3章続き・路地裏の邂逅
路地裏を抜け、女は周囲を素早く確認した後、ようやく足を止めた。息を潜め、背後の闇を睨む。安全だ──少なくとも今は。
彼女は振り返り、悠をまっすぐに見据えた。「あなた、エメトの機密記録はどこで見つけたの?」
悠の心臓が激しく鼓動した。「え? あ、魔王テーマパークで……偶然、隠し部屋みたいなところで。」
喉が乾き、言葉がつかえる。女の視線は鋭く、逃げ場を塞ぐようだ。
「その機密文書は今どこに?」
「……家に……置いてある。」
彼女の表情は一切変わらなかったが、声に微かな緊張が混じる。
「その記録は、政府が絶対に外へ漏らしたくない“真実”が含まれているの。あなたは気づいていないかもしれないけど──“追体験”までしてしまった。あれは政府内部でも扱えない危険物よ。」
悠の背筋に冷たいものが走った。追体験──あの文書に触れた瞬間、頭の中に洪水のように流れ込んできた映像。魔王のプロパガンダ、勇者エメトの裏切り……すべてが本物のように感じられた。
「おまけに掲示板に書いたでしょう? あれで監視AIがあなたを“危険人物”として即検知したの。」
悠の足が震え出した。
「じゃあ……俺、もう……」
「だから助けたのよ。」
一瞬、彼女の声が優しく柔らかくなった。まるで、失われた希望を灯す光のように。
「私はスカーレット。」
◆一時避難所(隠れ家)
スカーレットが連れてきた場所は、古い雑居ビルの一室だった。窓は厚い遮光カーテンで覆われ、家具は最低限──ベッド、テーブル、簡易キッチン。それでも、生活できるように整えられていた。ここは彼女の非常用隠れ家。レムナントのレジスタンスメンバーさえ知らない、彼女だけが使う場所だ。
「数日だけここで匿うわ。政府があなたを“特定”する前に、痕跡を消す必要がある。」
悠は壁に寄りかかり、座り込んだ。頭が回らない。すべてが夢のように現実味がない。
スカーレットの表情は冷静だったが、瞳に熱い炎が宿っていた。
「ずっと探していたの。“勇者エメト”の真実に触れた人間を。」
その言葉は、まるで悠の存在を運命のように待っていたかのようだった。彼女はレムナントのリーダー──そして、希望の光という宗教団体の総師、アスナ。1000年前に魔王の存在を前提に作られたその団体は、レジスタンスの完璧な隠れ蓑。信者たちは知らずに、反政府の種を蒔き続けている。
◆数日間の静かな時間
隠れ家での生活は、奇妙な「日常」のようだった。外の世界が遠く感じる、閉ざされた時間。
朝:スカーレットは変装して外へ出る。情報収集と物資調達。彼女の姿は、アスナとして信者たちに希望を与えるものだ。戻る頃には、疲れた顔にわずかな微笑みが浮かぶ。
昼:悠は一人でテレビを眺める。しかし、どのチャンネルも政府広報ばかり。魔王の脅威を煽るプロパガンダ、勇者の英雄譚……すべてが偽りに見えてくる。悠は文書を思い出し、胸がざわつく。
夜:戻ったスカーレットが、優しい顔で料理をする。簡単な食事だが、温かみがある。
「意外と……普通の人なんだな」
悠が呟く。
「そりゃね。私は殺し屋でも軍人でもないわ」
彼女の笑みが、少し寂しげだ。
悠はその言葉に引っかかる。
“としては”──? 彼女の過去に、何か隠された闇があるのか。聞くのをためらい、黙った。
そんな数日の平穏の中で、スカーレットの素顔が少しずつ見えてくる。
寝起きは機嫌が悪い。コーヒーを淹れるまで、口数が少ない。
甘い物が好き。隠し持っていたチョコレートを、恥ずかしげに分けてくれる。
料理は上手い。限られた材料で、工夫を凝らす。
一人の時間も好きだが、孤独には慣れてしまっている。夜中、窓辺で独り言を呟く姿を見かけた。
悠は思う。
(この人……守られてばっかりじゃいられないな。俺も、何か力になりたい。)
◆日常が侵食される
しかし、三日目。平穏は突然崩れた。
悠のスマホに、電源を切っているはずなのに勝手に再起動がかかり──画面に不気味な通知が並んだ。
【学籍データ照会:進行中】
【家族への聞き取り調査:予定】
【SNSアカウント:完全凍結】
【GPSトラッキング:開始】
「嘘だろ……?」悠の声が震える。
スカーレットが戻り、画面を見るなり表情を曇らせる。
「まずい……特定が早すぎる。レムナント内にスパイがいるのかもしれない。」
「俺、もう家にも……大学にも……」
「戻れないわ。あなたはもう“日常”側の人間じゃなくなったの。」
悠の心臓が締め付けられた。失ったもの──家族、友人、未来──すべてが一瞬で崩壊した。
レジスタンス内部の動揺
その夜、スカーレットは隠れ家から暗号通信でレジスタンスと連絡を取った。
だが、聞こえてきた声は冷たかった。
《スカーレット。なぜ一般人を保護している?》
《内部規定違反だ。即刻処分しろ。》
《その男はスパイかもしれない。》
《“エメト”という名を口にした男を庇うのか? 危険だ。》
スカーレットは歯を食いしばる。
「彼はスパイじゃない。……でも本部には絶対に連れて行かないわ。誰が信用できるのか分からないの」
通信の向こうで罵声が飛んだ。苛立ちと不信が渦巻く。
その会話を偶然聞いてしまった悠の胸は、重く沈む。
(俺……迷惑しかかけてないじゃん……。でも、エメトの真実を、この人に届けたい。)
政府急襲──隠れ家崩壊
翌日未明。ビル全体に轟音が響いた。爆発音──政府の掃除屋部隊だ。
スカーレットが血相を変える。
「来た……!」
窓が白く光り、外壁が吹き飛ぶ。武装した影が突入してくる。銃声が雨のように降り注ぐ。
「逃げるわよ!!」
スカーレットが悠の手を強く引き、非常階段を駆け下りる。
後ろから銃弾が飛び、壁が砕ける。階段の踊り場で、掃除屋が一人飛びかかってくる。スカーレットは短剣で受け流し、喉元へ鋭い打撃を加える──倒れる敵の体が、床に崩れ落ちる。
だが、悠の目には、彼女の手が震えているのが分かった。戦い慣れているはずなのに、人を傷つけることに、彼女の心はまだ痛む。
無線の声が響く。
「スカーレット! 本部へ向かえ!!」
彼女は一瞬だけ悠を見る。瞳に決意が宿る。
「行くわよ。本部へ。──もう逃げ場はない。」
悠は息を呑んだ。こうして、ついに、レジスタンス(レムナント)の本部へと向かうことになる。エメトの真実を携え、運命の渦中へ──。




