が不憫なんですけど」

 ちょっとそのカイト様の反応について詳しく聞きたい、と笑うアイラに、デュオはにやりと「で? 俺と一緒にいるとどきどきしてくれるんだっけ?」とアイラに詰め寄って、見事に突き飛ばされた。


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