影の情報屋・エメト編
◆ エメト編(裏酒場の情報屋)
──都市グレイライン。
支配者層に最も忠実な都市であり、同時に地下社会が最も発達した場所でもあった。
その境界にひっそりと存在する裏酒場「鳳凰」で、エメトは“そいつ”と出会った。
カウンターの奥、薄闇の中で煙草の火だけが微かに揺れている。
老人とも中年ともつかぬ影。その存在が異様に濃い。
店主が囁く。
「……気をつけな。あれが“底を歩く者”だ」
影の情報屋──
都市伝説のように語られる存在で、
味方にも敵にもならず、ただ“真実だけ”を売ると噂されていた。
エメトは軍の追手から逃げ続け、手元の情報だけでは限界に近かった。
魔物の正体を暴いた今、次に知るべきは“支配者の中枢”だ。
勇者制度の裏側を知り、反旗を翻すには、影の情報網が必要だった。
エメトは慎重に言葉を選んだ。
「あなたから……買いたい情報がある」
影がゆっくりと顔を上げる。
皺だらけの目が鋭い光を灯した。
「お前の顔……勇者だな」
心臓が跳ねた。
逃げるようにフードを深く被り、名も身分も隠していたはずだ。
だが男は、一瞥で見抜いた。
「心配するな。俺は誰の味方でもない。
それに──勇者がこの店に来たのは200年以上も前だ」
「200……?」
「お前ら勇者は、いつも“真実”に近づきすぎて死ぬ。皆そうだ」
エメトの胸に、初代勇者の姿が浮かぶ。
文書にあった、魔王討伐に向かったはずの男が、実際には軍に殺されたという記録。
「……あなたは何者なんだ?」
影の情報屋は、酒の入ったグラスを指で転がしながら言う。
「俺はただ、数百年の間、底を見続けてきただけだ。
人間の欲も、嘘も、裏切りも……全部だ」
「数百年……?」
「血筋だよ。
俺の一族は代々“支配者に雇われない情報屋”として生きてきた。
真実を売るが、決して国家には仕えない。
だからこそ、殺されずに残ってる」
エメトは息を呑む。
この男は、支配者が最も恐れるタイプの存在だ。
権力に従わず、しかし影響力を持ち続ける者。
男は続けて言った。
「で……お前が聞きたいのは“勇者制度の根源”だな?」
図星だった。
エメトは頷く。
「知りたい。
初代勇者が殺された理由も、二代目勇者がなぜ“作り話”になってるのかも」
影の情報屋は懐から一枚の古ぼけたメモを取り出す。
紙は黄ばんで裂けかけている。
だがその内容は、エメトの背筋を凍らせた。
『勇者制度は、支配計画の中心にある。
“希望の象徴”を管理することで、民衆は永遠に従順となる。
英雄を演じる者は、本当の英雄になってはいけない。
ゆえに、勇者は必ず死ぬ。
代わりに、語り継がれるのは“物語としての勇者”だ。』
エメトの握る拳が震えた。
「つまり……」
「そうだ。
お前は“死ぬ役”なんだよ、三代目」
周囲の喧噪が消えたように感じた。
影の情報屋の声が続く。
「だが、お前は初代とも二代目とも違う。
“真実を見た勇者”は、表向きは魔王が支配している歴史でお前が初めてだ」
「……どうすればいい?」
「選べ。
死ぬべき“物語の勇者”として生きるか、
偽りのプロパガンダを壊す“裏切り者”になるか」
エメトは迷わなかった。
「俺は……真実を暴く側に立つ」
影の情報屋は初めて、わずかに微笑んだように見えた。
「なら、ひとつだけ助言をやる。
──“真実”は、必ず裏切る。
だが“嘘を壊す者”には、必ず仲間が現れる」
そして男は静かに言った。
「お前に会うべき人物がいる。
《希望の光》の中に──“本当の目覚め”が始まりつつある」
それが、エメトが後に出会う
巡回布教者との運命の接点 となる。




