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甲州御庭番劇帖  作者: 蕃石榴
壱ノ巻-第三章『山女魚の漣』
52/57

#52 甕裡 序「加賀の乱波」

時は2031年。

第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。

此処はその天領、甲斐国・甲府藩。


甲府藩を守る「甲府御庭番衆」に急遽入隊した、竜の少年・硯桜華。


これは一人前の侍となるべく御家人研修に臨んだ桜華の身に起きた、一春の友情と悲劇の物語である。

 序 ~加賀の乱波(らっぱ)~

 

 ─2031年4月9日 11:00頃─


 〔甲府城 清水曲輪 武徳殿付近〕


 鬼火によって悉く破壊された清水曲輪。

 俺たちの修練場である武徳殿もほぼ全焼しかけたが、桃山組の尽力もあってあっという間に再建が進められ、早くも元の姿を取り戻しつつあった。


 今朝は柔道場の畳も新品に張り替え、俺と蜜柑と恋雪の3人で、天貝先生が戻るのを待ちつつ掃き掃除をしていた。


「あーもうっ!退屈ッスー!…そして新品の畳気持ちいいッス〜…♡」

 箒を放り出し、新品の畳の上にゴロゴロ転がる恋雪。

「桜華先輩ぃ〜…いなくなってから何日か経ったッスかぁ?もう長いこと顔見てないッス…」


「桜華くんなら江戸に旅立ってからまだ3日目ですよ、恋雪ちゃん。」

 蜜柑はそう言いながら、屈んで恋雪の頭を撫でる。


「まだ3日ッスかぁ!?じゃああと2日も待たなきゃいけないんスかぁ!?」

 飛び起きて口をあんぐり開ける恋雪。

 最初から5日間という話はあったのだから、別にそんな驚くことでもないだろうに…


「辛抱が足りないぞ恋雪、桜華はお前と違って御庭番衆加入前に御家人研修を受けてたわけじゃないんだ…たったの5日、あいつが一人前に侍名乗って帰ってくるのをもう少し待ってやれ。」

 俺がそう言いつけると、恋雪は膨れっ面で手足をばたつかせ出した。

「でもー!でもー!たった5日じゃないッスよー!先週だってほとんど一緒に遊べなかったどころか、顔もほぼほぼ合わせてないッスー!土日も会えなかったし…」

「仕方ないだろ…研修は遊びじゃねぇんだ、それに桜華だって連日の研修で疲れてるんだろうから、土日くらい休ませてやれよ。」

「結局2週間以上桜華先輩と内堀鬼ごっこできてないッス〜!」

「それはお前の都合だろ…ってか、なんだよ“内堀鬼ごっこ”って…」

「毎朝龍翔ノ舞(りゅうしょうのまい)を使って内堀をぐるーっと回る鬼ごっこッスよ!ボクが鬼で、桜華先輩を追いかけるんスよ!」

 そんなことやってたのか…そういえば最近、城の北側から藩校に来ていたはずが、城の方向から藩校に来るようになっていたのは、そういうことだったのか。

 恋雪は一度何かの遊びにハマると、少なくとも1、2ヶ月はマイブームが続き、俺たちはそれに付き合わされる羽目になる。

 桜華は人が良過ぎるから、恋雪の「かまって攻撃」にまともに応じてしまっているのだろう…あいつがそれでいいなら構わないが…

 恋雪の要求は本当に際限が無いので、適度に躱す術も覚えてもらわないとな。


 恋雪は狸に変身しながらさらに転がると、うつ伏せになって唸り出す。

「むー…こうなったら夕斎様にかまってもらうッス…」

「なんでそうなるんだよ…夕斎様だって忙しいに決まってんだろ。」

「そういえば夕斎様って今日何してるんスか?」

「それは…何だったか…今朝に『遠くから来客がある』みたいなことは言ってたが…」


 思い出せねぇ…俺が唸っていると、真横に蜜柑が顔を出してきた。

「父上なら今日は、中部藩校合同林間合宿に際して壮猶館(そうゆうかん)代表生徒が挨拶に来るとのことで、天守に居るはずです。」

「蜜柑先輩、そうゆうかん…ってなんスか?」


 首を傾げる恋雪に対し、蜜柑が解説を始める。

「北陸の雄藩・加賀藩の藩校です。元々は文学校の『明倫堂(めいりんどう)』と武学校の『経武館(けいぶかん)』の2つが設けられていましたが、明治に入って1つの洋学校に統合されたものです。文武両道を極めた藩校として有名で、特に武道は全国屈指の強さです…弓剣道部の全国大会は、去年徽典館代表の目白くんが優勝を飾るまで、3年連続で壮猶館が優勝していたんです…超強豪ですよ!」

「ほぇ〜…すごいッスね…でも結局目白先輩が勝ってるってことは、そんなに大したことない藩校ッスね!」


 それについては主将の俺から否定させてもらう。

「そんなことねぇよ…俺が優勝できたのは、壮猶館の主将がたまたま休場してたからだ。“ヤツ”が来てたら間違いなく負けてたよ。」

「えぇ〜!?そんなに強いんスかぁ!?」

「全国大会3連覇は全部そいつの功績…しかも全種目1位を3年連続だ。」

「ぜ、全種目1位っ!?」

「藩校の全国総合武道大会に出場できるのは7年生から…壮猶館の主将は11年生、つまり休場した去年の1回を除けば、初出場からほぼ無敗ってわけだ。」

「つ、強すぎるッス…壮猶館の生徒ってみんなそんな感じなんスか?」

「いや…他の部員も十分強ぇが、あいつ程じゃねぇ、あいつ1人だけ異常なんだよ。」

「それ人間じゃないッスよ…」

「俺の知る限りアレはただの人間だ。」


 恋雪はわかりやすく驚きふためいた後、ぶるぶると首を振って我に帰り、首を傾げて尋ねてくる。

「待ってくださいッス…今日来てる壮猶館の代表って、もしかしてその人だったりして…?」

 蜜柑が苦笑いしながら答える。

「ええ、藩校代表を務めているのもその人です…だから、その…」

「その…なんスか?」

「ちょっと…ではないですね、かなり嫌な予感が…」

「いやな予感?」


 できれば一刻も早く、城からなるべく遠くへ逃れたいところだが…

 既に手遅れな気もする。


 ドズウウゥンッ!


 雷が落ちたような揺れと轟音。

「な、何ッスか!?い、隕石っ!?」

 狸になったまま縮こまる恋雪。


「これは…道場の入口前でしょうか…!?」

 慌てて入口の方へ振り向く蜜柑。

「だろうな…だが問題は場所じゃねぇ、落ちてきたモノの方だ。」

 嫌な予感しかしない…このまま道場から出たくない気持ちが強いが、出なかったら出なかったでややこしいことになりそうだ。

 出るしかねぇ…


 ──────


 3人揃って恐る恐る道場の入口の戸を開けると、そこには特攻服を羽織った巨漢が仁王立ちしていた。

 背中には、黒字に金色の花々が描かれた、2本の大型の斧を背負っている。


「よぉ、新閃の長男坊。」


 予想的中…最悪だ。

 天守から生身で降ってきやがった…やっぱりこいつはバケモノだ。


「だ、だだだだ、誰ッスか!?もしかして上から降ってきたんスかぁ!?」

 何度も繰り返し上に顔を向ける恋雪に、巨漢は不敵な笑みを浮かべる。

「おっと、初見さんが居るのか…なら簡単に名乗っておくとしよう。」


「加賀国加賀藩主家・前田家世嗣(よつぎ)前田利雅(まえだとしまさ)だ。」


前田(まえだ) 利雅(としまさ)

~加賀藩主家・前田家(前田利家の前田氏)の長男~


「新閃目白…2年振りだな、会いたかったぜ。」

 そう言って俺にウインクを飛ばす前田先輩。

「お久しぶりです、前田先輩…入口前の舗装費は弁償してくださいよ。」

「まあまあそう急ぐなって…ブッ壊したモンは後でまとめてどうにかするさ。」

「どうにかすりゃいいってもんじゃないですよ、さっさと帰ってください。」


 すると恋雪が俺の顔を覗いてくる。

「なんでッスか?ライバル同士でも仲良くしましょうよ、桜華先輩が言ってたッスよ!」

 その様子を見てカラカラと笑う前田先輩。

「ハッハッハ!良い後輩じゃねぇか!その通り…ライバル校同士だからこそ、互いに親睦を深め合い、研鑽し合う…それが理想の友好というものだ。」


 恋雪には申し訳ないが、壮猶館と仲良くするつもりはあっても、こいつ個人とは仲良くする気が無い。

「そういうのじゃないんだよ恋雪…前田先輩は一般的な交友関係で済ませてくれるような人間じゃない。」


 すると前田先輩は腰を低くし、両腕を前に構え出す。

 そのポーズはまずい…

「よぉし…久しぶりに“いつもの”やるかァ!新閃目白っ!」

「お前の体温(フィーバー)、今何度だ?」


 唐突な質問に苦笑する蜜柑と、目を丸くして困惑する恋雪。

「め、目白先輩はそんなに宴でフィーバーする方じゃないッス!よく部屋の隅っこで縮こまってるッス!」

「余計な情報付け足すんじゃねぇ、ただでさえ面倒な話が余計に面倒になる。」


 答えても面倒、答えなくても面倒…

「体温計が今ここに無いので知ったことじゃないですが…平熱ならだいたい36度で…」

 言い終えかけるところで、前田先輩の頬を涙が伝う。

「そうか…そうかそうか…残念至極だ新閃目白…俺の不在に優勝を飾っておきながら、その程度の体温(フィーバー)しかねぇとは…」


「本当に悲しいぜ…新閃目白…」


 ゾワアァッ…


 尋常じゃない殺気…来る!


「危ない!目白くん!」

 蜜柑の声と同時に急いで剛躰を張った次の瞬間、俺の体は山手御門の上空に放り出されていた。


「折角復旧したばかりの武徳殿に傷をつけるわけにはいかねぇもんな…もっと広い場所へ行こうぜッ!」

 前田先輩の声が接近してくる…急いで龍翔ノ舞で体勢を立て直し、北東方向へ空を蹴って逃げていく。

 龍翔ノ舞は、本来空を飛べない人類が、機械を使わず空中でも機動力を得られるよう開発された体術。

 だがそのためには、姿も形もない「空」を捉えるセンスが必要で、さらに姿勢制御や力加減の精度も高くなければロクに飛行もままならない。

 そもそも空中で数回連続ジャンプできれば、それだけで一人前…そういう難易度の技術だ。


 鳥類系の獣人のように空を飛ぶ感覚を掴んでいる種族ならまだしも、翼の無い動物の獣人や人間にとっては非常に難易度が高い。

 そのはずなのに、前田先輩は…


 城の方向を振り向くと、前田先輩はまるで泳ぐような動きで空中を高速移動し、一気に距離を詰めてきた。

 そう、この前田先輩は例外…14歳にして龍翔ノ舞の免許皆伝を受け、そのまま現総師範を超える技量で道場破りを成功させた男。

 数百回以上も空を蹴り、一切地上に触れることなく、鳥のように空中を舞い続ける龍翔ノ舞の奥義…「星間飛行」を使いこなせる、一握りの侍だ。


「あんたの星間飛行は何気に初めてまともに見たよ…空を蹴ってすらいねぇ…バケモンか…!」

 俺の悪態に、前田先輩は俺の足首を掴みながら答える。

「この程度でバケモノなんて、ヌルいこと言ってんじゃねぇぞ…亡き“あの方”は、より動きに無駄の無ぇ『星間飛行(せいかんひこう)』を駆使してぇっ…!」

「一切足場の無ぇ、薩南諸島(さつなんしょとう)の海上にて台風を払い除けたんだぞぉっ!」

 風車のようにグルグルと振り回され、そのまま勢いよく森の中に投げ落とされる。


 ドムッ…バキバキバキバキィッ!!


 地上に激突する寸前に剛躰(ごうたい)を発動…したが、それでも勢いを殺しきれずに、俺の体は真横に弾んで木々をへし折っていった。


「アツさが足りねぇ…まだまだいくぞォ!歯ァ食い縛れェッ!」

 地上に落ちてから2秒しか経っていないのに、既に前田先輩は息のかかる至近距離に居る。

 次の瞬間、鳩尾に鉄塊を捩じ込まれたような重い衝撃が走る…ガードが間に合わなかった…丸太のような腕から放たれるストレートをモロに食らってしまった。


 ドガシャアアアン!


 さらに吹っ飛ばされ、突っ込んだのは社殿の下。

 ここは武田神社か…甲府城から3km程離れた場所だ…ここまで星間飛行で俺を運んできたってのかよ、無茶苦茶だ…!


 だが、少しだけ猶予はできた…

「『鬼術・二十三番』」

「『御立藪(おたてやぶ)』!」

 自身の周囲に、触れた対象に強く絡みつく草や竹を生やす鬼術。

 下手にソウルや獣化を使っても、強引に押し切られるのが関の山。

 防御を捨てて突っ込んでくるなら、叩かれる一瞬前に機動力を下げて、真横へ回る。

 そうすればわずかだが隙を突くことができるはずだ…チャンスは1回!


「おいおい…ヌルいぜ、そして青いッ!」


 しまった、読みが外れた…真上から来やがった…!?


 ──────


 目白くんが空高く吹っ飛ばされていくのを、私と恋雪ちゃんが呆然として見上げていると…


「よいしょっと…はぁはぁ、間に合わなかったね〜…」

 特攻服を羽織って、学生帽と右目以外を覆うマスクを着けた、細く小柄な女の子が駆け付けてきた。


「タテハ先輩っ!」

 私が声を弾ませて呼ぶと、女の子はニコリと微笑む。


「ちーっす♡久しぶりだね蜜柑姫!」


村井(むらい) タテハ】

~加賀藩筆頭家老家「加賀八家(かがはっか)」・村井家の長女~


 この方はタテハ先輩。

 壮猶館の九年生で、加賀藩の筆頭家老家の一つ・村井家の世嗣だ。

「ウチの若君がゴメンネ…本当は止めたいんだけど、一度暴れ出すと止まんないんだよ…」

 げんなりした表情で頭を下げるタテハ先輩…矢印の形をした尻尾もヘニャヘニャと下を向いて曲がっている。


「あ、あのっ…タテハさん、でしたっけ?前田さんはなんで目白先輩を襲うんスか?」

 手を挙げて尋ねてくる恋雪ちゃんに、タテハ先輩は屈んで目線を落とすと、苦笑しながら答えた。

「いや〜…あれはね、センパイの謎のこだわりってヤツなんだけど…まあ、マトモに考察しないでいいことよ…目白くんは毎度巻き込まれて可哀想なことよ…」

「そ、そうなんスか…にしても、前田さん強すぎないッスか…?」

「そりゃあねぇ、ウチら壮猶館のメンツが束になってかかっても跳ね除けるような人だから…いくら強豪の壮猶館でも、過去にあんなのは居なかったらしいよ。」

「だ、段位はどれくらいなんスか?」

「センパイの段位?藩校在学生唯一の甲位だよ。」

「こ、ここここ…甲位ッスか!?晶印さんや国音さんと同じレベルじゃないッスか!?」

「驚くよねぇ…気持ちはわかるよ、去年の妖魔大量発生事案の時も、特種2匹・甲種7匹の妖魔を一人で倒してるからね〜。」

「や、やっぱりバケモノ…」


 声を震わせる恋雪ちゃんに、タテハさんは横に首を振りながら、少し呆れた顔で返した。

「いいや…あれは“ただの人間“だよ…」


 ──────


 ─2031年4月9日 11:15頃─


 〔甲府藩 甲府市 古府中町(こふちゅうまち) 武田神社境内〕


 ドカアァンッ!


 また木々をへし折りながら吹っ飛び、今度は岩に当たって地面に突っ伏す。


 やばいな…ここまでに何発食らった?

 肋や膝の痛み方からして、ヒビが入っている可能性が高い。

 さっき防御に使った両腕も、凄まじいパワーを受け止めきれずに軽く捻挫した。

 額がやけに熱い…顔からも出血してるなこれは…

 

 幾分か抵抗を試みたものの、向こうには傷一つついていない…硬すぎだ…

 前田先輩は折れた木々を踏み越えながら、俺に向かってゆっくり歩み寄ってくる。

 その表情は失望と悲哀に満ちていて、口はへの字に歪んでいる…今にも大泣きし出しそうな顔だ。

「残念だ、残念だぜ、新閃目白…俺はお前に、新閃目黒のようなアツさを期待していたのに…なんだそのヌルさは…はぁ…俺は悲しい…悲しいぜ…」

「2年前も同じこと言いましたけど、俺は俺、親父は親父だ…勝手に重ねてんじゃねぇよ…あんたの求める“アツさ”ってのが何なのかよくわからねぇが、俺にいくらそれを求めたところで期待には応えられねぇからよ…他を当たってくれ!」

「おいおい勘弁してくれよ…じゃあよ、この俺の熱は…一体誰が受け止めてくれるんだああああああッ!?」


 興味を失わせようと思ったが、逆に刺激したか…!どんだけ情緒不安定なんだよ!

 白目を剥いて号泣しながら、両腕を前に突き出して突進し出す前田先輩。

 下手な護術じゃ防ぎきれねぇ…だが腕も脚も満足に防御に使えねぇ…畜生、やられる…!


 目を瞑ろうとした次の瞬間…


「『止 ま れ』」

 甲高い声がキーンと響き、前田先輩の突進が減速する。


「『ブルー・アルバム』!止まりな…さいっ!」

 さらに呪文を纏った青白い壁が立ち上がり、前田先輩の突進を遮る。


 ドシイィンッ!


「ほぅ、邪魔しようってのか?それならこの壁、ブチ破って…!」

 前田先輩のグローブのような手が、壁の両端から伸びてくる…しかし、その手はすぐにグニャリと溶けて歪んでしまう。

「『ピーキングO』…それをやると思って、壁に潜ませといた…もうお前は骨抜きだ。」


「ソウカ、琳寧(りんね)、ハッチ…それに、仙太(せんた)…」

 俺が細い声を漏らすと、琳寧の後ろから仙太が顔を出し、俺の手を握って泣きそうな声で喋る。

「おおお俺のことも気付いてくれた〜!流石は目白だ!助けに来たぜ!」

 すると仙太は、後ろから琳寧に頭を引っ叩かれた。

「何ついてきてんのよバカっ!ここじゃアンタは特に役に立たないでしょうがっ!」

「仕方ねーだろ目白のピンチだぞ!」

「相手は壮猶館の主将よ!?アンタが足引っ張ったらみんなで死ぬかもしれないってのに…」


「お前ら…助けに来てくれたのか…」

 俺が細い声で呟くと、琳寧たちは一斉に俺に振り向いて頷いた。

 なんだその結束力…


「いたいた!お前ら!ケガはねぇか!?」

「目白〜!そこに居たのね〜ん!」

 天貝(あまがい)先生と御袋も駆け付けてきた。

 前田先輩は無闇に人を巻き込んだりする性格じゃない…ここで一旦落ち着くか。


 ──────


「…ったく、林間合宿は再来週だってのに、それくらい待てねぇか?前田の若様!」

 顔を顰める天貝先生に対し、前田先輩は両手を上げてすまし顔で答える。

「悪かったって、天貝のアニキ…俺はただ、目白が全武大で俺の代わりに優勝したっていうから、そのアツさを確かめに来ただけなんだが…」

「そういうのこそ林間合宿の藩校対抗戦でやりやがれってんだ、こういうことしちゃただ藩校同士で問題起こすだけになんだろ!今日はもう大人しくさっさと帰って…」

「おっと!そういう訳にゃあいかねぇ!推し活をしに来たんだ俺は!」


「オシカツ…ってあれか?アイドルとかを追っかける?」

 ハッチが首を傾げて尋ねると、前田先輩はハッチの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「わかってんじゃねぇか少年、そう俺はこの甲府に居る“推し”に会いに来た…って訳だから、ここら辺で失礼する。」

「いやその推しって誰…」

「騒ぎを起こした詫びもしなきゃなぁ…硯風弥様の墓参りによ…」


 きょとんとする藩校生一同。

 そう、前田先輩の“推し”というのは、今は亡き風弥さんのこと。

 風弥さんに勝手に憧れ、風弥さんの背中を勝手に追いかけ、かつて硯風弥が総師範を務めた龍翔ノ舞で頂点に立ち、史上最年少の14歳で甲位御家人となった男。

 それが、加賀藩前田家の次期当主・前田利雅だ。


 前田先輩はその場にいる全員に缶ジュースを勝手に奢ると、後から駆け付けたタテハ先輩と一緒に甲斐善光寺へ向かっていった。

 タテハ先輩は必死に俺たちに頭を下げまくっていた…将来は前田先輩の筆頭家老になる人だが、既に苦労しまくってるみたいだ。


 俺は御袋の膝に乗せられ、抱きしめられながら癒術での介抱を受けていた。

「まったくも〜、ウチの可愛い子をいっつもいじめちゃうんだから前田くんは…」

「悪ぃな御袋…面倒事を躱しきれなかった…」

「いいのよそんなこと気にしなくて〜!大ケガになってなくて良かったわ〜ん!」

 半泣きでさらに強く抱きしめてくる御袋。

 骨にヒビ入ってんのは十分大ケガだろ…ってか、締め付けんな、痛ぇよ。


「災難でしたね、目白くん…」

 そう言ってタオルを取り出し、額の汚れを拭ってくれる蜜柑に、俺は力無く返事した。

「あぁ…信号無視の車に轢かれた気分だ…」


 ふと思い出す、前田先輩の台詞。

 

 〜〜〜〜〜〜


「残念だ、残念だぜ、新閃目白…俺はお前に、新閃目黒のようなアツさを期待していたのに…なんだそのヌルさは…はぁ…俺は悲しい…悲しいぜ…」


 〜〜〜〜〜〜


 徐に、御袋に問いかける。

「なぁ、御袋…」

「うん?どしたの目白?」

「俺は…」


「俺は、親父にはなれねぇのかな…」


 ──────


 ─2031年4月9日 19:00頃─


 〔忍藩 秩父郡 長瀞町 本野上 花瀞(はなとろ)旅館〕


「解剖の結果…結論から言うと、送られた怪物は全部人間でした。」


 私は桜華君とともに旅館に滞在し、オンライン会議で桃山組の八戒君からの報告を黙って聞いていた。

 今日夕方に我々が対峙した魚の怪物…その遺体は、調査のため桃山組へ送られていた。


「やはり人間であったか…妾の目に狂いは無かったと。」

 送梅雨から飛び出してきた黄泉醜女(よもつしこめ)様に、再度確認を取る。

「あれらの怪物が解剖で人間と証明できた訳ですが、魂魄を直接検査できるのは黄泉醜女様、貴方しか居ません…もう一度確認しますが、彼らは魂魄を“喰われていた”ということで間違いありませんね?」

「ああ…間違いない、彼奴等の魂魄はあちこちが齧られボロ雑巾のようになっていた…あんなものは見たことがない。」

「肉体が著しく変化させられていること、魂が損傷していること、この2つには関連があると見て良いのでしょうか?」

「良かろう…魂には肉体の姿形の情報が記録されておる…仮に魂が損傷した場合、魂は肉体の本来の姿がわからなくなり、その影響は肉体へ波及する。そこに魂の情報を乱すような何らかの術式を外挿すれば、肉体を任意の形に変える…なんてことも不可能ではないかもしれん。」


 次に八戒君に話を振る。

「八戒君、怪物に変形させられた人間ですが、救命の余地は…」

「ありません…怪物は内臓のサイズや機能がメチャクチャで、とても生命を維持できるような状態じゃありません。口はあるが消化管は途切れ途切れだし、呼吸器も構造がおかしくなってて十分機能しないでしょう。外科手術で元に戻すことももちろん不可能…怪物に変化させられたが最後、遅かれ早かれ確実に死ぬと思っていいです。」

「そうですか…もう一つ気になったのは、元々彼らがただの人間であったのなら、何故あそこまでの魔力や馬力を出せたのか…という点です。丁種~丙種妖魔と遜色ない実力だったように思えます。」

「よっし〜の言った通り、魂を乱して肉体を弄れるとすると…脳や筋肉を弄って肉体のリミッターを外して強化する、なんてこともできるのかもしれません。」


 八戒君は私との話が一区切りつくと、黙りこくっている桜華君に声をかけた。

「桜華…おそらく怪物になった人間たちは、過度の神経興奮と多臓器不全で激しい苦痛を味わい続けることになる…奴らの命を絶つことは、奴らを苦痛から解放して救うことにもなるんだ。ショックだとは思うが、討伐しようとしたことは間違いじゃない…そこはわかっとけよ。」

「はい、ありがとうございます…八戒さん…」


 今後は、事件に伴って確認される異常な魚を「怪魚」、人間が変形させられた魚の怪物を「怪魚人」と呼称することにした。


 ──────


 DNA鑑定もすぐに済み、我々が対峙した怪物4体は、荒川河川敷で行方不明となっていた中学校教員及び生徒合わせて4人であることが判明した。


 現場に居た少女の身元も判明した。

 名前は智多川弥舞愛・15歳。

 長瀞町西部に住む町立荒川尋常中学校の3年生。

 現在中学校でのいじめにより不登校状態。

 

 本日討伐した怪物…もとい犠牲者4名は、このいじめの加害者として智多川弥舞愛の保護者である母親から刑事告訴される予定であったとのことだ。


 通話が終わると、桜華君は俯いたまま膝に手を置いて震わせ、ズボンの生地をグシャリと握りしめていた。

「石野さん…僕は、悪い人には相応の罰が下って然るべきだとは思っています。」

「でも…その悪い人一人一人にも、掛け替えのない思い出があって、良い人と等しく重い命があるとも思っています。」

「犯人は人間か妖魔かわかりませんが、僕の思うことはただ一つです。」

「人の命を…何だと思ってるんだ…!」


 声を震わせ、瞳孔を細め、わずかに牙を剥く桜華君。

 桜華君は昔から優しい子だ。

 たとえそれが赤の他人であろうと、悪人であろうと、命が弄ばれることには本気で怒ることができる、本当に心優しい子だ。


「桜華君…詳細は明日伝えますが、ここからは二手に分かれて行動することになるでしょう。」

「二手に…ですか?」

「君は身元の判明した智多川弥舞愛の調査、私はここ周辺の行方不明者を調査して怪魚人の発生源を探ります。」

「了解しました。」

「今日のことは相応に堪えたことでしょう、心身ともにゆっくり休めて明日に臨みなさい。どうしても辛いなら私に言うこと、いいですね。」

「…はい。」

 妖魔やテロリストを相手にしていれば、凄惨な事件に遭遇することもそれなりに多くある。

 とはいえこの案件は、初期研修を受ける桜華君にとってはまだ早過ぎるのではないか…私は薄々と予感しつつあった。


 ──────


 ─2031年4月10日 14:00頃─


 〔忍藩 秩父郡 長瀞町 野上下郷〕


 今日も私は学校をサボっている。

 お母さんの居ない昼下がり。

 チキンラーメンを作って、卵をのせて食べる。

 行きが早く帰りの遅いお母さんには、私が毎日朝ごはん・お昼のお弁当・晩ごはんをしっかり作っているけど、自分だけの昼食の時は気楽に手を抜いている。

 お腹も膨れて、少しお昼寝したら、今日もいつも通り釣りに行く…はずだった。


 家の玄関前に居るのは、私にエンゼルフィッシュを食べさせた、女子3人。


 そして、クラスの担任の先生。


 どうして。


 どうして、連れて来たの…?


 担任の先生の口からは、信じ難い言葉が飛び出してきた。


「なあ智多川、この3人のことを許してやってくれないか?」


「3人とも、智多川と仲直りしたいって言ってるんだ。」


 〔つづく〕


 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

〈tips:人物〉

前田(まえだ) 利雅(としまさ)

 加賀藩主家・前田家(前田利家の前田家)の長男で、前田家次期当主。

 17歳で、段位は甲位。

 藩校在学生で甲位御家人に認められているのは、日本で彼ただ一人である。

 身長190cm超の高校生離れした巨躯を誇り、その見た目に違わぬ豪快で熱苦しい性格の持ち主。

 初出場から全武大(全国武道大会)の全種目3連覇を果たした怪物であり、座学の成績も藩校トップであるが、マイペースすぎて制御の効かない問題児。

 硯風弥の熱狂的なファンであり、彼への憧れから極めた龍翔ノ舞は、総師範を破る実力まで昇華している。

 何事にも「アツさ」を求めるホットガイで、相手に今の体温を尋ね、自分の体温より低い回答が来ると、自分と同じくらいアツくするために襲いかかる…という変わった癖がある。

 なるべく魔術を使わず、徹底的に固められた基礎体術で立ち回るのがモットー。

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

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― 新着の感想 ―
久しぶりの恋雪ちゃん!!!!! 最初アレだけ噛みついてたのに、桜華くん大好きになって懐いてるのもかわいいし、 畳にバフーってねっころんでるのもかわいいし、 まさかのたぬきバージョンまで出てくると…
恋雪ちゃんに目白くんに姫様!八戒さんも! みんな久々の登場で嬉しい。蜜樹さんの喋り方も久々だ。 嫌な雰囲気で締まったのが不穏すぎて好き。
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