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甲州御庭番劇帖  作者: 蕃石榴
壱ノ巻-第一章『竜驤戴天』
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#8 再逢 破「甲府城に行こう!」

破 ~甲府城に行こう!~


姫様が…僕の幼馴染…?


「あの、姫様…何を…?」

信じがたい姫様の発言に、僕はただ困惑した様子を見せるしかない。

町民の僕が姫様とよく一緒に遊んでいた?幼馴染?普通に考えてあり得ない。


しかし姫様、ここまで話していてタチの悪い嘘を吐くような人には全く思えない。

「に、兄様…姫様と幼馴染とは…!?どういうことですか…!?」

廿華も普段眠たげな目を見開いて、姫様の発言に驚いている。


「そ、そんなぁ…」

姫様はがっくりと項垂れる。

「四歳までとはいえ、君と私と目白くんの三人で一緒に、硯邸や新閃邸にお泊まりしたり、色んなとこに行ったりしたじゃないですか…本当に覚えてないんですか…?」


蹲ってぽろぽろと涙を溢す姫様に、僕の胸もきゅうっと痛む。

そういえば、お婆さんからミサンガの切れ端を受け取った時、頭痛がして少し昔の記憶らしきものが蘇った。

もし僕と姫様が本当に幼馴染というのなら、姫様と“思い出”を共有できる物があれば、何か思い出せるかもしれない。


「あの、姫様…姫様は僕に何か渡したりしたことはありますか?手紙でも飾りでも、何でもいいです。」

僕が屈んでそう尋ねると、姫様は顔をハンカチで拭って顔を上げた。


「渡した物…えぇと、私から君に渡した物ではないのですが、私たち三人で一緒に受け取った物なら…」

「ここにあります。」

姫様はそう言うと、自分の前髪につけた花菱紋の髪飾を外し、掌の上に乗せてみせる。


さっきまでよく見ていなかったけれど、この姫様の髪飾り、とても懐かしい雰囲気がする…

「…!少し待っていてください!」

思い立った僕はすぐに立ち上がり、急いで自室へ駆けて行き、部屋の奥にある泥汚れの痕のある桐箪笥(きりたんす)の、壊れた鍵付きの小さな抽斗(ひきだし)を引いた。

そこにあるのは、凡そ10cm角に折り畳まれた半紙。

半紙を取り上げ開けると…中には金色の花菱紋の飾りが入っていた。


僕がゲッコー師匠に拾われた時からあった、他の家具と違ってひどく傷んだ箪笥。

中身はほとんど残っていなかったし、残ったわずかな物の正体も僕は知らずに過ごしてきた。

それでも捨てたりしなかったのは、「とても大切で掛け替えのない物」という思いだけが強くあったからだ。


僕は飾りを持って玄関に駆け戻り、姫様の顔の前に飾りを差し出す。

「姫様っ…これっ…これってもしかしてっ…!」


「はいっ!それは鍛冶師の国音さんがプレゼントしてくれた…花菱の飾りです!持っていてくれてたんだ…」

花菱紋の髪飾りを握る姫様。

あまりに泣いているのを見かねたのか、廿華が居間からちり紙を持ってきた。

「あ、ありがとうございます…姫ともあろう者が、人様のお家の玄関で泣いてしまって…すみません…」


この形…この感触…

プレゼント…三人一緒…?

姫様の髪飾りと、僕の持っている飾り。

二つを交互に見ていると、突然鋭い頭痛が走った。


〜〜〜〜〜〜

顔は思い出せないけど…とても背の高い男の人が、花菱紋の飾りを三つ差し出してくる。

「甲府の小さな勇者たちへ…三人には特別にこれを渡そう。」


「すご〜い!かっこいい!」

僕は渡された飾りを両手で持って、上に掲げる。


僕の隣にいるのは、狐の耳が生えた男の子と、ポニーテールの女の子。

男の子は受け取った飾りをぼーっと見つめていて、女の子は飾りを持ってぴょんぴょんと跳ねている。


少しすると、女の子は僕に寄ってきて、手に持った飾りを僕に向かって見せて笑いかけてくる。

「おそろいだよ!おうかくん!」

「うん!みかんとおそろい!」

〜〜〜〜〜〜


この頭痛、そして頭の中に流れる映像…

お婆さんの時と同じ…これは僕の“思い出”…!


「…蜜柑。」

僕がそう漏らすと、姫様はパッと目を見開いて、また小さく跳ねた。

「桜華くん…!も、もしかして…私のこと…」


とても活発で、いつも顔いっぱいの笑顔を振り撒いて、いっぱい泣いて、いっぱい食べる…そしてよく口から火を吹いて周りの大人を困らせる、お転婆な姫君。

「うん…思い出しましたよ。」

「久しぶり…本当に久しぶり…蜜柑!」


「あ、あぁ…うわあぁ〜ん!桜華くん〜!」

名前を呼ばれた蜜柑は、滝のように涙を流しながら僕に抱きついてくる。

「よがっだ…よがっだあぁ…!わ、わたし…君の記憶から綺麗さっぱり消えてしまったのかと…!思い出してぐれでよがっだあぁ…!」

「よく泣くところ、昔から変わっていませんね。」

号泣してえづく蜜柑の背をさすりながら、昔から変わらない幼馴染の仕草に懐かしさを覚えて、僕は笑みを溢した。


結局蜜柑はその後20分近く泣き続け、僕と一緒に廿華も背中をさすったりして宥め続けていた。

最後は「夜中にいきなり押し掛けてしかも号泣までして…本当にご迷惑をおかけしました!」と深々と頭を下げ、僕と廿華に見送られながら帰っていった。


誕生日の夜にまさかの来客だったけれど…噴出した様々な疑問は明日甲府城で相談するとして、誕生日パーティーは再開することにした。


──────


─2031年3月4日─


〔甲府城 大手門前〕


ここは甲府城。

甲府藩主・飯石夕斎様の住まわれる城郭で、一条小山という丘陵の上に建っている。

力強さを感じさせる野面積みの石垣の上に、快晴の陽光に晒され美しく映える白い城壁。

その白壁が重なり合う姿は、鶴が羽を広げたかのように優雅であることから、「舞鶴城(まいづるじょう)」とも呼ばれている。

石垣を取り囲む桜はどれも満開で、高く(そび)え立つ天守の威厳を際立たせている。


普段皆んなが「甲府城」と呼んでいるのは、実は甲府城の中心部に過ぎない。

甲府城は、内側から内堀(うちぼり)二ノ堀(にのほり)三ノ堀(さんのほり)の、三つの領域から構成されている。

一番内周の内堀は、四方を深い堀で囲まれた、所謂「お城(内城(ないじょう))」の部分。

その外側の二ノ堀の範囲は古くから武家地として利用されてきた場所で、家老の武家屋敷や甲府藩に勤める職員たちの寮のほか、藩立図書館・市役所・市民病院・消防本部・税務署・藩校といった主要な行政施設がある。

一番外周の三ノ堀の範囲は町人地として発展してきた場所で、問屋街と商店街が広がる賑やかな城下町となっている。

内堀の範囲だけで20ha程ある甲府城だけれど、実際には「ここも甲府城だったの?」と驚かれるくらいもっと広く城下の人々の暮らしに溶け込んでいるのだ。


僕が今いるのは、姫様と待ち合わせの約束をした大手門前にある太鼓橋の入口。

大手門は城の正面玄関ともいえる大きな門で、甲府城の南側にある。

硯邸からだと北側の山手御門(やまてごもん)の方が近いけれど、現在改修工事中で一般入場ができないらしい…ということでこちらになった。


「おーい!桜華くん!こちらです〜!」

大手門の側で、こちらに向かって少し跳ねながら大きく手を振っている、橙色の着物を着た女の子…あれは蜜柑。

僕は蜜柑に手を振り返すと、小走りで太鼓橋を渡った。


「おはようございます桜華くん!約束の15分前に来るようにしたのですが、既にもう着いていたとは…」

感心するように話す蜜柑。


「あはは…気にしないで?僕は待ち合わせに向かうついでにお城の桜を観たくて、ちょっと早めに来ただけですよ。」

「そうだったんですね!桜が好きなところも昔から変わってないんですね…お家の桜を大事にしてましたもんね、桜華くん。」

くすくすと楽しげに笑う蜜柑に、僕は首を傾げる。

お家の桜?硯邸の庭に桜はあるけれど、桜を植えたのは僕が5歳くらいの頃…硯邸に蜜柑が来たのは昨日が初めてだから、辻褄が合わないような…


「おっと、ここで立ち話をしていては殿をお待たせしてしまいますね。桜華くん、これから君を天守へ案内いたします。」

「て、天守ですか…!?」

あのお城の天辺へ…!?

ちなみによく勘違いされがちだけれど、基本的に天守は大名の居住エリアではない。

織田信長のように天守閣に住む人はむしろ珍しく、殿様やその家族は公邸である御殿(ごてん)に居を構えている。

天守の用途は時代によって移り変わってきたそうだけれど、現在の甲府城の天守はたまに内部で行われた儀式などの情報が一般公開されるのみで、多くが謎に包まれている…人々の間では嘘か本当かもわからない噂ばかりが立つ、オカルト的な存在なのだ。


蜜柑は僕の少し前を歩きながら、くすくすと笑う。

「ふふ…ビックリしましたか?一般の御客様が入る場所ではありませんし、何があるかは緩く秘匿していますからね。」

「でもご安心ください!決して中に入ったらアヤシイ人体実験をされる…とか、そういうものではありませんからね。」

流石にそんな物騒な場所だとは思ってないけれど…蜜柑の元気で忙しない喋りのおかげで、得体の知れない場所へ連れて行かれる不安感はすぐに和らいだ。

それに、蜜柑は僕に対して悪いウソを吐くことは絶対にない、という信頼が昔からある。


「蜜柑が大丈夫と言うなら、僕は信じますよ。」

「桜華くん…!」

見るからに嬉しそうに目を輝かせる蜜柑。

僕が知っている十年前の蜜柑はまだ幼くお転婆な女の子だったけれど、今はすっかり姫と呼ばれるに相応しい振る舞いをするようになった…かと思えば、考えていることがすぐ顔に出やすいところは変わっていないらしい。


僕と蜜柑が鍛冶曲輪(くるわ)を通り、坂下門(さかしたもん)へ登ろうとすると…

「失礼いたします!危ないですのでお下がりくださいませ!」

大きな金属製の円筒状の容器が、長棒に吊るされて、四人の武士によって駕籠(かご)のように担がれて運ばれてきた。

容器には「あけるな!」と「特殊呪物取扱場以外での開缶厳禁」の文言が赤字で書かれた、青枠の黒いシールが貼られている。

物凄く危なそうな雰囲気だけれど…何を運んでいるのだろう?


すると蜜柑が教えてくれた。

「あれが昨日お話しした遺物です…今日も見つかったみたいですね。」

「遺物は絶えず浄化瘴気を放つので、確保次第こうして分厚い金属製の缶に詰めて、鍛冶曲輪にある遺物取扱所へ運び込むのです。」


遺物が入っているという金属缶が僕たちの前を横切った…その時のこと。


ガキイィン!


激しい金属音とともに、金属缶のフタが僕たちの目の前で弾け飛び、缶の中から青い光が漏れ出してきた。


「お、桜華くん…っ!」

蜜柑はすぐさま僕に覆い被さったものの…僕の体には既に光が届いていて、照らされた右肩から右脇腹にかけての部分が、ペンキを塗ったように青い蛍光色に染まっていた。

直後、青く染まった部分から、まるで歯医者の麻酔のような…肉をぎゅうっと締め付けられるような激しい痛みが走り、鱗が現れ始める。


「え…?えぇっ…!?」

鱗はあっという間に手先や足先まで広がっていき、僕の体は勝手にびくんびくんと激しく波打って、庇ってきた蜜柑を振り解いてしまう。


「お、桜華くん…!?これは一体…!?」

痛みで瞑っていた目を開けると、僕は上から愕然とした表情の蜜柑を見下ろしている。

そして蜜柑は徐々に小さく…視界がどんどん広く…僕は浮かんでる…?空に浮き上がっていってる…!?

慌てて背中の方に振り向くと、背中から大きな翼が生えて、バサバサと羽ばたいている。

まさか…と思って両手を見ると、鱗がびっしりと生えて爪が長く伸びている。

そして頭を抱えると…硬い!角も生えてる!


僕は竜化している!?

僕の意思とは無関係に…!?


「ふわああぁ〜!?」

理解不能な状況に僕が困惑の叫びを上げると、僕の翼は勢いよく羽ばたいて…

僕の体を引っ張って、本丸の城壁へ突っ込んでいった。


「桜華くん〜!?あ、危ないです〜!?」

慌てふためく蜜柑の叫び声がこだました。


〔つづく〕


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

〈tips:アイテム〉

【遺物】

遥か昔に神々が世界に遺したとされる、独特な紋様が施された異質な呪物。

「浄化瘴気」と呼ばれる特殊な魔力を放ち、生物の魂を汚染・侵蝕する性質を持つ。

超自然的な現象を起こす力も持ち、大量に結集すると大規模な自然災害を誘発することもある。

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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今後ともよろしくお願いいたします(o_ _)o))

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― 新着の感想 ―
少しずつ桜華くんの記憶が戻ってくる描写いいですね〜 実際にウチの次男はショックな事があり、現在乖離性記憶喪失中なのですが、ここ最近断片的に記憶が戻ってきているようです。 ただ記憶喪失になるには、そ…
今後重要な拠点となる場所に主人公が来る時はトラブルが起きるのがセオリーですよね! 遺物が運ばれて来た所でトラブルのトリガーが来たぞってニヨニヨしてしまいました。 ここからどう解決するのか!
いよいよ主人公の記憶が戻り始めましたね。和風ファンタジーって設定を上手く活かして、本当に面白いです。主人公の変身というのも定番ですが、そこに至るまで様々な工夫が凝らされてるのが、とてもよく分かります。…
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