輝きを失った太陽
四限目が終わり昼休みとなった。俺はそのまま柊とご飯を食べずに、自分の席で一人で座っている神行に歩み寄る。
教室は、昼休みの賑やかな雰囲気に包まれている。クラスメイトたちは、弁当を広げたり、購買に向かったり、友達と談笑したり、それぞれ思い思いに過ごしている。でも、神行だけは、そんな賑やかさから取り残されたように、一人で机に突っ伏している。
いつもなら俺の気配に気づいて、すぐに笑顔を見せる彼女なのに、今はそんな面影はない。なんなら、太陽のように眩しい気配が今じゃ全く感じられない。その姿は、どこか小さく見えて、俺は少しだけ胸が痛んだ。
「なぁ、神行」
俺は神行に優しく尚且つ小さく声をかけた。すると、神行はゆっくりと俺の方へ視線を向けた。その動作からして明らかに自信と元気がないのは見え見えだ。
神行の目は、少し赤く腫れている。泣いていたのかもしれない。いつもの明るい笑顔は、どこにもない。その表情は、どこまでも暗くて、悲しそうだ。
先週の土曜日はまだ太陽のような明るさの面影はあったのに、今はそんなものは感じられない。周りのクラスメイトの視線が俺たちに集まるが、俺はそれを気に止めずに言葉を並べることにした。
教室の空気が、少し重くなる。クラスメイトたちは、俺たちの様子を見て、小声で囁き合っている。でも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「なぁ、少し話せるか」
神行は視線を泳がせながら、落ち込むように頷いた。その動きは、どこかぎこちなくて、いつもの神行とは全く違う。
仕方ない、これは優里の身の回りで起きたことに足を突っ込んだ俺だけど、それに巻き込ませてしまった神行にも説明は必要だと俺は思った。幼馴染として、神行を悲しませたままにはしておけない。
俺達はそのまま学校グラウンドが見える場所まで向かった。その間も神行は明るさを取り戻すことはなく、ただただ無言で俺に着いてきていた。廊下を歩く生徒たちが、俺たちを見て小声で囁き合っている。でも、神行は全く気にしていないようだ。ただ、俺の後ろを黙々と歩いている。
そして、俺と神行はグラウンドに設置されていたベンチに座った。グラウンドでは、野球部やサッカー部が練習をしている。その掛け声が、遠くから聞こえてくる。
神行との距離は少しだけど遠い。まるで自ら壁を作っているような感じだ。いつもなら、俺の隣にピッタリとくっついてくる神行が、今は意識的に距離を取っている。その距離が、どこか悲しい。
神行は暗い表情をしたまま無言で座っている。風が吹いて、神行の金髪が少しだけ揺れる。その横顔は、どこまでも寂しそうで、俺は少しだけ胸が痛んだ。
「それで、話なんだけど」
「知ってるよ。アレでしょ? 優里ちゃんと付き合ってるんでしょ。……えと、その、おめでとう……お似合いだと思うよ」
神行の言葉は完全に俺と優里との関係を信じきっているような感じだ。その声は、どこまでも小さくて、震えている。無理に笑顔を作ろうとしているが、その笑顔は、どこか悲しそうだ。
仕方ないもう説明するしかない。それにこれ以上、元気の無い神行を見るのは見るに堪えない。幼馴染として、神行のこんな顔を見るのは辛い。
「神行、お前に説明したい。俺と優里との関係を」
「知ってるよ。二人は付き合ってるんだよね。お似合いだと思うよ。――あまり、それ以上は話したくないかな」
神行の声は、どんどん小さくなっていく。その表情は、今にも泣き出しそうだ。
ここで引いてしまったら、神行はずっとこの誤解を引きずるだけだ。ここは腹を括るしかない。そうしないと、神行はずっと傷つけてしまうことになる。
俺は神行との距離を保ったまま、空を見上げた。青く澄んだ快晴の空が続く。雲一つない、綺麗な空だ。遠くで鳥が飛んでいるのが見える。
俺は口を開いた。
「なぁ、神行。俺と優里が付き合ってる、って本当に思ってるのか?」
俺のその言葉に俯いていた神行の顔がこちらを見つめる。目を大きく見開いて、今にでも「嘘」と言いたげな顔だ。その瞳には、小さな希望の光が宿っている。
「付き合ってるんじゃないの? だって先週の土曜日、あんなにイチャついてたし」
神行の声は、少しだけ元気が戻っている。でも、まだ不安そうだ。
「イチャついて、って……まぁそうか――あのな神行。俺は優里とは本当に付き合ってる訳じゃないんだよ」
俺は、ゆっくりと説明を始める。神行は、じっと俺の顔を見つめている。その瞳は、俺の言葉を一言一句聞き逃さないように、集中している。
「優里が、最近ストーカーまがいの被害に遭ってるんだ。ある男子にしつこく付きまとわれてて、告白を断ったのに、まだ諦めずに家の近くまで来たり、学校でもずっと見られてたりするらしい」
俺の言葉に、神行の表情が変わる。驚きと、そして心配そうな表情に。
「それで、優里が俺に偽の恋人になってくれって頼んできたんだ。彼氏がいるって見せれば、そいつも諦めるだろうって」
俺は、続けて説明する。土曜日のアニメイトでのこと、トイレで優里に頼まれたこと、そして偽の恋人関係を受け入れたこと。
「だから、俺と優里は本当に付き合ってる訳じゃない。ただの演技だ。優里を助けるための」
俺の説明を聞いて、神行はしばらく沈黙する。その表情は、驚きと、安心と、そして複雑な感情が混ざっている。
「そう、なんだ……」
神行は、小さく呟く。その声は、少しだけホッとしたような、でもどこか複雑な感じだ。
「じゃあ、八杉くんは優里ちゃんのこと、本当に好きな訳じゃないんだ……」
「ああ、優里のことは友達として大切に思ってるけど、それ以上の感情はない」
俺の言葉に、神行の表情が明るくなる。その瞳に、光が戻ってくる。
「本当に? 嘘じゃない?」
「嘘じゃない。本当だ」
俺は、真剣な表情で答える。
神行は、しばらく俺の顔を見つめた後、パッと笑顔になる。その笑顔は、いつもの神行の笑顔だ。太陽のように眩しい、明るい笑顔。
「良かった……本当に良かった……」
神行は、そう言って俺にギュッと抱きつく。その力は、思ったよりも強い。
「ちょ、神行……」
「だって、本当に嬉しいんだもん。八杉くんが優里ちゃんと本当に付き合ってる訳じゃないって聞いて、すごく安心したの」
神行の声は、どこまでも嬉しそうだ。その声には、涙が混じっている。
「私ね、八杉くんが優里ちゃんと付き合ってるって聞いた時、すごく悲しかった。胸が痛くて、どうしようもなくて……」
神行は、俺の胸に顔を埋めながら言う。その声は、震えている。
「でも、本当は違ったんだね。八杉くんは、優里ちゃんを助けるために、偽の恋人になったんだね」
「ああ、まぁ……そういうことだ」
俺は、少し照れくさそうに答える。
神行は、顔を上げて、俺の顔を見つめる。その瞳には、涙が浮かんでいる。
「八杉くんって、本当に優しいね。困ってる人を放っておけないんだね」
「別に、優しい訳じゃない。ただ、困ってる奴を放っておけなかっただけだ」
俺は、素っ気なく答える。
神行は、クスッと笑う。
「それが優しいって言うんだよ。八杉くんは、自分では気づいてないかもしれないけど、本当に優しい人なの」
神行の言葉に、俺は少しだけ照れくさくなる。
「でも、八杉くん。一つだけ約束して」
「約束?」
「優里ちゃんを助けるのはいいけど、無理しないで。何かあったら、私にも相談して。私も、八杉くんの幼馴染なんだから、力になりたいの」
神行の言葉に、俺は小さく頷く。
「ああ、わかった。ありがとう、神行」
「うん!」
神行は、満面の笑みを浮かべる。その笑顔は、いつもの神行の笑顔だ。
そして、神行はようやく俺から離れる。
「じゃあ、お昼ご飯食べよ! 八杉くん、今日お弁当持ってきた?」
「ああ、持ってきた」
「じゃあ、一緒に食べよ! 私、今日唐揚げ作ってきたんだ!」
神行は、嬉しそうに言う。その声は、いつもの明るい神行の声だ。
俺たちは、ベンチで一緒に弁当を食べる。神行は、相変わらず俺におかずを分けてくれる。その姿は、いつもの神行だ。
「ねぇ、裕一」
「ん?」
「私ね、裕一のこと……」
神行が、何かを言いかけた時、チャイムが鳴る。
「あ、もうお昼休み終わっちゃう! 急いで教室戻ろ!」
神行は、慌てて弁当箱を片付ける。
「あ、ああ」
俺も、弁当箱を片付ける。
神行が何を言おうとしたのか、気になるが、聞くタイミングを逃してしまった。
俺たちは、教室に戻る。廊下を歩く神行は、いつもの明るい神行に戻っている。その姿を見て、俺は少しだけホッとした。
教室に戻ると、柊が心配そうな顔で俺を迎えた。
「おい、大丈夫だったか?」
「ああ、何とか」
俺は、小さく頷く。
神行は、自分の席に戻って、友達と楽しそうに話している。その姿は、いつもの神行だ。
俺は、自分の席に座る。
午後の授業が始まる。
でも、俺の頭の中では、神行の言葉が繰り返される。
『私ね、裕一のこと……』
神行は、何を言おうとしたんだろう。
その答えを、俺はまだ知らなかった。
でも、一つだけわかっていることがある。
神行との関係は、もう元には戻れないかもしれない。
その事実に、俺はまだ気づかないふりをしていた。
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