#7 再逢 序「わたしは甲府の姫」
序 ~わたしは甲府の姫~
〔夢見山山中 硯邸〕
僕は硯桜華。
14歳の誕生日の今日、お使いに行った先の城下町で謎の結界と妖魔に襲われ、絶体絶命のところに水の聖剣「水桜」と出会った。
水桜と契約を結んだ僕は妖魔を倒すことには成功したけれど…
結局あの結界は何だったんだろう?
妖魔はなぜ突然現れたの?
戦いの最中で蘇り始めたお母様やお婆さんの記憶はいったい何?
たくさんの疑問をあの場に残している。
それはそれとして、今僕はこれまた俄には理解しがたい状況に置かれている。
「甲府御庭番衆隊員・甲府藩主飯石家の長女・飯石蜜柑と申します。」
「お久しぶりです、桜華くん。」
【飯石 蜜柑】
~甲府の姫君 甲府御庭番衆隊員~
家に、姫君がやってきた。
──────
丸の内で会った時と違い、赤い彼岸花の模様が描かれた着物に、灰緑の袴を着けた姿。
そして左の前髪には金色の花菱紋のヘアピンをつけている。
後ろを振り返ると、ゲッコー師匠は口をあんぐりと開けている。
「ひ、姫様だと…!?な、な、なんでこんな所に…!?」
廿華に至っては、緊張でカチンコチンに固まっている。
「あ、あ、あの…全く見当もつきませんが…どのようなご用件で…?」
二人の驚きようがあまりにも凄いので、僕はかえって落ち着いて、姫様の方に向き直った。
「姫様、今日の城下町での戦いの件、大変お世話になりました。」
「ちゃんと御礼を申し上げられず、すみませんでした。」
戦いの後、姫様と会うのを嫌がって僕を引っ張り回したのは水桜…とはいえ、無礼な行いをしてしまったことに変わりはない。
僕の傷を治療してくれた上、聖剣の使い方まで教えてくれたのに…
すると姫様は両手を小さく振り、首を左右に振った。
「いいんですいいんです!その後お元気なようで何よりです。」
「あの場にいた奥様が、君の名前を“硯桜華”と教えてくださったおかげで、城の方で戸籍情報を検索して…こちらにご居住されていることを突き止めたのです。」
さすがは姫君…権力をフル活用して僕の居所を突き止めたんだ…
そして姫様は背筋を正し直す。
「まず君には謝罪と感謝を申さければなりません。」
「凶悪な妖魔の対処は討伐隊と御庭番衆の務め…本来ならば我々は、君を引きずってでも結界の外へ連れ出して保護し、あの妖魔を倒しに行くべきでした。」
「しかもあの山蛞蝓という妖魔は、数ある妖魔の中でも比較的危険な存在…その討伐を民間人の君に任せる形となり、危険な目に遭わせてしまった…」
「本当に…大変ご迷惑をおかけしました!そして、妖魔討伐にご協力いただき、心より感謝申し上げます!」
姫様はそう言うと、深々と頭を下げた。
「そ、そんな…御顔を上げてください!」
いくら藩側に落ち度があったとしても、僕のような町人に姫君が深く頭を下げるなんてとんでもないことだ。
姫様は数秒すると顔を上げ、再び話し始めた。
「次に…桜華くん、君にお願いがあります。」
「単刀直入に申します。君が持っていらっしゃる聖剣と術巻…まず我々にご譲渡いただけませんか?そして甲府城までご同行願います。」
「せいけん…?ぼとる…?」
首を傾げる廿華。
二人の前で姫様に話されてしまっては、もう隠し通すことはできない…僕はすぐに隠蔽断念を判断し、自室から水桜と術巻を持ってきた。
「ここにあります、姫様。」
「ありがとうございます!ではこちらに…」
両手を差し出そうとする姫様に対し、僕は聖剣と術巻を持つ手を引っ込めた。
「姫様のご依頼、お受けしかねると申したら…いかがなさいますか?」
「え、えぇ…っ!?そ、その、桜華くん…それはどういう…」
姫様はあからさまに動揺した様子を見せたけれど、すぐに小さく咳払いして背筋を直し、再び落ち着いて話し始めた。
「説明を端折りすぎましたね…すみません。君たちは既にご存知かと思いますが…改めて、我々の組織とその目的についてお話しします。──
まず、姫様は甲府御庭番衆がどんな組織か教えてくれた。
甲府御庭番衆は、太古に神々が遺した聖なる剣“聖剣”の使い手で構成された、甲府大名直属の特命部隊。
甲府御庭番衆には、主に二つの任務がある。
一つ目は、一般的な特殊部隊の任務。
妖魔や犯罪組織に対し、防衛措置・破壊工作・潜入や密偵・人質救出・対テロ作戦など、一般の藩士団のみでは対応できない特殊事案への対処を行う。
二つ目は、太古の神々が遺したとされる特異な呪物「聖遺物」の回収。
聖遺物は俗に「遺物」ともいい、「浄化瘴気」と呼ばれる特殊な魔力を持つ。
浄化瘴気は、生ける者の魂を穢す有害な魔力で、晒された者の魂に異常をきたし死に至らしめる。
さらに遺物には超自然的な現象を起こす力があり、そのエネルギーが集まり暴走すれば世界の理を歪め…大災害を引き起すかもしれない。
今日僕が遭遇した山蛞蝓は、自然発生する一般的な妖怪ではなく、遺物のエネルギーから造り出された「怪魔」という存在らしい。
怪魔は街を結界に閉じ込め、浄化瘴気で汚染してしまうそうだ。
災禍を退けるとされる聖剣は、怪魔に対し非常に高い浄化効果を示すため、御庭番衆は怪魔討伐の専門部隊としても機能しているという。
聖剣は守神であると同時に、闘いの因果を連れて来るとの言い伝えがある。
聖剣を持っているということは、今日のような危険な出来事にいつまた遭遇してもおかしくないことを意味するそうだ。
──桜華くん、私は甲府の姫として、そして一人の武士として、民間人の君をそんな危険な戦いに巻き込むことを許す訳にはいきません。だから、聖剣と術巻を我々に託して欲しいのです。戦いに巻き込んだ挙句、突然押し掛けてこんな要求をして、申し訳ないのですが…」
姫様は胸に片手を当て、眉を下げる。
無茶を言っているのはこっちの方だ。
ただ渡さないの一点張りをするつもりは僕にもないので、一つ提案してみよう。
「姫様、無礼を承知で申し上げます。どうしても聖剣を城へ持ち帰らねばならないというのなら…僕も一緒に城へ行くというのはいかがでしょう?」
これもかなり無茶な気がするけれど…
「なるほど…!私が受け取るのではなく、君が持ったまま城へ行く…その方が良いかもしれません!」
姫様は頭の上に電球が灯ったかのようにハッとした顔をして、笑顔で答えてくれた。
「本当は君をこれ以上厄介事に巻き込みたくはなかったのですが…君は聖剣と契約しています。その契約は簡単に切れるものではなく、無理やり切る方法もなくはないですが、聖剣の反感を買って思わぬトラブルに繋がる可能性も否定はできません。君がそれで良いと仰るならば、それが一番無難だと思います。」
そう言うと姫様は徐にスマホを取り出し、画面をタップして耳に当てる。
「父上…いえ藩主に確認を取るのでお待ちください。」
姫様が通話を始めると、廿華が僕の裾を小さく掴みながら身を寄せてきた。
「兄様…廿華は心配です…」
廿華は不安そうに僕を見上げてくる。
「心配をかけたくなくて、黙っていたのですか…?」
僕は可愛い妹を不安にさせるのが嫌で、物騒な目に遭っても廿華には黙っていることが多い。
昔は誤魔化しが利いたものだけれど…廿華も今や10歳、最近は僕の意図も見透かすようになってきた。
「うん、黙ってました…ごめんね、廿華。」
「桜華くん、よろしいですか?」
すると姫様は通話が終わったらしく、スマホの画面をタップして袖に戻す。
「明朝9時、大手門までいらしてください。私がそこに控えておりますので、案内いたします。」
提案は藩主様に認めてもらえたらしい…僕はほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます、姫様。」
「いえいえ!このくらいのことは。」
「今日はお話を伺わせていただき、ありがとうございました…と言いたいところですが…」
「まだあと三点、確認させていただきたいことがあります。」
まだ確認したいこと?しかも三つも?
~姫様が確認したい三つのこと~
①ソウルについて
首を傾げる僕と廿華の目の前で、姫様は右手の人差し指を立てて前に出した。
姫様がちゅっと人差し指の先にキスをすると、ポッと指先に橙色の火が灯る。
「きれい…」
思わず廿華と二人で見惚れていると、姫様はニコッと笑いかけてきた。
「これは私の“魂”の炎…お二人とも“視える”んですね?」
「視えるのなら…“こっち側”です。」
この炎が見えることに…何があるんだろう?
「これは“異能”といいます。鬼術や妖術のような一般魔法と異なり、人の魂に刻まれた術式…謂わば特殊能力です。」
「ソウルは全ての人が持っていますが、実際に発現できるのは世界人口の1%にも満たないといわれます。」
「お二人のようにソウルを発現できる者を“ソウル使い”といいます。ソウルの発するオーラは、原則ソウル使いでなければ視認できません。」
僕の水龍奏術もソウル…僕はソウル使い…山蛞蝓が言っていたことは正しかったんだ…!
「基本的にソウルは何かの人形・動物・道具などに具象化されます…具象化したソウルの像を“式神”といいます。」
「今玄関に控えさせているライオンは私の式神ですし…桜華くんが呼び出していた“イクチ”は桜華くんの式神です。」
「そしてソウルは原則として、一人につき一能力です。」
ソウルについて詳しくは、また今度教えてくれるらしい。
②廿華について
続いて姫様は廿華に近付くと、腰を落として廿華と目を合わせた。
「伺いそびれてすみません。君の…お名前を教えていただけますか?」
廿華はもじもじしながら答える。
「硯…廿華…です…」
すると姫様は少し驚いた顔をして、口元に拳を当てて考え込む様子を見せた後、懐からマリーゴールドの摘み細工が施された髪飾りを取り出し、廿華に差し出した。
「ひ、姫様…これは…?」
廿華は目を輝かせている…普段は見慣れない上等な髪飾りに興味津々なようだ。
「廿華ちゃん、もしよかったら…私とお友達になってくれませんか?」
姫様の言葉に廿華は、顔を赤らめ両頬に手を当ててぴょんと跳び上がる。
「ひ、姫様の…お友達…ですか…!?な、なりたいです!おともだち!」
「ふふっ、じゃあ私たちは今日からお友達です!この髪飾りは…お友達のしるしとして受け取ってくれませんか?」
廿華は「はいっ!」と元気よく返事すると、そろ〜っと両手で丁寧に髪飾りを受け取った。
③僕について
姫様は立ち上がると、僕に向き直ると、そのままずいっと顔を近付けてきた。
「ひ、姫様…何をされているんですか?」
すると姫様は困った表情をする。
「私の顔をここまで近くで見ても…ダメですか?わかりませんか?」
思い出す?一体何のことだろう?
僕がきょとんとしていると、姫様の目にじわじわと涙が浮かんできた。
姫様はさらに前のめりになり、声を張って訴えてくる。
「お、桜華くん…!桜華くん!」
「ほ、ほら…!私!私ですよっ!」
「飯石蜜柑ですっ!」
「小さい頃っ…!いっぱい一緒に遊んだじゃないですかっ…!」
「君の幼馴染ですよっ!覚えてませんかっ!?」
え…?えぇっ…!?
僕が姫様の…幼馴染…!?
〔つづく〕
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〈tips:人物〉
【飯石 蜜柑】
甲府の姫君で、甲府御庭番衆隊員。
現甲府藩主・飯石夕斎の長女。
14歳。
礼儀正しく快活な性格で、その明るさと素直さから、特に年長の藩民たちからは娘のように可愛がられている。
可憐で博識な姫と高く評価されている一方、ややポンコツさが否めない部分もある。
とても涙脆く食いしん坊な一面も。
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