【4.政治犯だった男②】
ハンナはポカンとする。
「え? いえいえ、とんでもない! そんなご迷惑はかけられませんわ!」
「迷惑だなんて! あなたが私を匿ってくれたときのことを考えたら! あなたがいなかったらとっくに私の身柄はブライドン公爵の手に落ち、さっさと粛清されて、今頃は生きていないかもしれません。今私が生きているのはあなたのおかげです。私はその恩に報いたい」
デイヴィッドは酷く真面目な顔だ。
ハンナは戸惑ってしまった。
「あの、そう言っていただけるのはありがたいですが……。ええと、老婆心ながら……デイヴィッドはこれから奥様を娶ったりしなきゃならないときに、私がいてはお邪魔になるでしょうから」
「あ、そ、その……」
奥様を娶るという言葉が出てきて、デイヴィッドはかなり慌てた。顔が心なしか赤くなり、気まずそうに一瞬目を宙に泳がせた。
急に心臓が早鐘のように打ち出すのが分かった。
なぜ心臓がこんなに打つのか。答えは分かっている。ハンナに気持ちを伝えるべきと、自分の頭の半分は思っているのだ。
だが、半分はまだ時期尚早だとも思っている……。
しかし、遠慮がちに目を伏せているハンナを前に、どうしても言ってしまわなければならないような気になった。
ハンナの遠慮は自分にとっては必要ないものだということを。
デイヴィッドは決心して真っすぐハンナも見て言った。
「その件なのですが、いっそ私の妻になっていただけたらありがたい!」
「え!?」
ハンナは突然のセリフに耳を疑った。
「驚かせてすみません。これは、もっとゆっくりと時間をかけてお伝えするつもりでした。でも……。あなたがうちの領地に来ることに何の遠慮もいらないことをお伝えしたくて……」
デイヴィッドは耳まで真っ赤になっていた。何とか喋ってはいるが頭は真っ白だ。言葉も尻すぼみになってしまう。
ハンナはデイヴィッドの様子を見て、デイヴィッドがかなり本気なことに気づいたが、同時に申し訳なくなって小声になった。
「でも、わ、私なんかで? 私は離縁されて、悪妻だったと評判で。あなたに釣り合いません」
それを聞いてデイヴィッドは飛び上がった。
「いいえ! 釣り合わないどころか、あなたしか考えられない!」
そうしてハンナの手を取りぎゅっと握った。
ハンナが「えっ」と照れた顔をしたので、デイヴィッドは自分が何したハッと気づいて、これ以上赤くなることはないんじゃないかというくらい真っ赤になった。
そして取り繕うように言った。
「あ、あなたに匿っていただいた日々を忘れることはありません。あのように宮廷中が敵になったときですら手を差し伸べてくれる人――それは一生私を裏切らない人でしょう。これ以上信用できる人がいるでしょうか」
「そ、そうですか? でも私はマクリーン子爵家に損害を与え――」
「そんなの、足し算引き算ができない人たちが言っているだけでしょう!? あのときあなたがやったことは、マクリーン子爵家を救うことだったのに。それを理解せずに損害を与えたとばかり噂になって! まあ、どうせあのマクリーン子爵の若い新妻が言いふらしているのだろうが」
デイヴィッドは受け入れられないというように首を大きく横に振った。
エマの名前が出てくるとハンナは苦笑した。
「まあ、エマはマクリーン子爵家の財産は自分のものと思っていらっしゃるから」
「彼女に関しては言ってやりたいことが山ほどある! マクリーン子爵はあなたと結婚していながら彼女と付き合ってたんでしょう? 妻を裏切る夫も許されないが、妻がいると知っていて付き合っていた不倫女は言語道断。そして、マクリーン子爵は離婚の理由が欲しくて、この財産問題を持ち出してきた節がある。まったく腹立たしい限りだが。とにかく、私はあなたが世間でいうような『悪妻』だとは思わない。もう離縁して何の気兼ねもないはずだ。ぜひ私と結婚してほしい」
デイヴィッドは正義感の強い目でそういうと、ハンナがどう反応するか心配な面もあったのだろう、ハラハラしながらじっとハンナを見つめた。
ハンナは俯きがちに少し考えてから、やがて思いを決めたように真っすぐデイヴィッドを見返した。
「そこまで言っていただけるならお言葉に甘えさせてもらおうかと思います。でも。少し待ってくださいますか? マクリーン子爵家の大奥様の体調がもう少しよくなるまで」
それを聞くとデイヴィッドは一気に気が抜けて、へなへなと背を丸めふーっと大きく息を吐いた。
「よかった! ええ。待ちます。私の方もまだしなければならないことがあるから、ヘレン夫人の件はゆっくり様子を見て差し上げたらいい」