影の情報屋・リサ編(現代)
リサ編
夜の路地は、風の通りすら拒むように沈黙していた。
リサは、フードを深く被ったまま、噂だけを頼りに“影の情報屋”のアジトへ向かっていた。
——希望の光では掴めない情報がある。
——そして、その情報は必ず「裏」にある。
そう確信していた。
たどり着いたのは、市場裏の廃倉庫。外壁には黒いスプレーで乱雑に描かれた落書き。窓は割れ、ドアは半ば腐り落ちている。それでも、扉の前に立った瞬間、リサは悟った。
——誰かが、こちらを見ている。
「……入る気があるなら、ノックなんていらねぇよ。リサ・ヴァレンタイン」
背後から声がした。
振り返ると、そこにはいつの間にか男が立っていた。
片目に古ぼけたゴーグル、コートは焦げ目だらけ。それなのに、身のこなしだけは蛇のように静かだ。
「“影の情報屋”ギース……。」
「呼び名はなんでもいい。だが“情報は嘘をつかない”——俺の商売はそれだけさ」
ギースは倉庫の扉を押して中へ入るよう促す。
リサは無言で後に続いた。
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倉庫内は、意外にも整然としていた。
金属ラックに並んだ古い記録媒体、手書きのノート、データチップ。
壁には各地の地図が貼られ、無数の赤線が交差している。
「……すごい量」
「政府も軍も、巡回布教団も、裏社会でさえ都合の悪い情報は隠すだろ。だが、隠されるってことは——価値があるということだ」
ギースは椅子に腰を下ろし、机の上に一枚の古びた写真を置いた。
「リサ、お前が知りたがっていた“魔物のプロトタイプ”だ」
写真の中には、ひどく歪んだ生き物が写っていた。
腕が二倍に伸び、肌は薬品の焼け跡のように荒れ、目だけが妙に人間的な光を帯びている。
「……これ、人間?」
「そうだ。1000前程前に軍が作った“人工魔物”。魔王伝説を補強するためのプロパガンダ生物兵器だ」
ギースは煙草を取り出すが、火はつけない。ただ指で回しながら話を続けた。
「軍は言い訳が欲しかった。
本物の魔王は存在しない。だが“いたことにしなければ”社会は動かない。
だから実験した。人間と獣のキメラ。薬物改造。制御実験。
——全部、“魔王が生み出した魔物”という設定のためだった」
リサは一枚のデータチップを手に取った。
「ここには……?」
「初代勇者の記録だ。
本当の彼が、どうやって“魔王の居場所”に辿り着き、誰に殺されたのか。
そして、二代目勇者が“最初から存在しなかった”と証明する資料だ」
ギースは、片方の口角だけで笑った。
「ただし、これを公表すれば世界はひっくり返る。
だから、お前がどう使うかはお前に任せる」
「……あなたはどうしてこんな情報を?」
「俺はニュートラルだ。
政府にも軍にも、レジスタンスにも肩入れはしない」
そこでふっと声が低くなった。
「だがな、嘘で動く世界は……見てて飽きる」
ギースは椅子から立ち上がり、背を向けた。
「そのチップは、お前が『本当に知りたい』と思った時に見ろ。
中途半端な覚悟のまま開けば、心が折れる」
「……怖がらせてる?」
「忠告だよ。俺はお前を守る義理なんざない」
しかしその背中には、どこかリサを試すような色があった。
ギースは倉庫の扉を開ける。
「帰り道には気をつけろ。
表の連中は“都合の悪い真実を知る奴”には容赦しない」
扉の外には夜風が流れ込んできた。
リサは一度だけ深呼吸をし、チップを胸元にしまう。
「……ありがとう。ギース」
「礼はいらねぇ。情報に感情は不要だ」
ただそれだけを言い残し、彼は闇に紛れるように姿を消した。




