◆第4章:急襲と──“本部”へ(続き)
地下通路の奥、廃工場の底に沈むレムナント本部は、まるで巨大な鉄の墓だった。
壁一面に張り巡らされた監視モニターが赤く点滅し、冷たい空気が肺を刺す。
足音が反響し、誰もが声を潜める。まるでここだけが、世界の外側に取り残された場所のようだった。
会議室の重い扉が開くと、悠は初めてその空間を目にした。
円形のテーブルを囲むように、十数人の幹部が座っている。
全員が鋭い視線を向ける。まるで獲物を見定める獣のように。
スカーレットは悠の手を引いたまま、中央に立った。
彼女の背中はまっすぐで、わずかな震えさえ感じさせない。
「説明は後よ。まず、これを見て」
彼女がテーブルに置いた小型デバイスから、ホログラムが立ち昇る。
希望の光の財務記録、レムナントの武器調達ルート、暗号化された通信ログ……
そして、1000年前のセナとエメトの直筆に近い署名が重なる。
「私がアスナであり、スカーレットであり、リサである証拠よ」
沈黙が落ちた。
次の瞬間、部屋が爆発した。
「ふざけるな!」
アンチ派の幹部、コードネーム“ヴォルフ”が立ち上がる。
「宗教の婆さんどもと手を組むだと? 俺たちはテロリストだ! 血で政府を塗り替えるのが目的だろうが!」
「目的は同じよ」スカーレットの声は氷のように冷たい。「ただ、血だけじゃ勝てない。人心が必要」
イグナーツがゆっくりと口を開いた。銀髪の男は、いつも冷静だった。
「……悠という一般人をここへ連れてきた理由を聞きたい」
悠は喉が渇いた。
全員の視線が自分に突き刺さる。
震える唇を無理やり動かす。
「俺は……魔王テーマパークで、エメトが盗んだ機密文書に触れた。
その瞬間、エメトの記憶が頭の中に入ってきて……
魔王は最初から存在しなかった。
国民を管理するためのプロパガンダだったって、全部見た」
部屋がざわめく。
ヴォルフが鼻で笑う。
「夢でも見たってか?」
「証明できる」スカーレットが静かに言った。「記憶共有装置がある。エメトが最後に残した遺産よ。
でも、今は時間が無い。希望の光の本部が襲撃されている。長老派が裏切った。政府のスパイだわ」
モニターに映し出された映像。
光の神殿が炎に包まれ、信者たちが逃げ惑う。
掃除屋部隊の黒いシルエエットが、次々と人を撃ち倒していく。
「全隊、移動!」
スカーレットの声に、誰も逆らえなかった。
たとえ疑念を抱いていても、彼女の瞳には抗えない力があった。
通路を走りながら、悠は小声で聞いた。
「どうして……そんなにたくさんの顔を持ってるの?」
スカーレットは一瞬だけ足を緩めた。
「……生き残るためよ。
セナの血は、1000年、政府に狙われ続けてきた。
名前を変え、人格を変え、死んだふりをして……
そうしなければ、私たちはとっくに絶えてた」
彼女の横顔に、初めて疲労の影が差した。
「でも、もう限界。
だからあなたが必要だった。
エメトの真実を、誰かに継いでもらいたかった」
装甲バンの列に乗り込む。
エンジンが唸りを上げ、夜の街を疾走する。
車内で、イグナーツが隣に座った。
「統合なんて、本当にできると思うか?」
「やらなきゃ死ぬだけよ」
「俺は……お前を信用してる」
イグナーツは低い声で呟いた。「でも、ヴォルフは違う。あいつは過激すぎる」
「知ってる。だからこそ、使うの」
バンの窓から見える街並みは、いつも通り平和だった。
ネオンが輝き、買い物袋を抱えた人々が歩いている。
誰も知らない。
今、この瞬間、歴史が動いていることを。
光の神殿に近づくにつれ、空が赤く染まっていく。
遠くで爆発音が響き、煙が立ち昇る。
「到着!」
ドアが開き、銃声が一気に襲いかかる。
スカーレットは白いローブを羽織り、アスナの姿に変わる。
悠はその変貌に息を呑んだ。
同じ顔なのに、雰囲気が完全に別人になる。
「希望を失うな! ここに真実の光がある!」
アスナの声が神殿内に響き渡る。
逃げ惑っていた信者たちが、顔を上げる。
涙と血にまみれた顔に、かすかな希望が灯る。
レムナントの隊員が突入し、掃除屋部隊と激突する。
銃火が飛び交い、瓦礫が降り注ぐ。
悠は装甲バンの陰に隠れながら、エメトの記憶がフラッシュバックする。
──古い戦場。
──包囲された城塞。
──逆転の戦術。
「スカーレット!」
無線を握りしめて叫ぶ。
「東側の壁を爆破して! 敵を誘導できる! そこに死角がある!」
彼女は即座に指示を飛ばす。
轟音。
壁が崩れ、掃除屋の隊列が崩れる。
レムナントが反撃に転じ、一時的に優勢を取る。
だが、勝利は長くは続かなかった。
空から無人ドローンが雪崩れ込み、爆弾を投下する。
神殿の塔が崩れ落ち、悲鳴が上がる。
イグナーツが肩を撃たれ、膝をつく。
ヴォルフが血まみれで笑う。
「やっぱり宗教なんぞ役に立たねえ! 俺たちだけでやる!」
派閥の亀裂が、戦場で露わになる。
スカーレットはアスナの姿のまま、悠の前に立った。
「もう逃げられないわ。
でも、あなたはまだ……生きなきゃいけない」
彼女は血に染まった手で、悠の頬に触れた。
「エメトの記憶は、あなたの中に生きてる。
だから、どうか……
種を、蒔いて」
その瞬間、再び爆発が起きた。
衝撃波が二人を吹き飛ばす。
意識が遠のく中、悠は見た。
スカーレットが、炎の中に立ち続ける姿を。
白いローブは血と煤で真っ黒に染まり、それでも彼女は倒れない。
まるで、最後の聖女のように。




