1章:孤独と邂逅
逃亡生活は、孤独だった。
灰色の森を抜け、村を避け、追っ手から逃れ続ける日々。
道は泥濁り、雨は絶えず、風は骨身に染みる。
エメトは、軍のマントを捨て、粗末な旅人の外套を羽織っていた。
剣は、布で巻いて背負う。
顔は、泥と髭で隠す。
だが、心の奥は、剥き出し。
夜ごと、焚き火の傍で、文書を抱えて座る。
――極秘のページ。
――魔王の不在。
――勇者の虚構。
俺は、何のために生きてる?
誰かに、伝えるために。
時折、無性に人恋しくなる。
養成所の仲間たちの笑い声。
村人たちの感謝の言葉(演技だったとしても)。
人間の温もり。
肌の触れ合い。
――それが、欠乏する。
小さな村の酒場
そんな夜。
霧の深い山間の人口500人にも満たない村「ロストン」。
魔王の脅威から遠く、軍の巡回も少ない。
エメトは、慎重に足を踏み入れた。
酒場「BACCHUS」
木造の古い建物。
表向きは、酒と温かいスープを提供する場所。
だが、隅のテーブルでは、別の取引が行われていた。
――密輸の薬草。
――偽造の身分証。
――娼婦の斡旋。
エメトは、カウンターに座り、薄いコニャックを注文。
周囲を、素早く観察。
――追っ手はいない。
――村人たちは、疲れた顔。
――魔王の噂を、囁き合う。
視線が、一人の女に止まる。
彼女の名前はセナ。
二十代前半。
ロングヘアの黒髪。
可愛らしい顔立ちに、どこか遠くを見るような瞳。
タイトな黒のドレス。
笑顔は、職業的。
だが、目には、影。
彼女は、客と軽く言葉を交わし、
エメトの視線に気づく。
微笑み、近づく。
「一人? 少し遊んでいかない?」
エメトは、黙って頷いた。
金貨を、テーブルに置く。
――軍の給料から、残ったもの。
セナは、それを素早く懐に。
「二階よ」
二階にはいくつかの扉がありその一つを彼女は開けた。
狭い部屋。
ベッドと彼女の私物であろうものが少し。それだけで部屋が窮屈に感じる程だった。
ランプの光がぼんやりと部屋を照らす。
窓からは、霧の森。
二人は肌を重ねる。
――熱く、柔らく、官能的な身体だ。
久しぶりの女だ。
――ほんの一時ではあるが、孤独を埋めるには十分だった。
ひとしきり女を堪能し、事後。
セナは、シーツを胸に巻き、静かに言った。
「……あなた、普通じゃない体つきね。筋肉の付き方、傷の跡。――軍の人?」
エメトは、黙って頷いた。
「一応、勇者だ」
別に嘘を言っても良かった。でも正直に話すことでなにか気持ちが楽になるかもしれないという思いと、最悪この女を殺せば済む話だと思った。
「グリフィスって、知ってる?」
唐突に彼女は聞いてきた。
一瞬、緊張が走る。エメトの目が、鋭くなった。
「二代目勇者だな」
声は、低い。
セナの表情が、暗くなる。
瞳に、涙が溢れる。
「そう。あの人の出身地が、私の故郷だったって、言われた。村の名前は、今は無きジタニア村という名前だった。
「でも、私が生まれる前に、村は焼かれた。
『不慮の火事』だって。でも、違う」
彼女の声が、震えた。
「逃げた先祖だけが、生き残った。
他の家族は、見つかり次第、殺された。
――証言を、抹消するために。
グリフィスは、実在しなかった。
支配者が作った、偽の英雄だった。
村を焼いて、英雄の神話を、作った」
エメトは、身を起こした。
心臓が、激しく鳴る。
同じ……
俺と同じ……
「……それは本当か?」
「祖父の親からの言い伝え。私は国民番号をもっていないわ。先祖がその村を逃げ出してから隠れて生活をするようになったの。だから私も身体を売る仕事くらいしか出来ない」
■真実の告白
エメトは、すべてを語った。
――選抜の違和感。
――魔物の人間らしさ。
――ガルドの言葉。
――機密庫の文書。
――魔王の不在。
――勇者制度の虚構。
セナは、黙って聞いていた。
目が、驚きから、決意に変わる。
涙が、頰を伝う。
だが、声は、強い。
「……私も、一緒に行く」
エメトは、首を振った。
「危険だ。――俺は、指名手配。
追っ手は、軍の精鋭。
お前を、巻き込む」
セナは、微笑んだ。
「一夜限りのはずだったのに」
手を、エメトの頰に。
「でも、あなたの目が、嘘をついてない。
――私も、仇を討ちたい。
村の、そして家族の仇を」
二人は、手を握った。
温もり。
――孤独が、溶ける。
――新たな、絆。
非合法の生活
その後。
二人は、名前を変えた。
――エメト → 「エラン」
――セナ → 「シエラ」
非合法に、国民番号を取得。
――闇市場。
――偽造屋。
そして彼等は隠れ蓑のために宗教団体を立ち上げた。
表向きは、
「魔王のいない未来を掲げる宗教団体、名前を希望の光とした」
――小さな集会所。
――祈り。
――寄付。
そして、長い年月をかけ水面下で、
仲間を少しずつ、少しずつ、慎重に増やしていった。
ある時は偶然魔王という存在が嘘だったと知った軍の幹部。
また、ある時は村に出たモンスターが人間側の演出だと知ってしまった住人。
何かの切っ掛けで真実を知った者。
宗教団体のネットワークを使い、そういった者たちの情報を少しづつ集めていった。
こうして、
最初のレジスタンスが生まれた。
名は――
「新世界」
NWOの誕生である。




