4.賊
マリーはアリア王女は取り乱して化粧が出来ないからと、国境ギリギリまで付いてくる事になった。
用意された馬車は粗末でとても王女の乗るようなものではなかったが、マリーの気遣いのお陰で快適だった。
固い椅子にはたくさんのクッションが敷かれ道中簡単に食べれるものもふんだんに用意されていた。
しかも、マリーは揺れる馬車の中で器用に針と糸を使ってあの趣味の悪いドレスを清楚で可憐なドレスへと一変させたのだった。
アリアの透明感のある肌にけばけばしく見えたピンクのドレスは良く映えて花の妖精のようだった。
マリーは良い仕事をした自分を自画自賛しながらアリアに優しく諭した。
「アリア、くれぐれも早まらないでね。どんな目にあっても命だけは守り抜くのよ。」
「でも…」
「生きてさえいれば、良い事もある。だから、絶対に生きていくのよ。生きてまた会いましょう。」
国境でマリーはアリアに綺麗に化粧を施した。
「マリー、今まで本当にありがとう。本当にジュリアンナに似せなくて良いの?」
「ここまで来てバレる事はないわよ。あなたは綺麗なんだから自信をもって進みなさい。道は切り拓くのよ。」
母の手鏡で見た顔は神々しいほどに美しく亡くなった母に似ていた。
馬車は国境でエスメラルダの兵士に引き渡された。マリーも御者や兵士もついて行く事は許されなかった。
エスメラルダ領に入って数刻、馬車が突然止まった。
「困ります。」
何やら争う声がした。兵士が逆らえないような相手なのか?
「あのアバズレ、ジュリアンナには家をめちゃめちゃにされたんだ。気晴らしに輪姦してもいいだろう。お前達も仲間に入れよ。」
恐ろしい会話にアリアは手鏡を握りしめた。
「たくさんの男を咥え込んで来たんだ。処女でもないし、今更ちょっと遊んだくらいバレねーよ。」
「実際何人かでやったこともあるしな。あのアバズレの事だ。俺達2人じゃ物足りないだろうよ。」
「しかし、重罪人とはいえ無事王宮に届けるのが任務であります。」
バキッ、ガコッ
「俺様に逆らいやがって、お前達はそこでオネンネしていろ。」
抵抗した兵士達が倒されたようだ。
馬車の扉を開けようとガタガタ音がしたアリアは扉が開かないように内側から鍵をかけて両手で必死に抑えるより他なかった。
しかし、アリアの抵抗虚しく馬車の扉が壊された。
欲望に目を血走らせた男たちが馬車の中を見回す。
「お前は誰だ?ジュリアンナじゃないのか?」
驚いたように男がいった。
「構うものか。どうせジュリアンナの立てた代役だろう。ジュリアンナのかわりに弄んでも構わないってことだろ。しかも、こっちの方が上玉だ。」
欲望にギラついた男の手がアリアに伸びる。
助けて。
その時、ドサッと音がしたと同時に男たちがアリアの視界から消えた。
そして、馬車の中を心配そうに覗き込む褐色の肌の美丈夫がアリアの前にいた。
綺麗。男らしく精悍な顔立ちなのにその均整のとれた姿は思わず綺麗と表現してしまう程彼は美しかった。
まるで太陽神だわ。強烈な引力に目が離せなくなる。
「私はバルザック。君の名前を聞いても?」
先程までの恐怖を払拭するように優しくアリアに微笑みかけた彼は爽やかに問いかけた。
その屈託ない問いかけにアリアは思わず本名を答えてしまっていた。
ジュリアンナの替え玉なのだから、アリアと名乗るべきでないのはわかっていた。
しかし、目の前の人に嘘をつくことが出来なかった。彼には自分の名前を読んで欲しい。そう思ってしまったのだ。
それに、最後にマリーに自分として生きろと後押ししてもらえたことも、アリアに力を与えてくれていた。
「アリア、ここは危険だ。私の元に来てくれますか?」
アリアは差し出された彼の手に自らの手を重ねていた。
「ええ、もちろん。」
彼が何者であろうと構わない。この人について行きたい。彼に強烈なまでに惹かれた。
今まで、他人により決められた道を粛々と歩んでいたアリアが初めて自ら選んだ道だった。