図書室での邂逅
勉強会から三日が経った。あの日以来、四皇との距離感が、どこか微妙に変わった気がする。いや、気のせいじゃない。確実に変わっている。
朝、学校に行くと、神行がいつもより早く俺の席に来る。昼休みになると、足立さんが「一緒にお昼食べない?」と誘ってくる。放課後になると、銀咲が「少し話がある」と声をかけてくる。そして、川瀬は、時々俺の方を見ては、すぐに視線を逸らす。
その全てが、俺を混乱させる。
俺は、ただの友達だ。それ以上でも、それ以下でもない。そう自分に言い聞かせているのに、心の奥底では、少しだけドキドキしている自分がいる。
水曜日の放課後。俺は、図書室にいた。期末試験まで、あと四日。数学の問題集を解きながら、試験勉強に集中しようとしている。
図書室は、静かだ。窓から差し込む午後の日差しが、机を照らしている。ページをめくる音、鉛筆で書く音、それだけが聞こえる。この静けさが、心地よい。
俺は、数学の問題に集中する。二次関数の問題。グラフを描いて、頂点を求めて、解を導き出す。その作業に没頭していると、他のことを考えなくて済む。四皇のことも、恋愛のことも、全て忘れられる。
そんな時、誰かが俺の隣に座る。
俺は、顔を上げる。
そこには、銀咲がいた。
「八杉くん、勉強?」
銀咲の声は、どこまでも冷静だ。でも、その表情は、少し柔らかい。
「ああ、数学の問題解いてたんだ」
俺は、答える。
「私も、勉強しようと思って。隣、いい?」
「ああ、どうぞ」
俺は、頷く。
銀咲は、俺の隣に座って、教科書を開く。その距離が、少し近い。銀咲の香水の香りが、ほのかに漂ってくる。それは、どこか上品で、清潔感のある香りだ。
俺たちは、しばらく無言で勉強する。その沈黙は、どこか心地よい。図書室の静けさと相まって、どこか落ち着く空間だ。
でも、時々、銀咲の視線を感じる。俺の方を見ているような気がする。でも、顔を上げると、銀咲は教科書を見ている。
そして、銀咲が口を開く。
「八杉くん、この問題、教えてくれない?」
銀咲が、英語の問題を指差す。
「ああ、いいよ」
俺は、銀咲の教科書を覗き込む。その距離が、さらに近くなる。銀咲の顔が、すぐそこにある。その横顔は、どこまでも美しい。銀色の髪が、日差しに照らされて、キラキラと輝いている。
「この文法はね……」
俺は、銀咲に説明する。でも、心臓が早鐘を打っている。この距離の近さが、どうしても気になる。
銀咲は、真剣に俺の説明を聞いている。その瞳は、どこまでも真剣だ。紅い瞳が、俺を見つめている。
「なるほど……わかったわ。ありがとう、八杉くん」
銀咲は、小さく微笑む。その笑顔は、いつもの冷静な銀咲とは違って、どこか柔らかい。
「どういたしまして」
俺は、答える。
そして、俺たちは再び勉強に戻る。
でも、さっきまでの心地よい沈黙とは違って、今はどこか緊張感がある。銀咲の存在が、どうしても気になる。
しばらくして、銀咲が再び口を開く。
「八杉くん、勉強会の時、ありがとう」
「え?」
「みんなに、優しく教えてくれて。あなたは、本当に優しい人ね」
銀咲の言葉に、俺は少しだけ戸惑う。
「優しくなんかないよ。ただ、友達だから当たり前のことしただけだ」
「友達……」
銀咲は、小さく呟く。その表情は、どこか複雑だ。
「ねぇ、八杉くん」
「ん?」
「あなたは、本当に誰のことも好きじゃないの?」
銀咲の質問に、俺は思わず固まる。
「え……」
「晄も、楪も、優里も、みんなあなたのことを……」
銀咲が、そこまで言いかけて、言葉を止める。
「みんな、俺のことを、何?」
俺は、尋ねる。でも、心臓が早鐘を打っている。銀咲が何を言おうとしているのか、なんとなくわかる。でも、それを聞きたくない。
「……いいえ、何でもないわ」
銀咲は、視線を逸らす。
そして、沈黙が訪れる。その沈黙は、さっきまでの心地よいものとは違って、どこか重い。
俺は、どう答えればいいのかわからない。銀咲の言葉の意味を、なんとなく理解している。でも、それを認めたくない。
そんな時、図書室のドアが開く。
俺たちは、そちらを見る。
そこには、神行が立っていた。
「あ、八杉くん! いたいた!」
神行は、嬉しそうに俺たちに近づいてくる。その足音が、静かな図書室に響く。
「神行、どうした?」
俺は、尋ねる。
「八杉くんを探してたの! 一緒に帰ろうと思って!」
神行は、満面の笑みを浮かべる。
そして、神行は銀咲に気づく。
「あ、明日香もいたんだ! 二人で勉強してたの?」
「ええ、そうよ」
銀咲は、冷静に答える。
「じゃあ、私も混ぜて!」
神行は、俺の反対側に座る。その距離も、異常に近い。
俺は、二人の美少女に挟まれる形になる。その状況が、どこか異常だ。周囲の生徒たちが、俺たちを見て、小声で囁き合っている。
神行は、教科書を開く。
「ねぇ、八杉くん。この問題、教えて!」
「え、今?」
「うん! 八杉くんに教えてもらいたい!」
神行は、俺の腕にしがみつく。その感触が、柔らかい。
「神行、ここ図書室だぞ。静かにしないと」
「あ、ごめんごめん」
神行は、小声で言う。でも、腕からは離れない。
銀咲は、それを見て、少しだけ表情を曇らせる。
「晄、あまり八杉くんを困らせないで」
「えー、いいじゃん。私たち友達なんだから」
神行は、ニヤリと笑う。
俺は、二人の間で、どうしていいかわからない。この状況、どう考えても異常だ。
そして、今度は足立さんが図書室に入ってくる。
「あ、八杉くん」
足立さんは、俺たちを見つけて、嬉しそうに近づいてくる。
「足立さん……」
俺は、少しだけ頭を抱えたくなる。
「私も、勉強しようと思って。一緒にいい?」
「あ、ああ……」
俺は、答える。
足立さんは、俺たちのテーブルに座る。これで、三人の美少女に囲まれる形になる。
周囲の視線が、さらに痛くなる。特に、男子生徒からの視線が、もはや殺気に近い。
そして、最後に川瀬が図書室に入ってくる。
「あ……」
川瀬は、俺たちを見て、少しだけ表情を曇らせる。
「優里ちゃん! こっちこっち!」
神行が、川瀬を手招きする。
川瀬は、少し躊躇いながらも、俺たちのテーブルに近づく。
「優里も、一緒に勉強しよ!」
「う、うん……」
川瀬は、小さく頷いて、テーブルに座る。
これで、四皇全員が揃った。
俺は、四人の美少女に囲まれている。
この状況、どう考えても異常だ。
周囲の視線が、さらに痛くなる。もはや、針のように刺さる。
俺は、どうしてこうなったのかと、心の中で叫びたくなる。
でも、四人は、それぞれ勉強を始める。
神行は、時々俺に質問する。
銀咲は、冷静に勉強しているが、時々俺の方を見る。
足立さんは、優しく微笑みながら、勉強している。
川瀬は、少し複雑な表情で、勉強している。
俺は、その全てに対応しながら、自分の勉強を続ける。
そして、時間が経つ。
夕日が、図書室を照らし始める。オレンジ色の光が、窓から差し込んでくる。
「そろそろ、帰ろっか」
神行が、言う。
「そうね」
銀咲も、頷く。
みんなが、荷物をまとめ始める。
俺たちは、図書室を出る。
廊下を歩きながら、神行が口を開く。
「ねぇ、みんなで一緒に帰ろうよ!」
「いいわね」
銀咲が、頷く。
「うん、いいね」
足立さんも、頷く。
川瀬は、少し躊躇いながらも、「うん」と小さく答える。
俺たちは、下駄箱で上履きから靴に履き替えて、校門を出る。
夕日が、街をオレンジ色に染めている。その光が、俺たちを照らしている。
俺たちは、並んで歩く。四皇と俺。その光景は、どこか異様だ。
道行く人々が、俺たちを見て、驚いた表情を浮かべる。
俺は、少しだけ恥ずかしくなる。
そして、神行が口を開く。
「ねぇ、八杉くん。期末試験終わったら、みんなで遊びに行かない?」
「遊びに?」
「うん! 夏休み前だし、みんなで楽しいことしたいなって」
神行の提案に、みんなが頷く。
「いいわね」
銀咲が、言う。
「楽しそう」
足立さんも、言う。
川瀬は、少し複雑な表情で、でも小さく頷く。
「八杉くんも、来てくれるよね?」
神行が、俺を見つめる。
「ああ、まぁ……」
俺は、答える。
「やった! じゃあ、決まりだね!」
神行は、嬉しそうに言う。
俺たちは、それぞれの家に向かって歩く。
途中で、神行と別れ、次に銀咲と別れ、次に足立さんと別れる。
最後に、川瀬と二人きりになる。
俺たちは、しばらく無言で歩く。その沈黙が、どこか重い。
そして、川瀬が口を開く。
「ねぇ、八杉っち」
「ん?」
「八杉っちは、誰のことが好きなの?」
川瀬の質問に、俺は思わず立ち止まる。
「え……」
「晄ちゃん? 明日香ちゃん? 楪ちゃん? それとも……」
川瀬は、そこまで言って、言葉を止める。
「川瀬さん……」
「ううん、ごめん。変なこと聞いちゃった」
川瀬は、小さく笑う。でも、その笑顔は、どこか寂しそうだ。
「私ね、八杉っちのこと……」
川瀬が、何かを言いかけた時、川瀬の家に到着する。
「あ、もう着いちゃった」
川瀬は、少しだけ残念そうに言う。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、また明日」
俺は、川瀬に言う。
川瀬は、家の中に入っていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
川瀬の「私ね、八杉っちのこと……」という言葉。
その続きが、どうしても気になる。
でも、同時に、知りたくない気持ちもある。
俺は、家に向かって歩く。
今日も、色々なことがあった。
銀咲との図書室での会話。
四皇全員との勉強。
川瀬の言いかけた言葉。
その全てが、俺の心を揺らす。
俺は、本当に誰のことも好きじゃないのか。
四人のことを、本当にただの友達として見ているのか。
その答えが、少しずつわからなくなってきている。
俺は、そう感じながら、夜道を歩き続けた。
空は、すでに暗くなっている。
星が、空に輝いている。
その光は、どこまでも美しくて、でもどこか遠い。
俺の青春は、また少しだけ前に進んだ。
そして、俺の心も、また少しだけ揺らいでいた。
四人との時間が、俺の心に、確実に変化をもたらしていた。
その変化が、いつか大きなものになる。
そう予感しながら、俺は家に帰った。
でも、心の奥底では、わかっていた。
もう、元には戻れない。
俺の"究極の恋愛耐性"が、少しずつ、でも確実に、崩れ始めている。
その事実に、俺はまだ気づかないふりをしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。
応援が次回更新の励みになります!




