第8話 告別式 / Funeral
鉄格子の向こうで、パッチはいつものように端末を叩いていた。
積み上げられたガラクタの山、明滅するネオン、埃っぽい空気。
「……リリィか。お前一人か?」
パッチが顔を上げずに言う。
「……パッチ」
私は、震える声でその名前を呼んだ。
「ケイは、戻らないわ」
パッチの手が、止まった。
……。
沈黙。
ネオン管がジジッ、と鳴る。
「……何だ、その冗談。笑えねえぞ」
「冗談じゃない。……出口がなかったの。あいつが、自分の存在を全部使って、出口を……私だけを弾き出した」
私は、カウンターに拳を置いた。
割れた爪から血が滲み、黒い鉄板に小さなシミを作る。
「概念を食べる化け物がいた。空間も、敵も、味方も、自分自身も……全部『意味』が消されていく。あいつ、最後に笑って言ったわ。『宇宙になる』って」
「……宇宙に?」
「オーバーフローさせたのよ。無限の定義を自分に叩き込んで、化け物ごと自爆した。あいつ、自分が消えるって分かってて……」
「じゃあこれで、あいつの不死伝説も打ち止めか」
「……そうじゃないの!あいつ、バックアップ更新できてないの」
私は首を振った。
「バックアップから戻っても、そこにいるのは半年前の……何も知らないケイよ」
「……何だよ」
パッチが膝をついた。
「それ。じゃあ、『K』は死んだってことか」
ガラクタの山に背中を預け、顔を覆う。
「ええ。私たちの知っているケイは、死んだわ」
私は、パッチから目を逸らした。
罪悪感が、喉元までせり上がってくる。
「……パッチ。お願いがあるの」
「……何だ」
「あいつが目覚めても、何も教えないで」
「私のこと」
「……本気か?」
「私の相棒だったケイは死んだの」
パッチは何も答えなかった。
私は店を出た。
雨が降り始めた。
アスファルトが濡れ、あの嫌な匂いが立ち上る。
私は一人、雨の中を歩き出した。
——これでいい。
あいつは、もう危険な力を使わない。
普通の探索者として、生きていける。
でも——もし、またあの道を選んだら。
その時は。
今度こそ、私が守る。
影から、見えないところから。
何度でも。




