第11話 拡張 / Extend
細い路地の影に身を押し込め、通りを覗く。
「ケイ……」
屋台の灯りに照らされたケイが酒を呷るっている。
その丸まった背中が、小さく見える。
端末に視線を落とす。
——3,183位
あれから、何度も死んでいる。
その事実を突きつける数字だった。
瓶の割れる音。
反射的に顔を上げる。
ケイが、こちらに走ってくる。
胸の冷却ファンが、わずかに回転数を上げた。
だがケイは、素知らぬ顔で脇をすり抜けていく。
私に気づくはずはない。
——頭ではわかっている。
それでも——
遅れて、義体が二人。
ケイを追うヘリオス・ダイナミクスの私兵だ。
——またか。
踏み出し行く手を塞ぐ。
そのまま一人を弾き飛ばした。
「……クソ!どけ、デカブツ」
ケイの足音が遠ざかる。
やがて、その音が完全に消えた。
私兵は体勢を立て直し、再び走り出す。
だが、路地の先にはもう、ケイの姿はなかった。
*
「……半年ぶりか」
薄暗い診療室で、端末から顔を上げた、ドクの義眼がこちらを捉えた。
「ああ、そうらしいな」
室内には消毒薬とオゾンの匂いが混じっている。俺は壁際に立ったまま答えた。
「もう、バックアップは問題ないだろ……今日はどうした?」
「生体拡張をインストールしたい」
ドクの視線が、俺の身体を一瞬なぞる。
「……上位身体で十分だろ」
「足りない。力を取り戻すには、必ず生きて帰る必要がある」
ドクは端末を机に置いた。淡い光を反射する義眼が、今度はじっと俺を見据える。
「……」
やがて小さく肩を竦める。
「分かった。で何入れるんだ?」
「脳と脊髄それから皮膚」
一拍の沈黙。
「……正気か?」
「金ならある」
「はあ、そういう問題じゃないんだがな」
ドクはため息混じりに続ける。
「生体パーツだ。定着するかどうかは賭けみたいなもんだぞ」
「やってくれ」
間を置いて、ドクは観念したように首を振った。
「……分かった。そこに横向きに寝ろ。右側が上だ」
金属製のベッドに横になると、冷えた感触が背中に伝わる。
ドクは棚を漁り、試験管をひとつ取り出した。
「ニューロ・ジェネシス製の拡張葉だ。思考の補助とリミッター解除」
「その身体なら、解除してもある程度持つだろう」
ドクがシリコン手袋をした手で中身を取り出す。
内蔵のような塊から何本も伸びた管が、蝶の口吻みたいに丸まっている。
ドクドクと脈打ち、ヌラヌラと蛍光灯の光を反射するそれが俺の耳元に近づいてきた。
「おい、待て!麻酔とか無いのかよ」
「打つか?乗っ取られても良ければな」
「は?」
「ちょっと痛むぞ」
耳に激痛。
管がピンと伸びて内耳に侵入し、そのまま——
頭の中を何かが這い回る感触。
*
目覚めると、躯体安置所のカプセルだった。
端末を見ると、最新の通知に『決済完了:上位身体躯体費用』の文字。
その下に、全く同じ通知が履歴を埋め尽くしている。
「……またか」
バックアップを取ってから手術台に乗る。そこから先の記憶はない。
目覚めるたびに、俺の記憶は「手術直前」に巻き戻され、残高だけが削られている。
カプセルを出て、診療所へ向かう通路の脇。
バイオハザードマークがついた大型の廃棄物コンテナが目に留まった。
半透明の防液カバー越しに、見慣れた顔が重なり合っている。
拒絶反応でどす黒く変質した「俺」。神経系が焼き切れて異様にのけぞった「俺」。
「……見栄えが悪いな」
俺は顔を背け、自分の亡骸の山を通り過ぎた。
*
「脳と脊髄と皮膚だったな。続けるか」
「ちなみに成功率って……」
「脳が3割、脊髄が5割、皮膚は8割ってとこだな」
ドクは端末を操作しながら、視線も寄越さずに答える。
「じゃあ全部成功するのは…」
言いかけて、喉が少し詰まる。
「1割ちょいだな」
ようやくこちらを見て、ドクが肩を竦めた。その仕草は軽いが、義眼の光は冷たい。
「……続けてくれ」
覚悟を決め、ベッドに横になる。
「それから、脊髄はゲノ・サイエンス製のネオカリス・インプラント」
「皮膚はオメガ・ケミカルのデュラスキンでいいな?」
ドクは引き出しを開け、無色のカプセルと、粘性のあるパックを並べる。
「それぞれ、神経伝達速度の強化と、感覚強化だ」
「ああ、やってくれ」
………
……
…
「3日ほどでデュラスキンに置き換わる。ダメだったらまた来い」
皮下注射を終えたドクが、器具をトレイに放りながら言った。
「ああ、世話になった」
立ち上がると、身体の各所が一拍遅れてついてくる。皮膚の内側で、何かがまだ位置を探して蠢いている感覚があった。
「金はだいぶ減ったが、なんとかなったな」
診療所を出て、端末を覗く。
17体目の身体で、インストールは成功した。
この身体は補助輪だ。
──不安定なダンジョンで、境界を緩める練習をするための。
「まずはTier4あたりで様子見するか」
ラビット・ホールに記された近場の裏口を目指す。
この身体で、どこまでやれるか――
それを試すには、ちょうどいい難易度だ。




