第14話 齟齬 / Discrepancy
「それじゃ行ってくる」
ケイがダンジョンに潜るのを見送る。
周囲を伺う。
「増えてる」
護衛についてから襲撃は無くなったが、監視の目が増えている。
「落ち目の探索者を狙うにしては異常」
何かある。
考えられる原因はTier9ダンジョン。
でも、生還者の私では無くケイを狙うのはなぜ?
*
「すまない。俺のミスだ」
鉄格子の向こうで、パッチが深く頭を下げた。
「……何があった?」
リリィが静かに問い返す。
「あの後、お前らの事を嗅ぎ回る連中が増えてな」
顔を上げたパッチの目は険しい。
「ヘリオス・ダイナミクスと——カイロス重工だ」
リリィが息を呑む。
「カイロス重工まで?」
「ああ。しかも、連中の目つきが違う」
パッチが苦々しげに続ける。
「ヘリオスは——調べてる。ケイが何を知ってるか、確かめたいって感じだ」
「だがカイロスは——」
パッチが言葉を切る。
「消しに来てる」
リリィは思わず息を呑む。
「こりゃヤバいと思って、情報を流した」
パッチは一度言葉を切り、苦々しげに続ける。
「ダンジョンから生還できたのは、ケイの能力のお陰だってな」
「でも……」
リリィが先を促す。
「奴はバックアップを取っていない。能力も失われ、すべては闇の中だ——そう付け加えた」
それで終わるはずだった、とパッチは唇を噛む。
「これで、丸く収まると思ったんだ」
沈黙が落ちる。
「——だが、企業は信じなかった」
低い声が反響する。
「いや、信じないというより——裏を取ろうとしている」
「……ケイは力を取り戻そうとしている」
「ああ」
パッチは低く息を吐き頷いた。
「マズイな」
*
ケイから送られてきた座標に向かうと、彼はいつもの調子で手を振ってきた。
「今日は遅くなった分、成果もあったぜ」
汗を拭いながら、子どもみたいに笑う。
その無邪気さが、今は胸に刺さる。
「しっかし、あれから企業も音沙汰ないな」
ケイが肩を叩きながら言う。
「このガタイ見りゃ当然かもな。リリィ様々だぜ」
「ケイ、やっぱり……」
一瞬言いかけて、言葉を飲み込んだ。
喉の奥がひりつく。
——力を取り戻そうとするのは辞めて。
そう続けたかったが——言えない。
「ん?」
「いや、何でもない」
ケイは気にした様子もなく、次の話題へ飛ぶ。
「明日から、ダンジョン変えるぞ」
「大分コツを掴んできたからな。ダンジョンの難易度も上げて行く」
胸がざわつく。
思わず一歩、ケイに近づいた。
「それは待て」
——企業に力を取り戻したと見られるのはマズイ。
「なんでだ?」
「お前の力、デメリットもあるだろ」
「対処法も練習してからじゃないと危ない」
咄嗟に誤魔化しの言葉が口を突く。
「そういえば、マニュアルにそんな事書いてあった気がするけど——」
ケイは首を傾げる。
「リリィに言ったっけ?」
視線を逸らす。
ケイの目を見てしまうと、嘘がつけなくなる。
「そんなことより、襲撃がない代わりに監視は増えている。大人しくしておけ」
「監視?そんな事も分かるのか」
「さすが凄腕の傭兵だな」
ケイは軽く笑う。
その無防備さが、今は怖い。
*
「いいか、とにかく今日は大人しくしておけ」
ケイをアパートに送り届け、念を押す。
「ああ、分かってる」
「お前の言う事は信頼してるからな、相棒」
そう言ってケイはドアを閉めた。
ドアが閉まる音が、やけに重く響いた。
リリィはしばらくその場に立ち尽くした。
薄暗い廊下の非常灯が、義体の外装に淡く反射する。
胸の奥が、じわりと痛む。
「……相棒、ね」
小さく呟く。
その言葉は、嬉しいはずなのに、今は胸に刺さる。
——相棒。
そう呼ばれる資格が、今の自分にあるのか。
ケイは何も知らない。
企業が動いていることも、パッチが情報を流したことも、
自分が囮として企業の目を引きつけていることも。
そして——
ケイが力を取り戻そうとするほど、危険が増すことも。
リリィは拳を握りしめた。
義体の指関節が、わずかに軋む。
「……守るって決めたのに」
ケイの無邪気な笑顔が脳裏に浮かぶ。
あの笑顔を曇らせたくない。
でも、真実を言えば、ケイは絶対に止まらない。
——あいつは、そういう奴だ。
だから言えない。
言えば、ケイはもっと危険に踏み込む。
リリィは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「……帰ろう」
踵を返し、階段を降りる。
外に出ると、夜風が頬を撫でた。
街灯の下、視界の端に“影”が動く。
——また増えてる。
監視の気配は、昼より濃くなっていた。
ケイの言う通り、襲撃はない。
だが、企業の視線は確実に近づいている。
「……絶対に、守る」
リリィは夜の街を歩き出す。
義体の足音が、静かにアスファルトを叩いた。




