#58 再燃 序「夙夜夢寐」
甲府の姫君、太陽の姫君、晴れの姫君。
どれも甲府の人々からもらった、私なんかにはもったいないくらいの愛称だ。
父上に心の底から愛されて、甲府のみんなにもいっぱい可愛がられて。
あったかいごはんをたくさん食べられて、広いお風呂にゆったり入れて、ふかふかのお布団でぐっすり寝れて。
そんな当たり前のように恵まれた人生に、何の不平も不満もない。
なのに。
それなのに。
胸の中には、昔からずっと小さな「空洞」ができたまま。
焼き菓子の中の気泡みたいに、見ないふりをすれば忘れる程には小さいけれど、決して消えてなくなることもない。
風で柳が戦いだ時、私はその柳の名前から、吹く風の訳までもを知っている。
隅から隅まで知っている。
知りたかったから知っている。
知らないことがどうしようもなく不安だったから。
けど…どれだけ何を知ろうとも、真実に辿り着けないであろうものを、私はふたつ持っている。
この胸の空洞、そして、半分に割れた赤珊瑚の簪。
知らないことがあるのならば、知りたいと思うのは普通なはず。
今のままで変わらなくていい。
でも知りたい。
私がどこから来たのかを。
第四章『中部藩校合同林間合宿』
序 ~夙夜夢寐~
─2031年4月14日 14:00頃─
〔徽典館 本館2F 8-1教室〕
「俺は教師だ…生徒の意思はできる限り尊重したい。」
「だからお前にも、“学校に来るな”なんて無理強いをするつもりはない。」
「だけどよ、桜華…」
「本当に大丈夫じゃねぇ時は、ちゃんと“大丈夫じゃない”って言ってくれ。」
天貝先生はいつになく険しい面持ちで、僕の目をまっすぐ見つめ、重い声色で語りかけてくる。
御家人研修明けの月曜日。
8年生最初の登校日。
僕は何事も無かったかのように藩校に来た。
長瀞で起きたあの事件は、土日のうちにメディアで広く報じられ、その凄惨さから連日のように話題になっている。
「お子さんや親御さんが気の毒でならない」
尊い犠牲に心を痛める声。
「なぜ事前に防げなかったのか」
やりきれなさを滲ませる声。
「侍たちは何をしていたんだ」
対応にあたった武士たちを糾弾する声。
人は理屈よりも感情を優先する生き物だ。
たとえ自分が部外者だと理解していても、一番大変なのは現場で対応にあたった人たちだと理解していても…
一度伝え聞いた程度の情報からでも、湧き出た怒りや悲しみは膨れ上がり、理性の堤を越えて、礫になって僕らに飛んでくる。
─「世の中の人間なんて大半は良い人でも悪い人でもないグレーです。」─
飛んでくる非難の声の多くの根源は、別に僕らを傷付けようという「悪意」ではなく、僕らが弥舞愛や愛宮衣さんたちを救えなかったことに怒ったり悲しんだりする「善意」だ。
この前の䑓麓さんの言葉が甦る。
あの場に居た皆んながベストを尽くしていた。
石野さんも、忠愛さんも、シリアン先生も。
だからもう、これ以上責め立てないでほしい…悪いのは、弱い上に指示を守らず勝手に行動した僕だ。
あの時指示に従っていたら、もっと早く動けていたら、結果は変わったかもしれない。
全部僕のせいだ。
愛宮衣さんは僕が死なせた。
弥舞愛は僕が殺した。
全ては僕の油断や弱さが招いた結果だ。
決して忘れないと、必ず仇を討つと、そう誓っても。
頸の動脈を斬り刻んだ時、刀から伝わったあの感触が、今も両手に細い綿糸のように絡み付いている。
…そもそも、三日三晩で立ち直ろうというのが、土台無理な話なのだろう。
せめてもの救いは…あの日の夜に、夢の中で弥舞愛が僕に別れを告げてから、あの時の光景が夢に出て来ることも、夢枕に立って僕に呪詛を並べることも、一切無いことだろう。
毎晩魘されることが無いどころか、むしろぐっすりとよく眠れてしまう。
まるで誰かが悪夢を攫っていったかのような、そんな不思議な感覚だ。
長瀞での事件に僕が関わったという話は、蜜柑や目白でさえよく知らない。
情報は、夕斎様をはじめとするごく一部の大人たちにだけ共有されていて、天貝先生もその一人だ。
…このままダンマリは良くない。
僕は口をゆっくり開き、そろそろと言葉を漏らしていく。
「…大丈夫では、ありません…大丈夫なはずがないです。」
「でも、ここで立ち止まったら、きっともう二度と立ち上がれなさそうな気がします。」
「それに僕は…望まれたんです。」
「人を殺したという咎を背負ってもなお、振り返らず前へ進むことを。」
これは呪縛なのかもしれない。
夢の中で弥舞愛から受け取った言葉とミサンガが、割れかけた僕の心を縛り付けて繋ぎ止めている。
自分にはもう振り向かずに、広い世界を生き続けてほしいという、弥舞愛が遺した優しい呪縛。
「だから藩校には引き続き通います。」
黙って頷きながら話を聞いてくれる天貝先生に、僕は背筋を改め、まっすぐに瞳を見つめる。
人の心配を他所にしすぎだ。
流石に自分でも少しはそう思う。
天貝先生は少し困った顔になると、大きくため息を吐いた。
「さっきも言ったが、俺は別に“学校に来るな”とまで言うつもりは無ぇ…お前が学校に来たくて来てるならそれで良いが、それにあたって何を考えてるのか知りたかったんだよ。」
「話してくれてありがとよ。」
少し笑みを見せる天貝先生に、僕も少しほっとした。
安心してくれたのかな…
「だけどな桜華…ここではっきり言っとくが、死んだ人間の分まで日々を大切に生きる必要は無ぇからな。」
教師が発するにしては意外な言葉に僕が目を丸くしていると、天貝先生は続けた。
「どいつも自分一人の人生ですら精一杯な癖に、他人の人生丸ごと背負えるか?って話だよ。」
「他人を養うのと、他人の人生を肩代わりするのとでは、まるで訳が違う。」
「ましてやお前はまだ学生だ…はっきり言って荷が重すぎる。」
「忘れるな桜華、お前には俺たち大人がついてる…絶対独りになるなよ。」
──────
来週に開催される林間合宿の準備のため、今週は午前授業の日が続く。
本当は来週の合宿に備えて色々準備しなきゃいけないらしいけど、昼に帰れるとなって遊びに行かない生徒が居ないわけがない。
天貝先生との個別面談を終え、教室から廊下に出ると、そこにはわちゃわちゃとたむろする蜜柑・恋雪・琳寧・ソウカと、それを少し離れた場所から眺めている目白とハッチが居た。
どうやら皆んな、僕のことを待ってくれていたらしい。
「あっ、桜華くん!面談終わったんですね!」
すぐに僕の方に振り向き、手を振ってくる蜜柑。
相変わらず明るいなぁ…頭の中で泥のようにグズグズとしている陰鬱な感情が、少し照らされてマシになる気がする。
何より、御家人研修の期間中、蜜柑や目白たちとはほとんど会えなかったから…皆んなが近くに居るというだけでも、まるで家に居るかのような安心感がある。
やっぱり友達の存在は偉大だと思った。
「はい、終わりましたよ。」
僕が答えると、恋雪が首を傾げる。
「お説教ッスか?」
「いや…まあ…そうかもしれないですね。」
「テストの点が悪かったとかッスか?」
「うーん…まあそんなところです、編入してからすぐのテストでしたし、次からは頑張れよー的な感じのことを言われました。」
「そーなんスね!」
納得したッス!と言わんばかりの笑顔を浮かべる恋雪の頭を撫でる。とりあえず納得してくれたようだ。
「そういえば、蜜柑たちは何をしてるんですか?」
尋ねると、琳寧がずいっと割り込んできた。
「ふふ…せっかくの午前授業で、まだ合宿の準備にも早い日だし…カフェで最後の晩餐…もとい、プチ女子会しようって話してたのよ♫」
初めて会った日からなんとなく察してはいたけど、風紀委員長という立場とは裏腹に、琳寧はクラスの中でも特にはっちゃけるタイプだ。管狐兄妹が校内で暴れた時も、脱け出しジャンケンを提案した上にルールを破って参戦してきたし…
なんでもここに居る女子に加え、あともう一人呼ぶ予定らしい。そういえば、僕よりも後に編入した管狐兄妹も、気付けばクラスの皆んなとだいぶ打ち解けてきているみたいだ。よかった…
「ふふ、それは良いですね、ぜひ楽しんできて…」
言いかけたところで、蜜柑がさらに割り込んできた。
「よかったら桜華くんも一緒に来ませんか?」
「え、女子会ですよね?僕、男ですよ?」
思わぬ提案にきょとんとして返すと、琳寧がぐいっと手を引いてきた。
「いーのよいーのよ!ほんとは男子禁制の花園だけど、桜華は特別枠ってことで!ほら、傍から見ても男ってわかんないし?」
さらにもう片方の手を恋雪が握ってくる。
「今回の女子会は桜華先輩のお疲れ会もプラスするのはどうッスか?」
恋雪の提案に、蜜柑はノリノリで乗っかる。
「いいですね恋雪ちゃん!琳寧たちは昨日の打ち上げに参加できてないですし…ここはプチ女子会&プチ打ち上げということで!」
それでいいのかな…せっかくの女子会に割り込むのは申し訳ない一方、明らかにもう抗えない話の流れになってきている。
「そ、それじゃあ…お言葉に甘えて…」
「よしきた!お茶代は私たちで奢るから気にしなくていいわよ。」
食い気味に承諾を呑む琳寧。それはむしろ気にする方なんですが…?
「いっちごパフェ♫いっちごパフェ♫」
楽しそうに歌う蜜柑たちの後をついていこうとすると…
「おい、桜華。」
不意に目白に呼び止められた。
「どうしましたか?」
振り返ると、目白は訝しげな表情でこちらを見ていた。
縦に細長い瞳孔が、じっと僕の瞳を捉えている。
目白は続ける。
「お前…研修期間中に何があった?」
「いえ…何も…?」
反射的に何も無かったと首を傾げて答えると、目白の眉間の皺がいっそう深くなった。
流れる気まずい沈黙。
長瀞での事件と僕が御家人研修で居なかった期間は当然重なる。
巷ではそれ以外にも、物騒な事件があちこちで起きていたとはいえ…察しの良い目白は、言わずとも僕が長瀞へ行っていたことに薄々気付いているのかもしれない。
ここは正直に答えよう。
「嘘です…ごめんなさい、本当は…何も無かったわけじゃないです。」
「でも大丈夫…僕は大丈夫です。」
「後ろを向く時が無い訳じゃないし、まだ忘れるにも早すぎる…それでも僕、一応前は向いてるんです。」
「いつも心配ばかりかけてごめんなさい。」
僕がそう言ってぺこりと頭を下げると、目白は首を横に振ってため息を吐いた。
「それならいいんだ。」
「別に問い詰めたい訳じゃねぇ…こっちこそ悪い、声掛けるタイミングじゃなかったな。」
──────
2週間に亘る御家人初期研修。
それを修了してようやく甲府に顔を見せた桜華は、どこか様子がおかしかった。
今回桜華が受けた初期研修は、明らかに普通のものとは違う。
かく言う俺も縁故で豊三さんに初期研修を担当してもらった身だが…桜華の場合はさらに異なる。
現役の御側御用人と大老がそれぞれ担当したんだ…幕府としては、硯家の唯一の生き残りであり後継者である桜華の身が、政争の道具として邪な者の息がかかることのないよう中枢で内々に対応したのだろう。
それ故か、桜華が研修中…特に江戸研修で具体的に何をしていたのか、情報はほとんど共有されていない。
長瀞での事件のことも、そこに虹牙や氿㞑が目撃されたという情報が伝えられただけで、桜華が関与していたと確信に足る情報は得ていない。
だからあくまで勘程度だが…俺は、桜華が研修中に関わった任務こそが、長瀞での事件ではないかと疑っている。
実際に桜華の身に何が起きたのか、詳しいことはわからない。
だが、桜華は明らかに何かを抱え込む仕草を見せている…そんな気がする。
「桜華く〜ん!どうかしましたか〜?」
桜華が置いていかれたことに気付いたらしく、蜜柑が廊下を早足で戻ってくる。
何してるんですか?としきりに首を傾げる蜜柑に、桜華は少し苦笑いして答える。
「別に何もありませんよ…遅れてすみません、行きますね。」
桜華はそう言うと踵を返し、廊下の先へ早足で向かっていった。
「目白くん…桜華くんを呼び止めたんですか?」
蜜柑はその場に立ち止まったまま、俺に尋ねてくる。
「ああ、研修中に何があったか聞いたんだが…すまない、声掛けるタイミングが悪かったな。」
俺がそう言うと、蜜柑は首を横に振る。
「いえ…桜華くん、何か言ってくれましたか?」
蜜柑の問い返しに、俺は俯き首を横に振った。
「大丈夫とだけ…それ以外は何も。」
俺の返答に、蜜柑も曇った顔をして俯いた。
「そうですか…」
「目白くん、私…」
「わかってるよ。」
「今は絶対に、桜華を独りにさせない。」
俺の言葉に、蜜柑は「はい」とだけ答えて深く頷く。
事情の仔細を知ることのできない、子供の俺たちにできる、桜華を守る術。
今は歯痒さも悔しさも堪えて、ただできることを尽くす。
俺と蜜柑の願いはただ一つ。
もう二度と…桜華までもを失わないことだ。
──────
─2031年4月14日 14:30頃─
〔甲府藩 甲府市 中央一丁目 カフェテラスKASHIWADE〕
琳寧が案内してくれたのは、小さな庭園の中にある小洒落たオープンカフェ。
レンガのタイルが敷かれ、彩り豊かに整えられた草木に囲まれた、まるで絵本のような内観に…お値段が張りそうだな、なんて思ってしまった。
「はじめましてじゃないけどぉ〜、こんにちはぁ、桜華くん。」
そう言って僕にお辞儀してくるのは、クリーム色のポニーテールの女の子。
その顔つきはとろんとしていて、言うまでもなくおっとりとした雰囲気が全身から伝わってくる。
「本宮根子っていいます〜、新聞部員だよぉ。」
【本宮 根子】
~徽典館 中等部8年生~
「よろしくお願いします、その…名前を覚えてなくて…すみません…」
蜜柑たちとは仲良しらしいけど…クラスでその姿を見たことはほとんど無いし、名前も覚えていなかった。
きょとんとする僕を見て、口に手を当てくすくすと笑い出す根子。
すると琳寧が呆れた様子で割り込んできた。
「こいつはねー、自分のソウル使って人をからかうのが大好きなのよ…桜華が徽典館に初めて来た時も、いつまで桜華に認知されずにいられるかなんて遊びをしてたのよ。」
僕だって、これまでに人の顔と名前を覚えきれないことは普通にあったけど、匂いまで認知しなかったことはなかなか無い。
どういう能力なんだろう?知覚を誤魔化してるのかな…?
根子はもともと大月の農村出身で、親が城勤めになったことを機に徽典館に入学したそうだ。
「新聞部って…もしかして、あの“ヌー”もそうなんですか?」
注文を待っている間、僕が尋ねると、根子は嬉しそうに目を輝かせて頷いた。
「そうだよぉ〜!一般誌と別の趣味誌と合わせてその3つを書いてるんだぁ〜、面白かったぁ?」
反応に困る…ヌーに関してはいかにもなオカルト誌だったけど、読んだその日にドンピシャで三而の襲撃に遭ったから、予言の類か何かと思ったのでよく覚えている。
「ええと…参考にはなりましたよ?」
「参考になったの?“ヌー”が?」
根子は不思議そうに首を傾げていた。
根子は不思議な人だけど、新聞部員故か学校の噂をたくさん知っていて、なんだかんだで話が弾んでいるうちに注文したパフェが届いた。
「わあぁ〜!!」
パフェがテーブルに置かれた途端、隣の蜜柑が嬉しそうに声を上げる。
細長いトールグラスの上に盛られた、丸い苺のジェラート、透き通った苺ゼリー、花弁のようにスライスして並べられた苺、渦巻状に絞られた苺のクリーム…とにかく苺づくしの贅沢なパフェだ。
僕がじーっとパフェを眺めていると、琳寧がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「おやおや〜?感動で声も出ないかしら〜?」
「はい、その、えっと…高そう…」
2000円はくだらないであろう豪勢な見た目に、一番最初に思ったのはそれである。
すると蜜柑が口にクリームをつけながら、こちらを向いて笑いかけてくる。
「大丈夫ですよ桜華くん、今回は全員分私のおごりですから!」
根子ものんびりとした調子で促してくる。
「ほら遠慮せずに食べなよぉ〜、人の金で食べるご馳走は美味しいぞぉ〜?」
僕の場合、そう言われると余計に気が引けてしまう…ここまでしてもらって食べれないなんていうのは失礼極まりないし、美味しそうなことに異存は無いから、もちろん食べるけど。
一口食べると、甘酸っぱいジェラートに濃厚なクリームの甘みが広がる。
「んっ…おいしい…!」
あまりの美味しさに、頭の中で燻っていた不安が少し鳴りを潜め出す。
「ふふっ、良い食べっぷりです!奢る甲斐があるというものです!」
誇らしげな顔で、僕がパフェを食べる様子を観察し始める蜜柑。
「良い食べっぷりも何も、まだ一口目なんですけど…?」
「あっ、ごめんなさい!ちなみにここのパフェ、量をグラムで指定できる上に替え玉もできるんですよ!」
「パフェですよね…?なんでそんなハンバーグやラーメンみたいなシステムなんですか…替え玉って…」
各々パフェに手をつけ始める。
クリームから食べ出す蜜柑、苺から食べ出す恋雪、パフェの食べ方ってやっぱり性格出るんだな…
癒えない心の傷の苦味を、どうにか甘みで誤魔化していく。
「桜華サマ、私も一口…」
「…もう、仕方ないですね。」
独りでに喋り出すカバンにも、パフェを一口分けてあげる。
このパフェ、また今度廿華にも食べさせてあげたいな…
──────
「えっ、桜華って、今度の合宿のこと知らないの!?」
机に両手を置いて顔を突き出し、驚いた表情をする琳寧に、僕は少し後ろに顎を引いて答える。
「は、はい…今のところほとんど何も。」
合宿の存在自体は先生方の口から聞いてはいるけど、先週と先々週の研修とそのフォローが忙しかったこともあって、それ以上の内容はほとんど知らない。
「中部藩校合同林間合宿、でしたっけ…そもそも何をするための合宿なんですか?」
僕が尋ねると、根子がゆる〜く説明を始めた。
「う〜ん、ざっくり言えば、中部地方の藩校どうしが集まって、ウチの校が一番強いぞ〜!ってことでシノギを削り合う行事だよぉ〜。」
合宿ってもっとこう、参加者全員で集団行動の訓練をしたり、レクリエーションを和気藹々と楽しんだりするものだと思ってたけど…今の話を聞く限りだと、想像以上にアグレッシブな行事みたいだ。
「結構物騒なんですね…というか、合宿と言いつつそれは対抗戦なのでは?」
僕がそう呟くと、琳寧が少し呆れた様子で返してきた。
「武士の育成は実戦が一番手っ取り早いって言われてるからね…藩校生ってどいつもこいつも帰属意識が強くて血の気が多いし、それなら地元の名誉を賭けて競い合わせたらいいって寸法よ。」
蜜柑がさらに詳しく説明してくれた。
◎合宿期間は4月21日~4月25日の計5日間。
◎中部地方の各藩にある計30以上の藩校が参加する。
◎合宿期間中に藩校同士で勝敗を競う「対抗戦」が3回実施され、合計得点により8位以内入賞。
◎各対抗戦の内容は、ゲーム開始直前まで伏せられる。
◎6年生以上は全員参加。
◎各藩校には藩校代表が数人設置され、藩校代表は対抗戦における作戦提案・陣頭指揮を行う。
蜜柑は続ける。
「ちなみに8年生の生徒代表は私で、目白くんや琳寧たちにはその補佐をしてもらいます。」
琳寧がこの女子会のことを「最後の晩餐」なんて物騒な言い方をしかけた理由がわかった。
合宿前の一週間という短い期間の中、藩校生間の協議と代表間の協議を何度も繰り返し行き来するから、放課後も遊ぶ暇が無いのだろう。
「なのでこのプチ女子会終了後、さっそく先輩の代表の方々と打ち合わせがあります!桜華くんは特に役職はありませんが、よければ一緒についてきても…」
蜜柑は語りを突然中断し、ゆっくりと僕の頭上へ目線を動かしていく。
僕も同時に固まる。
店に来た時には気付いていたけど…オープンテラスの庭の奥側から、錆びた鉄のような匂いがわずかに漂っていた。
その匂いがたった今、一瞬で僕の真後ろまで近付いてきたのだ。
琳寧たちも、凍り付いた表情で僕の頭上を見つめている。
僕の真上に何かいる…
このまま固まっていても埒があかない。
意を決して顔を上げてみると…
「ごきげんよう、お茶をシバいてるところ失礼…すっかり御母上に似て麗しくなられて…お久しゅうございますわ、桜華様。」
真っ白な肌と髪に銀色の瞳をした長身の女の人が、顔の右半分を返り血で真っ赤に染めながら、僕を覗き込んで微笑みかけてきていた。
ど、どなた様…!?
これから僕を待ち受けているのは、未体験の波乱と熱狂、そして混沌。
これはまだその序の口。
〔つづく〕
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〈tips:行事〉
【中部藩校合同林間合宿】
中部地方に所在する30以上の藩校が参加する、年に一度の大規模合同合宿。
6年生以上は全員参加となり、他校との交流と切磋琢磨による心身両面での鍛錬を目的とする。
一般的な林間合宿と同様に集団行動訓練やレクリエーションを行うが、それに加え3回にわたる「藩校対抗戦」が行われることが特徴。
藩校生には血気盛んな者が多く、個性溢れる藩校生たちが数千人規模でぶつかり合うことで、極めて混沌かつ過熱した様相を呈するという。
特に甲府・加賀・尾張・松代の4藩は、対抗戦の優勝最有力候補「四天王」として知られる。
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