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残機ゼロの探索者〜究極の異能【可能性の選択】の代償は自我消失。世界に溶ける俺を、相棒の声だけが繋ぎ止める〜  作者: aramakid
第一章 臨界編

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第4話 検証 / Inspection

 翌日。

 リリィに呼び出された場所は、廃墟となったビルの地下駐車場だった。


 一般開放(出涸らし)ダンジョン「グレイ・コリドー」。


 企業が一度は管理していた痕跡が、そこかしこに残っている。

 古い封鎖柵。剥がされた警告プレート。

 今はもう、誰の所有物でもない。


「ここは?」


「最初は企業が掘ってたダンジョンだ」

「で、旨味がなくなったら——こうなる」


 リリィが先に進む。

 俺も後に続く。


 ダンジョンの中は——本当に、ただの廊下だった。


 灰色のコンクリート壁。

 白い蛍光灯。

 規則正しく続く、無機質な空間。


「結晶の純度が落ちたんだ。手間の割に金にならない」

「だから、一般に解放した」


 リリィが立ち止まる。


「人が多く入ると、ダンジョンは固まる」


「固まる?」


「可能性が減る。変なことは起きにくくなる」

「お前の能力を試すには、ちょうどいい」


 通路の奥。

 一枚の巨大な鉄扉が行く手を阻んでいた。


 分厚い装甲。

 溶接された継ぎ目。


「ここだ」


 リリィが扉を叩く。


「この扉は、昔、企業が封鎖した区画だ」

「多くの人が()()()()()()()()()と認識し、確定させてしまった場所」

「だから、物理的な手段じゃもう絶対に開かない」


 リリィが俺を見る。


「お前なら、この()()()()()()を覆せるか?」


「……やってみる」


 扉の前に立つ。


 手を触れる。

 冷たい金属の感触。

 でも、どこか遠い。


 意識を集中する。

 ザラザラを探す。


 ——あった。


 扉の表面に、無数のノイズが走っている。


 でも、見えるのは『閉じている』可能性だけ。

 『錆びて開かない』可能性。

 『溶接されている』可能性。

 全部、絶望的に閉じている。


 ——開いている可能性がない。


 それらが混ざり合って、この鉄の塊を形作っている。


 なら——もっと深く。


 俺は、境界を緩める。

 膜を広げる。


 雨上がりの匂いがした。


 視界が、揺れる。


 扉の向こうに、無数の未来が見える。

 扉が錆びて落ちる未来。

 扉がそもそも存在しない過去。


 境界を緩める。

 意識を沈める。


 音が消える。

 色が混ざる。


 ——あった。


 深淵の底に、かすかに光る可能性の糸。

 『扉が開いた世界』。


 掴み取る。


 そして——


 世界が、俺に流れ込んできた。


 いや、違う。

 俺が、世界に流れ出していく。

 ちらつく蛍光灯も、剥がれかけたカーペットも、壁のシミも、俺


 俺が、扉で、床で、光で、影で、匂いで、宇宙で、法則で、祈りで、始まりで、——

 この世界そのものになっていく。


 指先が、世界に溶けていく。

 名前が、記憶が、意味を失っていく。


 至福の感覚。


 自分が誰だったか、どうでもよくなる。

 ただ、この光の一部になれば——


「——戻ってこい!!」


 鋭い声が、世界を引き裂いた。


 腕を、強く掴まれる。

 熱い。

 痛い。


「おい!しっかりしろ!」


 誰かが、俺を呼んでいる。


 誰だ?


「ケイ!お前はケイだ!」


 ——ケイ。


 そうだ。

 俺は、ケイだ。


 意識が、急速に収縮する。

 扉から剥がれ落ちるように、俺という輪郭が戻ってくる。


「……はぁっ!?」


 大きく息を吸い込む。

 肺が痛い。

 心臓が早鐘を打っている。


 目の前には——

 大きく開かれた扉。


 そして、俺の腕を掴んで座り込んでいるリリィ。


 顔面蒼白だ。

 手が震えている。


「……お前」

「お前——今、呼びかけても反応しなかった」


「……そうか」


「名前を呼んでも、目が合わなくて——」


 リリィの手が、微かに震えている。


「まるで、ここにいないみたいだった」


 声が、掠れている。


「……でも、開いたぞ」


 俺は、震える指で扉を指した。


 重厚な鉄扉は、音もなく開いていた。

 その向こう側——

 

 そこは、ただのコンクリートの小部屋だった。


「……空っぽかよ」


 俺はがっくりと肩を落とす。


「バカ!」


 リリィが叫んだ。


「扉が開いても、お前が消えたら意味がない!」

「危なかった……本当に、消えるところだった」


 リリィの瞳に、俺が映っている。

 恐怖に揺れる瞳。


 ——こいつ、こんな顔するんだな。


「……悪かったよ」


 俺は、地面に手をついて身体を支える。


「でも、成功だろ?」


「……」


 リリィは黙って俺を睨みつける。

 やがて、深くため息をついて、手を離した。


「……合格だ。でも不合格だ」


「どっちだよ」


「能力は合格。制御は不合格」


 リリィが立ち上がる。


「お前は、放っておくと勝手に世界に溶ける」

「見てないと危なくて使えない」


「……自覚はある」


「次また消えかけたら、私が呼ぶ」


 リリィが俺を見下ろす。

 その目は、もう迷っていなかった。


「お前が溶けそうになったら、私が引き戻す」

「その代わり——私の目的の為に、その力を使え」


「目的?」


「ダンジョンのこと。なぜ生まれたのか」


 一瞬、言葉を探すように間が空く。


「……研究所ごと、両親が呑まれた理由が何なのか」


 リリィが俺を見る。


「お前の能力——世界と一体化する、あれは——」


 言葉が、途切れる。


「何かの、手がかりになるかもしれない」


 リリィが手を差し出す。


 小さな手。

 でも、さっき俺を現実に引き戻した、強い手だ。


 俺は、その手を取った。


「……分かったよ、相棒」


「俺の命、預けてやる」


 握り返す手は、温かかった。

 リリィの表情が、少しだけ緩んだ気がした。


「それから、お前の力は危険だ」

「バックアップはこまめに更新しておけ」


「……更新できてない」


「何?」


「バックアップエラーだ。」

「予備の身体は作った。でも中身は——5日前の俺だ。あのダンジョンに入る前の」


 俺は、グラスを見つめる。


「……正気か」


 リリィが、微かに震えた。


「欠けるのはいつものことだ」


「正気じゃない!」


「記憶を——生き延びた実感を消したくない」


 ネオンの光、腐臭、冷たいコンクリート。


「あの感覚を——失いたくない」


「……それで、バックアップを捨てた?」


「更新しないだけだ」


「同じことだ」


「違う」


 俺は、リリィを見上げた。


「俺は——生きた証を残したい」


「生きた証?」


「ああ。ランカーになる。名前を残す。そうすれば——」


 言葉が、少しだけ詰まる。


「死んで記憶を失っても、誰かが覚えていてくれる」


 胸の奥がざわつく。

 自分で言いながら、怖さが形になる。


「だから——死ぬわけにはいかない」


 握る手に力が入る。


「でも、記憶も失いたくない」

「あの感覚は、俺が()()()()証拠だ」


 リリィが、ゆっくりと座り直す。


「……お前、バカだ」


「知ってる」


「本当にバカだ」


「二回言うな」


 リリィが、小さく笑った。


「……でも、分かった」

「お前を、守る」

「私が見ている。お前が消えかけたら、何度でも呼び戻す」


 リリィがまっすぐにこちらを向く。


「だから、死なせない」


「それから——日記を書け」


「日記?」


「ああ。バックアップが更新できないなら、記録を残せ」


 リリィが真剣な目で俺を見る。


「何ができるか。どう戦ったか。何を感じたか」


「……」


「死んでも——その記録があれば、お前は自分を取り戻せる」


 リリィが端末を操作して、俺に送る。


「暗号化したメモアプリだ。これに書け」


「……ありがとな」


「礼はいい。ただ——」


 リリィが少し迷ってから、言う。


「能力のことだけ書け。余計なことは書くな」


「余計なこと?」


「人間関係とか、誰と組んでるとか——そういうのは、混乱する」


「……そうか」


「ああ、ちゃんと書けよ」


 リリィが背を向け、夜の街へと歩き出す。


 俺は一人、立ち尽くした。

 

 空っぽの扉の向こう側。

 でも、俺の手には確かな重みが残っていた。


 それは恐怖か、それとも希望か。

 まだ分からない。


 ただ一つ確かなのは——

 俺を繋ぎ止めてくれる手が、ここにあるということだ。


 「……相棒、か」


 俺は、夜の街へ歩き出した。


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