6.窓辺
客間が用意される間にバルザックの部屋に通された。
そうっとソファの上に降ろされたアリアは、バルザックの体温が離れていって寂しいと身動ぎした。
バルザックの部屋は何だか落ち着く良い匂いがしている。バルザックの腕の中で嗅いだ匂いと同じ。
軍服から普段着に着替えたバルザックが部屋に入ってきた。
シャワーを浴びたのか、髪から滴る水滴が色気をふくんでカッコいい。
タオルで水滴を拭いながらアリアの横に腰を降ろした。
近すぎるそれに戸惑いよりも、安心感を覚えてたアリアはそうっとバルザックにもたれかかった。
アリアは母が亡くなって以来誰にも頼れず気を張って過ごしてきた。
そのアリアが初めてすがりたいと感じたのが、奴隷同然の犯罪者としてやってきたエスメラルダの人間だったなんて、なんという皮肉なのだろう。
「夕餉は此処で2人で食べよう。」
怖い目にあったアリアへの配慮なのだろう。バルザックの優しさが胸に染みた。
夕餉は優しく煮込んだシチューに柔らかなパンというシンプルな物だったが、アリアの前にはカトラリーが無い。
どういう事だろうと悩んでいると。
「アリア、あーん。」
バルザックがスプーンを差し出して来た。
幼少期よりテーブルマナーを徹底的に仕込まれて、物心つく頃には1人で食べていたアリアは戸惑った。
しかし、バルザックが差し出すそれがとても魅力的に見えて、パクリと口にした。
バルザックの顔が幸せそうに綻ぶ。
幸せってこんな些細なところに宿るんだわ。
温かなバルザックの腕の中でずっとこうしていられたら…。考えてもどうしょうもない事が思い浮かぶ。
ここはこんなに幸せで安心するのに。明日にはすぐに出ていかねばならないなんて。
幸せな時間はあっと言う間に過ぎ、メイドに客間に案内された。
客間と言っても、主であるバルザックの部屋のすぐ隣に用意された為、少しほっとした。
湯に入れてもらい可愛らしい寝間着まで着せて貰った。
可愛らしい天蓋付きのふかふかのベット。至れり尽くせりとはこのことね。アリアは1人ごちた。
ただ、バルザックが足りない。
出逢ったばかりのバルザックにどうしてこんなに心惹かれるのかわからないままフラフラと部屋の片隅にあるドアへと導かれるように寄っていった。
何だか良い匂いがするわ。バルザックの匂いみたい。
アリアはその匂いに導かれるようにドアの鍵を開いてしまった。
そこには大きなベット横の窓辺に佇むバルザックがいた。
やわらかな月の光に照らされて酒杯を傾けるバルザックと目が合った。
夜、男女が同じ部屋なんていけないわ。
アリアは慌て締めようとした。
しかし、バルザックにどうしょうもなく惹かれる自分がその場から動きたくないと抵抗した。
明日には先代王と対面し公妾として見ず知らずの男から娼婦同然の扱いを受けるのだ。
今更貞節なんて馬鹿馬鹿しい。そう思うと、開いた扉を閉める事が出来なかった。
フラフラと惹き寄せられるようにバルザックの胸に飛び込んだ。
離れたくない。
どうしても……。