第2話 接触 / First Contact
「バックアップエラーだって?」
ドクは端末から目も上げずに言った。
スクリーンの光が、彼の義眼に反射している。
「ああ。乖離がどうとかで、更新できねえってさ」
「せっかく予備の身体を造れるだけの金、できたってのによ」
「へえ。そりゃまた派手だな」
指先で空中を弾くと、ログが次々と展開される。
「バックアップシステムが同一人物だと認識できてないな。相当ヤバいダンジョンに潜ったんだろ?」
「……まあな」
ドクは端末から目を上げずに言った。
「最終バックアップはいつだ?」
「4日前だ」
「そんぐらいなら日常生活には支障ないな。戻すか?」
「……待て」
「ん?」
「少し、考えさせてくれ」
「は?」
「今さら何言ってんだ」
「記憶が飛ぶなんて、探索者なら何度もやってるだろ?」
エラーを直せば、全部元通りになる。
でも、戻した瞬間になにか大事なものが消える気がした。
「あの時初めて生きてるって感じた」
「その記憶を消したくないんだ」
ドクは椅子に腰を下ろし、淡い光を反射する義眼で俺を見つめた。
「……ふーん。まあ好きにしろ」
「だが、せめて予備の身体だけは用意しとけよ」
「……ああ。そうする」
「さてと。まずは換金してくるか」
クリニックを出ると、その足でジャンク屋に向かった。
迷路みたいな廃ビルを抜け、突き当たり――ネオン管が不規則に明滅する部屋。
軋むドアを押し開けると、鉄格子の向こうから掠れた声が飛んでくる。
「……ケイか。今日はどうした。ツケならもう効かねぇぞ」
「換金だ。ツケもまとめて払う」
俺は結晶をまとめてカウンターに放り出した。
乾いた音。
次の瞬間、パッチの表情が変わる。
結晶を拾い上げ、天井灯に透かす。
純度。量。どれも一級品だ。
「……どこで手に入れたかは聞かねぇが」
「こいつはすげぇな」
「ああ、命がけで手に入れたんだ。色つけてくれよ」
「へっ。何が命がけだ。」
「バックアップがあんだろ。本当に死ぬわけじゃあるまいし」
言葉に詰まる。
パッチは気にも留めず、手際よくスキャンを終えると、クレジットチップを投げて寄越した。
「ツケを差っ引いても、たんまり残ったぞ」
「それから……端末出せ」
「は?なんでだ?」
「この量だ。出涸らしダンジョンじゃ物足りねぇだろ」
嫌な予感がした。
「……何を企んでる」
「企業ダンジョンだ」
企業が独占管理しているダンジョン。
観測システムで出入口を固定し、外部の侵入を防いでいる場所。
「固定してるのは出入口だけだ」
パッチは指先で端末を弾いた。
「中は揺らぎが酷すぎて、電子機器がまともに使えねぇ」
スクリーンに歪んだ構造図が浮かぶ。
「観測は外側だけ。裏を返せば――」
「弄れば、裏口が開くってことか」
「話が早ぇな」
パッチはニヤリと笑い、アプリを表示させた。
「『ラビット・ホール』」
「企業占有ダンジョンの裏口を割り出すアプリだ」
「場所が分かる。金を払えば、入口も開く」
「旨味は?」
「結晶の質が段違いだ」
少し考え、端末を渡す。
「……一応、もらっておく」
「あまり乗り気じゃねぇな」
パッチは肩をすくめる。
「じゃあ、もう一つ」
「?」
「ランキングがある」
画面に数値が並ぶ。
ダンジョン難易度と、生還率から算出される序列。
「三桁なら有名人。一桁なら伝説」
「街で名前を出せば、誰でも道を空ける」
「……伝説か。詳しく」
「裏口探索者の平均生還率、知ってるか?」
「いや」
「一割ちょいだ」
「十人潜って、八人は帰ってこねぇ」
「理由は?」
パッチは指を鳴らした。
「出口がねぇからだ」
裏口は不安定だ。
時間と共に消える。
正規の出口は使えず、帰還するにはダンジョン内で偶然生まれる出口を見つけるしかない。
深層に行くほど出口は見つかりやすい。
同時に、死にも近づく。
説明が終わると、パッチは俺をじっと見た。
「こんだけの結晶を持って帰れるんだ」
「おまえ、何か持ってる」
端末を閉じる。
「……伝説か、悪くねぇ」
パッチは大笑いした。
「決まりだ!今日からお前は“ランカー候補”だ!」
「なあ、パッチ」
「ん?」
「ランカーになったら——名前、残るか?」
「あ?」
「俺がバックアップから戻って自分のこと忘れても、誰かが『お前、ランカーだろ』って教えてくれるかなって」
パッチは一瞬きょとんとした後、大笑いした。
「ハハッ!当たり前だろ!三桁ランカーなんて、探索者界じゃ有名人だ」
「死んで戻っても、すぐバレる」
「……そっか」
「どうした?急にそんな感傷的なこと言って」
「いや。それなら、悪くねぇなって思っただけだ」
端末を閉じる。
生きた証を、残す。
記憶が消えても、消えない何かを。
「——じゃあ、目指すか。ランカー」
そう口にした、その瞬間だった。
店のドアが金属音を立てて開く。
——でかい。
身長は優に二メートルを超える。
黒い装甲に覆われた義体。
肩幅は俺の倍以上。
顔面すらバイザーで覆われている。
「……パッチ」
低く、機械的に歪んだ声。
「おう、リリィ!久しぶりじゃねえか!」
パッチは気安く手を振る。
リリィ?
この鉄の塊が?
「例のブツは?」
挨拶もなし。
要件だけを切り出す。
「ああ、用意してある。——が、その前によ」
パッチがニヤリと笑った。
嫌な予感しかしない。
「ちょうどいい。こいつと組んでやってくれ」
「「は?」」
俺と義体が、同時に声を上げた。
「冗談じゃない」
即答だった。
「私はソロ専だ」
「俺もだ」
「ほら、息ピッタリじゃねえか!」
「「合ってない」」
またも同時。
パッチだけが楽しそうだ。
「一回でいい」
「リリィはこいつを見てやれ。ケイはランカーの動き、勉強になる」
リリィが俺を見下ろす。
バイザー越しでも、値踏みされてるのが分かる。
「……」
その沈黙を破るように、パッチが結晶を放った。
鈍い音を立ててカウンターに転がる。
「ケイが取ってきたブツだ」
リリィの視線が結晶に落ちる。
「どこで手に入れた?」
圧が増す。
「偶然見つけた、生まれたてのダンジョンだ」
「生まれたて?」
「ああ。正直、死ぬかと思った」
リリィが黙る。
数秒の沈黙。
「……一回だけだ」
「マジかよ」
「断りたい」
それでも、リリィは首を振る。
「だが、パッチには借りがある」
リリィが端末を操作した。
瞬間、俺の端末が震える。
——座標データ。
「明日、0時。この裏口で」
「……了解」
商品を受け取ると、リリィはそれ以上何も言わず、踵を返した。
重たい足音が遠ざかり、ドアが閉まる。
店内に、ようやく空気が戻る。
「……なあパッチ」
「ん?」
「あいつ、本当にリリィって名前なのか?」
「ああ。ランキング見てみろよ。三桁の常連だ」
端末を開く。
——
ランキング: 487位
アカウント名: Lily
生還率: 76%
平均Tier: 6
——
「……マジかよ」
*
翌日、0時。
指定された裏口の前。
俺は煙草を吹かしながら待っていた。
本当に来るのか?
つーか、あんな義体でダンジョン潜れるわけ——
「……遅れた?」
声がした。
振り向く。
——は?
「……誰だ、お前」




