夏休み初日の静寂
夏休み初日。俺は、久しぶりにゆっくりと目を覚ました。目覚まし時計をセットしていないから、自然と目が覚めるまで寝ていられる。その贅沢が、どこまでも心地よい。布団の中で、ゆっくりと伸びをする。身体が、軽い。学校のストレスから解放された身体は、まるで羽が生えたように軽い。
窓の外を見ると、真夏の日差しが容赦なく降り注いでいる。蝉の鳴き声が、耳に届く。ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシ。それぞれが、それぞれのリズムで鳴いている。その音が、夏の訪れを告げている。
時刻は、午前十時。いつもなら、もう学校にいる時間だ。でも、今日は夏休み。何も気にする必要はない。俺は、もう少し布団の中でゴロゴロしていたい。でも、お腹が空いている。姉が、何か朝食を用意してくれているかもしれない。
俺は、ゆっくりと布団から這い出る。パジャマ姿のまま、リビングに向かう。
リビングに行くと、テーブルの上に付箋が置かれていた。姉の字だ。
『朝食は冷蔵庫に入れてあるわ。レンジで温めて食べてね。私は夜勤だから、夜まで帰らないわ。夏休み、楽しんでね』
姉の優しさが、その付箋から伝わってくる。姉は、いつも俺のことを気にかけてくれる。夜勤で疲れているはずなのに、わざわざ朝食を用意してくれる。その優しさに、俺は心から感謝している。
冷蔵庫を開けると、ラップに包まれたおにぎりと、タッパーに入った味噌汁があった。おにぎりは、俺の好きな鮭と梅干し。味噌汁には、豆腐とワカメが入っている。いつもの朝食だ。でも、それが心地よい。
俺は、おにぎりをレンジで温めて、味噌汁も温める。そして、リビングのテーブルに座って、ゆっくりと朝食を食べる。
おにぎりを頬張りながら、俺は今日のことを考える。夏休み初日。何をしようか。特に予定はない。来週の土曜日には、四皇との海水浴が控えている。でも、それまでは自由だ。
アニメを見るのもいいし、ゲームをするのもいい。漫画を読むのもいい。夏休みの宿題を少しずつ進めるのもいいかもしれない。いや、宿題は後回しでいい。夏休みの最初から宿題なんて、やる気が出ない。
朝食を食べ終えて、俺は自分の部屋に戻る。
部屋には、俺の大切なものが詰まっている。本棚には、たくさんの漫画とライトノベルが並んでいる。机の上には、パソコンとゲーム機が置かれている。壁には、好きなアニメのポスターが貼られている。
この部屋が、俺の城だ。ここでなら、誰にも邪魔されずに、自分の好きなことができる。
俺は、パソコンを起動する。そして、最近見始めたアニメの続きを見ることにする。
アニメのタイトルは、「異世界転生した俺は、最強の魔法使いになった件」。よくあるタイトルだが、内容は面白い。主人公が異世界に転生して、様々な冒険をする。その過程で、仲間を増やして、強大な敵と戦う。王道の展開だが、それがいい。
俺は、パソコンの画面に集中する。主人公が、魔法で敵を倒していく。その爽快感が、たまらない。アニメを見ていると、現実のことを忘れられる。学校のこと、試験のこと、四皇のこと。全てを忘れて、アニメの世界に没頭できる。
気がつくと、もう昼になっていた。時刻は、午後一時。アニメを三話も見てしまった。時間が経つのが、あっという間だ。
お腹が空いた。昼食を食べなければ。
俺は、キッチンに行く。冷蔵庫を開けると、姉が作ってくれたおかずがいくつか入っている。唐揚げ、卵焼き、野菜炒め。どれも美味しそうだ。
俺は、それらをレンジで温めて、ご飯と一緒に食べる。一人で食べる昼食は、少し寂しい。でも、それも悪くない。自分のペースで、ゆっくりと食べられる。
昼食を食べ終えて、俺は再び自分の部屋に戻る。
今度は、ゲームをすることにする。最近買ったRPGゲームだ。主人公が冒険の旅に出て、仲間を集めて、ラスボスを倒す。これも王道の展開だが、それがいい。
俺は、ゲームに没頭する。敵と戦い、レベルを上げ、新しい装備を手に入れる。その作業が、どこまでも楽しい。ゲームの世界でなら、俺は強くなれる。現実では、ただの平凡な高校生だが、ゲームの中では、勇者になれる。
気がつくと、もう夕方になっていた。時刻は、午後五時。ゲームを四時間もやってしまった。時間が経つのが、本当にあっという間だ。
俺は、ゲームを一時中断して、リビングに行く。
窓の外を見ると、夕日が沈みかけている。オレンジ色の光が、街を照らしている。その光景が、どこか儚い。
俺は、ソファに座って、スマホを見る。
LINEを開くと、四皇からのメッセージがいくつか届いていた。
神行からのメッセージ。『八杉くん、夏休み楽しんでる? 私は今日、家族と買い物に行ってきたよ! また遊ぼうね!』
銀咲からのメッセージ。『八杉くん、夏休みの宿題、少しずつ進めた方がいいわよ。後でまとめてやるのは大変だから』
足立さんからのメッセージ。『八杉くん、今日はのんびりできた? 私は『人形の家』の新刊、読み終えたよ。続きが気になる!』
川瀬からのメッセージ。『八杉っち、夏休み何してる? 私は今日、友達とカラオケ行ってきた! 楽しかったー!』
四人からのメッセージを読んで、俺は少しだけ嬉しくなる。四人とも、俺のことを気にかけてくれている。その優しさが、胸に沁みる。
俺は、それぞれに返信する。
神行には、『俺ものんびりしてるよ。アニメとゲーム三昧。また遊ぼう』
銀咲には、『わかってる。でも、今日くらいはゆっくりさせてくれ』
足立さんには、『俺もまだ読んでないから、早く読まなきゃ。感想、楽しみにしてる』
川瀬には、『俺は家でゴロゴロしてる。カラオケ楽しそうだな』
返信を送って、俺はスマホを置く。
四皇とのやり取り。それは、どこか心地よい。四人の存在が、俺の日常に彩りを加えてくれる。
でも、それは友達としての感情だ。恋愛感情じゃない。
俺はそう自分に言い聞かせる。でも、心の奥底では、少しだけ疑問を感じている。本当に、友達としての感情だけなのか、と。
俺は、その疑問を振り払うように、頭を振る。
今は、そんなことを考える時じゃない。夏休み初日。のんびりと過ごす日だ。
俺は、再び自分の部屋に戻る。
今度は、漫画を読むことにする。本棚から、お気に入りの漫画を取り出す。タイトルは、「恋愛ラボラトリー」。高校生たちの恋愛模様を描いた、ラブコメ漫画だ。
俺は、ベッドに寝転がって、漫画を読み始める。
主人公が、ヒロインたちに囲まれて、ドタバタする。その展開が、どこか自分と重なる。四皇に囲まれている俺の状況と、どこか似ている。
でも、違う点が一つある。
漫画の主人公は、自分の気持ちに正直だ。ヒロインたちへの気持ちを、ちゃんと向き合っている。でも、俺は違う。四皇への気持ちを、まだ認めていない。いや、認めたくない。
俺は、漫画を読みながら、少しだけ考える。
もし、四皇の誰かを好きになったら、どうなるんだろう。
神行を選んだら、他の三人はどうなる。
銀咲を選んだら、他の三人はどうなる。
足立さんを選んだら、他の三人はどうなる。
川瀬を選んだら、他の三人はどうなる。
どの選択肢も、誰かを傷つけることになる。
だったら、誰も選ばない方がいいのかもしれない。友達として、四人と平等に接する。それが、一番いい選択肢なのかもしれない。
でも、それでいいのか。
姉の言葉を思い出す。『もし、その四人のうちの誰かを本当に好きになったら、ちゃんと向き合いなさい。逃げないで』
ちゃんと向き合う。それは、簡単なことじゃない。去年の失恋が、まだトラウマとして残っている。もう一度、あんな痛みを味わいたくない。
でも、いつかは向き合わなければならない時が来る。
その時が、いつ来るのか。
俺は、まだわからない。
俺は、漫画を読み終えて、本棚に戻す。
そして、再びゲームを始める。
気がつくと、もう夜になっていた。時刻は、午後九時。
お腹が空いた。夕食を食べなければ。
俺は、キッチンに行く。冷蔵庫を開けると、姉が作ってくれたカレーが入っていた。タッパーに入った、たっぷりのカレー。姉の優しさが、そこにある。
俺は、カレーをレンジで温めて、ご飯にかけて食べる。一人で食べる夕食は、やはり少し寂しい。でも、姉が作ってくれたカレーの味が、その寂しさを埋めてくれる。
夕食を食べ終えて、俺はリビングでテレビを見る。
バラエティ番組が流れている。芸人たちが、面白いことを言って、笑いを誘っている。その光景を見ていると、少しだけ笑顔になれる。
そして、午後十時。姉が帰ってくる。
「ただいま」
姉の声が、玄関から聞こえる。
「おかえり、姉ちゃん」
俺は、玄関に向かう。
姉は、疲れた表情をしている。夜勤明けで、さらに追加の仕事をしてきたのだろう。その疲労が、表情に出ている。
「裕一、ちゃんと食べた?」
「ああ、カレー美味しかった。ありがとう」
俺の言葉に、姉は小さく微笑む。
「そう。良かった」
姉は、ソファに倒れ込む。
「今日は、どうだった?」
「のんびりしてた。アニメ見て、ゲームして、漫画読んで」
「そう。夏休み初日らしいわね」
姉は、優しく言う。
「でも、明日からは少しずつ宿題もやりなさいね」
「わかってるって」
俺は、素っ気なく答える。
姉は、小さく笑う。
「それから、来週の海水浴、楽しみね」
「まぁ、そうだな」
俺は、答える。
「四人の女の子たちと一緒でしょ? 水着姿、楽しみね」
姉の言葉に、俺は少しだけ顔が赤くなる。
「べ、別に……」
「ふふ、照れなくてもいいのに」
姉は、意地悪そうに笑う。
俺は、姉から視線を逸らす。
その夜、俺は布団の中で、今日のことを思い返していた。
夏休み初日。のんびりと過ごした一日。
アニメを見て、ゲームをして、漫画を読んで。自分の好きなことだけをして過ごした。
その時間は、どこまでも心地よかった。
でも、同時に、少しだけ物足りなさも感じていた。
四皇とのやり取り。それが、俺の日常に彩りを加えてくれている。
四人がいない一日は、どこか味気ない。
でも、それは友達として大切に思っているからだ。恋愛感情じゃない。
俺はそう自分に言い聞かせる。
でも、心の奥底では、少しだけ疑問を感じている。
本当に、友達としての感情だけなのか。
その答えは、まだわからない。
でも、いつかはわかる時が来る。
夏休みという、長い時間の中で。
俺は、その答えを見つけるのだろう。
そう予感しながら、俺は眠りについた。
窓の外を見ると、星が空に輝いている。
その光は、どこまでも美しくて、でもどこか遠い。
明日は、また新しい一日が始まる。
夏休みの二日目。
その中で、俺は何をするのだろうか。
その答えは、まだわからない。
でも、一つだけわかっていることがある。
この夏休みが、俺を変える。
四皇との時間が、俺の心を変える。
その予感を感じながら、俺は深い眠りの中に落ちていった。
夏休み初日。
のんびりと過ごした一日。
それは、嵐の前の静けさだった。
これから始まる、激動の夏休み。
その序章が、今日終わった。
そして、明日から、本格的な夏休みが始まる。
四皇との時間。
その中で、俺は何を見つけるのだろうか。
その答えを求めて、俺の夏は始まろうとしていた。
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