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甲州御庭番劇帖  作者: 蕃石榴
壱ノ巻-第四章『中部藩校合同林間合宿』
62/62

#62 神速 破「曲者達のバトルロイヤル」

時は2031年。

第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。

此処はその天領、甲斐国・甲府藩。


甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に入隊し、御家人研修を経て、正式に侍として認められた竜の少年・硯桜華。


悲劇の傷が癒える暇さえ許さぬかの如く、次なる試練が桜華に襲い来る。

中部地方の藩校同士が激突する、全国最大規模の合同強化訓練……「中部藩校合同林間合宿」である。


舞台は信濃。

いざ、混沌極まる激戦の渦中へ!

 ~破「曲者達のバトルロイヤル」~


 ─2031年4月22日 11:00頃─


 〔松代藩 上田市 菅平高原 大笹街道大明神沢史跡付近〕

 〈対抗戦運営本部〉


 神社跡の石畳の上下段に張られたいくつものテント。

 ここは対抗戦の運営本部……合宿運営に関わる幕士・藩士・各藩校の教員が所在し、対抗戦の推移を常時監視する場所である。


「さーてさてさて〜、みんなちゃんと無事に帰ってくるかしら〜?」

 上機嫌っぽくどこか不安な様子で席を立ち、テレビ観戦席に座る藩主たちに麦茶を配る蜜樹。


「こんな妙ちくりんな競技は初めてですからね〜、まあ藩校生なんてどいつもこいつも血の気が半端ないんで、とりあえず目が合ったらバトルなんじゃないですか?」

 麦茶を貰うなりすぐに飲み干す䑓麓。

 目のクマはいつにも増して凄まじい濃さとなっている。


「誰も無傷で終わることはまず無かろうな……しかし、この獰猛な子供らが集う大会、桜華は明倫堂の者たちと仲良くできておるだろうか。」

 夕斎もまた心配そうに身を乗り出し、桜華の姿が映らないかと画面に見入る。

「どうだ、これはどのチームだ、ああ違う、桜華は映らぬのか……」

「幼稚園か保育園の発表会で孫を探すおじいちゃんじゃないですか……」

 䑓麓が呆れた様子で呟くと、夕斎は少し困った顔で返す。


「風弥の子であるぞ、孫のようなものと言っておかしくなかろう……幾ら荒事を伴う行事だと事前にわかっているとはいえ、子や孫ともなればどうしても心配になるものだ。蜜柑や目白も当然気掛かりだが……やはり初参加の桜華が……」

「ふーん、まあ結婚も子育ても経験無いのでわかりませんけど……あっちの加賀の藩主様なんてほぼ寝てますよ。」

 䑓麓がそう言って指差した先には、白く豊かな髭を蓄え、背中にでかでかと「大傾奇」と書かれた羽織を着た老爺が、目を閉じうたた寝をしていた。


前田(まえだ) 利徳(としのり)

~江戸幕府 老中 / 加賀藩主~


「……だだ、ま……だ……だ……」

 うたた寝しながら何かを呟く利徳を、夕斎と䑓麓は少し不思議そうに眺めていた。


 利徳の傍に居るのは、背丈2mを優に超える、眉が無く青筋の走るスキンヘッドにペストマスクをつけた、鋭い目付きの入道のような大男。

 黒い篠懸衣を着込み、背中からは同じく黒い羽毛が生えている。


「……」


加藤(かとう) 道玄(どうげん)

~江戸幕府 奥医師総取締役 / 加賀藩 筆頭家老(御典医)~


 道玄はひたすら無言のまま、顔を顰めて画面を覗き込んでいた。


 ──────


 ─2031年4月22日 11:00頃─


 〔松代藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈真冬・佳麗・恋雪チーム〉


「でね!でね!バッタに喰われてもうダメだ…って思った時、桜華先輩が来てくれたんスよ〜!カッコよかったな〜!」

 そこら辺で拾った木の棒をぶんぶん振りながら、意気揚々と桜華君の武勇を語る恋雪ちゃん。


 恋雪ちゃんは狸らしく、何かとお転婆で、それでいて一度懐いた相手への執着が強いから、新しくやって来た桜華君とはトラブルになったんじゃないかと心配してたけど…随分懐いてるんだなぁ。

 かくいう俺も、桜華君には初対面で絆された身だから、桜華君には何か不思議な力でもあるのかもしれない。


 久しぶりの参加となった林間合宿。

 知らない競技が出ようが出まいが、腕っぷしに物言わせて勝てばいいだけ。

 別にそんなショックにもプレッシャーにも感じないけど、身を乗り出して作戦を立ててたグロブは流石に落ち込んでそうだな。


「それでね!それでね!佳麗(かれい)先輩!」

「落ち着いて話せ、慌てずとも聞いてやる。」

 ちなみに恋雪ちゃんの桜華君自慢の矛先は俺ではなく、もう一人のチームメンバーである女子生徒。

 青いメッシュと渦潮型のシュシュが目立つポニーテールに、鋭く切れた目尻、打掛と狩衣を足して2で割ったような独特の服装。


 彼女の名は藤堂佳麗(とうどうかれい)

 三重のハーバーシティ・津藩の姫君だ。


「硯風弥様の御子息とあらば、その実力は如何程か興味があったが…成程、人心掌握能力も高いと見た。」


藤堂(とうどう) 佳麗(かれい)

~有造館(ゆうぞうかん)(津藩校)高等部11年生 / 津藩主家・藤堂家の長女 / フリソデウオの人魚~


 佳麗ちゃんは前髪を少しかき分けながら、上体を低くして恋雪ちゃんの話を興味深そうに聞く。

 佳麗ちゃんとは昔からの知り合いだけど、厳格な武人気質と面倒見の良さを兼ね備えた性格で周囲からは「姐御」と呼ばれている。

 弟や妹もたくさんいるけど、恋雪ちゃんとちょうど年代が近いから、ついつい可愛がってしまうんだろう。

 でもこの話は延々と続く気がする…どこかで切ってあげないとな…


 というか、開始からしばらく経ったけど、フィールドが広いせいか意外にも他チームとはなかなかエンカウントしない。

 コソコソと隠れてこちらを追走している可能性もゼロではないけど、移動方法が直進しかない競技の性質上簡単じゃないだろう。


「おっ…と、これは良いのか悪いのか…」

 見えてきたのは大きなダム湖。

 菅平湖…本競技のフィールドの中心に位置するダム湖だ。


「わーっ!湖ッス!」

「柳沢先輩、我々の凡その位置がこれでわかりますね。」

「そうだね…ただメーターの数値を見るにゴールはまだまだ遠いみたいだよ、少なくともフィールドの中心を目指せって競技ではないわけだ。」

 ゴールに関するヒントはほとんど与えられなかったけど、いったいどこに設置されているんだろう?

 見晴らしはいいけど、既に向こう岸にも人影がちらほらと見える…ここに居るとかなり目立つのは一目瞭然だから、自分たちの位置を把握したら長居はせずさっさと身を隠した方が良い。

 

 …と、振り返った次の瞬間…


 ヒュヒュンッ


「…それはちょっと…刃物直撃させんのはレギュレーション違反じゃない?」

 飛んできた手裏剣は5枚。

 刃を避けて全て掴み取る。


「な、何スか!?しゅ、手裏剣!?」

 全部恋雪ちゃん狙いだった。

 いくら年少とはいえ御庭番相手にまともに奇襲を掛けられる…相当な手練だ。


 すぐさま手裏剣を5方向に投げ返す。

 2枚で前方左右の頭上にある木の枝をそれぞれ折りつつ、もう2枚でそこから飛び出そうとする物の動きを追い、さらに残りの1枚を左奥へカーブさせて飛ばす。


「真冬先ぱ…」

「居る、二人とも構えな。」

 木々の後ろへ素早く飛び込もうとする影に、地面を強く蹴り出して迫り、無理やり引っ張り出す。


「ぐえぇっ!?つ、強…」

 六文銭の家紋に十字の紋章。

 松代藩主・真田家お抱えの家臣団・真田十勇士の証だ。


「なるほど納得…学生とはいえ十勇士の子ともなれば、甲斐の御庭番相手にも不意打ちが成立して不思議は無いねぇ。」

 恋雪ちゃんと佳麗ちゃんに目線を送り、引き続き警戒を促す。

 さっきの攻撃で2つ気配が動いた…あと2人も確実にすぐ近くに居る。


 すると突然周囲に煙のようなものが立ち込め出す…スモークを焚かれた…?いや、この湿気は霧…!

 そして…

「もーらいっ!」


 取り押さえていた藩校生が肩の関節を外し、俺の腰に据えてあったフルーレを抜くと、その直後にフルーレは消えて無くなった。

 何が起きた…まさかこれは、ソウル能力…!?


 濃霧の中から女性の声がする。

「よくやった伍郎、これで11本目…いやぁ、混成チームはカモれて最高ね。」

 状況は何となく察した。

「ふーん、運が良いのかズルしたのかは知らないけど、同じ藩校生3人…しかも主君と家来で揃ったら、そりゃあ大多数のチームなんかよりもよっぽど連携できるねぇ。」

 俺がそう言っていると、袴姿の黒髪の女性が、懐から大太刀を取り出しながら、霧の中から俺の眼前に姿を現す。

 それも何かの鬼術がソウル能力の応用かな…?


「こんな状況で不正を疑っても、ただの負け犬の遠吠えにしかならないよ。」


真田(さなだ) 幸乃(ゆきの)

~松代藩文武学校(松代藩校)高等部12年生 / 松代藩主家・真田家の長女~


「やっぱり湖岸は美味しいポジションだね、團蔵と伍郎の能力もこのルールとよく噛み合ってる。」

 

 フルーレなら幸いにも、道中で拾って佳麗ちゃんに持たせたもう1本がある。

 ただし、今取り押さえている伍郎とやらがさっきやった術らしき何かが厄介だな…またあっさり奪われて失格なんて真似はしたくない、早くタネを掴みたいところだけど…

 この濃霧も何とかしたい、一寸先すら全く確認できない。


「あんたら、フルーレで移動不能な移動先を指定したら、移動不能になる境界を沿う形で好きな方向へ移動できるってルールを悪用してるな?」

 手口はこう。

①湖岸でフルーレを地面に突き立て、移動先を水上に指定する。

②水上はルール上移動不能な場所のため、代わりに好きな進行方向への直進あるいは移動不能となる境界(この場合は湖岸)に沿って移動することになる。

③繰り返しこれを行うことで、湖岸線を自由に移動する。

 これだけならまだ脅威にならないような気もするけど…

 地図もコンパスも与えられていない状況下で、湖は重要な目印となり、その湖岸は藩校生たちが立ち寄りやすくかつ居座りやすい場所になる。

 そこを轢き潰すように繰り返し移動・襲撃を繰り返していけば、効率的にフルーレを奪いつつ距離残高も消費できる。

 ただでさえ湖岸であることから逃げ場が少ない上に、掠め取る術と濃霧の術が合わされば、並のチームならほぼ為す術なくやられてしまうだろう。

 よくもこの短時間で、そんなルールの欠陥を突いた凶悪なファーミングを考えついたものだ。

 

 さて、どうしたものか。

 このまま伍郎とやらを絞め続けているわけにもいかない…とっとと落としてしまいたいが、その瞬間に息のかかる距離から真田の姫様の攻撃が飛んできたとして、避けられるかどうか。

 佳麗ちゃんはともかく恋雪ちゃんの増援は期待しない方が良いだろう、こんな状況で一番混乱するのはあの子だろうし。


「『疾風怒濤・風巻けよ“神威”』!」

 突然、濃霧の中を恋雪ちゃんが高速回転しながら、幸乃の背後目がけて飛んできた。

「なっ…この視界不良を山勘で突っ込んだきたというのかい!?」

 思わず驚く幸乃。

 ありがたい隙ができた、伍郎の首根っこを掴み、幸乃へ向けて全力でぶん投げる。

 幸乃は恋雪ちゃんの攻撃を大太刀で咄嗟に防いだせいで、背後はガラ空き…さあどう出る?


 ポンッ


「…!?」

 幸乃の背中に触れた瞬間…伍郎が消えた!?

 幸乃はそのまま大太刀で恋雪ちゃんを引き倒す。


 バランスを崩して落下する恋雪ちゃんを拾い上げ、佳麗ちゃんの居るであろう方向へ駆け出す。

 そしてすぐ佳麗ちゃんの姿が見えた次の瞬間、伍郎らしき腕が佳麗ちゃんの腰に据えられたフルーレは伸びているのが見えた。

「マズい、佳麗ちゃん!」


「『シン陰流・円慧之陣(えんけいのじん)』」

「『漣洏流(れんじりゅう)網引(あびき)』」


 バシッ


 狭い円慧之陣が投影され、その内に入った伍郎の腕が即座に叩き落とされる。

 自身の「氣」とされる魔力を満たした範囲に侵入した外敵を反射的に弾く、津藩に伝わる人魚たちの武術流派「漣洏流」の高等技術。

 ただし何の“器”も無い環境で自身の氣を満たした領域を作ることはまだ流石の佳麗ちゃんでも難しいため、“器”として円慧之陣の領界を使っている。


「逸れて申し訳ありません、フルーレは此方に。」

 合流するなり頭を下げる佳麗ちゃん。

「いーや、今のはナイスディフェンスだよ、とりあえず円慧之陣で中和できたってことは何かしらのソウル能力か…?」

 円慧之陣が中和できるのは、基本的にソウル能力による直接攻撃のみ…裏を返せば、円慧之陣で防げるかどうかでソウル能力による攻撃がどうかを判定できる…俺は魔力が無いから使えないけど。

 さっきから立ち込めている濃霧も、佳麗ちゃんの円慧之陣の中には入ってこない…つまりこっちもソウル能力によるものだ。


「ま、真冬先輩…こっから先どうするっスか!?こんな霧じゃまともに戦えないっスよ!」

 あわあわとした感じで、早口で捲し立ててくる恋雪ちゃん。

 確かに戦況はだいぶ不利だ。

 軽快なアタッカーとパワータイプが一人ずつ、そしてまだ居所を特定できていないデバッファーが一人。

 

「恋雪ちゃん、佳麗ちゃん、忍者共は任した。」

「ふぇ?真冬先輩はどうするんスか?」

「決まってるだろ、主将を落とす。」

「お、落とすって…あの真田幸乃とかいう先輩、めっちゃくちゃ強いっスよ!?それにすっごく卑怯っス!武士の風上にも置けないっスよ!」

 慌てる恋雪ちゃんを見て、幸乃はくすくすと笑みを溢しながら、俺の方に目を向ける。

「卑怯なのは認めるけど、ルール違反と認められない今、これは立派な作戦だ…私らは卑怯であっても卑屈ではないし、戦術として成立する限り恥じる必要も無いと思ってる。決闘ならいざ知らず、ゲームというのはそういうものだよ。」


 俺は特殊警棒を取り出し、すぐに振って伸ばす。

「あんまナメんなよ…『息吹け“益荒男(ますらお)”』」

 

 直径1m、一切の飾りも何も無い、真っ黒な八角柱。

 まさに読んで字の如く「金棒」。

 これが俺の魔剣…いや魔棍。


「おお、デカいね…でもあんな約束、してしまっても良かったのかい?一人で引き受けるなんて…」

 不敵な笑みを浮かべる幸乃。

「上等さ、こちとら端から…タイマン前提なんだよ!」



 ─2031年4月22日 11:05頃─


 〔松代藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈蜜柑・目白・直升チーム VS 智三・頼重・タテハチーム〉


 聖剣は使用可。

 術巻は使用不可。

 そうなれば当然ながら聖鎧も使用不可。

 そういうルールだ。


 ガキイィンッ!


 剣と十手がぶつかり合う。

 相手は、七三分けの短髪と四角い眼鏡に黒い袴の、厳つい大柄の男。


「流石は甲府の御庭番…剣も威勢も見かけ倒しでは無いな、いやはや、恐ろしい。」


田沼(たぬま) 智三(ともみつ)

~相良藩校(相良藩校)中等部9年生 / 相良藩主家・田沼家の三男~


「こっちからすれば、抜身の真剣相手に十手で全部受け流すあんたの方が怖ぇよ…!」


 接触から5分。

 早々に俺たちは1対1の形で分散させられた。

 田沼の十手使いを俺が、諏訪の怪しい祈祷師を蜜柑が相手し、残った直升はタテハ先輩に追われているせいか姿が見えない…フルーレの距離残高は増えていないから、少なくとも逃げているわけでは無いだろうが。

 このチーム、おそらく十手使いがメインのアタッカー役、あの祈祷師が支援役、そしてタテハ先輩が妨害役といったところだろう。


 アタッカーばかり相手にしていても旨味はほとんど無い。

 まだ何をしてくるからよくわからない支援役、そして一番邪魔な妨害役のタテハ先輩をどうにかしないといけない。


 ドン!ドンドン!


 発砲音が3回響く。

 音の発生源は木の上か…?目をやるとそこには、両手で待った銃をタテハ先輩に向ける直升の姿があった。

「当たらない…」

 か細い声で呟く直升。

 お前喋れたのか…じゃなくて、あいつは俺や蜜柑と違って、タテハ先輩のソウル能力を把握していない。


 銃弾のものと思しき硝煙は、タテハ先輩の周りの地面から立ち上っている。

「くそっ…」

 直升はさらに短刀を抜いてタテハ先輩に飛び掛かる…が、タテハ先輩が素早く手を出して直升の膝を撫でるように触ると、直升の膝に横向きの矢印が現れ、直升が勢いよく真横へ逸れて飛ばされた。

「ぐわっ…!?」

 何が起こったかわからず、混乱した様子で固まる直升。

 そのままタテハ先輩は直升に近付いていき、尻尾の先端を直升の首に向ける。


 見ていられない。

 一瞬完全に狐に獣化して、田沼さんの股をすり抜け、人型に戻って直升を掴んで駆け抜ける。

「ぐっ…す、すまな…」

 謝罪を述べようとする直升を制止する。

「いい、情報共有する時間を取れなかったから仕方ない…タテハ先輩のソウル能力は物理運動のベクトルを捻じ曲げられる。タテハ先輩の認識圏内で攻撃を出しても大抵当たらずに終わる。」


 ソウル能力「ダウンワード・スパイラル」。

 自身の式神あるいは身体が直接触れた物体に「矢印」を貼り付け、その物体の物理運動の方向を矢印の方向に合わせる。

 触れなければ発動できない能力だが…さっきも披露していたように、タテハ先輩の反射神経は近距離で発砲された銃弾にも反応できる異常なレベルだ。

 十合技の一つ「聴勁」を高水準に極めた結果と言えよう。


 とはいえタテハ先輩にも限界はある。

 タテハ先輩が対応できる限界以上のスピードで攻撃すれば、そもそも矢印を貼り付けることすらできない。

 俺なら可能だ。

 だから単体ならそこまで怖い敵というわけでは無い。

 あくまで単体なら…


「村井先輩、宜しく頼みます。」

 その台詞とともに、十手を構えて急接近してくる田沼さん。

「はいさーい、頑張ってね♡」

 タテハ先輩は即座に十手に矢印を貼り付ける。

 田沼さんは今のところソウル能力を使う様子を見せず、基礎的な魔力強化と身体能力だけで戦っている…一旦タネの無いパワータイプと考えよう。

 さっきの打ち合いは地味に相当な電力を費やした…が、それにもかかわらず4分間あそこまで苦戦させられた。

 前田先輩程イカれちゃいないが、パワーとしては余程のものがある…そこにタテハ先輩の能力が加われば…


 バギイィッ!


 咄嗟に直升を引っ張りながら伏せると、田沼さんの十手のフルスイングが背後の大木をへし折った。

「っ…!?」

 信じられないという感じで目を見張る直升。

 本来なら逆方向に発生する反作用の力も含めて、あらゆるエネルギーの方向が矢印の方向に向く…実質威力が2倍以上になる。


「溝口直升くん…だっけ?あり得ないって顔してるけど、常識っていうのは方向を変えるだけでビックリするほどひっくり返るものなんだよ。」

 タテハ先輩、自分の能力に驚く人間が居て上機嫌らしい。

 俺たちにも矢印を貼って回避を妨害してこなかった辺り、今のは直升をビビらせる目的だったんだろう…良い性格してやがる。


 とにかく今不利なのは俺たちのチームの方だ。

 態勢を直したいが、蜜柑は何して…


「きゃうんっ!」

 振り向くと蜜柑が飛来してきたので、咄嗟に腕を伸ばして受け止める。

「おい…」

「ご心配なく!今のところ大したケガはありません!ただ…」

「ただ?」

「これ以上一人で相手するのは厳しそうです…」

 蜜柑の飛んできた方向から、ゆっくりと歩を進め近付いてくる、斎服姿の長身の男…さっきまで蜜柑が相手をしていた諏訪さんだ。

 最初とはかなり雰囲気が違う…明らかに強い魔力と覇気を纏っている。


「弥栄…甲府の姫で御庭番と伺っておりましたが、この私相手に数分間粘られるとは…お見事で御座いますよ。」

 

諏訪(すわ) 頼重(よりしげ)

~長善館(ちょうぜんかん)(諏訪藩校)高等部11年生 / 諏訪藩主家・諏訪家の長男~


 諏訪さんの方は明らかに何かタネがありそうだが…そんなことを考えている余裕は無い。

 3人が一点に纏められた。

 今はそれが一番マズい…このままだと文字通り一網打尽だ。

 俺が殿を担って2人には先に行かせる…ということができれば良かったが、生憎ルールでは1人でも脱落すればそのチーム全員が脱落することになる。

 この窮地は全員で切り抜けなければならない。


「…が、ある…」

 すると直升が、呻き声のように何かをボソッと呟きかけた。

「何だ?今何て言った?」

 すぐ問い直すと、直升はさっきより少し声を出して、押し出すように呟き直した。

「ありきたりなことを言うが…俺に、考えが、ある…」



 ─2031年4月22日 11:10頃─


 〔松代藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕

 〈狛虎・弾姫・桜華チーム VS 孝春・勝臣・珠寿華チーム〉


 孝春先輩が操る、ドリルのような螺旋の穂先をした魔槍「夕晴」。

 長さにしておよそ2mもある長槍の刺突と斬撃が、十合技の一つ「撥空」を伴って雨霰のように襲い来る。


 接触から十分以上は経ったけど、反撃の隙がまるで掴めず、ただ翻弄されるばかり。

 成瀬先輩に抑えられている状態でこの猛攻、ソウル使いかどうかはわからないけど、能力があったとしてもこれだけ余裕があれば使う必要も無いだろう。


 初期研修での石野さんの言葉を思い出す。


 〜〜〜〜〜〜


「何事に於いても、最も重要なのは“地力”です。」

「戦闘で言うなら、基礎的な体術と魔力操作…そして広義には十合技やシン陰流などの技術も含まれます。」

「ソウル能力がソフトであるなら、これらはハードにあたります…どれだけ優れたソフトであっても、それを稼働させるハードも優れていなければ頭打ちになります。」

「もちろんソフトをハードに合わせるという考え方が必要な場面もあるかと思いますが…一般論としてはやはりハード、基礎を重視すべきです。」

「下手に能力で仕掛けられるより、高度に固めた基礎で襲われる方が余程怖い…と、私は思いますね。」


 〜〜〜〜〜〜


 孝春先輩はまさにそれだ。


「すばしっこいわね〜!流石は硯風弥の秘蔵っ子!でも青いわね、避けるので精一杯って感じかしら?」

 孝春先輩は涼しい笑みを浮かべ、容赦無く槍を振り回す。

「『タイ謝流(しゃりゅう)快速抜刀(かいそくばっとう)』」


 ズアァッ!


 速い!攻撃速度が倍以上に跳ね上がった!?


 肥後に現存し、全国に伝わる、シン陰流の派生兵法。

 斜めの袈裟斬りの動きに終始する「快速抜刀」が特徴で、攻撃を重ねる度にそのパワーとスピードは加速していく。

 剣道部時代の師範がこれの使い手だったから知っているだけで、僕はまだ修得していない剣術だ。


 斬撃のラッシュが“点”ではなく“面”の形をして襲い掛かってくる。

 避けられない!そう思った次の瞬間には、成瀬先輩が間に割り込んで攻撃を捌き始めていた。

「ちょっと遅れて悪い!桜華君!」


 成瀬先輩にお礼を言いたいけど、今はそんな場合じゃない。

 ほっとしたのも束の間、今度は周囲に散らした二、三個の水溜まりから、黒い機械のようなものが生えてきて…


 ウイィーッ、ドガガガガガガガ!!


 こっちに向かって銃撃を始めた!

 水溜まりから生えてきたのは機銃!?

「『水龍奏術(すいりゅうそうじゅつ)』!『水鞠(すいきゅう)手鞠葛篭(てまりつづら)』!」

 遺物の浄化瘴気で竜化・甲府城を暴走した時に使った、高弾力の水の防壁。


 銃弾が防壁に埋まっていくのを確認していると、さらに機械音や蒸気音とともに、バイザーの男の子が真上から拳を構えて降ってきた。

 腕もロボットのように金属製の鎧を纏っていて、肘から後ろへ何か棒のようなものが伸びて湯気を噴いている。

 あれってまさか…

「『蒸泉(スチーム)』…『DUMP(ダンプ)』!」

 拳は“直接来ない”!

 咄嗟に水を逆噴射して後退する。

 

 ドゴンッ!


 着弾と同時に大きく地面が揺れる。

 理科で習った…あの腕、もしかしてピストンポンプになっている?

 蒸気圧で腕のピストンを動かして、そこに「撥空(はっくう)」と「剛躰(ごうたい)」も合わせて、より強力なパンチを撃ち出している…と僕は推理した。


 バイザーの男の子は少しよろけて顔を上げ、僕の目を見ると…急にその場で背筋を伸ばし、行儀良く頭を下げてきた。

「自己紹介が遅れて申し訳無い、僕は高田藩主家・榊原家の長男・榊原勝臣と申します。」

「あ、は…はい!よろしくお願い…します…?」

 戦闘中に畏って挨拶されるなんて思ってもみなかったから、こちらも調子が変になってしまう。


「生前、貴方の御父上には大変お世話になったんだ、せめてこの場を借りてお礼が言えたらなと…」

「お父様とお知り合いなのですか?」

「お知り合いというか…まあ、うん…それでいいのかな、あのお方は仕事だったからどう認知されていたかはわからないけど…」

 お父様のことをよく知る人の一人!

 後で話を聞けば、新たに思い出せる記憶があるかもしれない。


「ストーップ!!」

 勝臣さんがそう言いかけたところで、背後から大きな声で制止がかかった。

 残りの一人…おさげ髪の女の子だ。

「榊原先輩、そこに居る方は他チームであり敵です!競技中は私情を挟んで脱線することのないように。」

「し、失礼した…」

「あ、ちなみに私は駿府藩主家・越前松平家の長女・松平珠寿華と申します。覚えていらっしゃらないようなので、以後お見知り置きを。」

 そっちも自己紹介はするんだ…って、覚えていらっしゃらないようって、まさか…?

「珠寿華さん…僕、小さい頃にあなたと会っていますか?」

「ええ、あなたの御父上と私の父は幕府の同僚でしたので、何度かですが。」

 お父様が幕府にも勤めていたことは知っているけど、同僚…同僚の方…石野さん、䑓麓さん、豊三さん辺りの人に、松平家の人なんて居たっけ…?

 これ、リュシルさんみたいなパターンだ。

 現状このパターンはほぼ思い出せていないので、例によって物凄く反応に困る。


「話はここ迄…桜華先輩、申し訳ありませんが、ここでリタイアしていただきます。」

 珠寿華さんの左右にある水溜りから、再び機銃が浮かび上がってくる。

 今はくどくど考えてる場合じゃない…成瀬先輩から任されたフルーレを守り切らないといけない。

 そう思いフルーレに少し目をやると…

「な…何これ…?」

 直立したまま動いていないはずなのに、フルーレに表示されているゴールまでの距離数値が猛スピードで減っていく。

「な、成瀬先輩!織田先輩!」

 相手チームにまで聞こえてしまうけど、今はそんなことを気にしてる場合でもない。

「ゴールが“近付いて”きています!」


〈何だこの気配は…おい桜華よ、其方らの言うゴールとは何かの物体か?それとも生物か?はっきりせよ。〉

 突然声を出すなり詰め寄るように問うてくる水桜。

「どういう意味…って、あっ…!」

 水桜から伝わってくるのは、明らかな“波動”…もしかして、僕らが固定された設置物だと勝手に考えていただけで、実際のゴールは何かの生物…!?


 ブワアァッ!


 ゴールまでの距離数値がほぼゼロに達し、真横の木々の間を抜けて飛び出してきたのは…


 体長3mはあろうかという、超巨大なスズメバチの姿をした妖魔だった。

 翅からは大太鼓のような羽音と暴風を起こし、一瞬で僕らの前を横切っていった。


《ちなみにゴールがどんな見た目かは、見てからのお楽しみよ〜ん!》


 僕らが追っていたゴールは動く生き物だったんだ…!

 あり得ないスピードで飛び去っていったけど、辿り着くにはどうにかして追いかける以外の方法はない。


「桜華君!この戦闘はとにかく一旦パスだ!あの妖魔を追うぞ!」

 孝春先輩を往なしつつ叫ぶ成瀬先輩に、僕も織田先輩も咄嗟に駆け出そうとする。


 でもまた次の瞬間には…


 メキメキ…バキバキバキバキイィッ!


 さっきの妖魔と同じ方向から、鋭い牙と片喰の紋が描かれた帆を持った恐竜が、木々を薙ぎ倒しながら飛び出してきた!そして…


 グイッ


「わっ、えっ、あっ、えええええ〜〜〜!?!?!?」

 視界がグルンと宙を舞う。

 通りすがった恐竜の牙に僕のマフラーが引っ掛かり、そのまま僕は恐竜の口にぶら下がったまま連れ去られていく。


「狛ちゃん大変!桜華くんが恐竜にさらわれちゃったよ!?」

「うおおおっ!?きょ、恐竜!?ここジュラシック・パークじゃねぇんだぞ!」

 上下左右に激しく揺られながら、織田先輩と成瀬先輩の大声がどんどん遠退いていく…


 僕、ここからどうなるの???どうすればいいの???


 これは口火の第一戦。

 混沌は早々に益々極まる!


 〔つづく〕


 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

〈tips:武術〉

【タイ謝流】

 戦国時代の兵法家・丸目長恵により、室町時代末期に開祖された体術・魔術の混成武術。

 現在の総師範は小田光水。

 シン陰流から派生した武術であり、「右半開に始まり左半開に終わる、全て袈裟斬りに終結する」独特な構えが最大の特徴で、攻撃を繰り出す程に剣戟の速度・威力が加速度的に上昇する「快速抜刀」が代表的な技。

 シン陰流に比べ体術を重視した実践剣術であり、シン陰流のような技の効果の最低保証は無いが、「タイ」という言葉の解釈を広げることが上達に繋がると言い伝えられている。

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