#61 神速 序「SEE ME FLY !!」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に入隊し、御家人研修を経て、正式に侍として認められた竜の少年・硯桜華。
悲劇の傷が癒える暇さえ許さぬかの如く、次なる試練が桜華に襲い来る。
中部地方の藩校同士が激突する、全国最大規模の合同強化訓練……「中部藩校合同林間合宿」である。
舞台は信濃。
いざ、混沌極まる激戦の渦中へ!
~序「SEE ME FLY !!」~
僕は硯桜華。
甲府御庭番衆隊員で、藩校に通う中等部八年生。
とうとう始まった、中部地方にある30以上の藩校が一堂に会する「中部藩校合同林間合宿」の藩校対抗戦。
事前に先輩たちと対策を立ててきたけど…いざ臨んだ第一戦は、まさかの他藩校と混合チームを組んでの競技だった。
過去問対策は、積み上げれば新しい問題にもある程度対応できる力がつくはずだけど…これはそれどころの問題ではなく、教科ごと丸々変えられてしまったようなものだ。
ただでさえ右も左もわからない初めての対抗戦…しかも不良みたいな先輩たちとチームを組まされて、僕はいったいどうすれば…
これから僕を待ち受けているのは、未体験の波乱と熱狂、そして混沌。
とうとう始まる…これは口火の第一戦!
──────
─2031年4月22日 10:00頃─
〔松代藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕
〈狛虎・弾姫・桜華チーム〉
《それではゲームスターーートッ!!司会は私、新閃蜜樹がお送りするわよ〜ん!!》
【藩校対抗戦・第1戦:直進フルーレ】
〈ルール〉
◎制限時間は3時間。
◎3人1組のチームでスタート。
◎1チームにつき1本、フルーレが配布される。
◎チームはフィールド上を100mずつ直進しながら移動する。
◎移動するほど「距離残高」が減っていき、終了時に距離残高が少ないほど高得点となる(初期値は10万m)。
◎距離残高が0になったチームはその時点でゲームクリアとなる。
◎100m移動する度にフルーレを到着地点に突き刺す。
◎両幅50mの範囲が行動可能で、それより外に出るとペナルティとして距離残高が増えていく(1分毎に100m増加)。
◎ゴールにフルーレを突き刺すと距離残高は強制的に0になる。
◎フルーレには常時ゴールまでの距離が表示されている。
◎ゴールは5つあり、1つのゴールにつきフルーレを突き刺せるのは1チームまで。
◎得点はゲーム終了・クリア時に計算され、「(開始時距離残高-終了時距離残高)×チーム所持フルーレの本数×順位ボーナス=得点」の式で算出される。
◎着順が早い程、順位ボーナスとして得点が加算される。
◎自チームの行動可能範囲内であれば、他チームへの攻撃・妨害が可能。
◎複数のチームどうしで行動可能範囲が重複した場合は、その全範囲を行動可能範囲として複数チーム間で共有する。
◎複数のチームどうしで行動可能範囲が重複した場合は、その範囲内で他チームからフルーレを奪取できる。
◎フルーレを全て失ったチームはその時点でゲームオーバーとなり、得点はその時点の距離残高から算出される。
◎術巻・聖鎧・それらに準ずる魔導具の使用は禁止。
戦いの舞台となるのは、菅平湖を中心とする半径約4kmの山野地帯。
各チームはその中のランダムな位置に転送され、そこからスタートとなる。
ゴール地点はどこにあるかわからない。
スマートフォンは緊急時以外使用禁止。
競技名の通り、フェンシングで使うあのフルーレそのものが配られた。
でも刀身は硬く、そしてまっすぐに伸びている。
柄には横長の楕円形の小さな窓の奥に液晶画面があり、「2549m」と数値が表示されている。
「本当に僕が持っていていいんですか?」
僕らのチームのフルーレは一本のみ。
これを失えば即ゲームオーバーだ。
「いーんだよ、他チームと接触すれば優先して狙われるのは確実に俺とハニーだ。君が持っててくれた方が色々と都合が良い。」
「桜華くんはいざ敵に襲われたら、フルーレを守りながら回避に徹して!不埒な奴らは狛ちゃんとウチでなんとかするから♫」
そう言って二人で草木をかき分け、僕の通る道を作ってくれる成瀬先輩と織田先輩。
成瀬先輩は、作戦会議の時にグロブ先輩が「化け物」の一人に挙げていた、成瀬狛虎その人だ。
成瀬家は、徳川家康の時代以降、常に年寄りの最上席を占めてきた二つの家老家「両家年寄」の一角というトップエリート。
成瀬先輩はその長男かつ次期当主で、尾張藩最強の藩校生と名高く、藩内ではアイドル的な大人気を誇っているのだそう…まるで目白みたいだ。
ファーフードのついた黒いジャケットに、これでもかという程にジャラジャラと全身に着けられたアクセサリーの数々…校則違反が心配になるけど、明倫堂は校章さえ着けていればあとは服装は自由らしく、むしろ派手な格好をする程褒めてもらえるという。
尾張の人々は享楽的で派手好きだとよく言われるけど、まさか藩校までその雰囲気に染まっているとは思わなかった。
織田先輩は、成瀬先輩の許嫁。
成瀬先輩と同じくあちこちにアクセサリーを着けていて、肩出しのカーディガンと厚底のスニーカーが特に目立つ。
織田家はあの誰もが知る天魔王こと織田信長を出した家で、織田先輩はその直系の子孫にあたる。
成瀬先輩とは幼馴染で、許嫁となる以前から恋仲だったとのこと。
年下ながら成瀬先輩のことを「狛ちゃん」の愛称で呼び、ことあるごとにベタベタとくっついている。
そういえばお父様とお母様も、こんなふうによくイチャイチャしていたような…なんだか懐かしい気持ちになる。
最初は二人とも見た目が見た目なので不良の類ではないかと警戒したけど、今は疑ったことをかなり反省している。
二人とも、初実施の競技で自分たちも何が何だかわからないはずなのに、僕が混乱しないようルールを全員で再確認してくれたり、僕の意見も伺いつつ迅速に作戦や役割分担も決めてくれた。
とことん先輩として僕を導こうとしてくれている…明倫堂のトップエースは、チャラチャラしたような雰囲気とは裏腹に、とても思慮深く優しい人たちだった。
これから何が起きていくのかは全く想像がつかないけど、少なくともこの先輩たちが味方に居る安心感は大きい。
実力面はもちろん、コミュニケーションが取れているという面でも。
「さて、お次はどっちに向かったものか…」
腰に手を当てる成瀬先輩。
コンパスは支給されたけど、地図は支給されていない。
僕らはフルーレに表示されたゴールまでの距離の数値変動を見ながら、適切な方角へと歩を進めていかなければならない。
フルーレに表示された数値は、最初は西に進んで微増、次に南東に進んで減少したので、少なくともスタート地点よりは南側の方向と思われる。
「とりあえずフツーにさぁ、南に進んでみな〜い?」
早くも疲れたという様子で、地面に突き立てられたフルーレに両手を乗せ、脚を開いて前のめりになる織田先輩。
「僕も織田先輩に賛成です、ひとまず南に下って様子を見たいです。」
情報は少ない…とにかく可能性の高い候補から潰していくしかない。
「桜華くんも言ってんよー、どうすんの狛ちゃ〜ん?」
「桜華が言ってるのが一番無難だと思うが、俺はもう少し東寄りでも…」
成瀬先輩が言いかけたところで、突然蜜樹さんからの通信が入り、それと同時にコンパスの南側の指針の先に警告マークと距離数値が現れる。
《注意!注意!エリア内に野生の妖魔出現!2チームが遭遇により緊急離脱!》
競技エリア内には妨害役として躾けられた妖魔が数十体放たれているけど、どうやらそれとは異なる野生個体の妖魔が出現し、不幸にも襲われてしまったチームがあるらしい。
野生妖魔の位置はコンパス上に示された警告マークと距離数値からして、ここから真南に150m進んだ場所。
「…っしゃあ!桜華の言う通り南へ行ってみるか!」
成瀬先輩は通信を聞くなり、犬歯を剥き出しにしてニィッと笑みを浮かべる。
「えっ、成瀬先輩、今さっき通信で妖魔が出てるって…」
僕が慌てて止めようと近寄ると、成瀬先輩は振り返って親指を立てる。
「だからだよ!脱落したチームが居た場所っつーことは、フルーレも残ってる可能性が高い。貰いに行こうぜ!」
「さっすが狛ちゃん強か〜!そんなとこもスキ♡」
まさかの漁夫の利戦法だ。
「本当に大丈夫でしょうか…?って、わわっ!」
恐る恐る成瀬先輩の顔を覗き込むと、織田先輩が後ろから両肩を握ってきた。
「だーいじょぶ、だいじょーぶ!ウチのダーリン強いんだからぁ〜!危ない時は全部任せちゃいなっ♫」
──────
─2031年4月22日 10:20頃─
「う゛お゛お゛お゛ぉぉぉぉッッッッ〜〜〜〜!!!!」
木々を薙ぎ倒しながら現れたのは、人間の脚を十本伸ばし、ウナギのような長い首の先端に口だけが付いた、クモのような大型の妖魔。
体高は5m以上ある…「危険のにおい」も凄まじい…これはおそらく丙種以上…いや確実に、乙種はある!
「いたいた!大物じゃねーか…♡」
何だか嬉しそうな成瀬先輩。
妖魔が長い舌を伸ばし、僕らの周りの地面を舐め回す。
眼が無い代わりに、匂いや味を頼りに獲物を探しているみたいだ。
ヌチャヌチャと、粘液が土にベタつく音が聴こえる。
ビュルルッ!
すると次の瞬間、妖魔は僕らの位置を特定したのか、こちらを正確に狙って首を凄まじい速度で伸ばしてきた。
速い!反応が間に合わな…
ヒュヒュヒュッ
ザクザクザクッ
身構えようとした次の瞬間、成瀬先輩がすました顔で素早く手を振り抜いたかと思うと、妖魔の首が固まり、輪切りになってバラバラと切り落とされていく。
「成瀬先輩…?今何を…?」
ザザッ…ザクザクザクッ!
僕がそう呟いたのも束の間、さらに一瞬で妖魔の胴が、獣の爪痕のような形でズタズタに斬り刻まれる。
は、速い…!真冬先輩どころか、黄泉醜女様すら思い起こす、空を切り裂くようなスピード!
「ぐぁ…アァ…」
妖魔はぐったりしてその場に伏せたかと思うと、脚を激しくばたつかせ出す。
土煙に腕で顔を覆っていると、突然ばたついていた妖魔の影がぐったりとして動きを止め、ビュンと小さく丸い影が真上に飛び出した。
「な、何…!?」
土埃が止むと、そこに居たのは肌色でまん丸な、虫の蛹のような妖魔。
もしかしてさっきの妖魔の本体…!?
蛹の妖魔は真下の地面に強く弾むと、勢いよくこちらに向かって飛んでくる。
さっきの攻撃よりも明らかにスピードが速い!…でも動きの軌道は単純、置き撃ちなら迎え撃てる!
「『水龍奏術』!『水鞠・馬藺・一連』!」
五個の水鞠を一つに圧縮して放つ、弾速と破壊力を兼ね備えた水のレーザービーム。
バシイィッ!
スピンで弾かれた!?
まずい!今の状態だとすぐに“アレ”は使えない…このままだと直撃…
グニョーン
両腕で防ぐ姿勢を取っていると、蛹の妖魔は僕の寸前で急に真上へカーブするように飛んでいった。
「こ、これは…?」
「ふー、ギリギリセーフだね…桜華くん、ケガはない?」
後ろを振り向くと、織田先輩が右掌の上に、リンゴくらいの大きさの地球ゴマを乗せている姿があった。
揺らめく魂のオーラ…もしかしてこれは織田先輩のソウル能力?そしてその地球ゴマは式神?
でも今はそんなことを考えている場合じゃない…蛹の妖魔はさっきよりもスピードを上げて、今度はボンボンと音を立てて木々の間を弾みながら森の奥へと逃げていく。
「おっと逃げる気かぁ?フルーレは2本ともアイツが持ってるみたいだな…このままじゃ運営側に倒されて回収されちまう。」
チッと舌打ちをして、蛹の妖魔の方向を睨む成瀬先輩。
既にほとんど蛹の妖魔の姿は見えない…だいぶ距離を空けられてしまった。
「もしかして追いかけるつもりですか…!?」
僕が尋ねると、成瀬先輩は歯を剥き出してニッと笑う。
「逆にそれ以外どうするってんだ?」
成瀬先輩はそう言いながら、右手の人差し指と中指を揃え、ピッと横に切る。
すると背後から、黒地に金色の装飾が散らされた鎧の上に白装束のようなものを着込み、顔と両脚が無く大砲のような形の腕をした、長身の人型の式神が現れる。
「我ら尾張の訓は一つ!只管豪奢に前進あるのみ!迷いも闇も柵も、空ごと切り裂き新たな夜明けへ直走る…それが俺の『スピード・キング』!」
「見とけよ、“飛ぶ”ぜ。」
式神の腕にある砲口から、次々にツバメのような小さな式神が撃ち出されると、半透明のガラスのような軌跡を残して高速で森の奥へと飛んで行く。
成瀬先輩は少し跳び上がると、残った軌跡の一本に足を乗せ…
バンッ!
衝撃波とともに一瞬で姿を消した。
──────
極ノ番は通常、発動時に「領界」と呼ばれる、魂の魔力の波及範囲が設定される。
領界の体積や形状は使い手によるが、共通して極ノ番の不可避効果は、この領界内でのみ有効である。
領界は必ずしも極ノ番でのみ形成される霊域とは限らず、しばしば例外が存在する。
一つは、シン陰流の「円慧之陣」。
魂の魔力を模した波形の魔力を帯びることによる、擬似的な領界。
もう一つは、稀にソウル能力の基本性能として搭載される領界形成機能。
ヒュヒュヒュッ…ゴウッ!
轟音を立て、草葉を巻き上げ、猛スピードで木々の間を抜け、加速していく狛虎。
式神たちは狛虎を先導するように高速で編隊飛行し、その先には既に逃げる蛹の妖魔が再び視界に収められていた。
成瀬狛虎のソウル能力「スピード・キング」。
人型の式神から射出された複数のツバメ型の式神が高速で飛行し、その軌跡の内側を領界とする。
本体である狛虎は、この領界に沿って高速移動できる。
領界内に居る限り青天井に加速は続き、その速度はわずか5秒以内に時速200km程にも達する。
弱点が無いわけではない。
加速を続けるには、式神により形成した領界の軌道に正しく沿う形で前進し続けなければならず、軌道から外れる動きを取った場合はペナルティとして加速と速度がゼロとなりストールする。
物理的に沿うのに無理のある軌道を作れば当然その分ストールのリスクは上がるが、狛虎はこれを自身の高い運動センスや龍翔ノ舞・貼靠といった十合技などで補うことで抑えている。
超高速においても制御を失わない高い身体能力と、ストールのリスクを負いながら加速を続ける度胸、その両方が求められるソウル能力。
豪快かつ軽快に、天地を無視するかの如く奔り飛び回る様はまさに「曲芸」である。
現在時速400km。
蛹の妖魔が上空へ逃げようと跳ね上がると、式神たちはそれを追い越し、後方からは龍翔ノ舞で跳び上がった狛虎がナイフを構えて突っ込んでいく。
「欠伸が出るぜ、玉っころ。」
ドシュウゥッ!
そしてすれ違い様に、凄まじい勢いで大量の斬撃が、蛹の妖魔をど真ん中から撃ち抜いた。
──────
成瀬先輩が飛び出していってから程なくして、森の上空に蛹の妖魔が飛び出し、そしてすぐに弾け飛んだ。
たった十数秒…速いなんてレベルじゃない。
「未成年が甲位御家人に昇格するには、色んな手続きが必要だから時間がかかるの…危険な任務を負わされることもあるから、同意書とか後見人とか色々ね。」
「だから狛ちゃんはまだ乙位に留まってるだけ…ホントは甲位レベルに強いのよ。」
織田先輩の言う通りだ。
乙種妖魔をあそこまで圧倒する実力は、晶印さんや国音さんでしか見たことがない。
※䑓麓も甲位旗本です。
凄く強い…これが御三家最高戦力・尾張藩の誇る、藩校生のトップエース…!
その後成瀬先輩はすぐに戻ってくると、泥で汚れたフルーレを満足げに二本取り出してきた。
よかった、ちゃんと回収できたんだ。
「俺が妖魔を倒すことで、藩校生たちの安全が守られる!運営側の手間も減る!俺たちはフルーレをゲットできる!一石三鳥ってヤツだな♫」
「どうなんでしょう…運営側は藩校生に危険にダイブされると困りそうですが…」
「まーまー、細かいことは気にすんなって!他チームがどんだけぶつかり合ってるかは知らないが、これで得点は3倍!多少の有利は取れただろ♫」
ちょっと楽観的すぎて心配かも…今大会では、藩校生が無許可で妖魔やその他敵性勢力と戦うのは禁止されている。
しかも正当防衛ならまだしも、勝手に討伐してしまったのだから、バレたら本当に怒られそうだ。
僕らの真上に、大きな目玉のついた小型のプロペラ機「ギョローン」が次々と集まってくる…妖魔の状況を確認しにきたんだろう。
《およ?およよ?報告のあった妖魔はどこ行った〜?》
成瀬先輩は、ギョローンが駆け付けるよりも早く妖魔を倒してしまったんだ…蜜樹さんが混乱するのも仕方ない。
魔力反応も途絶えたことから、妖魔発生に伴う警戒呼びかけは解除。
僕らは関与がバレないよう、フルーレの直進ルールは守りながらも、そそくさとその場を後にした。
距離残高はあと99500km。
道のりは長い…でも戦いはここからだ。
──────
─2031年4月22日 11:00頃─
〔松代藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕
〈蜜柑・目白・直升チーム〉
進行方向とりあえず歩道沿い。
開けた場所に出れれば多少有利がつくだろう。
「移動できる道幅は広いんだ、あんまり茂みに行き過ぎるなよ、虫つくぞ。」
「大丈夫です!それに虫さんなら私はウェルカムですし!」
「ダニついても知らねぇぞ。」
「だ、ダニは嫌ですっ!?」
「だったらさっさと戻って来い。」
3人1組のチームに、自分含め徽典館の藩校生が2人。
落ちた時のリスクは高いが、上がれた時のリターンは大きい。
桜華は今頃どうしているだろうか。
ついさっきは野生妖魔が出現したと連絡があったし、変なのに絡まれてなきゃいいんだが…
─「それでも僕、一応前は向いてるんです。」─
ふと先週の桜華の言葉を思い出す。
結局あれ以降、今日に至るまで桜華は顔を曇らせ、これまでの快活さに陰りが見えるままだった。
前に進む、か…
桜華は昔から、よく泣く癖にやたら強い。
俺に無い辛抱強さや芯の強さがある。
俺は…前を進むどころか、前に向けてすらいない。
黄泉比良坂での一件以降、怪魔がほぼ一切発生していない状況も、長瀞で桜華と対峙した妖魔が魔神共に攫われたことも、石見家の使用する術巻が人間の死体由来であることも…
全て「不可解」のままで、何も進展を見せていない。
焦りは禁物…とはいえ、俺自身も俺の欲する物事も、その全てが停滞している状況に焦りを覚えない筈が無い。
俺だって進まなきゃいけないんだ、前へ…親父の居るところへ…
通路に戻ってきた蜜柑が、真横に体を寄せてくる。
「目白くん、悩み事ですか?」
「そうだな。」
「桜華くん関係ですか?」
「…そうだな。」
「やっぱり一緒にパフェ食べに行きたかったですか?」
「そう…じゃねぇよ。」
この姫は相変わらず、俺の表情を読めてるのか読めてないのかよくわからない。
ちなみにさっきから蜜柑とばかりやり取りをしているのは、決して蜜柑ばかりを贔屓しているからではない。
「…」
俺たちの後ろを数m距離を取ってついてくる、トラッパーハットを深々と被りゴーグルをつけ、口を横一文字に結んで何も喋らない男子生徒。
新発田藩主家・溝口家の三男・溝口直升。
「…」
【溝口 直升】
~道学堂(新発田藩校)中等部8年生 / 新発田藩主家・溝口家の三男~
最初に作戦会議をした時も、首を縦か横に振るだけで何も喋らなかった。
おかげで何を考えているのかさっぱりわからない…せめて顔に出やすいタイプなら良かったが、表情もまるで変わらない上、そもそも帽子とゴーグルで顔の大部分が見えない。
競技開始からかれこれ1時間以上経つが、依然として意思表示はほぼ皆無。
それどころか、付かず離れずの一定の距離を常に保ち続けていることもあり、「危険なので逸れたくないが、干渉したくもされたくもない。」という雰囲気すら感じる。
最初のやり取りで何かマズいこと言ったか?それとももっと積極的に話しかけたりすべきだったか?
時間が経ち各々のチームが自分たちの居場所もわからず彷徨う状況では、いつ不用意に他チームが接触してくるかわからない。
そんな時に味方との意思疎通がすぐ図れないのは致命的だ…できればどうにかしたいが…
「はぁ…溝口さん、これは3人1チームの集団行動だ。チームの動きに提言する権利はあんたにもある…だから少しでも意見を貰えると、俺や蜜柑としても動きやすいんだが…」
「…」
何ら反応を見せず、ただ歩き続ける直升。
ダメだなこれは…暖簾に腕押しだ。
やはり俺と蜜柑の2人で頑張るしかないのか…?
──────
俺は溝口直升。
「…ぁ、ぁ…」
「移動できる道幅は広いんだ、あんまり茂みに行き過ぎるなよ、虫つくぞ。」
「大丈夫です!それに虫さんなら私はウェルカムですし!」
「ダニついても知らねぇぞ。」
「だ、ダニは嫌ですっ!?」
「だったらさっさと戻って来い。」
「…」
や、やっぱりダメだあぁ〜〜〜〜…
会話が始まってしまったし、俺の割り入る余地は殆ど無い。
話し掛けるタイミングが全く掴めない…昔からそうなのだが、人がいつ話し始めるか、どこで話し掛ければ問題ないか、そういう感覚が俺には全く掴めないのだ。
だってほら、今だってもし話し掛けてたら「俺は今蜜柑と話したいんだが?」みたいな険悪な雰囲気出されるかもしれないし、そもそも今更喋り出したところで「うわ何こいつ喋り方キモ…」とか思われるかもしれないし、怖い…!
物心ついた時からコレなんだ…早い話が「人と話せない」。
溝口家の三男でありながら情け無いことこの上ない話だが、兄上や姉上たちと違って俺には社交性の“しゃ”の字も無い。
早口で喋れば人を置いていくし、かと言って待てば置いていかれる…他人とペースを合わせるのが致命的に下手なのである。
だから何をするにも一人でいる時の方がずっと落ち着く…なので友達ができず、余計に他人との距離の取り方がわからなくなっていく。
それを繰り返して14年が経ち、最早手遅れなところまで来たのが今の俺というわけだ。
3人1組のチーム戦と聞いた時は、胃が締め上げられて眩暈がした。
大きなチームの中でなら、上手く人に紛れて実質単独行動が取れるが、少人数のチームとなればそうもいかない。
「はぁ…溝口さん、これは3人1チームの集団行動だ。チームの動きに提言する権利はあんたにもある…だから少しでも意見を貰えると、俺や蜜柑としても動きやすいんだが…」
ひいぃっ!突然こっちに話が振られてきたぁっ!?
何か、何か言わないと…何か言わないといけないが、何も言葉が浮かばないし、浮かんだとしても声が出ない。
「…」
結局ダンマリになるしかない。
話すのが怖いだけじゃない。
団体行動は昔に自分から勇気を振り絞って意見を出したところ、正しく伝わらずに失敗するという流れを何度か繰り返したことがある。
少しでも意見しようとすると、過去に激怒したチームの仲間から「この穴の埋め合わせはどうするつもりだ」と詰められた記憶が蘇り、思考が停止してしまうのだ。
自我を出せば嫌われる…
出さなくても嫌われる…
これは詰みだ…
あっ、またため息吐かれた…
絶対嫌われた…穴があったら入りたいぃ…
ここで…今すぐここで、腹を切りたいぃ…
──────
蜜柑・目白・直升の一行は、スタート地点から南南西に約600m離れた地点で足を止める。
「蜜柑…頼む。」
「ええ、お任せをっ!『焔珠』!」
目白の合図に応じて、蜜柑が口元で両手指を組んだ輪を作り、前方の茂みの向こうへ小さな火球を撃ち出す。
すると火球は10m程進んだところで、突然左上に逸れて飛んで行く。
目白がその先に視線を合わせると、茂みの向こうから現れたのは右目以外をマスクで隠した、特攻服姿の小柄な少女。
「ちーっす、意外と早く出会っちゃったね。」
村井タテハである。
【村井 タテハ】
~壮猶館(加賀藩校)高等部10年生 / 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・村井家の長女~
「何なら遅過ぎるくらいでしょう…とりあえず、黙ってフルーレだけ置いて帰ってくれませんか。」
真顔のまま拳を構え、稲妻を迸らせる目白。
「困ったなぁ〜…生憎フルーレはまだ1本しか持ってないんだよね〜…」
「別に1本だけ置いてけなんて一言も…持ってるやつ全部寄越せって言ってんですよ。」
「馴染みの先輩相手でも容赦無いね、流石は甲府の次期筆頭候補?」
「先輩相手ならむしろ容赦なんて要らないでしょう、特にアンタら加賀八家は。」
「ふふっ…それもそうだね、じゃあ遊ぼっか♡」
啖呵を切る目白に対し、タテハは矢印型の尻尾を揺らめかせながら、右目を爛々とさせた。
──────
─2031年4月22日 11:00頃─
〔松代藩 上田市 菅平高原 菅平湖周辺〕
〈狛虎・弾姫・桜華チーム〉
競技開始から二時間、平穏が長引くかと思われた折、僕らはとうとう他チームと接触する。
「あらあら、どんなチームかと思ったら…成瀬家のアベックに硯家の長男坊ちゃんのチームだったのね、これはラッキーだわ♡」
【前田 孝春】
~壮猶館(加賀藩校)高等部12年生 / 加賀藩筆頭家老家「加賀八家」・前田家(対馬守家)の長男~
顔のあちこちにピアスが目立つ、薄桃色のパンクロックショートヘアの、狐目で長身の男の人。
所謂オネエ言葉っていうの…?の、インパクトが凄い。
そこに後ろから、黄土色のメタリックなバイザーで顔を覆った男の子と、編み込んだロングヘアと丸眼鏡の目立つ女の子が、小走りでついてきた。
男の子は僕を見るなり背筋をピンと伸ばすと、深々とお辞儀をしてくる。
「き、君があの硯風弥様の御子息…お初にお目にかかります。」
【榊原 勝臣】
~脩道館(高田藩校)中等部8年生 / 高田藩主家・榊原家の長男~
女の子は物珍しげに、僕を頭から足先までまじまじと見つめてくる。
「あなたが父上の言っていた硯桜華…やっとホンモノに会えた…」
【松平 珠寿華】
~賎機舎(駿府藩校)初等部6年生 / 駿府藩主家・越前松平家の長女~
林間合宿で僕の名前が衆目を浴びることに関しては、薄々でも何でもなく容易に予想のついたこと。
それにしても三人とも僕のことをよく知るような素振りを見せるのは、どうしてだろう?
また僕が思い出せていないだけの知り合い…?
成瀬先輩が横から僕の肩を持つ。
「まー何はともあれ、俺たちのやるべきことは一つしか無ぇよな、桜華君。」
「はい…!」
「飛ぶぜ、総取りだ!」
「狛虎ちゃんったら、相変わらず狂犬ねぇ…行くわよボウヤたち、ワタシについて来なさい♡」
孝春先輩は背中から短槍を取り出し、始令を唱える…魔剣だ!
「『万里を排せ、“夕晴”』!」
迫り来るのは未知の「圧力」。
とうとう激突が始まる…!
《全域で各チームの衝突を確認!バトルの本番はここからよ〜ん!》
〔つづく〕
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
〈tips:妖魔〉
【ギョローン】
目目連がドローンと一体化している、ギッシャーと同様に家畜化された妖魔。
複眼と単眼を使い分けながら高解像度の画像・映像を絶え間無く録画・中継でき、燃費も良好なことから幅広い場面で運用されている。
機体をびっしりと埋める大量の眼球は意外にも頑丈で、多少の落下や激突でも容易に傷付くことはない。
長時間使用し過ぎるとドライアイを起こすため、定期的な水分補給は必要。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
ここまで読んでくださりありがとうございます!
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