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【9.愚か者の末路①】

 ひんやり冷たく薄暗い地下回廊をエマは引っ立てられて歩いていた。


 足はふらつき、すぐに頭がくらくらして座り込もうとするが、そのたびに牢兵に乱暴に肩を引っ掴まれ、立ち止まることは許されない。


 牢兵と自分の足音が地下回廊に響く。

 これから自分に起こる残虐な未来が待ち構えているかのような音だ。


 そして地下回廊の奥の方に小部屋が見えてきて、その小部屋の破れ扉から蝋燭(ろうそく)の光が漏れているのが不気味だった。

 牢兵は小部屋の前までエマを引っ張って行くと、その破れた粗末な木の扉を開けた。


 扉だけではなく部屋の中も粗末で殺風景(さっぷうけい)だった。部屋の真ん中に大きな染みだらけのゴツゴツとしたテーブルがあり、そこに燭台(しょくだい)がでんっと置かれていた。

 それ以外にも角ばった木の椅子や、木の板を釘で打っただけの棚が隅の方に置いてあり、錆びた色の道具が雑に並べてあった。


 しかし、エマに恐怖心を抱かせるのは、その無機質な部屋の様子だけではない。部屋にこびりついた、生臭く鼻がひん曲がるような匂いがエマの足を硬直させていた。

 エマはその場にすくみ、一歩も部屋に入ろうとしなかった。

 すると牢兵に後ろから足を蹴り飛ばされた。


 血の気が失せた顔でよろめくと、部屋の入口付近のひじ掛け椅子に小柄な老人が座っているのが見えた。老人は染みだらけのエプロンをしている。


 エマを見ると老人は立ち上がった。


「こいつかね?」

「はい」

「じゃ、そのテーブルへ」


 老人は(あご)でテーブルを示した。


 いきなりエマは力強く牢兵に羽交(はが)()めにされ、テーブルに押し付けられた。

「な、何……!」


 そこへ老人が「よっこらしょ」と言いながら古くぶ厚い木の板を持ってきた。表面は茶色に変色している。

 木の板をテーブルに置いた老人は、

「じゃこの板の上に」

と牢兵に言った。


 全て承知済みの牢兵は何も言わずにエマの左腕をグイッと前に引っ張ると、手首をがっしり(つか)んで木の板に押し当てた。


「え、もう?」

 エマが悲鳴をあげた。

 何の心の準備もできていない。

 エマは恐怖で失神しかけた。しかし、膝から崩れ落ちるのを、後ろから羽交(はが)()めにされているため、倒れることもできない。


 せめてもの抵抗でぎゅっと握っていた指も、別の牢兵が一本一本開かせた。エマがまた恐怖心から握り直そうとすると、指を開かせていた牢兵がエマの(ほお)(ほお)を殴り、手首を締め付ける牢兵の力が強くなった。

 あまりの痛みに、エマは「ぎゃっ」と悲鳴をあげる。

 そして、エマは乱暴が嫌で抵抗をやめた。


 エプロン姿の老人は手早く紐を持ってくると、エマの左薬指にぐるぐると巻き付け始めた。そしてぎゅうぎゅうと紐を引っ張る。凄い力だ、痛いと思う前に、エマはどんどん指先が(しび)れじんじんとしてきて、感覚がなくなってきた。


 そして老人はノミを持ってきた。

 粗末なノミで、持ち手の木の部分が太い、ひどく実用的なノミで、持ち手や刃の様子から年季が入っているのが見て取れた。

 しかし刃の先は不気味なほど鋭く()がれていて、蝋燭(ろうそく)の光を反射して、ギラリと(にぶ)く光った。


 牢兵たちにぎゅうぎゅうと押さえつけられ、また紐により左薬指の感覚がなくなっていたエマは、蝋燭(ろうそく)のぼんやりとした(あや)しい光に惑わされ、もう何が何だか冷静に考えられなくなっていた。恐怖? (あきら)め? 頭は混乱し、もう早く終わってくれとすら思った。

 何だかもう、受け入れるしかないような。


蝋燭(ろうそく)の光でも見ときな」

と老人が言った。


 エマはぼんやりとした頭で言われるがまま、蝋燭(ろうそく)の炎を見つめた。


 老人がノミをエマの左薬指の根元に当てる。

 何かひんやり触ったような感覚が一瞬したが、たいした感覚は残っていなかったのでエマにはもう分からなかった。


 老人は右手に大きな木槌(きづち)を持った。

 老人は無言でそれを振り上げ、そして慣れた動作で勢いよくノミの上に振り下ろした。



 その頃、ハンナはデイヴィッドの(やしき)に引っ越すために家を片づけていたが、そこへマクリーン元子爵が現れた。


 ハンナは驚く。

トニー(マクリーン元子爵)。何しに?」


「謝りに」


 マクリーン元子爵がそうしおらしく言うのでハンナは余計に驚いた。

「え? あなたが?」


「すまない。結婚していた頃からおまえを(ないがし)ろにしてエマと付き合ってた。エマとは体の相性が良くて、つい色に溺れてしまったのだ。許してくれ」


「あなたが珍しく反省を?」


「反省もするさ! おまえからマクリーン家に統治権を戻すよう、皇帝殿下に伝えてくれ! 女帝の血を引くおまえなら――」

 マクリーン元子爵が恥も外聞もない様子で、ちらちらとハンナの指にはまっている『女帝の指輪』に目をやりながら言った。


 ハンナはそのセリフを聞いて(あき)れてしまった。

「なんて要求なの! 素直に謝ったのはそのためなのですね」


 ハンナが突っぱねるような言い方をしたので、マクリーン元子爵はハッとして慌てて弁解した。

「い、いや、そういうわけではない! だが頼むよ、マクリーン家を潰したなんてご先祖様に顔向けできないだろ」


「そうですね。それは気の毒に思いますけど。でも今更後悔なさるなら、あの段階――金貸したちがわざととはいえ騒ぎ出したときに、あなたが何かしら対処すればよかったのでは? ご自分が知らん顔して私にやらせた結果、こうなっているんですよ」


「契約書は契約書の通りだし、地価は長い目で見れば放っておいても戻るだろうと思ったのだ」


「そんなこと言ったって、大損するかもと騒いでいる金貸したちが(しず)まるはずがありません。あなたは本当言い訳ばっかりで何もしない! そんな方が、また統治権を戻してもらったとしても、うまくやれるわけありませんわ!」


 そうハンナがため息をつくと、そのときハンナに家に入ってきた者がいた。


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