第10話 残響 / Echoes
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【能力マニュアル ver.1.3】
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■はじめに
もし俺が死んで、バックアップから戻ったら——このマニュアルを読め。
お前は俺だ。俺はお前だ。
忘れても、感覚は同じ。伝わるはずだ。
■本質:すべては可能性の選択
この能力の本質は一つだけだ。
「世界に重なった無数の可能性から、一つを選び取る」
凍結も、硬化も、透過も、消去も——
全部、同じ原理だ。
違うのは、世界との境界をどれだけ緩めるか。
深く潜るほど、選べる可能が増える。
でも——戻れなくなる。
■基礎:世界との境界を緩める
【ステップ1:ザラザラを探す】
空間を撫でろ。
目で見るんじゃなくて、皮膚感覚で。
ツルツルの場所 → 確定済み。触るな。
ザラザラの場所 → 未確定。ここを弄る。
ザラザラってのは——
世界がまだ「どっちでもいい」って迷ってる場所だ。
【ステップ2:境界を緩める】
自分と世界の間にある「膜」をイメージしろ。
普段はピンと張ってる。
それを柔らかくしろ。
意識を集中したらダメだ。
ぼんやりとあるのをイメージしつつ意識の外に置け。
それができたらゆっくり、拡げる。
膜が、薄くなる。
これが「境界を緩める」感覚だ。
【ステップ3:可能性を選ぶ】
境界を緩めると——無数の可能性が見えてくる。
「凍ってる世界」
「凍ってない世界」
「半分凍ってる世界」
全部が、同時に重なってる。
そこから一つを選べ。
選び方:
「こうしたい」じゃなくて「もうこうなってる」を選ぶ。
未来じゃなくて、今を選ぶ。
世界が「カチッ」と鳴る。
選んだ可能性が、現実になる。
……
頭が痛くなって、途中で読むのをやめた。
「ツルツル?ザラザラ?『伝わるはず』じゃねえよ……」
*
薄汚れた、廃墟となったビルが立ち並ぶ街並み。
古くからある、出涸らしダンジョン。
——危険はほとんどない、練習にはうってつけのダンジョンだ。
「はぁ、こんな怪文書でも、今はすがるしかねぇ……か」
マニュアル通りにやってみる。
目を閉じる。
手のひらを空間にかざしてみる。
左右の手のひらに集中する。
左の方が僅かに温かい——気がする。
深く息を吸う。
吐く。
呼吸に集中しろ、と書いてあるわけじゃない。
だから、集中しない。
ただ、空気が肺に入る感覚を、放っておく。
胸が膨らみ、縮む。
服が擦れる。
手のひらに感じる風。
意識の外に置く。
空間の質感を探す。
「……」
何も感じない。
——半年前の俺は、こんなのを“当たり前”にやってたのか?
雑念を払い、集中する。
やはり何も感じない。
いや——
何か違和感を感じる。
微かな気配。
右側。
——これは!
薄っすらと目を開ける。
探索者達と目があった。
「こんなとこで、何やってんだ?」
「Kが落ちぶれたって噂、本当だったんだな」
バカを見る目で、そいつらは言った。
*
「クソッ……」
乱暴にグラスを屋台のカウンターに置く。
「ボトルでくれ」
店主が差し出したボトルを引っ掴むとグラスに流しこむ。
一息で飲む。
また、注ぎ込む。
カウンターに影が差す。
「Kだな」
振り返ると義体が3人。
最新のフラッグシップ機。
ヘリオス・ダイナミクスのロゴ。
——企業の私兵か。
「……」
黙って、真ん中の男に酒瓶を叩きつける。
怯んだ隙に走る。
走る。
——上位身体でも、義体には勝てない。逃げるが勝ちだ。
狭い路地を曲がる。
眼の前に、黒い装甲に覆われた義体。
身長は優に二メートルを超える。
バイザーで覆われた顔。
——ぶつかる
と思ったが、機敏に脇に避けてくれた。
僅かな隙間をすり抜ける。
後方で衝突音。
追手の喚き声。
構わず路地を走り抜ける。
「はぁ」
積まれた酒瓶のケースに腰を下ろすと、タバコに火を付ける。
「このまま、燻ってるわけには行かなそうだな……」
紫煙を吐き出す。
「あの感覚を掴むにしても、もっと不安定なダンジョンじゃなきゃダメそうだな」
——かと言って、死んだら練習の成果もパーだ。
「ドクのところ行くか」
まずは、この身体をできる限り強化する。
生きて帰ってこれるように。




