#59 再燃 破「届かぬ声」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に入隊し、御家人研修を経て、正式に侍として認められた竜の少年・硯桜華。
悲劇の傷が癒える暇さえ許さぬかの如く、次なる試練が桜華に襲い来る。
中部地方の藩校同士が激突する、全国最大規模の合同強化訓練…「中部藩校合同林間合宿」である。
舞台は信濃。
いざ、混沌極まる激戦の渦中へ!
破 ~届かぬ声~
僕は硯桜華。
甲府御庭番衆隊員で、藩校に通う中等部八年生。
長瀞での事件の爪痕がいまだ癒えない中、藩校に戻ってきた僕に次なる試練がやってくる。
その名も「中部藩校合同林間合宿」。
普通の林間合宿をしつつも、藩校どうしが覇権をかけて鎬を削り合うそうだ。
甲府からあまり外に出た記憶のない僕にとっては、藩外の学生たちと交流できる楽しそうなイベントだと思ったけど、どうやらその見立ては甘かったらしい。
これから僕を待ち受けているのは、未体験の波乱と熱狂、そして混沌。
これはまだその序の口。
──────
─2031年4月14日 14:30頃─
〔甲府藩 甲府市 中央一丁目 カフェテラスKASHIWADE〕
まるで雪のように真っ白な女の人が、天を覆うかのように僕を頭上から見下ろしている。
お、大きい…!晶印さんより少し低い程度しかない…!
「あらあら?顔が強張っておりますわよ?私の顔に何かゴミでもついております?」
女の人はニコニコしたまま尋ねてくる…身動きすれば取って喰われそうな、そんな凄まじい威圧感を覚える笑顔。
もしかして怒ってる…?凍り付いて動かない僕に?いやでもこういう時ってなんて声をかければいいの?
気まずい沈黙が流れる…と思った次の瞬間、突然真っ白な女の人が、後ろからグイッと引っ張られた。
同時に、慌ただしい様子の男の人の声が聴こえてくる。
「なーにやってんだリュシル!お相手は怖がってんだよ!ってか、返り血浴びたまんま客の前に出てんじゃねぇ!食品衛生考えやがれっ!」
女の人を引っ張って僕らから引き離したのは、ずんぐりむっくりとした茶色い毛むくじゃらの人…人?身長が石野さんくらい…つまり2mはある。
短い手足の先には四本の指と鋭い爪、顔にらテトラポッドのような形の白い模様、大きく前に突き出た鼻と、横から伸びる長い髭、鋭く大きな前歯。
…簡単に一言で表すと、「超巨大モルモット」だ。
かわいい…じゃなくて、モルモットが喋ってる!?
「んあー、驚いてんのか?喋るモルモットは初めてか?まあ肩の力抜いてけよ。」
まるで人みたいな口ぶりだ…さっきからモルモットを眺めていると、首元や手足の付け根に隙間が見える。
中に人が入ってたりするのかな?隙間をじっくり眺めていると、すかさず声をかけられた。
「ネタバレするけど、中には何も入っちゃいねーぜ、もぬけの殻だよ。」
モルモットはしばらく考え込むような仕草をすると、パッと顔を上げてまたハキハキと話し出した。
「えーっと、とりあえず名乗らねぇことには何も始まらねぇよな…よし!」
「俺の名前はグロブ・スター、徽典館の10年生だ!まあ色々ツッコミてぇ気持ちはあるかもしれねぇが、まずは先輩ってことで受け入れてくれ。」
【グロブ・スター】
~徽典館 高等部10年生~
プイッ!と鼻を鳴らして腕を組むグロブ先輩。
喋る動物ならアズマ様やシリアン先生でだいぶ慣れてきたけど、まさか藩校生の中にも式神がいるなんて…
「ほら、お前も挨拶だよ。」
白と青のドレスを着た真っ白な女の人は、僕らの様子をぼーっと見つめていたけど、グロブ先輩に小突かれると、ゆっくりお辞儀し始めた。
「膳リュシルと申します。」
【膳 リュシル】
~徽典館 高等部10年生 / 甲府藩家臣 膳家の長女~
まるで異国人のような名前だ…と思っていたら、隙を見つけのか蜜柑の声が割り込んできた。
「はいはーい!説明が遅れて申し訳ありません桜華くん!こちらの御二方も私と同じ、今度の林間合宿の藩校代表生です!」
「左は膳リュシル先輩!ちょっとおっかないけど実はおっとりふわふわ系のパワーファイターです!御母様がフランスのご出身です!」
「右はグロブ・スター先輩!えーと…モルモット…みたいな、何かです…?」
突然自信無さげに振り向く蜜柑に、グロブ先輩は軽くずっこけて見せた。
「いや何かって!正真正銘!どこからどう見ても!血統書付きのモルモットだよ!」
するとリュシル先輩は、先端に丸いオーナメントのような飾りがついた四つ編みの髪束を揺らしながら、再び僕にそろそろと近付いてきて、少し腰を屈めて眉を下げる。
「ごめんなさいね、桜華様…先程は決してキレていたわけではなく、ただお話をしてみたかっただけなのですわ…せっかくまた会えたのですから…」
怒ってなかったんだ…よかった…
店名と姓からなんとなく察していたけど、このカフェはリュシル先輩のお母様が経営しているお店だそうだ。
膳家は代々甲府藩家老家の使用人として仕えている特殊な武家で、リュシル先輩のお母様もかつては硯家の使用人として仕えていたという。
残念ながら僕はまだ思い出せていないけど…硯家の屋敷にはかつて十数人くらいの使用人が居て、僕やお母様のお世話を手伝ってくださっていたらしい。
リュシル先輩のお母様は、僕が生きていたと聞いた時は泣いて喜んでいたそうだ…そんなに僕を大切に思ってくれている人を覚えていないというのは、やっぱり申し訳ないし悲しいな…
リュシル先輩も、生まれてから度々硯家の面々に会っていたらしく、そのために僕のことを知っていたそうだ。
身に覚えのない「久しぶり」も言われ続けて一月以上が経つけど、そのことが僕の記憶がいまだに戻りきっていないことを否が応でも知らしめてくる。
「リュシル先輩、すみません…僕…」
謝罪の言葉を述べかけたところで、リュシル先輩に制止される。
「硯家の御長男ともあろうお方が、そう簡単に頭を下げてはなりませんわ…記憶の件は既に伺っております故、ご心配なさらず。」
リュシル先輩はそう言ってふんわりと笑って見せてくる。
よかった、悪い人じゃないどころか、良い人みたいだ…つまり…
ゴゴゴゴゴゴ…
「あ、はい…ありがとうございます…」
笑顔の圧は感情に関係なくデフォルトなんだ…
──────
─2031年4月14日 16:30頃─
〔徽典館 別館 弓剣道部応接室〕
「…で、作戦はどうするって話だが…」
腕を組み、畳の上にどてっと座り込むグロブ先輩。
プチ女子会を終え、僕は蜜柑の誘いで藩校に戻って藩校代表のミーティングに同席することになった。
場所は弓剣道部の応接室。
畳張りの部屋に入ると、既に目白がホワイトボードや人数分の冊子を用意して待っていた。
「あの…そもそも対抗戦って、3回とも開始直前まで情報が開示されないんですよね?なのに作戦会議なんてできるんですか?」
僕が小さく手を挙げながら質問すると、グロブ先輩が手を振り返して快く答えてくれた。
「まあ確かにお前の言う通り、対抗戦の試合内容は直前まで明かされねぇ…だが、実際は試験問題みてーなモンで、これまでに実施された競技を使い回してる上に、傾向もある。」
「傾向…ですか?」
「そう、傾向…たとえば計3戦ある対抗戦のうち、2戦目は球技、3戦目は決まって自由な乱戦形式の競技になるってのが、これまでの経験からわかってんのさ。」
ただしグロブ先輩の話によると、1戦目だけはこれといった傾向が無くランダムなため、どんな競技になるのか予想しづらいらしい。
いずれの競技も武器・魔術・能力を使っての戦闘が発生するのが基本な一方、戦闘を直接目的とする競技は無いそうだ。
「これは申し訳ない話なのですけれど…各競技で誰がどういう役割で他校をブッ潰すかというのは既に粗方固まっておりまして、1週間前にして急遽桜華様を入れた計画を練り直すというのは難しいのですわ…」
眉を下げて俯き、申し訳なさそうな様子でこちらに目をやりながら話すリュシル先輩。
そもそも僕の御家人研修の期間が関係者以外には不定と伝えられていたこともあって、僕を組み込んだ計画は練れなかったらしい…何せ僕自身がミーティングに参加できなかったので仕方ない。
「とはいえ丁位の御庭番を主戦力に組み込まない手はねぇから、できれば何らかの形で活躍はさせてやりてぇ…何が得意だ?」
畳に寝そべりながら尋ねてくるグロブ先輩。
ここは石野さんに言われた通り、自分の有用性を示さなきゃ。
「水を出して操るのが得意です!空も飛べます!何かお役に立てることがあれば何でも!」
先輩二人が「おー」と口を開ける。
「水出せるってのは置いといて、空飛べる奴ってのは少なくともウチの主戦力級にはこれまで居なかった…他校にも中々居ねぇし、デカいアドバンテージになるぜ。」
それは感覚的によくわかる。
飛行能力は偵察から奇襲まで、単独でもいくつも役割を兼ねることができる。
他の藩校生たちが空を自由に飛べないともなれば、僕がほぼ空中という第二の領域を独占できることにもなる。
「桜華くんの飛行はとっても速いですよ!一番速い時だと時速100キロは出ます!」
「地上の速度なら俺の方が速いが、空中を含めれば持続速度も機動力も桜華の方が明らかに上です。」
立て続けに蜜柑と目白がフォローしてくれる。
確かにスピードにもそれなりの自信はある。
当たり前のように自分の能力を評価してくれる仲間が居るのは嬉しい限りだけど、そこまで言われるとちょっと恥ずかしいなぁ…
「まあ、空を飛べる奴は少ないって言っても、肝心の本命共は飛行能力も高いんだけどな…」
ため息混じりに呟くグロブ先輩。
「本命…?」
僕が訊き返すと、グロブ先輩は眉を上げながらすぐ答えてくれる。
「我らが夕斎様の治める甲府藩が擁する徽典館、最高武力の加賀藩が擁する壮猶館、派手好き御三家の尾張藩が擁する明倫堂、真田家の御膝元たる松代藩が擁する松代藩文武学校…この4校は毎年必ず対抗戦のトップ4を独占する、四天王と名高い藩校だ。」
「で、特に加賀藩・壮猶館の主将・前田利雅と、尾張藩・明倫堂の主将・成瀬狛虎、この2人が超ヤバいんだよ。」
「どっちもまともにぶつかりゃこっちが全滅しかねない強さをしてやがる…だが、徽典館が優勝するにはコイツらをどうにかしなきゃいけねぇんだ。」
一人で徽典館の藩校生全員を倒せる実力…!?
藩外にはそんな怪物みたいな藩校生がいるの!?
僕がポカンとしていると、目白が当日の動きをホワイトボードに書き終え、マジックペンに蓋をしながら話す。
「本当なら真冬先輩の力も借りたいところですが、今年も厳しそうですね。」
各々が腕を組んだり口元に手を当てたりして唸り出す…真冬先輩って誰…?
すると少しして、グロブ先輩がポンと手をつき、勢いよく立ち上がった。
「真冬パイセンねぇ…あ、そうだ!」
そしてグロブ先輩は僕の元まで歩み寄ると、もふもふの腕を僕の肩に回してきた。
「なあ桜華よ、さっきできることなら何でもっつったよなぁ?それなら早速聞いてほしいお願いがあるんだが…」
──────
─2031年4月14日 16:30頃─
〔甲府城 屋形曲輪 屋形曲輪書院〕
「平和なことで何よりですよ、怪魔なんて発生しないに越したことはないんですから。」
目と肩にこびり付いた重みに身を任せ、首をすくませ僕は呟く。
現在、甲府藩に起きている、ある「異変」。
甲州事変より翌年、これまで凡そ10年に亘り断続的に甲府藩を襲撃してきた怪魔の発生が、鬼火による甲府城襲撃事件を境にぴたりと止んだのである。
石見家の活動も、長瀞での事件に氿㞑らの関与が疑われる程度で、それ以外に動きを見せることはほとんど無い。
理由も実態も判然としないまま、凡そ2週間が経つ。
期せずして訪れた平穏に藩民たちは束の間の安堵を見せる一方、突如として訪れた静けさに甲府城の者たちは不気味さを覚えていた。
「平和なことに限りゃ、このままでいてくれてもいーんだがなぁ…コレが溜めの期間で、何かのイベントに合わせてドカンと一発やられてもおかしくねぇって考えんのが普通だよなぁ…」
腕を組み、珍しく不安げな表情を見せる晶印さん。
まあ懸念するのも無理はない…先の甲州事変も、石見家は長い休眠期間を経て、大規模テロに及んでいる。
「結局我々は直接目にすることは無かったが…黄泉比良坂の頂上にあったという“大神実”とやら、桜華の報告によれば魔神・虹牙はあれを2個持ち去っている。」
「怪魔の発生が途絶たことと大神実の奪取、俺には無関係とは思えない。」
同じく腕を組み、渋柿でも食ったのかというくらいの神妙な面持ちで、顎に手を当て呟く国音さん。
大神実とやらとの関連性を疑っているのは僕も同じだが、ぶっちゃけ何が何だかよくわからないというのが正直なところだ。
「外野の立場で言うのもアレですが、何を推測するにしても、情報が足りなさすぎる状況下でアレコレ捏ねくり回して考えてばっかりでは、あんま意味無いと思いますよ。」
「ここは同時並行…と言いつつ、事後9割・事前1割くらいのノリで構えましょう。」
「何か起きてからじゃないと何すればいいかわからないので、何か起きた時に何でもできるようにしとくしかないんじゃないですかね〜。」
言いたいことは言った。
発展性の無い推理は無駄に脳のメモリを奪うだけだ。
そんなことより目の前の課題…中部藩校合同林間合宿の安全確保を検討していかなくてはいけない。
「まあこれは䑓麓の言う通りだわな…目下オレたちの目標は林間合宿の安全運営。」
晶印さんはにへっと笑って息を吐く。
「それこそ石見家の介入に警戒すべきだがな…これまで石見家の工作員が藩外で表立って活動することはほとんど無かったが、忍藩で魔神の活動がはっきりと確認された以上は…」
国音さんは顰めっ面を歪めることなくぼやく。
そうこうしているうちに、上座の襖がゆっくり開き、夕斎殿とアズマ様が入ってくる。
「待たせてすまぬな、明日の会議の打ち合わせを…」
そこで突然、下座の襖が勢いよくガラッと音を立てて開く。
全員で背後をバッと振り向くと、そこには息切れしながら膝を立てて控える八戒くんの姿があった。
「んん?八戒よ…然様に慌てて、一体何事だ?」
アズマ様と一緒に首を傾げる夕斎殿に、八戒くんは息をせき切りながら答える。
「はぁ…ゆ、夕斎の旦那、筆頭様各位っ…と、とんでもねぇことが判っちまいましたっ…!」
「“とんでもねぇこと”?何についてですか?勿体ぶらずに話してもらいましょうか。」
僕が突っつくと、八戒くんは正座に座り直し、咳払いをして少し早口で話し始める。
「先日回収された、怪魔・琴声蟲の本体と思しき箏の柱の破片について、その組成の解析が完了しました。」
「解析結果は、怪魔ひいては術巻の“素材”の正体を強く示唆するものでした。」
「結論から申し上げます!その素材とは…」
「人間の遺体にございます。」
──────
─2031年4月14日 17:45頃─
〔甲府藩 甲府市 伊勢 荒川緑地(千秋橋上流左岸)〕
グロブ先輩は人使いの荒い人…モルモットだった。
僕が引き受けた「お願い」、それは徽典館最強の藩校生・柳沢真冬の説得。
甲府城番を代々務めた柳沢家の長男で、時期甲府藩主の継承順位は蜜柑に次いで第二位。
この時点で既に大物なのだけど…武芸の才に特に秀で、徽典館はおろか全国を見ても、加賀藩とも互角に渡り合えるトップクラスの実力者らしい。
その割には名前を聞いたことがない…実はここが問題で、真冬先輩の全武大への出場は二年前から途絶えている。
ある日から突然、全武大や林間合宿への参加を拒むようになったという。
弓剣道部の部長でもあったところを、丁寧に後輩へ引き継いでこちらも退部してしまったそうだ。
貰ってきた無数の賞杯も置き去りにして。
いったい何があったんだろう…
藩校生ながらソウル能力なしで乙位に上り詰め、加賀の前田や尾張の成瀬に並ぶ猛者。
ひょっとして身長八尺もある怪物の類なのでは?などと戦々恐々としながら柳沢家の屋敷を訪ねてみたけど、肝心の真冬先輩本人は居なかった。
その後は各所をたらい回しにされるも、結局真冬先輩はどこにもおらず…ようやく得られた情報は、一周回って戻ってきた柳沢家にちょうど訪ねていた雲母くんからの「夕方は河川敷でぼーっとしてる」というものだった。
道路の上から河川敷を見下ろし、人影を探すと…
川縁にポツンと一人、誰かが座っているのが見える。
やっと見つけた!あれが真冬先輩…なのかな?
僕は真冬先輩を、林間合宿に参加するよう説得しなければいけない。
でもその前に問題がある。
どう話しかけたものか。
リュシル先輩によれば、真冬先輩は僕と面識があるらしい。
残念ながら僕にその記憶は無い。
馴れ馴れしくはできないし、かといって余所余所しくもできないし…記憶が戻り始めてからというもの、自分のことを覚えている相手とのコミュニケーションではずっとこの部分で躓いている。
ひとまずあまり目立たないように、あくまで通行人然とした感じで、道路から階段を降りていく。
僕は気まずい場面での対応がとても苦手だ。
一直線に勢いよく向かって来られたら嫌だろうな…という思いやりだけど、これも逆に不自然かな…?
真冬先輩らしき人影に目を向けつつ、目立ち過ぎないようにそろそろと歩を進めていると…
パッ
瞬きとともに人影が消えた!
ガシッ
次の瞬間、何かに肩を掴まれる。
「えっ。」
「獣の狩りならとっくに喰われてるよ、硯の長男坊。」
深い紺色のウルフカットに四白眼、徽典館の赤いジャージを上下に着た、スラっとした背丈の高い童顔の男の人。
不意打ちを喰らうのは今日で二回目…だけど、明らかにリュシル先輩よりも速い上、魔力の動きも全く感じ取れなかった。
只者じゃない…たぶん、この人が…柳沢真冬先輩だ…!
「俺にいったい何の用かな。」
【柳沢 真冬】
~徽典館 高等部12年生 / 元甲府城代・柳沢家の長男(次期甲府藩主継承順位第2位)~
──────
「話は聞いてんよ、記憶が無いんでしょ?」
そう言って苦笑しながら、斜面の草むらに仰向けに寝そべる真冬先輩。
ひとまず解放はしてもらえた。
「何の用で来たかなんて訊くまでもないか…林間合宿の対抗戦に出るように、俺を説得しに来たんだろ?それも誰かの指示で…まあ十中八九グロブだろうな。」
真冬先輩は空を見上げ、クスクス笑いながら話す。
思ったより威圧感や恐怖感のある人ではないけど、その態度には明らかに越えさせまいとする壁を感じる。
真冬先輩を説得するには、この壁をどうにかして越えなきゃいけない…
すると真冬先輩が首を回してこちらを向く。
「どうして?って顔してるね。」
「あっ、す、すみません…」
「別に謝る必要無いっしょ、君は断れない立場だったろうし。」
「あの…伺ってよろしいですか?何故全武大や対抗戦への参加を拒むのか…」
「うーん、ヒミツ⭐︎って言いたいとこだけどなぁ…グロブめ、本当にズルい奴だ…」
「…?」
「早い話がね、戦う意味が無くなったの。」
そよそよと風が吹き、ザァッと草が揺れる。
「…どうして…?」
僕が思わず重ねて訊いてしまうと、真冬先輩はまたにへらっと苦笑いした。
「ははっ、そんな顔で訊いてこられるのは辛いなぁ…桜華君はさ、人の痛みがわからない奴が力を使うことをどう思う?」
思わぬ問い返し。
「それは…心や体の痛み方は人それぞれなので、僕は本質的に他人の痛みを理解できる人なんて居ないと思っています。」
「痛みをわかることよりも、痛みをわかろうとすることに、僕は価値があると思います。」
真冬先輩の目をまっすぐ見つめて答えると、真冬先輩は少し驚いたような顔をした後、手を叩いて大笑いしながら飛び起きた。
「あっはっはっはっは!そりゃ正論だよ桜華君、それを言われちゃもう何も言い返せないよ…」
納得してくれたのかな?とほっと胸を撫で下ろそうとした途端、急に鋭い殺気を感じて、僕はすぐに飛び退いた。
「勘が良いんだね、感心するよ…流石は竜の子。」
ニヤリと笑みを浮かべる真冬先輩に、僕は剣に手を掛けつつ身構える。
「な、何のつもりですか…真冬先輩…?」
「いやぁ、あんまりにも面影が強くて引っ張られそうになるから、困らせてやろうと思ったのにさ…論破されちゃったから、駄々を捏ねたくなったんだよ。」
真冬先輩はジャージのポケットから何か黒く短い金属棒のようなものを取り出し、右手に持って強く振る。
すると棒の先端が、カシャカシャと音を立てながら伸びる…特殊警棒だ。
「どうしても俺に来てほしいって言うならさ…勝負しようか、硯の坊ちゃん。」
左手でクイクイと挑発してくる真冬先輩。
「そんな顔」とか「面影」とか、不可解な言動も気になるし、あまり物騒なマネも避けたいけど…今僕が為すべきことは一つだ。
腹を括れ。
「林間合宿まで時間がありません…それに僕はまだ藩校に何一つ貢献できていないので、ここで手ぶらで帰るわけにもいきません。」
「戦わなければ納得しないというのなら…上等です、受けて立ちます!」
力ずくで引き摺ってでも、この人を林間合宿に連れて行く!
相対して僕はようやく気付く。
「…っ…!?」
本来全ての生命が持つはずの魔力。
それを目の前の人間が一切持ち得ないことに。
〔つづく〕
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〈tips:人物〉
【膳 リュシル】
甲府藩家臣・膳家の長女で、徽典館の高等部10年生。
16歳・日本人とフランス人のハーフで、段位は丙位。
高貴で物静かな雰囲気やお嬢様口調とは裏腹に、実はかなり気性が荒く、口を開けば物騒な発言が目立つ。
無意識に他人を圧迫するような態度を取りがちで、美形と高身長も相まって特に後輩からは怖がられがち。
膳家は代々甲府藩の重臣に使用人として仕える特殊な家系であり、母親が硯家の使用人であったことから、桜華とは幼い頃から知り合いであった。
鶏の首を切るのが得意で、同級生からは「処刑女王」のあだ名で呼ばれる。
桜華たちに顔を見せた際に浴びていた返り血は、直前に鶏の処理をしていたために付いたもの。
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