1章続き ① 真実が漏れた瞬間 ――「黒塗りの向こう側」
エメトが軍高官を殺害し、機密文書を奪ったあの夜――。
その行為は確かに世界の構造を揺るがす一歩だったが、同時に“決定的な穴”を残していた。
奪われた文書の中には、いくつも黒い墨で塗りつぶされた部分があった。
そこには本来、「魔王不在」の最大の証拠となる事柄――
初代勇者の真の死因(軍による処刑)
そして
魔物創造計画の初期段階
などが記されていたはずだった。
だがエメトは、黒塗りを復元する手段を持っていなかった。
彼が理解できたのは“概要”だけだ。それでも十分すぎた。
真実を知った彼は逃亡し、宗教団体「希望の光」の創設へ動き出す。
しかし後世になるほど、歴史の綻びは奇妙な形で露呈し始める。
※
文書が奪われた直後、支配者側は当然慌てた。
文書管理局は総動員され、再発防止と内容の書き換えが行われる。
そんな中に、一人の男がいた。
カサリア・ヘルム
文書管理局・第二符号解析課。
魔王時代250年以降に作られた膨大な戦時記録の整理を担当していた。
彼は、真面目すぎる性格だった。
他の同僚たちが飲み会や不正コピーに時間を費やす中、
カサリアだけは、“文書の矛盾”に執拗なほどこだわった。
ある日、彼は奇妙な戦果報告書を三つ見つける。
一つは「初代勇者の殉死報告」。
一つは「魔物襲撃による村落壊滅」。
もう一つは「二代目勇者の選出」。
だが、どの文書にも同じ“黒塗りの癖”が残っていた。
――同じ筆跡。
――同じ範囲。
――同じ符号番号。
カサリアは思った。
(黒塗りは同一人物の手によるものだ。そして“その人物が隠したかったもの”は、全資料に共通する)
彼は黒塗りの上から特殊インクをかすかに浸透させる“復元作業”を行った。
本来禁じられた行為だが、誰も彼に興味を持たなかった。
――彼は「ただの真面目で地味な事務官」だったから。
発色してきた文字を見た瞬間、彼は全身が揺らぐような感覚に襲われた。
《初代勇者、軍の命により処理完了》
《魔物試作体、収容番号16、反抗》
《実験対象:孤児出身 10歳前後》
その夜、カサリアは初めて“恐怖による震え”を知った。
翌月、支配者側の文書組織が大規模再編を行った際、
彼は復元した一部の文書を密かに持ち出し、外に流出させてしまう。
だが流出といっても、一般市民の目に触れるはずもない。
高度な専門知識がなければ、その復元文書は
ただの意味不明な戦時記録の断片 にしか見えないからだ。
※
それから数十年の時が経つ。
カサリアの子孫は、父の残した不可解な文書の保存だけは守り続けた。
“理解不能な家宝”として。
そして、魔王時代300年頃――。
その文書を読んで理解できた唯一の人物が現れる。
符号学、軍事史、薬物実験の知識を兼ね備えた奇妙な男。
> 「……希望の光。
この教団だけが、文書の隠し番号と一致する“言葉”を使っている」
彼は単なる民間学者ではなかった。
“支配者の矛盾”を追い続けてきた、孤独な観察者だった。
彼は確信する。
この宗教団体は、ただの救済団体ではない。
“世界の嘘”にもっとも近い場所にいる。
こうして“真実に辿り着いた少数者”が、
団体を頼って自ら接触してくる流れが出来上がった。
このルートは表向き宗教活動の一部として扱われ、支配者側も気づかない。
――真実は、団体が広めたのではない。
――真実に気づいた者たちが、団体に吸い寄せられたのだ。
これは歴史の必然であり、
支配者がいくら統制したとしても、
完全に塞ぐことはできなかった“綻び”だった。




