銀咲明日香からの脅迫
四限目が終わり、俺はいつも通り柊と一緒に昼食を取っていた。他愛もない会話で埋める時間。最近あった出来事、昨日見たアニメの話。やっぱり柊との会話はどこか会話が弾んで、楽しい――だが、昨日神行が俺のマンションに来ていたことは黙ったままにした。
あんなこと言ったら、絶対に柊から「お前、神行さんと同棲してんの?」とか冷やかされる。いや、同棲じゃない。ただ、勝手に上がり込んできただけだ。
俺と神行がマンションを出入りしたりしてるところ見られたら、俺は絶対に誰かに殺される気がする。気がするだけだが、確信に近いものがある。神行のファンは、学校内外問わず多い。もし、俺が神行と一緒にいるところを見られたら、間違いなく俺の命はない。
「それで今日は足立さんとアニメイトか……お前羨ましいな」
羨ましい、だと。いや荷が重すぎる。ただでさえ恋愛とは無縁の存在でありたい俺が、普通の女子とかならまだしも、知名度も人気もある四皇の一人と放課後遊ぶのは気が重すぎるぞ。まぁでも足立さんだから、まだいい。これが神行とかになると絶対変なのに巻き込まれる。というか、神行の場合、周囲の視線が痛すぎて外出できない。
「お前なぁ、別にいいものじゃないぞ。お前も気をつけろよ? 人気な女子に目をつけられる危険性を……」
「なに忠告風の自慢してるんだよ」
柊は呆れたように笑う。その表情は、どこか羨ましそうで、でも同時に同情しているようにも見えた。
あー、他者から見れば自慢になるのか。全くどうして俺はこうあの四人に悪い意味での好意を寄せられてるんだろうな。恋でもしたい訳じゃないのに……。別に俺は、ただ普通に高校生活を送りたいだけなのに。
ふと、俺の脳裏に中学の頃に振られたあの子の顔が過ぎる。夏祭りでの告白。優しく断られた時の、あの切ない気持ち。やっぱ恋愛は当分いいかな。あの痛みは、もう二度と味わいたくない。
「あ、いた」
俺と柊が喋っていた時、その間を割って入るように現れたのは綺麗な銀髪の長い髪、ルビーのような赤い瞳をした圧倒的なカリスマ感を放つ――銀咲明日香だった。
教室に入ってきた瞬間、空気が変わる。周囲の生徒たちが、一斉に銀咲に視線を向ける。その存在感は、まさに皇帝と呼ばれるに相応しい。
「な、なんだよ」
俺は、少し緊張しながら尋ねる。銀咲と二人きりで話すことなんて、これまでほとんどなかった。というか、銀咲は普段、俺に直接話しかけてくることはあまりない。大抵、神行経由で俺のことを知っている程度だ。
「ちょっと聞きたいことあるから屋上まで来てくれない?」
「はえ?」
銀咲のその誘いの言葉が教室に響く。その瞬間、周囲の男子、女子からの”殺意”と”嫉妬”の視線が一斉に俺に刺さる。特に男子からの視線は、もはや殺気に近い。あれ? 今日が俺の命日かな?
そして、そのまま銀咲はツンツンとした雰囲気で教室を出ていった。その背中は、どこか高貴で、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。もしかして、決闘でもある感じなのかな? 負けたら死んだりしないよな? 俺のライフはもうゼロだよ?
困惑しながらも俺は銀咲のあとを追った。柊は、心配そうな顔で俺を見送っている。
「頑張れよ、裕一」
「お前、それフラグじゃねぇか……」
俺は、小さく呟きながら、教室を出た。
※ ※ ※
屋上に呼び出された俺が屋上の扉を開けた時、夏の兆しのある風が俺の頬を撫でる。そして、眩しい太陽の下には銀咲がいる。銀髪が風になびいて、キラキラと輝いている。その姿は、まるで絵画のように美しい。
なんで俺が呼ばれたことに疑問を持ちながらも、俺は銀咲の元まで歩み寄る。四皇のうちの一人で、男女問わず人というものを恋に落として”沼らせる”皇帝。その圧倒的なカリスマ性は、こうして二人きりになると、より一層感じられる。
固唾を呑んで相手の出方を待っていた時、銀咲がどこか複雑な表情で、スマホの画面を俺に見せた。
「――ッ!? お前これどこで!?」
そのスマホに映っていたのは俺と神行が同じマンションの同じ部屋から出ていく姿だった。そう昨日俺が神行が心配になって飛び出した時の写真だ。しかも、俺が神行の手を引いている瞬間まで撮られている。
てかいつの間に撮られてた?! 俺は全く気づかなかった。
「これ、昨日の夜撮ったの。たまたま晄の家の近くを通りかかったら、貴方たちが一緒に歩いているのが見えてね」
銀咲は、どこか不機嫌そうに言う。その声には、明らかに棘がある。
「い、いや、これは違うんだ。ただ神行を家まで送っただけで――」
「ふーん。じゃあ、この写真は?」
銀咲は、スマホの画面をスワイプする。すると、次に映ったのは、俺のマンションの玄関から神行が出てくる写真だった。しかも、神行は笑顔で、どこか楽しそうな表情をしている。
「これは……」
「晄が、貴方の家に上がり込んでいたのよね。しかも、結構長い時間いたみたいだけど」
銀咲の声は、どこか冷たい。でも、その奥には、何か別の感情が隠れている気がした。
「あの、それは神行が勝手に――」
「言い訳はいいわ」
銀咲は、そう言って俺の方に一歩近づく。その瞳は、どこまでも鋭くて、俺を射抜くような視線だ。
「私が聞きたいのは、貴方が晄とどういう関係なのか、ということよ」
「ど、どういう関係って……ただの幼馴染だけど」
「ただの幼馴染が、夜に女の子を家まで送る? しかも、手を繋いで?」
銀咲の言葉に、俺は言葉に詰まる。確かに、あれは手を繋いでいるように見えるかもしれない。でも、あれは神行の手首を掴んでいただけで――。
「あれは、神行が一人で夜道を歩くのが心配だったから……」
「心配?」
銀咲は、じっと俺を見つめる。その視線は、何かを確かめるような、探るような視線だ。
「そう。貴方は、晄のことが心配だった。だから送った」
「ま、まぁ……そうだけど」
「じゃあ、私のことも心配してくれる?」
「え?」
突然の質問に、俺は戸惑う。銀咲は、少し頬を赤らめながら、俺から視線を逸らした。
「い、いや……その……貴方が晄だけを特別扱いしてるのか、それとも……」
銀咲の声は、どんどん小さくなっていく。その様子は、いつもの堂々とした銀咲とは全く違って、どこか初々しい。
「え、えっと……銀咲さん?」
「う、うるさい! 忘れて! 今のは忘れなさい!」
銀咲は、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。その反応が、あまりにも可愛らしくて、俺は思わず目を見開いた。
「あ、あの……」
「と、とにかく!」
銀咲は、咳払いをして、何とか平静を装おうとする。でも、耳まで真っ赤になっていて、全然平静じゃない。
「私が言いたいのは、晄はとても純粋な子だから、傷つけないでほしいということよ。あの子は、貴方のことを本当に大切に思ってるから」
「わ、わかった……」
「それから……」
銀咲は、少し躊躇いながらも、続ける。
「今日、足立と放課後遊ぶんでしょ?」
「え、なんで知ってるんだよ……」
「私は、四皇の一人よ。情報網は広いの」
銀咲は、そう言いながらも、どこか不満そうな表情をしている。
「楪も、晄も、優里も……みんな貴方のことを……」
銀咲は、そこで言葉を止める。そして、俯いて小さく呟く。
「……ずるいわよね」
「え?」
「な、何でもない! とにかく、足立を悲しませないこと。わかった?」
「わ、わかったけど……」
銀咲は、そのまま俺に背を向けて、屋上の扉に向かって歩き始めた。でも、数歩歩いたところで、立ち止まる。
「……八杉くん」
「な、なに?」
「もし……もし貴方が、誰かと遊ぶ時間があるなら……」
銀咲は、振り返らずに言う。
「……私とも、たまには遊んでくれてもいいのよ。別に、義務じゃないけど……その……」
その声は、どこか寂しそうで、俺は少しドキッとした。
「あ、ああ……今度、機会があれば……」
「本当?」
銀咲は、勢いよく振り返る。その表情は、どこか嬉しそうで、でもすぐに気づいて、また顔を背ける。
「べ、別に嬉しくなんかないんだから! ただ、晄が貴方と遊んでばかりいるから、私も公平に時間を分けてもらおうと思っただけよ!」
「そ、そうなんだ……」
銀咲は、そう言って足早に屋上を出ていった。俺は、その場に一人残され、大きく息を吐く。
「……なんだったんだ、今の」
俺は、小さく呟きながら、屋上の柵に寄りかかる。空を見上げると、青い空が広がっていた。
銀咲に脅された……いや、脅されたというより、何か複雑な感情をぶつけられた気がする。
『私とも、たまには遊んでくれてもいいのよ』
あの言葉は、どういう意味だったんだ? まさか、銀咲も俺に……。
「いや、ありえない。考えすぎだ」
俺は、頭を振る。銀咲は、ただ神行の親友として、公平に時間を分けてほしいと言っただけだ。それ以上の意味はない。絶対にない。
でも、あの赤くなった顔は……。
「……面倒くさい」
俺は、小さく呟きながら、屋上を後にした。
教室に戻ると、柊が心配そうな顔で俺を迎えた。
「おい、大丈夫か? 銀咲さんに何か言われたのか?」
「ああ、まぁ……色々とな」
「色々?」
「詳しくは言えないけど、とにかく神行を傷つけるなって言われた。あと……」
「あと?」
「……いや、何でもない」
俺は、銀咲の最後の言葉を思い出す。「私とも、たまには遊んでくれてもいいのよ」という、あの寂しそうな声を。
柊は、不思議そうな顔で俺を見ているが、俺は何も言わずに、自分の席に座った。
午後の授業が始まるまで、俺は銀咲の言葉を反芻していた。
神行だけじゃなく、銀咲も、足立さんも、川瀬も……。
なんで俺は、こんなに面倒なことになってるんだ。
俺は、ただ普通に高校生活を送りたいだけなのに。
でも、どこか心の奥底では、悪くないかもしれない、とも思っている自分がいた。
いや、そんなわけない。俺は恋愛から距離を置くと決めたんだ。
俺はそう自分に言い聞かせながら、教科書を開いた。
今日一日が、また長くなりそうな予感がした。
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