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サカイ

川や山の麓、神社の鳥居などの境目というのは昔から、霊や妖怪の類が多く出ると言われている。いわゆる「霊現象が起きる場所」だ。

しかし、それは果たして場所だけなのだろうか。


都内に住む鍵宮という男がいた。

彼は大学を卒業後すぐに地方から上京し、測量士の職に就いた。

内容としては家屋の新築に伴う土地の測量などの仕事が多かったが、入社1年が経とうとした頃、新しく"変な"測量の仕事が入った。

その日、鍵宮は先輩Aさんと一緒にとある時計塔の現場に赴いた。

A「この時計塔は、新築に伴い測量をする事になったが、他とは少し違う測量をする。」

鍵宮「何か特別な機械とかを使ったりですか?」

A「いや、時間だ。時間の測量をする。」

鍵宮は意味が分からず、内容を聞こうとしたが先輩が説明が難しい、見て覚えろ。としか話してくれなかった。

先輩は入社したての時からそんなぶっきらぼうな人だったから、驚きはしなかった。

先輩の後ろについて行き、時計塔の内部に入る。そして、時計塔の最上階である時計部分にきた。

A「ここで仕事する。これから何が起こっても、声を出さず集中して、この時計塔の時計と自分の時計を見比べ続けろ。」

なんの事やら分からない鍵宮は、言われるがまま自分の時計と時計塔を見比べ、ある事実に気がついた。

時計塔の時間が1時間30分もズレている。

鍵宮「先輩、この時計塔だいぶズレてますね。これ大丈夫なんでしょうか?」

A「これからそのズレを修正する。そのためにまずは測量する。」

鍵宮はますます理解が追いつかなかった。

そして、鍵宮の時計が21:30になった頃。

ゴーンゴーンと時計塔のベルの音が鳴った。

大きいベルの音に紛れ、別の異様な音が流れている。かすかに聞こえるほどの大きさの音、しかし、確実に耳の中に入ってくる。

矛盾した表現だが、これが一番あっている。

大量の人が歩く足音と認識するには時間を要さなかった。

それと同時に、先輩がポツリと言葉をこぼした。

A「また早まってる…多くなってる…だから嫌なんだ…」

先輩の顔を見ると肩が揺れ、大粒の汗をかいている。

鍵宮「先輩…これ…」

A「大きい声は出すな…振り向くな…何も反応するな…」

その直後、背後に大人数であろう人間の気配を感じた。確かにいる。


『我は官軍我が敵は天地容れざる朝敵ぞ敵の大將たる者は古今無雙の英雄で之に從ふ兵は共に慓悍決死の士』


背後から大きく心臓を揺さぶるような轟音の歌が聞こえてきた。

A「これは旧日本軍の軍歌だ…鍵宮…覚えておけ」

先輩は歯をガチガチ鳴らしながらもひねりだすような声で伝えてきた。

鍵宮は恐怖した。霊現象の類に遭遇してしまったということでは無い。

この異様な空間に居るはずなのに、なぜか心揺さぶられ歓喜し、勇気が湧いているからだ。

客観的に見た今の現状と自分の中の現状とのギャップに鍵宮は、笑みを浮かべながらな恐怖していた。

その後、軍歌がひと通り終わり肩の緊張や高揚感がふっとなくなった。

先輩の方を見ると、若干の涙を浮かべながらへたりこみ、数秒後時計塔の時計を調節し始めた。

鍵宮「先輩、今のは…何だったんですか…?こそれに、その調節もこっちの時間と合ってないし…」

A「お前はあれを怖いと思ったか…?それとも昂ったか?それによって答えるかどうかを決める。」

鍵宮「怖かったです…でもそれ以上に謎の無敵感と自信に満ち溢れました…」

A「そうか…答えるか…」

先輩が答えてくれた内容はこうだった。

この時計塔は、戦後まもなくしてとある部隊のために建てられた慰霊碑のようなものであること。そして、先程の軍歌に呼応するものは霊感が強い者、もしくは先祖がその部隊にいた者であること。

この現場の仕事内容は、あの軍歌が聞こえる時間を24:00にすること。だった。

彼らは24:00に敵軍と共倒れの形で部隊壊滅したそうだ。その生と死の時間の境目を彼らに示さなければ、いずれかのうちに自ら死んだことを忘れ、生者に被害をもたらすかもしれないそうだ。

しかし、鍵宮は彼らが危害を加えるとはそうそう思えなかった。多くの犠牲を払い、守ってきた存在に対して亡き後になってそんな行動は取らない、そんな高潔さを鍵宮は感じた。

なんだか、自分の祖先が見守ってくれていると、そんなふうに鍵宮は捉えていたのだ。


鍵宮は帰宅後、あんなことがあって疲れが溜まっていたのかすぐにベッドに入り、深く深く眠りについた。はずだった。


足音がする…


ゴーンゴーン


ベルの音…


歌が聞こえる…


おかしい。


目を覚ますと、あの時計塔だった。

寝ていたはずの鍵宮の体はベッドの上おろか、自宅でもない。夢にしてはあまりにも鮮明。

そして、対峙していた。先程は背後だったが、今度は目前に彼らの姿。

全員軍服に身を包み、それも煤や泥、焼け焦げた跡という見るに堪えない姿だった。

あるものは半身が黒焦げ、あるものは顔そのものがひしゃげていた。

そして、胸に大量のバッジをつけた人物が奥からズリズリと這い出てきた。


「貴様らは我々の守った大日本帝国を腐蝕させ、過去の活気溢れた人間性を失っている。我々が命を賭け、子々孫々に託した思いを貴様らは…貴様らはぁぁぁ!」


体がズタボロの人間からは到底出ないであろう爆音の声が鍵宮を襲った。


彼らはこの時計塔の中でずっと我々を見てきたのだ。

政治も、国民性も、挙句人間性までもが落ちぶれ堕落したこの世の中を。

怒るのは至極真っ当であった。

しかし、鍵宮は憤った。

鍵宮「なぜ俺に言うのですか!俺だけではない!俺個人に言ったって無駄です!」


その瞬間、軍人たちは揃って大口を開け笑った。


「その心意気を云っておるのだ。大衆の責任を個人個人自らの責任とも自覚せず、責任の押し付け合い。その思考が世を狂わせる。」


笑う彼らの目には、怒り怨みで満ち満ちていた。

鍵宮は言葉が何も出なかった。彼らの言葉の重みを知ったのだ。


「こうなってはもう遅い。世はもはや戻れぬ域にまで達している。此処で我らが守った大和の行く末を笑いの肴としよう。貴様を代表とし、我々はいつでも見ていることを忘れぬようにな。」


彼らの姿形がぼやけ、消えていくと同時にこちらの意識もぼやけていった。

目を覚ました時、服のポケットには、前に這いずってきた軍人のバッジの1個が入っていた。

鍵宮は仕事を辞めようか迷ったが、彼らが背後で見ている気がしてならず、辞める勇気すら出なかった。


鍵宮「あいつらを恐れて辞めることも出来ないところが彼らのマラった理由の一つなんだろうな…」

出勤して先輩に会った。

A「あんなこと一度もなかった…なんで俺が…」

先輩もあいつらにあったんだろうな…

想像は容易だった。

そして先輩は、自殺した。

遺書を残していたそうだ。


「責任から逃れることをどうかお許しください。」


ただこの一言だけを残して、先輩は居なくなった。

しかし、鍵宮は恐怖していた。死んだことによって彼らと同じ場所に立つ。彼らは死者であるから干渉してこない。それが同じ立場になったら?

想像するだけで、狂気に呑まれそうだった。

鍵宮「諦めて生きるしかない…果たさなければ…責任を…責任を…」


時間の大きくズレた時計塔が、どこかでまたベルを鳴らしている。


世の中には、境目というものがある、物理的なものや精神的なもの、果てには生と死の境目も…

人間は境目を認識して初めてそれを物や人物として捉える。

それは死者も同じなのかもしれない。

鍵宮に不明瞭な部分を聞こうとしても、全てを語らうのはなんとも無粋だと感じて語らなかった。そして、鍵宮は今も定期的に時計塔に行き、自らの先祖を慰め境目を示しているという。


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