表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残機ゼロの探索者〜究極の異能【可能性の選択】の代償は自我消失。世界に溶ける俺を、相棒の声だけが繋ぎ止める〜  作者: aramakid
第一章 臨界編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

第6話 崩壊 / System Crash

 管理領域:エデン。

 カイロス重工が占有する研究用ダンジョン。


 腐臭も、湿気もない。

 見渡す限りの白い砂浜。

 頭上には、幾何学模様を描いて回る太陽。

 波の音は、心地よい和音で構成されていた。


「……楽園かよ」


 俺は呆気にとられていた。

 今まで見たどんなダンジョンとも違う。

 殺意がない。

 むしろ、歓迎されているような——


「気を抜くな」


 リリィの声。

 だが、いつもと様子が違う。

 声が、震えている?


「この空間、何かがおかしい。認識が……滑る」


「滑る?」


「ああ。空間の定義が曖昧だ。まるで——」


 リリィが言葉を探すように周囲を見渡す。


「——誰かの夢の中にいるみたいだ」


 俺は笑い飛ばそうとした。

 夢だろうが楽園だろうが、やることは同じだ。

 お宝と出口を見つけて、帰る。

 それだけで、俺たちは一桁ランカーだ。


「ビビりすぎだろ、相棒。ちゃっちゃと済ませて——」


 その時だった。


「——愛してる」


 背後から、リリィの声がした。


「……は?」


 俺は足を止めた。

 心臓が、ドクリと跳ねる。


 今、なんて言った?


 ゆっくりと振り返る。

 リリィが、数メートル後ろに立っていた。

 俺を見ている。

 その表情は——


 恐怖に引きつっていた。

 目を見開き、口元を震わせ、必死に何かを叫んでいる。


「——抱きしめて!」


 言葉と、表情が、噛み合っていない。

 必死の形相で。

 涙を流しながら。

 甘い言葉を吐いている。


「……おい、どうした?」


「——キスして! 早く! 幸せなの!」


 背筋が凍った。

 違う。

 あいつはそんなこと言っていない。


 口の動きを読む。

 『逃げて』

 『後ろ』

 『死ぬわよ』


 ——認識が、置換されている?


 俺の脳が。

 「危機」を「快楽」に。

 「警告」を「愛」に。

 都合よく書き換えている。


「……なんだ、これ」


 リリィの背後。

 白い砂浜が、黒く染まっていく。


 何かが、いる。


 壁に張り付いた、肉とも粘液ともつかない何か。

 いや、壁なんてない。空間そのものにへばりついた「シミ」のような存在。

 表面に、無数の文字が浮かんでは消える。


 《安らぎ》 《幸福》 《愛》


 そして——


 《通路》


 という文字が見えた。


「……は?」


 さっき俺たちが通ってきた道。

 出口へのルート。

 その概念が、文字となって浮かび上がり——


 ジュッ、と音を立てて、シミの中に吸い込まれた。


 足元を見る。

 白い砂浜が、意味不明なモザイクに変わっていた。

 距離感が狂う。

 前後左右がわからない。

 「道」という概念が、喰われた。


「……ヤバい」


 俺は後ずさる。

 だが、ソレは近づいてくる。

 ゆっくりと。

 這うように。

 物理的な移動ではない。

 俺という存在の「意味」に向かって、浸食してきている。


 そして——

 ソレの表面に、新しい文字が浮かんだ。


 《ケイ》


「……ふざけんな!」


 俺は銃を構える。

 考えるな。反応しろ。

 敵だ。倒すべき敵だ。


「お前は()だ!」


 発砲。

 必殺の軌道。

 だが——弾丸は空中で静止し、ポトリと落ちた。


 《敵とは?》


 脳に直接、響く。

 声ではない。

 意味の問いかけ。


「敵は……俺を殺す存在で……」


 《殺すとは?》


「……死、で……」


 《死とは?》


 答えられない。

 言葉が、意味をなさなくなる。

 「死」という概念が、ゲシュタルト崩壊を起こす。

 ただの音の羅列になる。


 思考のリソースが、喰われていく。

 戦うためのロジックが、一つずつ消去されていく。


「ケイ!!」


 リリィの叫び声。

 今度は、ちゃんと聞こえた。

 いや——


「ケイ! 私を食べて! 美味しいわよ!」


 まただ。

 脳がバグっている。


 振り向くと、彼女が立ち尽くしている。

 目が虚ろだ。

 自分の体を抱きしめ、震えている。


「……私、誰?」


 その言葉だけは、鮮明に聞こえた。


「リリィだ! しっかりしろ!!」


 俺は叫ぶ。

 彼女の手を掴もうとする。


 スカッ。


 手が、すり抜けた。

 リリィの輪郭が、薄くなっている。

 半透明の幽霊のように。


「私……名前、なんだっけ……?」


「リリィだ! お前はリリィだ!! 銀髪の、生意気な、俺の相棒だ!」


 必死に定義を叫ぶ。

 俺の認識で、彼女を固定しなきゃいけない。

 だが——


 《リリィとは?》


 ソレが、問うてくる。


 《相棒とは?》

 《銀髪とは?》


「やめろ……!」


 俺の中の「リリィ」という概念が、揺らぐ。

 彼女との思い出が、砂のように崩れていく。

 バーで飲んだ酒の味。

 冷たい視線。

 温かい手。


 全部、文字になって、ソレに吸い込まれていく。


「……誰だ?」


 ふと、俺は思った。

 目の前にいる、この薄い影は。

 誰だっけ?


 ——マズい。


 直感が警鐘を鳴らす。

 このままじゃ、二人とも「無意味な染み」になって終わる。

 物理的な死じゃない。

 存在の消滅。

 誰も覚えていない、何も残らない、完全な虚無。


 ——生きた証を、残すんじゃなかったのかよ。


 奥歯を噛み締める。

 痛みが、わずかに意識を繋ぎ止める。


 電撃は効かない。

 物理も効かない。

 概念ごと喰われる。


 なら。

 コイツが喰いきれないほどの、特大の概念をぶつけるしかない。


 俺は、笑った。

 最期の賭けだ。

 生まれたてのダンジョン。

 『何でもあり』だと想像して、飲まれた。

 なら、自ら飲み込みに行ってやる。


「おい、化け物」


 俺は、震える足で一歩踏み出す。

 両手を広げる。


「俺は——宇宙だ」


 《宇宙とは?》


「全てだ。無限だ。始まりであり、終わりだ」


 意識のタガを外す。

 いつもは必死にブレーキをかけていた「拡散」を、アクセル全開にする。


「俺は壁だ。床だ。お前だ。このダンジョンだ。過去だ。未来だ。可能性の全てだ!!」


 ブワッ、と視界が弾けた。


 雨上がりの匂いなんて生易しいものじゃない。

 情報の奔流。


 俺の輪郭が、爆発的に膨張する。

 肉体が弾け飛び、意識が素粒子レベルまで分解され、世界全体へと浸透していく。


 《解析不能》

 《容量超過》

 《エラ——》


 ソレの表面の文字が、乱れ始める。

 小さな口で、海を飲み干そうとして溺れている。


 ——今だ。


 俺は、世界そのものになった。

 この空間の管理者権限は、今だけ俺にある。


 意識の残滓で、リリィを見る。

 消え入りそうな、小さな光。


 あいつを、ここから出さなきゃいけない。

 出口はない?

 関係ない。

 俺が世界なんだから、俺が「外」に押し出せばいい。


 リリィの足元の空間定義を書き換える。


 強制排出。


「……ケイ?」


 リリィが、俺を見た気がした。

 俺の姿なんて、もうないはずなのに。


 俺は、笑ったつもりになった。

 でも、口がないから笑えなかった。


 代わりに、俺は彼女を弾き飛ばした。


 光に包まれるリリィ。

 彼女が最後に、手を伸ばして。

 何かを叫んだ。


■■(ケイ)ーー!!」


 名前を、呼ばれた気がした。


 それを聞いて、俺は安心した。

 ああ、俺には名前があったんだ。

 誰かが呼んでくれる名前が。


 なら、大丈夫だ。

 俺は、ここにいた。


 光が消える。

 リリィがいなくなる。


 あとには、俺と、溺れかけた化け物だけが残った。


 さあ、続きをやろうぜ。

 俺とお前の、我慢比べだ。


 意識が、薄れる。

 拡散する。

 至福の海に溶けていく。


 痛みが消える。

 野心が消える。

 金も、ランカーへの夢も、全部。


 ……あれ?

 俺、なんでこんなことしてるんだっけ?


 まあ、いいか。

 なんか、大事なことを守れた気がする。

 すごく、大事な……


 なんだっけ。


 銀色の……


 ……。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ