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【5.夜会にて①】

 さて、ハンナの再婚の話があってからしばらくして、皇帝殿下が大規模な夜会を催すというので、デイヴィッドはハンナを夜会に誘った。


 ハンナはすっかり社交界から遠ざかっていたので気後(きおく)れしたが、デイヴィッドが「婚約の挨拶を皇帝殿下にしたい」というので、気は乗らないまでも承諾した。


 デイヴィッドは喜んで、ハンナに上等な布で作ったシンプルで美しいドレスを贈り、ハンナを本当の身分に相応(ふさわ)相応(ふさわ)しい貴婦人に仕立てるため前日から自分の邸へ招き、召し使いに言いつけて念入りに夜会の準備をさせた。


 婚約の挨拶ということで、デイヴィッドはシュナイダー公爵家の持つ最上級の馬車を用意すると、意気揚々(いきようよう)とハンナを伴い皇帝殿下の夜会に出発した。


 そして、明るく煌びやかな会場に着いて、デイヴィッドがハンナの手を取り大勢の招待客の中を歩き始めたとき、早々(そうそう)に、

「なぜハンナがここにいる」

と嫌な人物から声をかけられた。

 元夫のマクリーン子爵だ。横には憎たらしそうにハンナを睨むエマもいる。


 身分的になかなか皇帝の夜会に出席することはないので、マクリーン子爵夫妻はとても気合を入れておめかしをして来たのがハンナには見て取れた。


 あまり関わり合いになりたくないハンナだったが、無視するのは良くないな、でも困ったなと思っていたら、ハンナに寄り添っていたデイヴィッドが笑顔で、

「私たちは婚約いたしましたので。今日は皇帝殿下にご挨拶をね」

とさらりと言った。


 答えた人物を見てマクリーン子爵はぎょっとした。

「こ、これは、シュナイダー公爵令息殿! え? なんと? ハンナを妻に?」

 妻にというのも驚きだったらしい。(ハンナはマクリーン子爵の母であるヘレン夫人には婚約のことを伝えていたが、ヘレン夫人は余計な火種(ひだね)は避けようと、息子夫婦には黙っていたようだ。)


 デイヴィッドはにこやかに言う。

「ええ。プロポーズしました。別にあなたとはもう離婚していますし、問題ないですよね?」


「そ、そりゃありませんけど……。ちっ! 公爵家か! なるほどね、マクリーン子爵家を見限って、もっといい家柄に嫁ぐために、デイヴィッド殿を(かくま)っていたのか、ハンナは! シュナイダー公爵家かあ! 皇帝殿下の右腕に返り咲いて華々(はなばな)しいものなあ! あのときは政治犯だったが……。ふん、なるほど、これを狙っていたのか! うまくやったなあ!」


 そうマクリーン子爵が下品なことを言うのでハンナは顔を(しか)めた。

「そんなつもりではありませんでしたわ」


「なんだよ、事実を言っただけじゃないか! マクリーン子爵家を踏み台にしてシュナイダー公爵家に嫁ぐ」


 するとデイヴィッドが険しい口調で言った。

「踏み台にしたなんて根も葉もないことを言わないでほしいね。もとはと言えばハンナの実家は侯爵家だ。私たちは身分的に相応だと思っている。むしろ、君の方がハンナに釣り合っていなかったのでは」


 それを聞くとエマは嫌そうな顔をした。エマは地方の男爵家出身なのだ。

 自分では格上のマクリーン子爵家に嫁いでまあまあ上手(うま)いことやれたなと思っていたのに、こうして身分が低いことを(あん)に言われるのは(しゃく)(さわ)った。

 まして大嫌いなハンナが公爵家に相応(ふさわ)しいだなんて!


 そこへ、マクリーン子爵が震える声でなんとか反論した。

「だが、ハンナはパウレット侯爵家では鼻つまみ者だ! 実父は死に、継母とその子が家を仕切っている。ハンナはほとんど身一つでうちに嫁いできたようなものだ。結婚だって、侯爵家の令嬢がうちにくるのだから、もっと持参金でもあるものと期待したのに! ほんと、騙されたよ、ハンナとの結婚は。パウレット侯爵令嬢だなんて名ばかり! パウレット侯爵家は、ハンナはもうマクリーン家の人間だと言って、なんの口利きもしてくれないんだからな! 金くらい貸してくれるものだと思っていたよ!」


「なんて打算的(ださんてき)な……」

 デイヴィッドは怒りで言葉が続かない。


 しかし、マクリーン子爵の本性なんてとっくに知っているハンナは、冷静に言うのだった。

「まあ、実家に居場所のない私に居場所を与えてくださって、マクリーン子爵家には感謝しております。特に大奥様(ヘレン夫人)は『これまで苦労したでしょう、可哀(かわい)そうに』と優しい言葉をいつもかけてくださいました。大奥様(ヘレン夫人)は本当によくして下さり、私も久しぶりに孤独を忘れることができました。とても感謝しています。その気持ちは今でも変わりませんわ。大奥様(ヘレン夫人)にはずっと幸せでいてもらいたいと祈っております」


 するとエマがふんっと鼻を鳴らした。

「大丈夫ですわ! あたくしがしっかりお義母様(かあさま)を監視していますからね! 変なことはできません」


「監視だなんて言い方……」


 ハンナが(たしな)めようとすると、エマはキッと睨んでぴしゃりと言った。

「あたくしにはあたくしのやり方がありますのよ。部外者が余計なことを言わないでくれます?」


 ハンナは小さく(うなず)いた。

「そうですね。確かに、法的には部外者かもしれません……。でも私は大奥様(ヘレン夫人)とは良き友人のつもりです。デイヴィッドと結婚したら私はマクリーン領を去りますが、私をことは嫌いでも、大奥様(ヘレン夫人)には優しくしてくださいね。まあ、どなたにも優しい大奥様(ヘレン夫人)ですから、あなたにもよくしてくださっているはずですし」


 そのとき、エマがこれ見よがしに左手にはめた『女帝の指輪』をハンナの目の前に突きだした。よほどハンナの言葉たちが気に入らなかったのだろう。


 いや、もう気に入らないのは言葉たちだけではない!

 不倫で始まった恋だけどなかなかマクリーン子爵が離婚してくれなくて、本当にハンナのことが大嫌いだった。マクリーン子爵は、自分にとっては格上で、しかもさらさらヘアのイケメンで、とても賢そうに見えた。だから、絶対結婚したかったのに、根性悪(こんじょうわる)の嫁が邪魔をした!


 しかも離婚する気だったマクリーン子爵をずっと思いとどまるよう説得していたのはヘレン夫人だと聞いた! 私の幸せな結婚に水を差すなんて、大っ嫌い!


 でも、でも今は!

 私がマクリーン子爵の妻! これからは私の思い通りに!


 エマは『女帝の指輪』を見せつけながら一歩前に踏み出した。

「だから、あなたにはもう関係ないんですってば! お義母様のことも家のことも、あなたにとやかく言われたくないわ! この指輪もマクリーン家の若奥様の座も、今は全部あたくしのものなんですから!」


 ハンナは指輪を奪われたことは今でも悔やんでいたので、指輪を見たくなくてぱっと顔を(そむ)けた。


「それは女帝の指輪ですね」

 デイヴィッドが聞く。


「ええ!」

 ハンナの嫌そうな顔を見て、勝ち誇ったようにエマが胸を張った。


「それは皇帝殿下がハンナに授けた――」


「だ・か・ら! マクリーン家が(たまわ)ったものなんですってば!」

 エマがデイヴィッドにかぶせるように訂正した。

 そして意地悪そうな顔で続ける。

「マクリーン家のものなのに、赤の他人の元嫁が図々(ずうずう)しく持ち続けてるなんて変でしょ? だから返してもらったの」


「……」

 そんなエマをデイヴィッドは鋭い目で見つめていた。


 しかしエマは気にしない。

「あたくしはこの夜会でたくさんに人にこの指輪を見てもらうんです。この指輪があたくしのものだってことを、今日この夜会で皆様に覚えてもらうんです! 皆がかの女帝のことを尊敬していますからね、これで誰もあたくしをバカにする者はいなくなるわ」


 ハンナは悲しい思いをしていた。

 女帝の指輪がそんなあさましい使われ方をするなんて。女帝がもし生きていらしたらこんなことは本意でないと怒るだろうし、今日もし指輪のことがお耳に入ったら皇帝殿下もさぞお(なげ)きになるだろう……。


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