期末試験
俺に好きな人ができるとしたら――それはきっと世界の終末を意味するだろう。好きだった子にフラれて、精神も青春も儚く散らせた俺に残ったものなどその程度のモノだ。
去年の夏、花火大会の日。浴衣姿の彼女に告白して、優しく断られた。「ごめんね、八杉くん」というその言葉は、今でも耳に残っている。あの日から、俺は恋愛から距離を置くことを決めた。もう二度と、あんな痛みを味わいたくない。
そろそろ期末試験が迫ってきている。そして、それを淡々と担任の先生は宣告した。まるでそれを聞いている時の気分は余命宣告を受けているような異様な気分だった。
「来週から期末試験が始まります。しっかり勉強しておくように」
担任の先生の言葉に、教室中から「えー」という声が上がる。でも、俺は声も出せない。ただ、呆然としている。
まずい、ここ最近の川瀬の問題で俺は全くもって勉強をしてない。佐藤先輩のストーカー問題に巻き込まれて、不良三人に襲われて、姉に怒られて。そんなことばかりで、勉強する時間なんてなかった。
夏もすぐそこまで来ている。夏の風物詩であるセミの声も聞こえてくる中で、俺は一人で勝手に絶望していた。窓の外を見ると、青空が広がっている。もうすぐ夏休みだ。でも、その前に期末試験という壁が立ちはだかっている。
さて、どうするか……中学はまだ勉強をせずともそれなりの成績は取れていた――だがしかし! 高校となれば話は別! 意味の分からない計算式、意味の分からない古文単語! 今にも頭がパンクしそうだ。
数学の微分積分、英語の仮定法、古文の助動詞。どれもこれも、理解できない。教科書を開いても、文字が頭に入ってこない。
そんなことを考えながら、俺は静かに深呼吸をした。落ち着け。まだ間に合う。一週間あれば、何とかなる。
仕方ない――こうなったら。
「柊様! どうか俺に勉強を教えてください!」
俺は唯一の友人兼天才である柊に頭を下げて言った。プライドなんて、もうない。今は、ただ期末試験を乗り越えることだけを考える。
俺を見つめる柊。その表情は、どこか意外そうだ。そして、柊はフッと笑った。
「いいぜ、教えてやるよ。この成績優秀、この高校のテストをほぼ満点で攻略してきた俺が、お前に勉強を教えてやろう」
柊の声は、どこか自信に満ちている。確かに、柊は成績優秀だ。中間試験では、学年で五位以内に入っていた。
柊のその言葉を聞いて、俺は土下座をする勢いで頭を垂れた。本当に助かる。柊がいてくれて良かった。
俺は別に全く勉強が出来ない訳じゃない――ただ自信が無いのだ。それに最近の勉強は川瀬やら四皇達のメンタルケアに勤しんでいただけあって致命的……。中間試験の時は、まだ川瀬の問題が起こる前だったから、何とか平均点以上は取れた。でも、今回は不安だ。
この時の俺はプライドを捨ててでも柊に頼み込んだ。柊に貸しを作ることになるが、仕方ない。ただその時、柊がニヒッと笑った。その笑みはまるで俺をこれからおもちゃとして扱う子供のような笑み。
嫌な予感がする。
「ただ、一つ条件がある」
柊の声は、どこか楽しそうだ。
「な、なんだよ……」
俺は、少しだけ警戒する。柊の条件。それは、きっと面倒くさいことに違いない。
柊の目は明らかに何かを企んでいる。そして、柊はゆっくりと口を開いた。それはこれからの俺の人生の行き道を示すように。
「川瀬さん、神行さん、足立さん、銀咲さんの四皇を誘え。少し面白いモノが見たいからな」
柊の言葉に、俺は思わず固まる。
何言ってコイツ……。そんなことを思いながら、俺は目を細めながらも、頭を上げた。柊……お前は一体何を考えているんだ。四皇全員を誘う? それって、つまり勉強会に四人の美少女を呼ぶってことか。
でもやるしかない、こいつは俺の姉こそには及ばないが、俺より学力は上――仕方ない。それに、四人も期末試験を控えているはずだ。一緒に勉強するのは、悪くないかもしれない。
「わかったよ。やるよ」
俺は、諦めて答える。
「よし来た!」
柊は、嬉しそうに拳を突き上げる。その表情は、どこまでも楽しそうだ。
コイツ……もしかして、あの四人のうちに好きな人でもいるのか? 足立さんとか? まさか銀咲とかか? まぁいいか……。柊の考えていることは、いつもよくわからない。
「それじゃあ、裕一! お前に課せられた任務は四皇を全員誘うことだな!」
柊が、大げさに言う。その口調は、まるで軍隊の司令官のようだ。
「俺全くお前の考えてることが分からないんだが……まぁやるよ」
そんな疑念を呟きながらも、俺はそのまま四人の内、最初の一人、神行の元へ向かった。神行は、教室の隅で、複数の女子に囲まれている。その中心で、神行は楽しそうに話している。
複数の女子に囲まれている神行が近づいてくる俺にすぐに気づく。
「お! 八杉くん! どうしたの?」
神行が、明るく声をかけてくる。その笑顔は、いつもの太陽のような笑顔だ。周囲の女子たちも、俺の方を見る。
「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
俺は、神行に言う。
「うん! いいよ!」
神行は、女子たちに「ちょっと待ってて」と言って、俺の方に近づいてくる。
俺たちは、少し離れた場所に移動する。窓際の、比較的人が少ない場所だ。
「それで、話って何?」
神行が、キラキラとした瞳で尋ねる。
「あのな、来週期末試験だろ? それで、柊と一緒に勉強会をやることになったんだ」
俺は、説明する。
「へー、勉強会! いいね!」
神行は、嬉しそうに言う。
「それで、神行も一緒に勉強しないか? 他にも、足立さんと銀咲と川瀬も誘うつもりなんだけど」
俺の言葉に、神行の表情がパッと明るくなる。
「本当!? やったー! 私も参加したい!」
神行は、嬉しそうに飛び跳ねる。その仕草が、どこか子供っぽくて可愛い。
「じゃあ、決まりだな。場所は、俺の家でいいか?」
「うん! 八杉くんの家久しぶりー! 楽しみ!」
神行は、満面の笑みを浮かべる。
「わかった。じゃあ、また詳細は後で連絡する」
「うん! ありがとう、八杉くん!」
神行は、嬉しそうに言う。
一人目、クリア。
次は、足立さんだ。
俺は、教室を見渡す。足立さんは、自分の席に座っていて、本を読んでいる。その姿は、どこまでも穏やかだ。
俺は、足立さんの席に近づく。
「足立さん、ちょっといいか?」
俺の言葉に、足立さんは本から顔を上げる。
「あ、八杉くん。どうしたの?」
足立さんの声は、どこまでも優しい。
「実は、来週の期末試験に向けて、勉強会をやることになったんだ。柊と神行も参加するんだけど、足立さんも一緒にどうかなって」
俺の言葉に、足立さんは少しだけ驚いたような表情を浮かべる。
「勉強会……」
「ああ、他にも銀咲と川瀬も誘うつもりなんだ」
俺は、続ける。
「それなら、私も参加したいな。みんなと一緒なら、楽しく勉強できそう」
足立さんは、優しく微笑む。その笑顔は、どこまでも癒される。
「本当か!? 助かる」
「うん。でも、私そんなに勉強得意じゃないから、足手まといにならないか心配……」
足立さんが、少し不安そうに言う。
「大丈夫だよ。柊が教えてくれるから。それに、みんなで教え合えばいい」
俺の言葉に、足立さんは少しだけ安心したような表情を浮かべる。
「そっか。じゃあ、お願いします」
「ああ、よろしくな」
二人目、クリア。
次は、銀咲だ。
俺は、教室を見渡す。銀咲は、廊下の方に向かっているのが見える。俺は、急いで追いかける。
「銀咲さん!」
俺の声に、銀咲が振り返る。
「八杉くん? どうしたの?」
銀咲の声は、どこまでも冷静だ。
「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「ええ、いいわよ」
銀咲は、頷く。
俺たちは、廊下の隅に移動する。
「実は、来週の期末試験に向けて、勉強会をやることになったんだ。柊と神行と足立さんも参加するんだけど、銀咲さんも一緒にどうかなって」
俺の言葉に、銀咲は少しだけ考える。
「勉強会ね……他には?」
「川瀬も誘うつもりなんだ」
俺の言葉に、銀咲は小さく頷く。
「わかったわ。参加する」
銀咲の答えは、あっさりしている。
「本当か!? ありがとう」
「別に、私も期末試験を控えてるし、一緒に勉強するのは悪くないわ」
銀咲は、素っ気なく言う。でも、その表情は、少しだけ嬉しそうだ。
「じゃあ、また詳細は後で連絡する」
「ええ、わかったわ」
三人目、クリア。
最後は、川瀬だ。
俺は、教室に戻る。川瀬は、自分の席に座っていて、スマホを見ている。その表情は、いつもの明るい川瀬の表情だ。でも、どこか少しだけ寂しそうにも見える。
俺は、川瀬の席に近づく。
「川瀬さん、ちょっといいか?」
俺の言葉に、川瀬は顔を上げる。
「あ、八杉っち。どうしたの?」
川瀬の声は、いつもの明るい声だ。
「実は、来週の期末試験に向けて、勉強会をやることになったんだ。柊と神行と足立さんと銀咲さんも参加するんだけど、川瀬さんも一緒にどうかなって」
俺の言葉に、川瀬は少しだけ驚いたような表情を浮かべる。
「勉強会……」
「ああ、みんなで一緒に勉強しようと思って」
俺は、続ける。
川瀬は、しばらく黙っていたが、やがて笑顔を見せる。
「いいよ! 私も参加する!」
川瀬の声は、明るい。でも、その目は、少しだけ複雑な感情を浮かべている。
「本当か!? 助かる」
「うん。八杉っちと一緒なら、楽しく勉強できそう」
川瀬は、笑顔で言う。でも、その笑顔は、どこか無理をしているようにも見える。
「ありがとう。じゃあ、また詳細は後で連絡する」
「うん。楽しみにしてる」
川瀬は、笑顔で答える。
四人目、クリア。
俺は、柊の席に戻る。
「柊、全員了承してくれた」
俺の言葉に、柊はニヤリと笑う。
「やったな、裕一! じゃあ、勉強会は今週の土曜日でいいか?」
「ああ、それでいい」
「場所は、お前の家だな」
「ああ、姉には言っておく」
俺は、小さく息を吐く。
これで、勉強会が決まった。
四皇全員と、柊と、俺。
合計六人での勉強会。
想像しただけで、疲れる。でも、どこか楽しみな気持ちもある。
いや、楽しみじゃない。ただ、期末試験を乗り越えるための手段だ。
俺はそう自分に言い聞かせながら、授業を受けた。
でも、心の奥底では、少しだけ期待している自分がいた。
四人と一緒に過ごす時間。
それが、どんな時間になるのか。
俺は、まだ知らない。
でも、一つだけわかっていることがある。
これから、また面倒なことに巻き込まれる。
俺は、そう予感しながら、一日を過ごした。
そして、土曜日の勉強会が、俺の青春をまた少しだけ変えることに、俺はまだ気づいていなかった。
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