第3話 異質 / Anomaly
「……誰だ、お前」
そこにいたのは、少女だった。
小柄で、華奢。
俺の肩までしかない。
銀色の髪を短く切って、前髪が目にかかっている。
大きな瞳が、こちらを見上げていた。
「……誰だ?」
「リリィ」
「……はあ?」
「昨日、会っただろ」
「あの——鉄の塊が?」
「地上ではいつも義体だ」
少女——リリィが無表情で言う。
「ダンジョンでは使えない。だから生身」
「……そっか」
納得したような、してないような。
「で?いつまで見てる」
「あ、いや……」
リリィがため息をついた。
「よくある反応だ。慣れてる」
そう言うと、端末を操作する。
「今日はテストだ」
「テスト?」
「お前の持ち帰った結晶」
リリィの目が鋭くなる。
「あれがただの運か、それとも実力か。それを見極める」
「……試されるってわけか」
「嫌なら帰れ」
「上等だ。やってやるよ」
リリィが裏口を開く。
「行くぞ。ついてこれなかったら置いていく」
「……おう」
リリィが先に入る。
俺も続く。
裏口が閉まる。
——美少女とダンジョン探索、か。
パッチの野郎、絶対ワザと黙ってただろ。
でも、まあ。
悪くねえ。
ランカーの動き、見せてもらおうじゃねえか。
*
ダンジョン内部。
予想通り、オフィスビルだった。
くすんだ黄色の壁。
グレーのカーペット床。
蛍光灯が規則的に並んでいる。
「静かだな……」
「まだ浅層だ。敵は少ない」
リリィが先を行く。
俺は後ろを着いていく。
廊下を曲がると、奴らがいた。
黒い人型。
ぼんやりとした輪郭。
五体。
「来た」
リリィが小さく呟く。
次の瞬間、リリィの手が動いた。
空気が凍る。
人型の一体が、瞬時に氷結した。
そのまま——砕け散る。
「……すげえ」
「ボーッとするな。お前も撃て」
「あ、ああ」
俺も意識を集中する。
電撃が迸り、人型を貫く。
残り三体。
リリィが次々と凍らせていく。
圧倒的な速度。
無駄のない動き。
「……終わり」
あっという間に、全滅。
「さすがランカー……」
「お前も悪くない。電撃は初歩だが、制御が安定してる」
「……初歩なのか」
「ああ。電子の確率雲を弄るだけだからな。誰でも最初に覚える」
リリィが氷の破片を踏みながら歩き出す。
「私みたいに分子の動きを止めるのは、もっと繊細な制御が要る」
「……なるほど」
リリィが歩き出す。
「行くぞ。まだ先がある」
順調だった。
リリィの指示通りに動けば、敵は問題なく処理できる。
認識合わせの効果か、イレギュラーも出ない。
三階に到着。
「この辺りから、揺らぎが濃くなる」
「……ああ」
空気が、微かに歪んでいる。
壁が、ほんの少し呼吸しているような。
ふと、思ってしまった。
——もし、ここで敵が大量に出たら?
瞬間。
廊下の奥から、気配が溢れた。
「……ッ」
リリィが振り返る。
「お前、今何を想像した!?」
「す、すまん……!」
黒い人型が、次々と湧き出してくる。
十体、二十体——
「クソ……!」
リリィが次々と潰していくが、追いつかない。
「ケイ!お前も撃て!」
「あ、ああ!」
電撃を放つ。
だが、数が多すぎる。
囲まれる。
「まずい……!」
リリィの声に焦りが滲む。
——やばい。
俺のせいだ。
俺が余計なことを考えたから——
その時。
あの感覚が蘇った。
雨上がりの匂い。
——クソ、またか。
世界が、柔らかくなる。
境界が、溶け始める。
だが——今は、これしかない。
「消えろ」
呟く。
瞬間。
人型の群れが、霧散した。
全部。
一瞬で。
そして——
世界が、俺に流れ込んできた。
いや、違う。
俺が、世界に流れ出していく。
雨上がりの匂いが、充満する。
壁が、俺。
床が、俺。
「……ぐっ」
意識が飛びかける。
このまま溶ければ、楽になれる。
でも——
『お前、何か持ってる』
パッチの言葉が蘇る。
——まだだ。
まだ、何も成し遂げてない。
こんなところで、終わってたまるか。
奥歯を噛み締める。
口の中に血の味が広がる。
痛み。
それが、俺を現実に繋ぎ止める。
「……はぁっ、はぁっ」
視界が戻る。
膝をつく。
人型は、跡形もなく消えていた。
「……今のは、何だ?」
リリィが俺を見下ろしている。
その目は、驚きよりも——警戒に近かった。
膝が、ガクンと落ちる。
「……消したんだ」
「敵がいない可能性を、選んだ」
「可能性を……選んだ?」
リリィが眉をひそめる。
何かを計算するように、俺を見つめる。
「……物理干渉じゃない。因果律への干渉か」
小さく呟く声が聞こえた。
「立てるか?」
「……ああ」
手を貸そうとはしない。
冷たい視線。
「テスト終了だ。帰るぞ」
「……結果は?」
「合格だ」
リリィが踵を返す。
「お前が使えるかどうか、確かめたかった」
「次は——その力。どこまでやれるか確かめる」
「……はあ?」
「拒否権はない。——それにランカーになるんだろ?」
リリィが歩き出す。
——合格、か。
俺はふらつく足で立ち上がった。
何に合格したのかも分からないまま、俺は彼女の後を追った。




