偽装彼氏、契約成立
川瀬と神行と遊ぶ約束をしていた土曜日。俺は今絶体絶命的な状況に身を置いている。
「お、お前今なんて言った……?」
俺は川瀬と二人きりの空間で、綺麗で可愛いと評される皇帝の一人の川瀬は潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「もう何度も言わせんなし……だから、私と付き合ってよ」
突然の川瀬からの告白。だから俺は嫌なんだ。変なことに巻き込まれるから俺は嫌なんだ。本当に最悪だ。
※ ※ ※
数時間前。
土曜日の朝、俺は神行と川瀬にアニメイト付近のカフェで待ち合わせをしていた。そして、当然のごとく俺が着く頃には川瀬と神行が私服姿で立っていた。
遠目から見たらただただ可愛い美少女が太陽のように輝いてるように見えるけど、それはただの第三者からの視点でしかなくて、当事者になればそれはとてもとてもめんどくさいことだ。
神行は、白いワンピースを着ていて、金髪を下ろしている。いつもと違う雰囲気で、どこか大人びて見える。川瀬は、オレンジ色のトップスにデニムのショートパンツという、ギャルらしい派手な格好だ。二人とも、学校で見る制服姿とは全く違って、新鮮だ。
ほら、周りの行き交う人々の目線も羨望の眼差しを送っている。通りすがりのサラリーマンが二度見して、若いカップルが羨ましそうに見ている。中には、スマホで写真を撮ろうとしている奴までいる。
「あ! 来た! おーい! 八杉くん!」
神行がこちらに気づき手を振ると、その隣にいた川瀬も少し何かを考えるような顔をして手を振った。川瀬の表情が、いつもより少し硬い気がする。でも、すぐにいつもの明るい笑顔に戻る。
「ああ、待たせたな」
「全然待ってないよー! 私たちも今来たばっかりだし! じゃ! 行こっか!」
「そだねー!」
俺の両脇に当然のように居座る二人の美少女。何だこの絵面。てか、見知らぬ人からの"殺意"と"敵意"の視線がすごい。まぁ傍から見れば、陽キャ――いやハーレムな状況だな。
てか、太陽同然の存在に挟まれる俺の気持ちを考えてくれよ。俺が地球だとしたら、熱々になって惑星崩壊の爆発するぞ。あー、こうなるなら柊とかも誘うべきだったな。
そんなことを考えながら、俺達はアニメイトに向かって歩き始めた。道中、神行は相変わらず元気に話しかけてくる。
「ねぇねぇ、八杉くん! 今日は何買うの?」
「まぁ、新刊とか見てから決めるかな」
「へー、私も何か買ってみようかな! 八杉くんのオススメ教えてよ!」
神行は、キラキラとした瞳で俺を見つめる。その視線に、俺は少しドキッとするが、すぐに気持ちを落ち着かせる。
一方、川瀬は、いつもより静かだ。時折、何かを考え込むような表情を浮かべている。神行は気づいていないようだが、俺は気づいていた。川瀬の様子が、いつもと違う。
「川瀬さん、大丈夫か?」
「え? あ、うん! 大丈夫だよー!」
川瀬は、慌てて笑顔を作る。でも、その笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
そんなことを考えながら、俺達はアニメイトに着いていた。店内に入ると、週末ということもあって、かなりの人で賑わっている。
そこからは周りとの視線の戦いだった。いや、戦いというよりか死闘に近い。二人の美少女を連れてアニメイトに来るという、ある意味では究極のシチュエーション。周囲の客たちが、一斉に俺たちを見る。
特に男性客からの視線が痛い。「あの野郎、何者だよ」「羨ましすぎる」「爆発しろ」という心の声が聞こえてきそうだ。
でも、一つだけ良かったのが、川瀬も神行もあまり来ないはずのアニメイトを堪能していることだった。それが、どこか心地よく俺の趣味に付き合ってくれている気がするけど、それを楽しんでいることに嬉しさを感じた。
「わー、これ可愛い! 八杉くん、これって何のキャラ?」
「ああ、それは最近人気のアニメのキャラだよ」
「へー、面白いの?」
「面白いよ。今度一緒に見るか?」
「うん! 見る見る!」
神行は、目を輝かせながら、様々なグッズを手に取っている。その姿は、どこまでも無邪気で、見ているこっちまで楽しくなってくる。
川瀬も、最初は少し硬い表情をしていたが、徐々にリラックスしてきたようだ。漫画コーナーで、興味深そうに本を手に取っている。
「八杉っち、これ面白そう!」
「ああ、それ結構人気あるやつだよ。ギャグ漫画なんだけど、笑えるぞ」
「じゃあ買ってみようかな!」
川瀬は、嬉しそうに笑う。その笑顔は、いつもの川瀬の笑顔で、俺は少しホッとした。
でもそんな中で神行はいつも通り破天荒な感じを演出していたが、川瀬だけは時折何かを考え込むような顔をしていた。神行は気づいていないようだが、俺は気づいていた。川瀬が、時々遠くを見つめて、何かを悩んでいるような表情を浮かべる。
俺は、少し気になったが、聞くタイミングを逃してしまう。
そして、一時間ほど店内を回った後、俺は口を開いた。
「ちょっと俺トイレ行ってくる」
俺はそう言って、その場から一時離脱しようとした時、神行は相変わらずのニヤケ顔で口を開く。
「え? 小? もしかして大の方?」
「うるせ! そんなの聞くな!」
そんな他愛もない会話をして、俺はトイレへ向かった。神行は、クスクスと笑っている。川瀬も、少しだけ笑顔を見せた。
トイレへ向かうと、男子トイレと女子トイレ、男女共用トイレがあった。――まぁもちろん、俺は変態では無いので、男子トイレですよ?
そう思いながら俺が男子トイレのドアノブに手をかけた時――開かない。どうやら使用中のようだった。中から、水を流す音が聞こえる。
仕方ない、ここは男女共用トイレを使うか。
そんなことを思って、共用トイレのドアノブに手をかけた時、誰かに突き飛ばされるように共用トイレの中に押し込まれた。咄嗟に俺が後ろを振り向くと、そこに居たのは川瀬だった。
川瀬は、俺をトイレの中に押し込むと、素早くドアを閉めて鍵をかける。
「は? ハァ!? お前コレどういうことだよ!?」
「うん? いやー? 私もトイレしたくなってさー?」
「それなら女子トイレを使えよ!」
俺が必死にこの状況を理解しようと、言葉を並べていた時、川瀬が何かを決心したような顔をする。俺の頭の中は困惑で埋め尽くされる。
「ねぇ、八杉っち」
彼女の声がどこか真剣な声だ。いつもはヘラヘラとしていて明るい彼女がいつもとは違う雰囲気を醸し出している。その表情は、どこか切羽詰まったような、でも決意が籠ったような、複雑な表情だ。
「――私と付き合ってくれない? 恋人として」
「は?」
困惑する俺に堂々と歩み寄ってくる川瀬。そして、俺を壁に追い詰め壁ドンをした。その距離、異常に近い。川瀬の甘い香水の匂いが、鼻をくすぐる。
「お、お前今なんて言った……?」
「もう何度も言わせんなし……だから、私と付き合ってよ」
その潤んだ瞳と決意が籠った目に俺は固唾を呑んだ。川瀬の表情は、どこまでも真剣で、冗談を言っているようには見えない。
「待て待て待て! 俺はまだそういう感情をお前らに抱いて――」
「いや、ガチで付き合うわけじゃないの。少し長くなるけど、話を聞いて!」
いつもより真剣な雰囲気の川瀬に俺は疑問を隠しきれない。そして、そのまま川瀬はどこか思い悩むように口を開いた。
「ちょっと、最近私にしつこく好意を寄せてくる男子がいるの。本当にしつこくて、あっちは告白までしてきたけど、私は断った。――でもそれでもしつこいから……八杉っちが彼氏役になってくれれば、あっちが諦めてくれるかな、って」
川瀬の言葉に、俺は少し驚く。川瀬がストーカーまがいの被害に遭っている?
「それって……ストーカーみたいなもんじゃないのか?」
「うん、まぁ……そうかも。最初は普通に話しかけてくる程度だったんだけど、断ってからエスカレートしてきて。学校でもずっと見られてる気がするし、家の近くまで来たこともあるの」
川瀬の声は、どんどん小さくなっていく。その表情は、どこまでも不安そうで、俺は少しだけ心配になった。
「それ、警察に相談した方がいいんじゃないか?」
「それも考えたんだけど……まだ何もされてないし、証拠もないから。でも、このままだと何かされそうで怖くて……」
川瀬は、俯きながら言う。その姿は、いつもの明るい川瀬とは全く違って、どこか脆く見えた。
「だから、お願い。八杉っちが彼氏のふりをしてくれれば、あいつも諦めてくれると思うの。お願い、助けて……」
川瀬の声は、震えている。その瞳には、涙が浮かんでいる。
俺は、少し迷った。偽の恋人。そんなことをして、本当に効果があるのか? それに、偽の恋人なんてことをしたら、周りからも色々言われるだろう。
でも、川瀬が本当に困っているのは事実だ。あの明るい川瀬が、こんなに不安そうな顔をしている。
「……わかった。やるよ」
俺は、小さく頷く。
「本当!?」
川瀬の表情が、パッと明るくなる。その笑顔は、どこまでも嬉しそうで、俺は少しだけホッとした。
「でも、条件がある」
「条件?」
「ちゃんと警察にも相談すること。それから、何かあったらすぐに俺に連絡すること。あと、これはあくまで偽の恋人関係だからな。本気にするなよ」
俺の言葉に、川瀬は少し寂しそうな表情を浮かべる。でも、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「わかった。ありがとう、八杉っち。本当に、ありがとう……」
川瀬は、涙を拭いながら言う。その姿を見て、俺は少しだけ胸が痛んだ。
「別に、困ってる奴を放っておけないだけだ。それに、お前は俺の……友達だからな」
俺の言葉に、川瀬は少しだけ表情を曇らせる。でも、すぐに笑顔を作る。
「そっか。友達、か。うん、ありがとね」
川瀬は、そう言って俺から離れる。そして、鏡で自分の顔をチェックして、涙の跡を拭く。
「じゃあ、戻ろっか。晄っち、待ってるし」
「ああ、そうだな」
俺たちは、トイレから出る。廊下には、まだ神行の姿は見えない。おそらく、まだ店内を回っているのだろう。……トイレするの忘れた、まぁまだ限界には程遠いからいいか。
「あ、そうだ。八杉っち」
「ん?」
「これからは、もうちょっと恋人らしく振る舞ってね。じゃないと、バレちゃうから」
「恋人らしくって……具体的にどうすればいいんだよ」
「えー、わかんないの? じゃあ、教えてあげる」
川瀬は、ニヤリと笑う。その笑顔は、どこか悪戯っぽくて、俺は少し嫌な予感がした。
「まず、呼び方。『川瀬さん』じゃなくて、『優里』って呼んで」
「は? いきなり下の名前かよ」
「当たり前でしょ。恋人なんだから」
「……わかったよ、優里」
俺が名前を呼ぶと、川瀬――いや、優里は、顔を真っ赤にする。
「な、なに急に呼ぶの!? 心の準備ができてないんだけど!」
「お前が呼べって言ったんだろ!」
「そ、そうだけど……」
優里は、少し照れくさそうに笑う。その表情は、どこか可愛らしくて、俺は少しドキッとした。
いや、ドキッとしてない。これは、ただの演技だ。偽の恋人関係。
俺はそう自分に言い聞かせながら、優里と一緒に神行のところに戻った。
神行は、漫画コーナーで、何冊かの本を抱えていた。
「あ、おかえりー! 二人とも遅かったね」
「あ、ああ……ちょっと混んでて」
俺は、適当に言い訳をする。神行は、特に疑う様子もなく、笑顔で頷く。
「そっか。じゃあ、そろそろ会計しようか!」
「そだね!」
優里は、いつもの明るい声で答える。その表情には、さっきまでの不安そうな様子はなく、いつもの川瀬優里に戻っていた。
俺たちは、レジに向かう。それぞれ買い物を済ませて、店を出た。
「じゃあ、次どこ行く?」
神行が、楽しそうに尋ねる。
「んー、お昼ご飯食べに行かない? お腹空いちゃった」
優里が、提案する。
「いいね! じゃあ、どこか美味しいお店探そうよ!」
神行は、嬉しそうに言う。
俺たちは、三人で街を歩き始めた。
でも、俺の頭の中では、さっきの優里の言葉が繰り返される。
偽の恋人関係。
これから、どうなるんだろう。
そんなことを考えながら、俺は二人の後ろを歩いた。
優里が、時折振り返って、俺に笑顔を向ける。その笑顔は、どこか安心したような、でもどこか寂しそうな、複雑な笑顔だった。
俺は、小さく息を吐いた。
面倒なことに巻き込まれた。
でも、優里を助けたい、という気持ちは本物だった。
それが、友達としての気持ちなのか、それとも……。
俺は、その答えを出すことを、まだ避けていた。
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