神行との約束
夏休み四日目。今日は、久しぶりに快晴だった。窓を開けると、眩しいほどの青空が広がっている。昨日までの雨が嘘のように、夏らしい天気が戻ってきた。蝉の鳴き声が、いつもより大きく聞こえる。ミンミンゼミ、アブラゼミ、クマゼミ。それぞれが、競い合うように鳴いている。その音が、夏の訪れを改めて実感させてくれる。
時刻は、午前九時。俺は、いつものようにゆっくりと目を覚ました。
リビングに行くと、姉が既に出勤していた。テーブルの上には、いつものように付箋が置かれている。「今日も夜勤よ。お昼ご飯は冷蔵庫に入れてあるわ。熱中症に気をつけてね」姉の優しさが、その付箋から伝わってくる。
俺は、朝食を食べながら、今日のことを考える。昨日は銀咲と図書館で勉強した。一昨日は足立さんと図書館で勉強した。今日も、また誰かと偶然会うのだろうか。いや、もはや偶然とは思えない。四皇たちは、明らかに俺との時間を作ろうとしている。
そんなことを考えていると、スマホが鳴る。
LINEのメッセージだ。
神行からだった。
「やっほー! 八杉くん! 今日、暇? 良かったら一緒に遊びに行かない?」
神行からの直球な誘い。いつもの神行らしい、ストレートなメッセージだ。
俺は、少しだけ迷う。今日は、特に予定もない。宿題も、昨日までである程度進めた。だったら、神行と遊びに行くのも悪くない。
俺は、神行に返信する。
「いいよ。どこに行くの?」
すぐに、神行から返信が来る。
「やったー! じゃあ、駅前のショッピングモールはどう? 新しいゲームセンターができたんだって! 十一時に駅で待ち合わせね!」
「了解」
俺は、返信を送る。
朝食を食べ終えて、俺は身支度を整える。今日は快晴だから、日焼け止めを塗った方がいいかもしれない。でも、男が日焼け止めを塗るのは、少し恥ずかしい。いや、熱中症予防のためだ。恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。
俺は、カバンに財布とスマホを入れる。今日は勉強道具は必要ない。遊びに行くだけだ。
家を出て、駅に向かう。
外は、予想以上に暑い。真夏の日差しが、容赦なく降り注いでいる。アスファルトからは、熱気が立ち上っている。歩いているだけで、汗が滲んでくる。
駅に到着する。時刻は、午前十一時。待ち合わせの時間ちょうどだ。
駅の改札前には、既に神行が待っていた。
神行は、黄色いワンピースを着ていた。その姿が、まるで夏の太陽のように眩しい。金髪のポニーテールが、風に揺れている。その笑顔が、どこまでも明るい。
「八杉くん! やっほー!」
神行が、大きく手を振る。
「おはよう、神行」
俺は、答える。
「おはよう! じゃあ、行こっか!」
神行は、嬉しそうに言う。
俺たちは、ショッピングモールに向かう。
道中、神行は色々な話をしてくる。夏休みのこと、友達のこと、最近見たテレビのこと。その話は、どれも楽しそうで、神行の明るさが伝わってくる。
「ねぇ、八杉くん。昨日も図書館行ってたんでしょ? 明日香ちゃんと一緒だったって聞いたよ」
神行が、尋ねる。
「ああ、まぁ……たまたま会っただけだけど」
「ふーん。一昨日は楪ちゃんと一緒だったんでしょ?」
「それも、たまたまだよ」
俺の言葉に、神行はニヤリと笑う。
「たまたまが、二日連続? 怪しいなー」
「別に、怪しくないって」
俺は、必死に否定する。
神行は、クスッと笑う。
「まぁ、いいけどね。でも、今日は私と一緒だから! 八杉くんを独占しちゃうからね!」
神行の言葉に、俺は少しだけドキッとする。
ショッピングモールに到着する。
ショッピングモールは、多くの人で賑わっていた。家族連れ、カップル、学生たち。みんな、それぞれの時間を楽しんでいる。
神行が、俺の手を引いて、ゲームセンターに向かう。その手が、温かい。
「ほら、早く早く!」
神行は、嬉しそうに言う。
ゲームセンターに入ると、様々なゲーム機が並んでいた。音楽ゲーム、格闘ゲーム、レースゲーム、シューティングゲーム。その全てが、派手な音と光を放っている。
神行は、すぐに音楽ゲームに向かう。
「八杉くん、これやろうよ!」
神行が、協力プレイの音楽ゲームを指差す。
「ああ、いいよ」
俺は、答える。
俺たちは、音楽ゲームを始める。
画面に流れる音符を、リズムに合わせてタップする。神行は、かなり上手い。その指の動きが、軽やかで正確だ。
「すごいな、神行。上手いね」
「えへへ、ありがとう! 私、このゲーム得意なんだ!」
神行は、嬉しそうに言う。
俺たちは、何曲もプレイする。その時間が、どこまでも楽しい。神行の笑顔を見ていると、こっちまで楽しくなる。
そして、次はUFOキャッチャーに挑戦する。
「あ、あのぬいぐるみ、可愛い!」
神行が、大きなクマのぬいぐるみを指差す。
「取ってみようか?」
「本当? やったー!」
神行は、嬉しそうに言う。
俺は、UFOキャッチャーに挑戦する。何度か失敗するが、最終的にぬいぐるみを取ることができた。
「やった! すごい、八杉くん!」
神行は、目を輝かせながら言う。
俺は、ぬいぐるみを神行に渡す。
神行は、そのぬいぐるみを大切そうに抱きしめる。
「ありがとう、八杉くん! 大切にするね!」
神行の笑顔を見て、俺は少しだけ胸が温かくなる。
ゲームセンターを出て、お昼ご飯を食べることにする。
ショッピングモールのフードコートに向かう。
フードコートは、多くの人で賑わっていた。様々な料理の匂いが混ざり合って、食欲をそそる。
「何食べる?」
俺は、神行に尋ねる。
「うーん、ハンバーガー食べたい!」
「じゃあ、俺もハンバーガーにするよ」
俺たちは、ハンバーガーショップで注文する。
席に座って、ハンバーガーを食べる。
「美味しいね!」
神行が、嬉しそうに言う。
「ああ」
俺は、答える。
俺たちは、ハンバーガーを食べながら、他愛もない話をする。学校のこと、友達のこと、将来のこと。
「ねぇ、八杉くん」
神行が、ふと真剣な表情で口を開く。
「ん?」
「八杉くん、最近、楽しそうだよね」
神行の言葉に、俺は少しだけ驚く。
「そう?」
「うん。前は、もっと一人でいることが多かったけど、最近は私たちと一緒にいること多いし、すごく楽しそう」
神行は、優しく微笑む。
「まぁ、みんなと一緒にいると楽しいからな」
俺の言葉に、神行は少しだけ表情を曇らせる。
「みんな……か」
「ん?」
「ううん、何でもない」
神行は、小さく首を振る。
そして、神行がまた口を開く。
「ねぇ、八杉くん。私ね、八杉くんと一緒にいると、すごく楽しいの」
神行の言葉に、俺は少しだけドキッとする。足立さんも、銀咲も、同じようなことを言っていた。
「俺も、神行と一緒にいると楽しいよ」
俺は、素直に答える。
神行は、少しだけ頬を赤らめて、小さく微笑む。
「ありがとう。でもね、八杉くん」
「ん?」
「私が言う『楽しい』って、もしかしたら八杉くんが思ってる『楽しい』とは、ちょっと違うかもしれない」
神行の言葉に、俺は少しだけ戸惑う。
「どういうこと?」
「今はまだ、言えないけど……いつか、ちゃんと伝えたいな」
神行は、小さく呟く。
その後、俺たちは無言で食事を続ける。その沈黙が、どこか重い。
食事を終えて、俺たちはショッピングモールを出る。
外は、相変わらず暑い。真夏の日差しが、容赦なく降り注いでいる。
「じゃあ、駅まで一緒に帰ろっか」
神行が、言う。
「ああ」
俺は、頷く。
俺たちは、駅に向かって歩く。
道中、神行がふと口を開く。
「ねぇ、八杉くん。海水浴、楽しみだね」
「ああ、そうだな」
「みんなで一緒に海で遊ぶの、絶対楽しいよね」
「ああ」
俺は、答える。
そして、駅に到着する。
「じゃあ、また明後日の海水浴でね」
神行が、手を振る。
「ああ、また」
俺は、答える。
でも、神行は、少しの間俺を見つめた後、小さく呟く。
「八杉くん、海水浴の時、私の水着姿、楽しみにしててね」
神行の言葉に、俺は少しだけ顔が赤くなる。
「べ、別に……」
「ふふ、照れなくていいのに」
神行は、意地悪そうに笑う。
そして、神行は手を振って、電車に乗っていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
今日、神行と過ごした時間。
それは、どこまでも楽しかった。
神行の笑顔、神行の明るさ、神行の温もり。
その全てが、俺の心に残っている。
そして、神行の言葉。「私が言う『楽しい』って、もしかしたら八杉くんが思ってる『楽しい』とは、ちょっと違うかもしれない」
その言葉の意味を、俺は少しずつ理解し始めていた。
神行は、俺に好意を持っているのかもしれない。
いや、好意を持っている。
その事実を、俺はもう否定できない。
足立さんも、銀咲も、そして神行も。
三人とも、俺に好意を持っている。
そして、川瀬も。
四皇全員が、俺に好意を持っているのかもしれない。
その事実を、俺はもう無視できない。
でも、それを受け入れることは、まだできない。
誰かを選ぶということは、誰かを傷つけるということだ。
その責任を、俺はまだ負えない。
俺は、そう思いながら、家に帰った。
家に帰ると、リビングは静かだった。姉は、まだ仕事中だ。
俺は、自分の部屋に行き、ベッドに寝転がる。
天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
神行と過ごした時間。
ゲームセンターでの楽しい時間、フードコートでの会話、駅での別れ際の言葉。
その全てが、俺の心に残っている。
そして、俺は少しずつ気づき始めていた。
四皇のことを、ただの友達として見ているだけじゃない、ということに。
四人それぞれに、特別な感情を抱いている。
足立さんの優しさに、心が癒される。
銀咲の知的さに、心が惹かれる。
神行の明るさに、心が温かくなる。
そして、川瀬の……。
川瀬とは、まだ夏休みに入ってから会っていない。でも、川瀬のことも、気になっている。
俺は、四皇全員に、特別な感情を抱いているのかもしれない。
でも、それは恋愛感情なのか。
それとも、友達としての感情なのか。
その答えは、まだわからない。
でも、いつかは向き合わなければならない。
その時が、もうすぐ来る。
明後日の海水浴。
その時、何かが変わるかもしれない。
俺は、そう予感していた。
夕方になり、俺は自分の部屋でゲームをしていた。
でも、集中できない。四皇のことが、頭から離れない。
足立さんの優しい笑顔。
銀咲の冷静な表情。
神行の明るい笑顔。
川瀬の複雑な表情。
その全てが、俺の心を揺らす。
そして、俺は少しずつ認め始めていた。
俺の"究極の恋愛耐性"が、もう限界に達している、ということを。
去年の失恋で築いた壁が、少しずつ崩れている。
四皇との時間が、その壁を崩している。
そして、いつかその壁は完全に崩れる。
その時、俺は何を見つけるのだろうか。
その答えは、まだわからない。
でも、一つだけわかっていることがある。
この夏休みが、俺を変える。
四皇との時間が、俺の心を変える。
その予感を感じながら、俺は夜を迎えた。
窓の外を見ると、星が空に輝いている。
その光は、どこまでも美しくて、でもどこか遠い。
明日は、また新しい一日が始まる。
夏休みの五日目。
そして、明後日は、四皇との海水浴だ。
その日、何かが変わる。
俺は、そう予感していた。
そして、その予感は、きっと当たる。
俺の青春は、また大きく動き出そうとしていた。
その先に、何が待っているのか。
俺は、まだ知らない。
でも、いつか知る時が来る。
その日を、俺は静かに待っていた。
夏の夜は、静かに更けていく。
そして、俺の心も、また少しずつ変わっていく。
その変化を、俺はもう止められない。
四皇との夏。
それは、俺にとって、忘れられない夏になるだろう。
そう確信しながら、俺は深い眠りの中に落ちていった。
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