#9 再逢 急「千変万化の導き」
急 ~千変万化の導き~
ゲッコー師匠に遊園地に連れて行ってもらった時、後ろ向きのジェットコースターに乗ったことがある。
風が肌を切るようなスピード感と、背後という人が最も気取り得ない死角へと向かっていく恐怖。
そのジェットコースターがレールから外れて空中を暴れ回ったら…たぶん、今の状況はそんな感じだ。
「うわああぁ〜!?」
背中から前へと勢いよく抜けていく風、桜と白壁がごちゃごちゃに掻き混ぜられているような視界。
僕は竜の子。
種族としては俗に「西洋竜」と呼ばれる部類に入り、翼は四肢とは別に背側に生えている。
この世界で人の姿をとれる西洋竜は珍しい…というか、僕の知るところでは僕くらいしかいない。
今のように体が半分竜化している状態でも、両翼は伸ばせば4m近くに達する。
そんな翼の羽ばたきから出るパワーは、鳥のそれとは比べ物にならない程強い。
僕はゲッコー師匠から、余程の有事でない限り竜化はしないようにと教えられてきたから、あまり屋外で飛ぶことはないけれど…たとえば、甲府の街を見渡すために地上100mくらいまで10秒程で飛び立つ時でさえ、小~中くらいの羽ばたき十数回程度で済む。
…今僕の翼は、僕の意思とは無関係に強く大きく羽ばたいている…普段よりもずっと強く…!
不安定な飛行だけれど…この感じ、たぶんスピードは時速100キロ近く出ている…!
途中でガチャンという音ともに背中に強い痛みが走る…と同時に、顔の横を瓦の破片が抜けていく…
僕、お城を壊してる…!?
でもそんなことを気にしている場合じゃない…なぜ突然僕の翼が勝手に動き出したのかはわからないけれど、僕の体は今猛スピードでのたうち回りながら、本丸の城壁へ突っ込もうとしている…
この速度で突っ込むのは危険すぎる…どうにかして衝撃を緩和しないと…!
本丸の壁が迫ってくる中、僕は急ぎまだ自由な手でなるべく多くの水鞠を作り出す。
「『水龍奏術』…っ!」
「『水鞠・手鞠葛篭』!」
十個程の水鞠を両手に抱え、一つに固めた巨大な水鞠で全身を覆う。
そして水を全力で加圧して硬くする…どれくらい効果があるかわからないけれど、全力で加圧した水の層をいくつも作って、なるべく衝撃を緩和する。
結果は…
バシイィッ!
激しく叩きつけるような音ともに、僕は本丸の城壁に激突した…けれどもあまり痛みは強くない…衝撃は緩和できた!
「や…やった…!…って、あれ?」
それでも僕の翼は止まらない。
今度は本丸の城壁に僕の体を擦り付けながら、這い回るように飛び始めた。
「うっ…ううぅ〜っ!」
ガキンッ!
「はぁ…はぁ…」
水桜を抜いて両手で城壁に突き立て、両足で城壁に踏ん張り、どうにか止まる…けれども、翼は激しく動き続け、水塊もどんどん削れていく…
剣が抜けるのが先か、水塊が無くなるのが先か…どちらにせよ時間の問題…
どうしよう…!?
その時、僕のズボンのポケットから、白い糸を垂らしながら何かが真下へ落ちていった。
──────
〔甲府城 天守曲輪〕
「お、桜華くん…!」
私は飯石蜜柑。
遺物の光を浴びて突然飛び立った桜華くんを追って、天守曲輪まで駆けてきた。
桜華くんはこの真上の城壁で止まった…と思ったけれど、よく見たら剣を壁に突き立ててる!
もしかして桜華くん、体が勝手に動いてるの…!?
そして壁に聖剣を刺すことで、これ以上動かないように耐えてるの…!?
でも桜華くんの体は何だかブルブルと震えてる…辛うじて耐えてるだけで、長くはもたないんじゃ…
桜華くんの方を見上げ、唾を呑む。
城内は既に厳戒態勢…新手の妖魔が侵入したのではないかと大騒ぎになっている。
ひとまず、桜華くんへの攻撃はしないよう城の保安部にはすぐに連絡したけれど…桜華くんのためにこれ以上できることはないの…!?
すると桜華くんの方から何か小さく白い、筒のようなものが飛び出してきて…細い糸を伸ばしながらスルスルと落ちてきて、私の額に当たった。
「いたっ…!こ、これは…?」
足元に落ちた白い何かを拾ってみる。
これは…タコ糸とボビン?
よく見ようと顔を近付けると、ボビンはひとりでに私の手から飛び出して、白い光と布帯のようなものを纏いながらどんどん大きくなっていき…
小さな女の子の姿になった。
「ふぅ…こっそりついてきた甲斐がありました。」
「は、廿華ちゃん…!?」
現れたのは、桜華くんが硯邸に置いてきたはずの廿華ちゃん…えっ…!?
ボビンが廿華ちゃんになった!?
「昨日ぶりです、姫様。」
状況への理解が追いつかずぽかんとしていると、廿華ちゃんはお行儀よく頭を下げて挨拶してくれた。
「早速ですがお願いします…姫様、兄様を助けるために必要なものを“願って”いただけませんか?」
必要なもの…?考える…?
「すみません、どういうことでしょうか?考えるとは…?というか、どうしてボビンが…廿華ちゃんに…?」
ごめんなさい廿華ちゃん、もう少し詳しく教えてほしいです…!
私が尋ねると、廿華ちゃんは少しきょとんとした後、あわわ…と口に手を当てた。
「あー…説明が足りなすぎましたね…」
「昨夜、姫様が泣いた時…姫様は“ちり紙が欲しい”と願ったので、私はティッシュではなくちり紙を持ってきたんです。」
私が願ったから…?どいうこと…?
「この硯廿華、平たく言いますと、いろんなものに変身できます。姫様が昨夜教えてくださったソウルというものです。」
これが廿華ちゃんのソウル!確かに昨夜の訪問で私がソウルの炎を出した時、炎は桜華くんだけじゃなく廿華ちゃんに見えていた…でも確認するのを忘れていた。
「それでは先程の糸とボビンも…廿華ちゃんそのものが変身していた…?」
私が尋ねると、廿華ちゃんは腰に手を当てえへんと笑顔で答えた。
「その通りです!私はこの不思議な力を『千変万化』と呼んでいます。」
ミッドサマー…夏の夜の夢に登場する妖精のように、自由自在に変身できる能力…ということかな。
「便利な力ですが、一つ制約が…この力、あらゆるものに変身できる代わりに、他者が“あれが欲しい”と思ったものにしか変身できません。私の意思では変身できないのです。」
なるほど、人の“願い”を受けて変身する能力…昨夜私が“ちり紙が欲しい”と思ったことがわかったのは、その能力の片鱗だったんだ!
「今日はたまたまゲッコー師匠が、城帰りのお使いとして兄様にタコ糸を頼んだようで…その兄様の“願い”をもとにタコ糸とボビンに変身し、兄様のポケットに忍び込んだのです。」
「兄様のことがどうしても心配で…勝手についてきてすみません…」
深々と頭を下げる廿華ちゃん。
桜華くんを助けるために必要なもの…
今の桜華くんは制御が効かずにあちこち飛び回ってしまう状態…いくら武士として鍛え込んでる私でも、暴走する竜の膂力を抑え込むのは難しいだろう。
そもそも空を飛ぶ桜華くんに対し、私は制空能力が皆無だ…まず直接止めに行くのも難しい。
今この城にいる味方で、桜華くんのパワーとスピードを食い止められるのは…いる、それも目的地の天守の中に。
だから、必要なもの…それは…
「…まっすぐに、ひたすらまっすぐに…!桜華くんを天守へ導くもの!」
私の言葉に合わせて、廿華ちゃんは水中銃に変身する。
「こ、これで何をしようと…?姫様?」
銃身からは、困惑する廿華ちゃんの声が聴こえてくる。
「廿華ちゃん、さっき桜華くんから垂らしてきたタコ糸が今、水中銃のワイヤーの切れ端になっていると思います。片方で桜華くんの脚を縛り、もう片方は輪っかのようにして銛のワイヤーに結べますか?」
「はい、可能です…って、もしかして姫様…まさか…!?」
「そのまさかを…今からやります!」
直後にワイヤーの切れ端が桜華くんの脚と銛のワイヤーに結ばれたのを見た私は、天守の格子窓を狙って…水中銃の引き金を引いた。
ドヒュンッ!
銛が天守の格子窓に突き刺さった次の瞬間、桜華くんはいよいよ耐えきれなくなったのか、剣が城壁から抜けてしまう。
でも、これでいい。
今私が作ったのは、私と天守の二点を結ぶロープウェイ。
城壁から離れた桜華くんは、自分の飛ぶ力でそのまま天守まで突っ込んでいく!
ガシャアァーン!
猛スピードで上昇して天守の格子窓を突き破る桜華くんを、私は申し訳ない気持ちになりながら見届けた。
「ごめんね桜華くん…あとは天守にいる“味方”に託します…!」
──────
〔甲府城 天守閣〕
「いたた…」
遺物の光を浴び、翼が暴走した僕・硯桜華は、しばらく城壁に張り付いて耐えていたけれど…とうとう耐えられなくなって、建物の中に突っ込んでしまった。
体に力が入らない…魔力切れかな…
それにしても、あの勢いで突っ込んだのに意識がある…どころか、体がちっとも痛くない。
なにか…むにむにと柔らかくて温かいものが背中に当たっている…というか、受け止められている…?
ハッとして振り返ると、そこにいたのは…体高1.5mはあろうかという、大きなヒキガエルだった。
「ゲコッ…(だいじょーぶ?)」
ヒキガエルが…喋った…!?
この大きなヒキガエルが、天守閣に突っ込んできた僕を受け止めてくれたの…!?
そしてさらに、左に目をやると…
「げほっげほっ…騒ぎについては承知したが、今度は何が起きた…?」
白煙の向こうから、しゃがれた男性の声が聴こえてくる。
そこで僕は、城壁を離れた自分が飛び立っていった方向を思い出した。
ここは…もしかして甲府城の天守閣…!
そして白煙の向こうにいる声の主は…
天守で僕が来るのを待っていた…
「はっ…!桜華…?お前は…桜華…なのか…?」
甲府藩主・飯石夕斎様だ…!
〔つづく〕
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〈tips:人物〉
【硯 廿華】
硯桜華の妹。
10歳。
眠たげな目をしたツインテールの少女で、普段は硯邸にて町医者であるゲッコーのお手伝いをしている。
ちょっぴり人見知りで臆病な性格で、桜華を「兄様」と呼び深く慕っている。
小柄な体格からは想像できない程の大食らいで、特にプリンは大好物。
なお、桜華とは眼や髪の色が違い、竜種でもない。
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