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【8.二人の出会いは】

 床に崩れ落ちているマクリーン子爵を置き去りにして、皇帝はハンナとデイヴィッドを連れてその場を離れた。


 皇帝が自分たちの味方になってくれたことに感謝するように、

「皇帝陛下……」

とデイヴィッドが声をかけると、皇帝は先ほどよりだいぶ落ち着いた雰囲気で、

「よく調べてくれた、デイヴィッド。まったく。女帝の指輪を見知らぬ女が着けていると噂で聞いて、いかんせん気分が悪かった」

と言った。


「そうですね。ハンプトン公爵夫人が協力してくれました。マクリーン子爵夫人をお茶会に呼び、いろいろ事情を聴いてくれました」


「不届き者だよ、まったく」

 皇帝はふうっとため息をついた。

 それから護衛騎士の方を振り返ると、

「指輪はハンナに」

と言った。


 護衛騎士は(うなず)き、(うやうや)しく女帝の指輪をハンナに返してくれた。


 それを眺めていた皇帝は、ふと思いついたようにデイヴィッドの顔を見た。

「ああ、そういえば、ハンナと結婚するのかい?」


「ええ! 今日はそのご報告をと思っていたのです」

 デイヴィッドが大事な用件を思い出し、慌てて皇帝にそう告げると、皇帝はやっと(ほが)らかに笑った。


「そうか。良い縁だと思う。ぜひ二人には幸せになってもらいたい。ところで、君たちはもともと昔から見知った仲なのだったかな?」


「はい」

 ハンナとデイヴィッドは顔を見合わせて微笑(ほほえ)んだ。



 ハンナがまだパウレット侯爵家にいた頃の話だ。


 すでにハンナの母は亡くなっており、パウレット侯爵は新しい妻を(めと)り、ハンナの異母弟が生まれていた。


 パウレット侯爵はまだ存命だったため、継母はハンナにつらく当たることはまだなかったが、それでもハンナには積極的に構おうとはしなかったので、ハンナはほんの少し生活を寂しく感じていた。


 そんなある日、ハンナは一人だけ郊外の別荘に避暑(ひしょ)にやられていた。

 避暑地(ひしょち)には仲の良い友人もおらず、勉強だけしなさいと言われる日々だったので、余計に寂しさが(つの)る別荘暮らしだった。


 そして、ハンナはこの機会に、亡き母から教わった女帝の薬や、(こう)の調合をマスターしようと思い立ったのだった。


 母の生前は一緒に作ったこともあったが、まだ自分も幼かったためほとんど見ているだけだった。しかし、以前より成長した今ならば、一人でも上手に作れるのではないかと思った。いや、上手に作れなくても、作れるまでやってみよう。邪魔する者はいないし、時間だけはたくさんあるのだから、と思ったのだった。幸い、作り方の書かれた母の日記帳は手元にある。


 そう思い立ってからハンナの日々は急に有意義(ゆういぎ)なものに感じられ、生活に張りが出てきた。


 ハンナは商店の者を家に呼び、材料になるものを探し求めた。

 しかし、商店の者が調達できない自然のものは自分で探しに行くしかない。


 そうして健康的にも森林地帯や日当たりの良い丘を歩きまわり草花を探していたとき、ふと遠くに目をやると、のどかな田園風景が広がっていた。家族で広大な麦畑を管理し、雑草を抜いたり肥料を()いたり、汗水たらして働いている人々。


 親戚近所が一丸(いちがん)となって田畑で働いている様はとても活気があり、人間の力をまざまざと見せつけられるようで、ハンナは時間を忘れて眺めていた。

 人間関係が希薄なパウレット侯爵家では見られない光景だった。


 しかしそうやって(うらや)む一方で、自分には女帝から伝わる薬や(こう)があるじゃないかと思った。

 大地で働く彼らだけではなく、私にだって誇れる血脈があるのだ。

 ハンナは新たに気持ちを強くした。女帝の薬や香を作ることが、自分がなんとなく感じている孤独を和らげる良い方法だと思えてきた。


 さて、私もやるべきことをやろう。

 ハンナがそうやって元の作業に戻ろうとしたとき。


 そのとき、人々が汗水たらして頑張(がんば)る麦畑の遥か上空を、知らん顔ですいすいと旋回(せんかい)していた大鷲(おおわし)が、急に動きを俊敏(しゅんびん)にさせたと思ったら、ひょいと向きを変え、一目散(いちもくさん)に麦畑に向かって滑空(かっくう)しはじめた。


「え?」

 ハンナがそう思った瞬間、地面すれすれまで近づいた大鷲(おおわし)が再度びゅんっと舞い上がり、足に抱えていたのは生まれて間もないと思われる赤ん坊だった。


 畑仕事に出るおかみさんが、赤ん坊を(かご)にでも入れて畑の脇にでも置いておいたのだろう。


「あっ!」

 ハンナは大声を上げた。

「赤ちゃんが! 大鷲(おおわし)です!」

 ハンナは必死で、畑にいる赤ん坊の家族たちに大鷲(おおわし)のことを知らせようとした。


 大鷲(おおわし)は赤ん坊の重さで多少不自由になりながらも、必死になって羽ばたき低空を飛んで逃げようとしているところだった。


 気付いた農夫たちが大鷲(おおわし)に向かって物を投げるが当たらない。


 しかし大鷲(おおわし)は思わぬ反撃にあい、何か考えを変えたのか、ハンナのいる丘の方へ方向転換した。


 来る――!

 ハンナも大鷲(おおわし)から目を離さないようにしながら、同時に何か投げられる物を手探りで探した。


 そのとき、ビュンと風を切る太い音がして、何かが大鷲(おおわし)目掛けて飛んできて、ガツンと刺さった。矢だった。


 ハンナは鳥が落ちるスピードを見たことがなかった。

 意識のない鳥は空中で半回転したっきり、レンガブロックでも落としたかのように一直線に地面に落ちてきた。


「赤ちゃんが!」

 ハンナは瞬間的に走った。幸い鳥の落下地点は近くだった。


 ハンナは鳥の死骸には目もくれず、赤ん坊が地面に叩きつけられる前になんとか体を滑り込ませることに成功した。

 強い衝撃と痛みを体に感じたが、ハンナは気にならなかった。


 びっくりしていた赤ちゃんが「びえっ」と泣きだす。


 ハンナは急いで赤ちゃんを拾い抱え、小さい体をあちこち()でさすりながら、無事を確かめようとした。

 農夫たちがこちらに駆けてくるところだった。


 そして農夫と別の方角から、息せき切って馬を飛ばして駆け寄ってきたのが、デイヴィッドだったのだ。


「だいじょうぶですか!」

 目を吊り上げ、(ひたい)に汗をにじませたデイヴィッドは、赤ちゃんが生きている様子を見て、途端(とたん)にほっとしたように肩の力を抜いた。

「ああ、よかった!」


「どこか強く打っているかもしれませんが」

 そう言いながらハンナが赤ちゃんを農夫たちに渡すと、デイヴィッドは「医者に()せよう」と農夫に言った。


「そんな、あなた様は」

と農夫はデイヴィッドの良い身なりを見て貴族だと気づき、甘えてよいものか分からず遠慮がちに「生きておりますし」と断ろうとすると、

「赤ちゃんは自分では説明できないだろう。今何かあって、今後の成長に支障があっても困る。医者に()せるくらいは面倒を見る」

と言った。


 ハンナは、それなら自分の別荘が近いこと、自分の身分などを説明した。

 デイヴィッドは目を見張ったが、彼自分の別荘は少し離れたところにあることと、農夫たちのことを考えると近い方がいいことを考え、ハンナの別荘に赤ちゃんを連れて行くことにしたのだった。


 ハンナがこの別荘地で懇意にしている医者を呼び()てもらった結果、赤ちゃんは肩に強い打撲がみられ、右手やあばらを骨折していたが、命に別状はないということだった。

 農夫たちはデイヴィッドとハンナに繰り返し感謝を述べた。


 そして、それからハンナとデイヴィッドのささやかな交流が始まった。


 デイヴィッドはハンナの薬づくりや(こう)づくりを一緒に楽しみ、ハンナが神経質に細かく調合していくのを楽しそうに見ていたし、ハンナの方はデイヴィッドの責任感のある立派な人柄に信頼を寄せ、寂しい別荘暮らしの話し相手に重宝していたのだった。


 しかし、その夏の終わり、ハンナの父が倒れたと(しら)せが届き、ハンナはとるものとりあえずパウレット侯爵領に帰ることになった。

 そして、父の葬儀、事業や遺産の整理、後継となる幼い異母弟にまつわる細かい手続きなどに忙殺(ぼうさつ)されているうちに、さっさとハンナを追い出したい継母によってハンナの縁談が決まり、15歳になるかならないかでハンナはマクリーン子爵家に嫁ぐことになったのだった。



 ハンナはそんな二人の出会いを思い出しながら、遠慮がちに皇帝に言った。


「見知っていると言っても、たまたま別荘地が近かっただけで。私がマクリーン子爵家に嫁いでからは交流はほとんどありませんでした。しかし、デイヴィッドに政治犯の疑いがかかり、どこかに隠れなければならないとなったとき、細い縁ですが、お助けしたいと思いました。デイヴィッドはたいへん正義感が強い方ですので、デイヴィッドが皇帝や国にとって不利益なことはしないはずだと思ったのです。宮廷の友人はブライドン公爵家に遠慮して動きづらかったようですから、私が代わりに(かくま)うことにしました。最低限マクリーン子爵家がむやみに疑われてもいけないので、直接デイヴィッドに会うことはしませんでしたが」


「人妻ですしね。そりゃ(おおやけ)の場でない以上、会えませんよ」

 デイヴィッドは悪戯(いたずら)っぽく笑った。


「今は疑いも晴れ、代わりにブライドン公爵が失脚し、私もほっとしています」

とハンナが微笑むと、デイヴィッドはにっこりした。

「信じてくれてありがとう、ハンナ」


 その様子を見ていた皇帝はハンナに軽く頭を下げた。

「私からも礼を言おう。デイヴィッドは賢く行動力があり、私のためによく動いてくれるからね。失いたくなかったのだ。さっさとブライドン公爵の嘘を明らかにできればよかったのだが、彼もなかなか策士なのでね、反論するには少し時間がいった。申し訳なかった」


「いえいえ、とんでもない! お役に立てて光栄です」

 ハンナが皇帝に頭を下げられて恐縮していると、皇帝はふと良いことを思いついたように言った。


「私は君らの結婚には大賛成なので――、結婚式にはかの女帝のティアラを貸し出すというのはどうかね?」


「え、いや、そんな滅相(めっそう)もない!」

 ハンナが固辞(こじ)しようとすると、皇帝は大きく首を横に振りながら、慈愛の目をハンナに向けた。


「君は女帝の(こう)を復活させてくれた。世間ではそんなに関心を持たれないだろうが、私は心からありがたいと思っている。だれよりも祖母を敬愛している。私の感謝のしるしだ。晴れ舞台にティアラを貸してもよかろうと思うのだよ」


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