5章・神殿の炎
夜の街を疾走する装甲バンの列は、まるで黒い獣の群れだった。
サイレンが遠くで鳴り、赤と青の光がアスファルトを這う。
悠はシートにしがみつき、窓の外を流れるネオンを見つめていた。
昨日まで歩いていた街が、今は敵地に見える。
「あと三分で到着」
運転席の隊員の声が無線で響く。
スカーレットは隣で目を閉じ、唇を動かしていた。祈りのような、呪いのようだった。
突然、視界が赤く染まった。
光 の神殿は、すでに炎に呑まれていた。
高さ三十メートルの尖塔が折れ、火柱が夜空を突き抜ける。
石造りの壁が崩れ、瓦礫が雪崩のように降り注ぐ。
信者たちの悲鳴が、炎の轟音に混じって風に乗ってくる。
「長老派が売った……!」
スカーレットの声が震えた。
アスナとしての穏やかな仮面が、初めて剥がれ落ちる瞬間だった。
「突入! 信者を救え!」
ドアが開く。熱風が吹き込み、悠の頬を焼く。
レムナントの隊員たちが飛び出し、銃口を炎に向ける。
掃除屋部隊の黒い装甲服が、火の海の中で蠢いている。
無機質なヘルメットのバイザーが、炎を反射して無数に光る。
銃声が降り注ぐ。
最初に倒れたのは、若い隊員だった。
胸を撃ち抜かれ、地面に崩れ落ちる。
血がアスファルトに広がり、炎に炙られて黒く焦げる。
悠は装甲バンの陰に押し込まれ、震えていた。
現実が、胃の奥を抉る。
これが戦いだ。
これが、彼女たちが選んだ道だ。
スカーレットは白いローブを羽織り、アスナに変わる。
血と煤で汚れたローブを翻し、神殿の正面へ歩み寄る。
炎が彼女の横顔を赤く染める。
「希望を失うな!」
その声は、奇跡のように炎を貫いた。
逃げ惑っていた信者たちが顔を上げる。
子供を抱えた母親、老人、傷ついた若者。
全員が、総師アスナの姿に希望を見た。
「魔王の影は偽り! 真実の光はここにある!」
信者たちが立ち上がる。
祈りの言葉を叫びながら、石や棒を手に掃除屋に立ち向かう。
狂気と信仰が交錯する瞬間だった。
だが、現実は容赦なかった。
空から無人ドローンが降り注ぎ、爆弾を投下する。
爆風が悠を吹き飛ばし、耳鳴りが世界を覆う。
神殿の塔がゆっくりと傾き、崩れ落ちる。
瓦礫の下敷きになった信者たちの断末魔が、炎に掻き消される。
そのとき、悠の頭に稲妻が走った。
エメトの記憶。
1000年前、似たような包囲戦。
敵の増援を逆手に取る戦術。
「スカーレット!」
無線を掴み、叫ぶ。
「東側の壁! 爆破して! 敵を誘導できる! 死角がある!」
彼女は即座に反応した。
隊員に指示を飛ばし、爆薬を仕掛ける。
轟音。
壁が崩れ、掃除屋の隊列が崩れる。
レムナントが反撃に転じ、銃火が逆流する。
一時的に、優勢を取った。
掃除屋が後退し、ドローンの一部が撃墜される。
だが、勝利の代償はあまりにも大きかった。
神殿の広間には、死体が重なり合っていた。
信者の白いローブは血で赤く染まり、レムナントの隊員も半数以上が動かない。
イグナーツが肩を撃たれ、壁に凭れて息を荒げている。
「これで……スパイは一掃できたか?」
血塗れの唇で、彼は笑った。
スカーレットは膝をつき、倒れた信者の手を握った。
若い女性だった。
まだ温かい手が、ゆっくりと力を失っていく。
「……ごめんなさい」
彼女の声が震える。
初めて、総師アスナでもリーダー・スカーレットでもない、ただの人間の声だった。
悠は近づき、彼女の肩に手を置いた。
熱かった。
炎のせいだけではない。
「次は……情報戦だ」
スカーレットは立ち上がる。
涙を拭う暇もなく、瞳に再び炎を灯す。
「この犠牲を、無駄にはしない。
政府のサーバーを落とす。
エメトの真実を、世界中に」
彼女はアスナのローブを脱ぎ捨て、スカーレットに戻る。
血と煤にまみれた姿で、地下シェルターへの階段を降りていく。
悠は後を追った。
背後で、神殿が最後の崩壊音を立てて沈んでいく。
1000年続いた“希望の光”の象徴が、今、炎の中で終わりを迎えた。
だが、同時に、新しい戦いが始まろうとしていた。
地下シェルターの扉が閉まる瞬間、悠は振り返った。
炎の向こうに、スカーレットの横顔が浮かび上がる。
彼女は小さく呟いた。
「ありがとう……エメト」
その言葉は、誰にも届かなかった。
ただ、悠の胸に深く刻まれた。




