1章続き 魔物の正体
──あの日。
三代目勇者エメトは、軍の高官を斬って逃げたその夜、盗み出した機密文書の束を抱えたまま、湿った廃坑の奥で震えていた。息は荒く、手に付いた血はまだ乾いていない。だが彼の胸を締め付けていたのは後悔ではなく、文書に記された“真実”だった。
魔王はいない。
魔物も存在しない。
では、今まで人々が恐れてきた“脅威”とは何だったのか。
その答えは、文書の中でもひときわ黒く重い封蝋のファイル──
「改造帯記録:第七区」
に収められていた。
ページを開いた瞬間、エメトは息を呑んだ。
そこには、鎖に繋がれた異形の姿が描かれていた。
角、爪、膨れ上がった肉塊。
だが、眼だけは──人間だった。
“魔物の正体は、処刑囚・孤児・行方不明者を素材とした人体改造体である。”
それは人間を「魔物」へ再構築するための工程が、冷徹な言葉で記載された文書だった。
拘束。
感覚遮断。
薬物投与。
骨格延長。
義肢移植。
そして最終段階──精神破壊。
「……人間を、魔物に仕立てていたのか」
エメトは震える指先で次のページをめくった。
人間と獣の混成体。
失踪した子どもたちの名簿。
“適性”と書かれた数値の横に並ぶ、幼い顔の素描。
さらにページを進めると、軍内部のメモが残されていた。
「魔王が存在するというプロパガンダを民衆に与えてはいるが、事実、魔王不在の世界で秩序を維持するため、彼等に対して“恐怖”が必要だ」
これが、魔物が作られ続けている理由のひとつ。
しかし文書はさらに続いた。
「改造体の行動傾向を観察すれば、民衆の反応・恐怖・集団心理を測定できる。
これは統治のための人体実験である。そして医療への貢献にも繋がる」
魔物は“脅威”として仕立てられただけではなかった。
彼らは「支配者による社会実験の道具」でもあった。
その瞬間、エメトは理解した。
戦場で幾度も聞いた“魔物の咆哮”は、怒りでも、憎悪でもなかった──
叫びだった。
助けを求める、人間の声だった。
「……嘘だ……そんな……」
震えながらも、彼は最後の資料を開く。
そこには、たった一行だけ手書きの記録が添えられていた。
『実験体M-112、最終観察記録:
泣き叫び、母親の名を呼び続けていた。』
喉が焼けるように乾いた。
胸の奥が冷える。
エメトは資料を閉じ、壁に拳を押し当てた。
世界を救うはずの勇者とは──
支配のために作られた“英雄の演目”であり、
魔物もまた、同じ支配のために作られた“悲劇の産物”だった。
「俺は……何を倒してきたんだ?」
戦いの中で斬り伏せた存在は、怪物ではない。
人間だった。
家族を持ち、未来を持っていたはずの人々だった。
怒りとも絶望とも言えない感情が胸を焼く。
だが同時に、エメトの心には強烈な決意が芽生えた。
──真実を知らなければならない。
──そして、この“偽りの魔王統治”を終わらせなければならない。
彼は血のついた勇者の剣を床に突き立て、深く息を吐いた。
「魔王も魔物も、全部作り物だ。
なら……本当の敵は、どこにいる?」
その夜、エメトは初めて本当の意味で“勇者”になった。
演じる英雄ではなく、世界の欺きを暴く者として。




